ディスカウントショップ
リーマンショック以降、価格訴求を前面に打ち出した「激安店」が、
マスコミでよく取り上げられるようになった。
購入する側の立場で言えば、品質との兼ね合いでモノは安い方がいい。
最近マスコミでよく取り上げられているのは、食品分野ではセブン&アイホールディングスの「ザ・プライス」や、
家具・インテリアの「ニトリ」。
「激安店」は、不況になると取り上げられる機会は増えるものの、必ずしも価格訴求型の業態が、
(日本においては)成功しているわけではない。
たとえば、小売企業として数少ない勝ち組と言われているセブン&アイホールディングスは、
1978年に子会社化していた総合ディスカウントショップの「ダイクマ」を、2002年にヤマダ電機に売却している。
売上高日本一だった頃のダイエーは、「Dマート」というディスカウント店を展開していたが、
一度も黒字化することなく撤退を余儀なくされている。
世界一の売上高を誇る小売企業であるウォルマートの日本における子会社「西友」は、
2002年のウォルマート資本参加以来、その世界一のオペレーションノウハウを投入されながら、
未だ黒字化することなく現在に至っている。
埼玉地盤のロヂャース、都市型総合ディスカウントストアの御徒町「多慶屋」も、リーマンショック以前より、
業績は下降し続けている。
つまり、激安店は、ビジネスとして成立させるのがとても難しい業態であるということである。
激安店のことを、日本では総じてディスカウントショップと呼んでいる。
ところがアメリカの小売業のフォーマット分類では、
主にナショナルブランド商品を値引きをして販売する業態を「オフプライスショップ」と呼び、
科学的なオペレーションや仕入れ・販売の仕組みによって劇的なコスト低減を果たし、
圧倒的な安売りを構造的に可能とした業態を「ディスカウントショップ」と定義している。
日本で言われているところのディスカウント店は、仕入先に無理を言って安く仕入れ、
競合他店のチラシ価格を参考に自社の利益を削って安く販売する店舗のことを指す場合が多い。
仕入先に対する「お願いと脅し」、自社の「我慢と忍耐」が、日本型ディスカウント店の重要なノウハウと言える。
したがって厳密に言うと、ヤマダ電機やヨドバシカメラなどの家電量販店はディスカウントショップではなく、
「オフプライスショップ」業態に分類されるべきだろう。
また、アウトレット店もオフプライスショップ業態である。
構造的に低価格で販売できる仕組みをつくりあげた意味でディスカウントショップを定義するならば、
ニトリ、ユニクロが入るが、それ以外はあまり思いつかない。
1980年代、多くの流通企業がディスカウントショップを展開したが、ほぼ失敗に終わった理由は何か?
あるいはウォルマートが西友の黒字化に手こずっている理由は何か?
大きな理由として考えられるのが、「土地」と「物流」である。
ウォルマートは、出店する地域を定めると、まず巨大なディストリビューションセンターをつくる。
そしてディストリビューションセンターの周りに店舗を出店していく。
効率的な物流網を構築した上で出店していくので圧倒的にコストが低減される。
しかも集中出店により、ドミナントエリア(寡占地域)を形成することにもなる。
規模は違うが、日本でも同様の出店方法を採る企業がある。
セブン・イレブンだ。
ただし、コンビニレベルでしか使えない。
日本では土地の用途に関する法律が厳しく、またそれらがクリアになったとしても土地の権利関係が複雑だ。
ウォルマートが考えるような土地取得は困難を極めることになる。
さらに物流コストはアメリカとは比較にならない。
トラックのサイズが小さく、高速道路通行料は高額で、その上税金の関係で燃料コストも高い。
規模の経済が効きにくい条件が揃いすぎているため、ウェルマートの持つノウハウの大部分は、
少なくとも日本においては宝の持ち腐れとなってしまう。
さらに、日本の消費者の特性が問題になる。
よく日本の消費者を満足させるのは世界一難しいと言われる。
一億総中流(収入格差が小さい)で、品質や嗜好にうるさいからだと言う。
本当にそうなのだろうか?
確かに民族や宗教による格差はほぼ無視できるレベルにある。
だが、今のように格差社会と言われる以前から、貧富の差を表す「ジニ係数」は小さくなかった。
私は、日本人の(消費財に対する)情報格差が世界有数といえるほど小さいことが原因であると考えている。
情報格差が小さければ、所属しているコミュニティの属性によって所有する商品の方向性(価格・品質・嗜好)が
決定されてしまう。
日本人は、血縁、社縁、地縁といったコミュニティにおいて、「マズローの欲求5段階説」の、
第3段階の「社会欲求」と4段階の「尊敬欲求」とに大きく揺り動かされながら生きている。
自分が欲しいと思って購入している消費財が、実はコミュニティの一員として認められたり、
尊敬を集めたりするという潜在的要因が商品の購買動機になっている場合が多い。
アメリカでは、人種や民族、宗教、収入などによって居住地域がある程度色分けされている。
こうしたデモクラティックデータを基に商品構成を決定し、極限までオペレーションコストを削減すれば、
ディスカウントショップをランニングさせることはそれhど難しいことではない。
日本でディスカウントショップ業態がきちんと成立しなかったのは、土地と物流はもちろんだが、
それに、仕入先に対するお願いと脅し、競合店に対する価格優位性を打ち出すための自社の「我慢と忍耐」が、
継続的なシステムに組み入れることができなかったことが大きい。
流通業にとって、価格訴求は麻薬だ。
価格を下げて集めた客は本当の客ではない。価格を上げればすぐにいなくなってしまう。
価格訴求力以外の何かを見つけなければ、永遠に利益なき安売りを続けなくてはならない。
もちろんモノを安く提供することが悪いと言っているのではない。
中長期的な視点で考えて、消費者から支持され、社員が幸せに暮らせるだけの収入を得られ、
仕入先に無理なお願いをせずに、合理的な方法でコストを低減することができるなら価格は下げるべきだと思う。