脳みそぶっちぎって | TOSHIAKI SUZUKI

脳みそぶっちぎって

周りにいる非常に素晴らしい考え方(を持った人)に当てはめようとされた時、僕は論争ができない。
功利主義である癖に、他人任せで仕事のことしか知らない。
ずいぶん前に心は脳みその一部だと解明されたんだろうが、誰かは、心臓のことを「ハート」と訳した。
てことは、何か悲しかったりうれしかったり、ドキドキするようなときに必ず訪れるあのキュンとするような、ジュンとするような胸の上下左右どっちに動いているのかわからないあの感覚は、本物であって、「こころ」のある場所は「心臓なんだろう。」と納得した。
難しく考えなくていいということだ。
理屈、理論、理性、論理。
「理」がつくとどれもよくわからない言葉で特に「理科」。
思えば道徳の授業が一番楽しかったな。
みんなの机をコの字にしてね。
まぁ、結局、何が正しいのかを考えるのではなく教えられてたのだが。
熱く、真面目にとらわれるのが好きじゃないし、でもその分苦労も多いのだ。
誤解されることに慣れているのも原因の一つだ。
脳みそぶっちぎってまで考える必要はあるけど。



結局僕は、1,000円のうどんより100円のうどんを選ぶ。
そして結局、40万の車より400万の車を選ぶ。


4人を助けたけども1人が死ぬ。
1人を助けても4人が死ぬ。
こんな残酷な授業を哲学や現代に当てはめて何が正義かよくわからん。
僕にはサンデルの本が良くわからん。
結局、正義だの哲学だのエコだの経済効果だのうるせ―んダよ

正義も糞も、助からないなら酒飲んで眠りながらみんなで死ぬよ。

よくわからん。おやすみまん