連絡はとれたが今度は携帯の充電がない…と


青森の電気もとまっている…


公衆電話もないと…


またいつ途絶えるかわからない連絡網に不安をかかえながらけがもなく無事だということ、たべものも新幹線内で一食、高校で水一本配給されたこと…体育館で寝転がれるスペースが確保できたことをきいた。


連絡がついたとはいえ帰れる手段もない…


会社が飛行機の手配を必死にしてくれていた。

その日は12日。

最短でも15、16日三沢空港からの飛行機…と


それまで青森も安全とはいえない…


三沢空港までの手段もない…

繰り返しチケットの手配をつづけ
奇跡的に14日青森10:15発のチケットがとれた、

弟は12日よる避難所とされる八戸西高校の体育館で一夜をすごす




よく13日、高校から東京いき仙台いき青森駅いきの
3便のバスをJRが手配してくれ



弟は青森駅いきにのる。この時点で電気が開通したとのこと、携帯の充電ができる。



無事駅についた弟はご飯をたべ、近くのホテルにもう一泊。

14日10:15発伊丹11:55着の飛行機にのり無事伊丹に到着した…


本人から
この知らせをうけ

母は号泣した…
父も安堵の表情…
良かった…


良かった…


と繰り返す…



わたしも張り詰めていた緊張感のいとがきれ…力がぬけ、涙がでた…


いまなおたくさんの方が苦しんでいる…
1人でも多くの方々が生きていてくれますように…
1人でも多くの方々が家族と再会できますように…

願ってやみません…

なにもできない自分に憤りを感じるけれど…ただ、今は自分にできる精一杯のことをしたいと思う…。