The journey of the multi talented star Ahn jae wook

J:これから過去に遡ってみようかと…とりあえず、長い間活動されていますがどのくらいになりますか?

A:公式デビューしてから20年になりました。20周年、今年が…

J:あ~!時間が本当に早く過ぎますね。

A:そのようです…私が94年度に放送局に公採タレントとして始めましたから、正確に20周年になります。

J:元々演技的なことに関心が多かったんですか?いつから関心をお持ちなんですか?

A:演技…幼い頃の初めの夢はプロ野球選手…野球選手になることが夢だったんですが、私の賢明で知恵のある父親の関係で…おまえは運動選手はダメだ…

J:反対されたんですね?どうしてダメだとおっしゃったんですか?

A:おまえは持久力がない…瞬発力は認めるがおまえは運動選手になるほどの持久力は持ってないようだ…

J:趣味で運動されてらっしゃるでしょ?野球を趣味でされてるじゃないですか?

A:多分…えぇ、今も野球は趣味でやってますが、本当にどんなに幸いだったかわかりません…私がもっとよくできる仕事をしながら趣味で出来る野球。多分…今もフラフラしてるでしょう、もし運動をしてたら…私の周りに友人達がいるんですよ。最も有名な、我が国でもトップ選手達がいますが、彼らの人生をみると、あ~これを一生もし、運動だけしてたら野球だけだったら、多分、プロへ行ったとしてもこんなに有名な、今のアンジェウクのような有名な人物にはなれてないみたいです…とても幸いでしたよ…

J:もしかして幼い頃から才能があると、そんな話をよく聞いてませんか?

A:そういうのは好きでしたね。そして子供達と…僕が小学生の時に作品を書いて直接発表したり…そんなのがとても好きでしたね。国語の本をみると、今は分かりませんが、昔は国語の本に時局の作品が一つづつあったんですよ。そういうのを見ると子供達を集めて、授業時間なんてかまわずに、集めて、役を一つづつ与えて読んでみたり…

J:小学校の時に?

A:はい…今はないけどカセット時代にテープに録音して自分達がリーディングするのをみんなで聞いたり…そんなことがとても好きでしたね…これ学生達も見てるかもしれませんが…なぜここで自分が好きな科目へ集中したらいけないのか、なぜいけないのか…自分はこれこれこれ、みんな学ばないといけないのか?こういうのにちょっと合わないんですよ…僕と…学校がよく合わなかったようです、だから…

J:行かなかったんですか?

A:いや、行くのは行かないと…行くんですけど、一人で考えて…

J:学校に行ったけど、突然いなくなる、そんな学生でしたか?

A:急にいなくなることはなかったです。緻密に準備して行くから…いやだから、面白い授業と面白くない授業に自分なりに編集して自分で決めてたんです、本当は学校は先生が決めないといけないのに…そうしてましたが、大学に入って自分の好きな演劇科に入って本格的に始めたら、毎日がものすごく面白かったんです。とても楽しくて…よくよく…中高校の時は8時?8時半が登校時間だとしたら、遅刻もたくさんして叱られたのに、大学時代は朝の7時半に集まるサークル活動してました。朝の。そして、7時半から9時半まで運動するサークル。南山を走って、次に朝のトレーニングして、そんなサークルなんですが、私の両親が驚きました。起こさなくても朝早く起きて毎朝7時半までに出かける姿を見て…やぁ、本当に珍しいことだなぁ…自分の人生の始まりはそうみると19歳からが始まりじゃないかと思います。

J:ご両親はもしかして、こっちの道に行くと言ったときに反対はされませんでしたか?

A:私の家はちょっと厳しい方だったので、怖くてこの道を若い頃に言ったことがありません。言えませんでした。だから高校3年になって、進路を決めないと行けない時期にこれじゃダメだと…それでその時に初めて告白したんです。でも、実は理系に行くのか文系に行くのかすでに決めてる状態なのに、にも関わらず、とうていダメだと…だから先生を訪ねて話を聞いてもらって先生から両親に話をしてもらいました。ジェウクはこっちの道ではないようです…それで進路を変えて、進路を変えてから試験まで2・3ヶ月しか残ってませんでした。準備するのに…それまでは理系にいく勉強をしてたから…

J:ではとても…ちょっと、準備時間もとても短かったじゃないですか?なら、自分は受かるかどうか不安になる気もしますが…

A:その時は意欲だけあって、実際には試験をどう受ければいいかの情報もなくて、ただ、言葉通り、意欲ひとつだけもって…定期大学校は落ちました。その時まで試験を受けて落ちる経験は初めてで…だからソウル芸術学校に入った時に、俺の世界だ…望んだことをすべてやれる…より楽しく通うしかないでしょう。その時は本当に誰かにやらされたわけでもなく、自分が望んでやったんだから…だから、大学時代は本当に楽しく過ごしたみたいです。楽しく…

J:その当時、同じ演劇科にリュスンヨンさん、シンドンヨプさん、ハンジョンミンさん等、ホントにそうそうたるスターが多いと聞いていますが…

A:この前、私達のソウル芸術大学の総同窓会があったんですよ。同窓会でお会いした先輩達にご挨拶しながら、お前の学年はソウル代の黄金の黄金の学年だよな~、今活動している同窓の中でもトップスターが多くて…それでとてもうれしくなりました。気分がよくて。

J:その方はお年が確実に上でしょう?

A:大学校の時のお顔ですよ。

J:お友達のようにお話されるから…

A:ハンジョンミンさん、リュスンヨンさん、みんな大学の時の顔ですよ。その日にみられなかった友人の中にも競争があって…今思うととても面白いですよ。

J:1994年度に目の見えない鳥の歌とは何ですか?

A:私が放送局に初めてタイトルロールを任された主人公の作品で、1994年に入って義務的に2ヶ月ほど研修を受けて、その次に1年になるか2年になるか、機会があれば各ドラマに訪れて出演していました。出演していましたが、どうして目に付いたのか、私がデビューして3ヶ月か4ヶ月で主人公を任されることになりました。キムヘスさんと…その頃はキムヘスさんはすでに最高のスターで…特別ドラマを撮りました。突然エピソードを思い出したのが、私が一人で泣かないといけないのに、日が沈む前に撮影を急がないといけなくて、時間を逃すと日が沈んでしまうから…でも、目の前で証明を設置してあれこれしてるとこで、マイクが出たり入ったりテストしながら、カメラをこっちからあっちからするのに、集中が全く出来なくて、自分かマンネで新人だから、ちょっと集中する時間を…と言う出来ないじゃないですか…だから、どうしても涙が出ないんですよ、本当に…キューするんだけど、出ないんです。カット!して、ちょっと待って下さい、監督、さぁ、静かにして下さいよ~、もう一回いくか?と言われるんですが2回目も出ないんです、涙が死んでも出なくて、監督に、監督、ちょっとお話があるんですが、なんだ?このシーンでは僕がわんわん泣きながらやるよりも熱い涙を我慢して…見てる視聴者の方々が泣くのではないですか?僕がわんわん泣くよりも、僕が耐えてる姿がより悲しそうですよ。とても真剣に言ったんです。ちょっと待てよ…監督とカメラ監督が会議されて、お前が言ったようにしてみよう…キュー!それでOKになりました。

J:どうされました?

A:涙が出ないから…すっと涙を耐える演技をしたんですよ。

J:じゃなくて、だから、涙を耐える演技で拳を噛んだり、男性が普通よくやるあぁー!こんなのがあるじゃないですか?

A:そんな演出が必要なんじゃなくて目線が重要なので…だからあの時はやりすごせたけどOKになったけど、後で見れば見るほどみると泣かないといけなかった…無条件、泣かないといけないのに…瞬間的にそれが何というか表現法でしたね…その後監督に告白しましたよ、実はあの時そうだったんですと…

J:はい…そして3年後に星に願いをでものすごい人気だったじゃないですか?あの時主演されて爆発的な人気を得たのを思い出します…あのドラマも思い出されますし…当時、いかがでしたか…?

A:そうですね、あの当時はみなさんにとてもいい評価を受けた作品を…シンデレラのように突然新人がある作品で反応がよくて爆発的な反応が起こる場合もありますが、僕の場合はデビューしてから「目の見えない鳥の歌」や「カップル」「戦場と愛」やその間に他のドラマでもずっと役を引き受けてましたから、すでにある程度知られている状態で、まるで初めて出たように、新しく反応が爆発的に出たからちょっと珍しいケースだ…それで能力を見る必要があると…でも、実は「星に願いを」も他の作品も一緒ですが、反応がいい事を願う気持ち?そんなのはありますが、実はその当時、考えられないほどの大きな反応でしたよ…僕がその当時、27歳だったんですが…今ではインターネットで多くの記事が一日に数千数万も出て来ますが、その当時は週刊誌、日刊紙、放送局のどこの記者も来ていました…

J:そうして中国進出を始めながら一世代韓流スターというタイトルを得たと…いかがでしたか?ご気分は?

A:実は初めは1年2年近く活動してなくて、ある行事で中国の方々が私を知って好んでるからある程度はイケるんじゃないか?くらいの考えで…むしろあらかじめ緊張もしてなかったので、直にいって経験してみて、どうして外国の方々が僕をよく知ってるのか、僕が幼い頃に見た、私達が外国の俳優が韓国に来るとわ~っと沸き立つように…なんというか…うかうかと…うかうか…

J:中国に行かれた時にどう…雰囲気とか、ファンの方々とか…どう…?

A:簡単に言うと…今は…今のアイドルグループ達が外国に行ってコンサートをしたとしたら今はすぐにニュースになって、外国人達の前で数万人の前で公演しますが、私が当時アルバムを発売してコンサートしても、簡単にいうと私達の後ろに一緒にセッションしている、我が国のトップのセッションメンバーだったんですが、ギター、ベース、ドラム…我が国の各バンドの最高だったメンバー達を私が選んだんです…でも、その方達もこれまで何万人もの前で公演をしたことがなかったんです…ある日どこどこのスタジオでコンサートをするとしたら、僕はそのファンの前でそのエネルギーを受けて歌を歌えばいいけど…控え室でその後話すのに、俺達もこういう経験をしたんだな~緊張したと…それも充分に自分達だけで楽しむことが出来ました…