こんばんは!tocoです(*^-^*)
いつの頃からか他県に行くときは
必ずその土地の神社に参拝しています。
特に有名でなくても
(ネット検索で行くのでたいてい有名なところですが…)
参拝させて頂いています。
歴史に興味がなかったのに
ドラマ「大奥」を見てからは歴史に興味を持ち
数々の大河ドラマも見て歴史を勉強 (笑) し
興味は深まり...
パートナーである夫が
歴史に詳しいこともあって
お城やお寺にも興味を持ち始め
他県に行くと
神社 ・ 寺 ・ お城 が旅行のメインになりました![]()
話が脱線しましたが...
わたしが小学1年生の時から住んでいた場所には
「粟島神社」 という神社があります。
粟島神社 由緒
733年(天平5年)の『伯耆国風土記』(逸文)では、こびとのスクナビコナ(少彦名命)がこの地で粟を蒔いて、実ってはじけた粟の穂に乗って常世の国へ渡り、そのために粟島と呼ばれている、と書かれている。(つまり、粟島は少彦名命の現世での最後の地、ということになる。)
『日本書紀』でも同じような逸話があり、スクナビコナが淡島(粟島)で粟茎に弾かれて常世へ渡ったとされている。
民話では、こびとであるスクナビコナが天界から下界の海へ落ちてしまい、空豆の皮で船を作って伯耆の島(のちの粟島)に漂着する。そこで出雲の神であるオオクニヌシ(大国主)と知己になる。スクナビコナが排便すると、天界にいた頃に食べた粟の実の種が出てきたので、これを島に植えたところ数年で島は粟が一面に広がった。すると、アワ畑に据えられた案山子のお告げで天界に戻るように命を受け、粟の茎を曲げて穂につかまり、茎がまっすぐに戻る力で天界へ飛んでいった。このことから、オオクニヌシはこの島を「粟島」と名づける。
※Wikipediaより抜粋
その神社と同じ区域に家があったので
夏休みは毎朝ラジオ体操を
その神社でしていました。
朝眠たくて行くまでは
「面倒だなぁ~」
と思って歩いて行くんですが
行くととっても 清々しい 気持ちになって
帰りたくなくなって
ラジオ体操が終わってからも
しばらく遊んで帰っていました。
今は柵がしてありますが
昔は登って遊べていました。
この標高38メートルの 187段 ある石段を子供の頃は
軽々上がって
わき道を探検したり
頂上の社殿まで行くとそこから裏の崖のようなところを
降りてみたり...(笑)
神社の山の裏手には
お稲荷様もおられますし
お稲荷さんを通り越して山の真裏まで行くと
八百比丘尼(はっぴゃくびくに)
地元の漁師の娘が、それと知らずに人魚の肉を食べてしまい、不老不死になってしまった。娘は出家して、粟嶋の西側にある洞窟「静の岩屋」で隠遁生活を送り、一切のものを口にしなかった。娘は800歳を迎えて死に、「八百比丘尼」と呼ばれた。
※Wikipediaより抜粋
とても狭い洞窟になっていて
当時は祀られてもなく
ただの洞窟だと思っていた子供たちは(わたしも…
)
探検と称して
中に潜り込んでいました...![]()
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今考えると
なんと失礼な事をしていたのか![]()
そんな子供時代
神主さんと仲よくなり
小学5年、6年と祭りの時に
「巫女舞してくれんか?」
何をするのか分からず
「楽しそう
」とさせて頂きました。
そうです
イメージです
こういうのです![]()
軽く考えていましたが…
練習はかなりハードでした![]()
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学校が終わって毎日練習です![]()
でもとても良い経験と作法を教えていただきました。
神主さんに
「お前たちは 神の子だからな」
と言ってもらった時は
なんだか
「ふ~ん」って感じでしたが
大人になって言われた意味が分かってきたように
思います。
この経験からか
神社に縁があるのか
とても神社に行くのが
心地いい![]()
懐かしい![]()
落ち着く![]()
そんな気持ちです。
近年 龍神さまを知ってからは
龍神にゆかりのある神社にもよく行きます。
龍神さまに参拝後には
必ず 素敵な事や
知りたかった事が簡単に知れたり...
とにかく 力の大きさに驚きます![]()
わたしにとって神社参拝は
親元に帰るような感じですかね![]()
今日も最後までお読みいただきありがとうございます。
明日もみんなハッピーな1日になりますように![]()





