映画評「終の信託」(2012年日本)です。
- 終の信託【DVD】(特典DVD付2枚組)/草刈民代,役所広司,浅野忠信
- ¥4,935
- Amazon.co.jp
プレビューとしては、長年の病に苦しむ患者が、最期のときを信頼する医師の判断に委ねた場合、最期を託された医師には、果たして彼の最期を決める権利はあるのか、という「リビング・ウィル」「尊厳死」を問う大変重いテーマが扱われている作品です。
最初に「PG12」の表示があったので、もしかして、治療の途中か何かにかなり何かバイオレントな(?)表現が含まれるのだろうか?と若干ビビりました。
実際、最期のときはそれなりに迫力のあるショッキングなシーンなのですが、PG12は恐らく序盤の濡場が原因ではないかと思います。いや、分かりませんが、件のラブシーンは周防監督作品とは思えない、ちょっと濃厚で刺激的なものです。
草刈民代演じる主人公の女医・折井綾乃は同僚の既婚者である医師・高井(浅野忠信)と不倫関係にあります。この高井という医師は、見るからに絶対信用できないイケメン医師なんですが、私はずっと浅野忠信だということに気付かず、映画が終わったロールスーパーでその名前が出てきたため、えっ!どこ?どこに出てきた?誰役?端役?としばらく考えて、まさか・・・と最初の方に戻してようやく分かったというありさまでした。
これまでの浅野忠信の印象はなく、爽やかでかつ嫌味なイケメン医師を演じ切っていたのだと思います。
綾乃は真面目で優秀な40代の医師ですが、このどう考えても信用できないイケメン医師・高井にとにかくゾッコンで、本人いわくこの男に「おぼれて」います。
高井は結婚もしているし、綾乃の他にも愛人がいるようないい加減な男で、そんなのちょっと付き合えば分かりそうなものなのに、綾乃は彼と結婚できるとずっと信じてきたのです。
彼に結婚する気がないと知るや、自殺未遂のような行動に出ます。
後にこのときの心境を患者である江木(役所広司)に打ち明けるのですが、綾乃はこの失恋について、「全てを失った」と表現します。
私は、ああ、なるほど、と思いました。
不倫関係にあるあのこれっぽちも信用できないイケメン医師高井との関係が、彼女にとって「全て」だった、ということです。
綾乃は本当にまじめで、思い込みも激しく、既婚者と付き合いながら、その彼に結婚のケの字も言われたことがないにもかかわらず、当然にいつか結婚すると思っていたのです。
そして、彼を失ってからは、患者である江木と、精神的に深く結ばれるようになります。
江木に最期の判断を託された綾乃は、その依頼を受けとめ、そしていいます。
「分かりました。でも、江木さんを失った私はどうすればいいんですか」
これは、もう、アレじゃないですか、共依存関係ってヤツ。...
ていうか、綾乃はこの手の、何でもできて優秀で美しい女性によく見られる、友だちは少なくて彼氏にどっぷり依存しちゃうタイプですよね。たいてい軽めの適当な男に引っかかって、泥沼な最後を迎える恋愛をしそうなタイプです。
私はこう思います。
このドラマは、自分の死を誰かに託すこと、そして託された人間がそれを実行すること、それは現代の法律や多数の人々の倫理意識に抵触するのかしないのか、そのあたりを問いかけるという試みであると同時に、恋におぼれた一人の女、というテーマも浮き彫りにしている気がするのです。
医師である彼女が、まだまだ人生を続けられるであろう患者の命を終わらせてしまったら、現代日本の法律や倫理意識と照らしてどのようなことになるのか、ということは、冷静に判断すれば分かることだったはずです。判例で示されている指針もありますし、医療現場では徹底されてるでしょうから、知らないとは言えないでしょう。問題はそこではないのです。
ただ医師である綾乃が、江木という患者に対して、個人的に強い思い入れを抱いてしまったことにより、その時点で医師としてとるべき行動の判断が鈍ってしまったに過ぎないのです。
もちろん、このような倫理観というのは、恐らく今後変化していくでしょう。
綾乃のセリフにもあった通り、命は大切だけれども、その命は何のためにあるのか、幸せになるためではないのか、本当に私もその通りだと思います。
最初から最後まで綾乃に殺人を認めさせることだけに注力し、必死で落とそうとしていた塚原検事(大沢たかお)も、取り調べ後はかなり微妙な表情を浮かべていました。
確かに法に照らせば彼女の行為は起訴されてしかるべきものだ、しかし、彼女のとった行動は本当に裁かれるべきものなのか、個人の尊重という大命題から言えば、法よりもむしろ彼女の方がその理念に近いのではないか、患者の自己決定権を認めて、患者の望まない輸血治療を施した医師が有罪とされた事例もある、等々、様々な考えが彼の頭をめぐり、自分のすべきことと本当に正しい判断について繰り返し自問し、葛藤した結果、後味の悪い思いをして、あのような苦々しい表情になったのだと思います。
線引きが非常に難しいとはいえ、自分の最期を自分で決める権利、誰かに託し委ねる権利は、そのうちある程度までは範囲を広げて認められるようになっていくでしょう。
でもやはり越えてはいけない一線があり、綾乃のような女性は、常にその一線と戦い続けることになると思います。
☆本日もお読みいただきありがとうございます!
にほんブログ村