存在感がある人
と聞いて、
どんな人を思い浮かべるだろうか?
単に、
目立つ人=存在感がある人?
それとも、
目立たないけれど、
どっしりと安定した核のようなものを
内に秘めている人こそが、
存在感がある人?
ここのところ立て続けに、
私は、存在感が圧倒的に薄いのか?
と思うことがあった。
正確に言えば、
一度会った人に
存在を覚えてもらえない。
相手は基本、
日本人以外だけれども。
二度目に会った時に、
こちらは相手のことを覚えていて
声をかけるものの、
向こうは私のことを
うろ覚え。
別の日本人と間違えられたり、
別の男性の奥さんと間違えられたり。
それが
夫と一緒にいると、
かろうじて
思い出してもらえる。
「ああ、このモジャモジャ頭の奥さんね」
と(笑)。
夫は大の目立ちたがり屋で、
髪型も言動も派手だから
一発で覚えてもらえるし、
人混みの中でさえも探し出してもらえる。
一方の私には、
目立ちたい願望はまったくないのだけど、
覚えてもらえないのは
ちょっと悲しい。
結婚してからというもの、
顔を覚えてもらえたとしても、
「◯◯さんの奥さん」
としか呼んでもらえないこともあって、
結構悲しい。
私は名前すら呼ばれない。
「所詮、私は夫の付属品なんだ」
と拗ねてしまうこともあった。
だからと言って、
私は存在感が薄い
と言っていいのかわからないけれど。
存在感って一体何?
そんなことを考えながら、
一発説教されたくなって思い出した
KREVA先生の『存在感』。
KREVA『存在感』
そもそも 存在してるんだから
「無い」とか「薄い」とか言われても困るだろう
だからってギャーギャー騒いだり
泣いたりして目立つ
それは逆だろう
むしろ黙ってても ただ立ってても
その人の中にある何かが語り出すような
そんな存在であれ
(歌詞抜粋)
なるほど。
本当に存在感がある人には、
名前すらも重要ではないのかもしれない。
「◯◯さんの奥さん」のままでもいいのかもしれない。
(悲しいけど)
顔を覚えてもらうだけなら、
覚えてもらいやすい格好をする
などというのも一つの手かもしれないけれど。
本当に存在感がある人とは、
そういった外側の要素が
目立つ人ではなく、
自分にも他人にも嘘をつかず、
自分の生き方を貫いている人。
嘘をついていないということは、
自分にも他人にもオープンである人。
包み隠すことがないから、
ただ黙っていても、
名前なんてなくても、
内側にある何かが勝手に語り出す。
そんな人のことを言うのかもしれない。
KREVA先生の意図とは
違うかもしれないけれど、
私はそうしたメッセージを受け取った。
ならば、
存在感のある人でありたいものだと思う。
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by カンボジア在住フリーライター HARU
すべての人の中にある創造性に光を当てたい。
そんな想いから、カンボジアのアート・カルチャー分野を中心に、取材・インタビュー記事を執筆中。
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