以下は、8月に箱根研修旅行へ行った時に書いた感想文です。
私が自分がADHDなのだと確信した瞬間です。


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「気付き」          とこ


私は手の掛からない子供だったはずで、すくすくと手の掛からない大人に育っていたはずだった。



はずだった  
のに…

箱根ガラスの森美術館に着くなり
目にするもの全てに心を奪われ写真を撮りまくる。

もう周りなんて見えない。
私とガラスだけの世界。

「ほらほらとこさん」

施設長の柔らかく高い声に、はっと我に返るも素敵なものはその隣にも、そのまた向こうにも…

とうとうサルみたいに手を引かれてキョロキョロしたまま次の目的地へ、次の目的地へ。

私は四方八方の展示物に興味を惹かれながら、駄々っ子のように手を引かれつつ進んだ。

気の向くまま、興味の赴くままに写真を撮っていると、ふと、いつも近くにNさんがいてくださることに気付いた。

その時は、偶然私がそばにいたので相手にしてくれているのだと思い、Nさんの笑顔に安心していた。


相変わらずのマイペースで進んで行くと
視界が開けてガラスのコンサートの会場に出ていた。
目の前に施設長が椅子に座っていらしたので、私は隣で見学しようと駆け寄った。
すると
「あなたのために取っておいたのよ」
と席を立たれる。
「そんな、ダメですよ」
と遠慮したものの
「私は元気だから」
の言葉に、うーん、グウの音も出ない。
もう、甘えちゃえ!くたくたの私は
「すみません、ありがとうございます!」

コンサートは想像を絶する美しい音色で、コンサートを楽しむマリーアントワネットに心を馳せた。
最後の「ふるさと」の合唱では隣で唄うKさんの歌声に感動して涙が滲んでしまった。


施設長にお礼を言いながらお土産コーナーへ。
ここでも私は糸の切れた凧だった。
何度施設長に私の名前を呼ばせたことか。


誰に一番手がかかり、誰にいちばん気をすり減らしたかって、もしかしてそれは私?
と気付いたのは家に帰ってからだった。

だから私はADHDなのか。
初めてその診断を心から納得した瞬間であり、大きなショックでもあった。

私ってそんなに手のかかる大人だったんだ…。

施設長やNさん、Aさんが私を気にしてくれていなかったら、私は迷子になっていることにすら気付かずガラスの世界でうっとりして、バスに乗り遅れていただろうなあ。

文句ひとつ言わず、私のわがままに寄り添ってくださったみなさんに感謝の気持ちがふつふつと湧いて、お仕事クラブのスタッフのみなさんやメンバーのみなさんにも「大切にされている」と感じ、とても感慨深く、感謝の気持ちが湧き上がった。

反省して
感謝して
うれしくて

その気持ちを 感想文に書いて届けようと考えながら、これまでに感じたことのない満ち足りた幸福感と、迷惑を掛けてしまったという反省とが混ざり合った、複雑な気持ちで眠りに就いた。


そして、今回の旅行で何よりうれしかったこと。
それは温泉に入ったとき「こんなこと滅多にないだろうから」と、施設長がわたし達の背中を流してくださった。
少し緊張したけどとてもうれしくて、施設長のお人柄に心を打たれた。

母にだってしてもらったことがないし、してあげたこともなかった。

私も施設長の背中を流したけれど、あまり上手じゃなくて、施設長の肩はとても小さかった。