昨日もご紹介したリジョイスさんのメルマガです。
勝手に転載してはいけないと思い、
了承を得るために下書き保存しておいたものです。
でも、昨日のメルマガに、
「もし誰でも、このメルマガが役に立ちそうだと思う人があるならご利用下さい。」
とあったので、あたたかいお言葉に甘えさせていただきます。
◆◆「狭き門」◆◆
このところ、長い記事が続いていたので、
今日は短いけれど、皆に役立つ話をお届けしたいと思います。
これは、ある養蜂家からの話ですが、
生まれたばかりのミツバチの幼虫は、六角形の部屋にいて、
その部屋には成虫になるまで十分もつだけの蜜が蓄えられているそ
幼虫はその蜜を食べて成虫へと成長するのですが、
部屋はろうでできた膜でふたをされています。
そして、蜂蜜がなくなった時が、
その膜ぶたを破って出てくる時なのです。
でも、膜ぶたを破って出るのは、簡単なことではありません。
全力をふりしぼって、悪戦苦闘をしなくてはならないのです。
ミツバチにとって、それはまるで「狭き門」のようなものです。
しかしその狭さが、ミツバチを飛べるようにするのです。
というのも、狭い所を無我夢中で出ようとする際に、
ミツバチの羽根をおおっていた一種の膜が、
かくして、ミツバチは飛べるようになります。
神様は、意地悪で私たちに「狭き門」
「狭い門」を通過しなければならなくなったのなら、
そこには必ず良い理由があるのです。
それでも、今まで安全なところに保護されて育ち、
全てを供給されてきた幼虫にとって、
この突然の試練は、さぞかし大きなことでしょう。
でも、その「狭き門」という試練を通過するからこそ、
ミツバチは羽ばたくことができるのです。
私たちも同じように、突然大きな試練に出会うことがあります。
でも、それでさえ、神様の配慮である場合が多いのです。
だからもし、「狭き門」を通過しているように感じるなら、
自分にこびりついている『古い膜』が、
試練によって削ぎ落されているのだと見方を変えてみて下さい。
そして、そこを通過したなら、
新しいことに向かって羽ばたくようになる自分の姿を想像してみる
そうすればきっと、もうひと踏ん張りする元気が出てきます。
神様は、私たちが日々成長することを願って、
それは、神様が私たちを愛しておられるからなのです。
「肉親の父は、しばらくの間、
たましいの父は、わたしたちの益のため、
そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。
すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、
むしろ悲しいものと思われる。
しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、
平安な義の実を結ばせるようになる。」
(聖書 へブル12:10-11)
成長するときはみんな苦しいんだ…
リジョイスさんどうもありがとうごさいました。