【 響ちゃん → とこ 】
川の流れみたく身を任せて
川の流れみたく身を任せて
極端に走らずに、ゆったりとした道を歩むこと。
寝食を忘れて、死にもの狂いになって修行をするのは、あまりにも極端すぎる
かといって、怠けているのは駄目ね。
そういう極端を避けるのがボチボチいこうだよね
楽しみながら歩むことだといえるよね。
たとえば、山を登るのも、あせらずゆっくりと景色を楽しみながら、
山にはえている植物を観察し、 昆虫を眺めながら登るのがいいねえ
ここに一本の材木が大きな川に流れ出ました。
この材木が両岸に近づかず、沈むことなく、人にも取られず、渦に巻き込まれないなら、ついには海に流れ入ります。
この材木のたとえのように、物事にとらわれず、「信は任すなり」 の境地で、人生の流れに身を任せて生きるならば、
苦しみや迷いのない清らかな生活を送ることになるよん
とらわれないとは、執着しないこと、握りしめないこと
執着心を起こすと初めの内は楽しいようでも、たちまち迷いの生活となり様々な苦しみをうんじゃうよね。
しかし、世の中の人々は身分や富の多少にかかわらず、金銭のことばかりにこだわり、お金がなければ無いで苦しみ、あればあるで苦しみ、 心が安まるときがないよね。
お金のために自殺する人もいます。
自殺しなくとも、生きるとは死への旅なの
人生はレンタル、私達のすべては仏様から神から無料で預かっているだけ
身も心も、生きている時間さえも。
とらわれない心は、信じることにより授けられる
悲しみが有れば喜びがあり、喜びがあれば悲しみがある
悲しみも喜びも越えたところが、とらわれのない世界
「 信は任すなり」 とは、己を捨てて神にすべてをお任せするという意味ね
響はとこを信じている
よく書いてくれました・・・やっぱりとこは最高!!
人生はとらわれない生き方の良い修行の場。
喜びと悲しみがある。
どちらも寄り添うよ
とこ 出会ってくれてありがとう
とこ の言葉は素敵だよ
-----
【 とこ → 響ちゃん 】
あはは
まさに昨日までの私だあ。
寝る間も惜しむように悲しんで、
食べることすら忘れていました。
ただ、神様が与えてくれたのは絵を描く時間。
なぜか、ストレスの渦の中で絵を描こうと思えました。
絵を描いている時間だけは自分に戻れたし、
心も穏やかで、響ちゃんの言う、一本の材木みたいにゆるゆるしていた。
でも、愚かとこ材木はまた引っかかっちゃった。
それは、ブログランキングという蔓。
これに囚われて動けなくなってしまった。
せっかく神様が用意してくれたのに。
私はランクが上がったことで苦しくなってしまった。
「欲」に捕われたんです。
いけないとわかっていた「筈」なのに。
本当に難しいのは「ぼちぼち」や「適当」
ついつい、欲深い私は「欲」を出してそのものの本質を忘れてしまう。
かつて、お絵かき教室で子供達に「絵は競争の道具ではない」
と教えてきた当も本人が、恥ずかしながら
絵をランキングという競争の道具に使おうとして手が止まってしまった。
「愉しみながら歩む」簡単そうで凡人にはなかなか難しいものですね^^*
執着せず、握りしめず。
美しく生きられるよう、ゆるゆると努力をして参ります。
実践は難しいものの、知っていると知らないとでは雲泥の差。
今回の試練も目の前の幸せに気付くための試練だった。
試練に感謝です。
レンタルの人生、愉しんで生きられるよう、今日もゆるゆる・・・。
この美しい地球という修行の場で、何度でも失敗し、失敗を恐れず、執着せず、
「とらわれのない世界」の住人になれるといいな。