【真相】
後頭部の鈍痛で目が覚めた。
どこか倉庫のような所だった。
後ろ手に縛られ、全裸にされ、口にはピンボールをくわえさせられていた。
「お前だったのか・・・」
目の前には、怯えた表情のイシナダがたっていた。
イシナダは俺を見てこう言った。
「僕はこうするしかなかったんだ・・・」
「何故俺を襲ったんだ。」
俺はピンボールから涎を撒き散らしながら問う。
「キミーは・・・キミーは魔性の女なのさ。あんたはもうすぐ死ぬだろう。だから最後に教えてやるよ。キミーの正体を・・・・」
1ヶ月前偶然にもあの光景を見てしまったのが、僕の破滅への始まりだったんだ・・・
キミーが男を殺していた。
青葉台の路地裏で、ダッフルコートとレインコートを着たキミーが男の左胸にナイフを突き刺していた。
通りの角を曲がったとき、僕の視界に飛び込んできたのはそういう光景だった。
キミーは手首を回転させて男の心臓をこねまわすのに夢中で、僕はわきの生垣にもたれてマフラーを巻きなおした。男の胸からは真っ黒な血液が溢れ出していた。キミーがナイフをゆっくり抜くと、男はずるずるとくずれ落ち、キミーの足にすがりついてから、うつ伏せに倒れた。
キミーは足を振り上げ、男を仰向けに転換させる。それから体を反るほど大きく振りかぶり、逆手に持ったナイフを男の胸に深く突き立てた。何度も。男の胸から血が噴き出し、キミーに飛散する。キミーはそれを気にする素振りを見せずに、たんたんと冷静に殺人スクワットを繰り返していた。立ち上がり、振りかぶり、しゃがみこみ、突き刺す。
やがてキミーは直立の姿勢で動きを止め、しばらく、完全に動かなくなった男を眺めていた。さすがに少し呼吸が乱れたようで、肩を揺らしながら小刻みに白い息を吐いている。ナイフを一振りして血をはらい、革のケースにしまい、さらに鞄にしまった。そして入れ替わりに出してきたウェットティッシュで返り血にまみれた顔を拭いて、レインコートのフードを脱いだ。
その殺人者が近所のクラブのキミーだと、僕が気付いたのはこのときだった。
精緻な技巧で作り上げられた中世の彫刻のように白く、美しい顔立ちはクラブで見るそれと変わらない。まるで違うのは表情だ。普段の愛想のいい笑顔は影もなく、無表情。それもただの無表情というのではなくて、たとえば人体模型のそれのような、人工的で冷ややかな感じのする完全な無表情だった。
キミーが僕を見た。
古い外灯の薄暗い明かりの下ではっきりとは見えないが、それでもやはり何の感情もうかがい知ることはできない。驚くでもなく、逃げるでもなく、ガラスのような静かな瞳で無感情に僕を捉えていた。
僕はキミーに近づいた。
「殺したの?」
「そう」
そばに立って死体を見下ろす。四十過ぎの男だ。太ってもなく、痩せてもなく、禿げてもいないやや小柄な中年男が目を見開いて死んでいた。しいて言えばジャンボ尾崎に似ていた。。。キミーが執念深く刺しまくった胸の辺りは、皮膚がめくれてぐちゃぐちゃになっていた。
「いつから見てた?」
キミーが血のスプレーを吹き付けられたレインコートを脱ぎながら言った。
「多分、最初に刺したところから」
僕は怯えながら答えた。
「ふうん」
キミーは裏返った蛾の死骸を見るような目で死体を見た。ようやく感情を表わし始めた。
「私のリサーチによると、ここはこの時間、誰も通らないはずだったんだけどな」
「リサーチ?」
「ここ一ヶ月、日曜の夜七時から八時の間にこの路地裏を通る人間は一人もいなかったのに」
キミーは迷惑そうに言った。
「僕もいつもは通らない。今日はたまたま、ここを通りたくなったから通った」
キミーは小さなため息と白い息を吐いた。
「それより、ずいぶん落ち着いてるのね」
「そう?」
「たまたま通りがかった道で人殺しの現場を目撃した人間の反応としてはかなり異例だと思うんだけど」
「殺してるな、とは思ったけど」
「もしかして、人殺したことある?」
「ない」
キミーはまた煙のような息を吐く。
「……変わってるのね」
そう言うとキミーはしゃがみこみ、レインコートで死体を包み始めた。
内心びびりまくっていたのに、何故かビビルなと本能が僕に告げた。
キミーは、「ついでにちょっと手伝ってくれない?」と言って、死体の首を持ち上げた。
「埋めるの」
「いいよ」
と僕は言った。と言うよりも有無を言わせない何かが彼女にはあった。
キミーはニヤリと笑った。
「足のほうを持って。大丈夫、誰も来ないわ。リサーチ済みよ」
そのリサーチ結果がどれほど信頼できるものなのか、頭の片隅で少しだけ気にかけながらも、僕は言われたとおりにした。
「血は?」
死体を持ち上げると、舗装されていない道路に血溜まりができていた。死体からも血が滴る。
「天気予報見てないの?今晩遅くから二十四時間ぶっ続けで大雨よ。きれいに洗い流してくれるわ」
「雨が降る前に誰か通ったら?」
僕の質問はキミーをイラつかせてしまったようで、
「だからそんなイレギュラーな奴あんたくらいでしょ。もし誰か通ってもそこから捕まるようなヘマしてないわよ」
と、断ち切るように言われたので、僕はそれ以上話すのをやめた。
男は近くの山中に埋めた。
「何故殺したの?」
僕は恐れながらキミーに尋ねた。
「店でひつこくされたから」
「それだけ?」
「それだけ。」
僕は怯えをかみ殺すのに必死だった。
「これからも何かあったら宜しくね。」
キミーはそういうと、夜の街に溶けていった・・・・・・
「あの夜殺された男が僕の隣の人と知ったのはそれからしばらくしてからの事さ。」
「じゃぁ俺にこの仕事の依頼を頼んだのは、お前か?」
「それは知らない。」
「さぁもうすぐキミーが帰ってくる。悪く思わないでくれ、僕たちに近づいたあんたが悪いのさ。」
ギー。。。
鉄の扉が開くと、レインコートを着たキミーがそこに立っていた・・・
顔面はまだ腫れていて、口端には絆創膏が貼っていた。
そしてその後ろに見覚えのある男が・・・・・
「お前は佐々木・・・」
佐々木通称リーダー・・・・5年前までは暗黒社会のリーダーだった男。
俺の中で全てが繋がった、全ての黒幕はこいつだったんだと。
5年前俺はある麻薬密売組織に潜入し、壊滅の一歩手前まで追い込んだ
その組織のリーダーがそうリーダーだ。
最後の最後で取り逃がしたがその際、逃げるリーダーは振り向きざまに
「お前後悔するぞ」
と一言言い残して去って行った・・・
「お前だったのか、リーダー」
「そうだよ。俺だよ。お前への復讐だけの為にこの5年間生きてきたのさ、トビー調査の依頼から全て俺が仕組んだ事さ、この殺戮マシーンキミーもこの俺が調教したのさ、そう全て計画通りにな!」
「あの放屁もか?」
「あぁ」
「俺がキミーをボコボコにした事もか?」
「あぁそうだ。全て俺の計画通りさ」
完全犯罪・・・・俺は悔しさのあまり、涙が溢れた。
もうどうにでもなれ・・・心がくじけそうになりふと目を下げた。
すると、全く意味が無いにも関わらず、俺の息子(通称:魔ジュニア)がいきり立っているではないか。
俺は心が奮い立った。魔ジュニアもいきり立った。
俺は迫りくる恐怖と戦いながら、思考をめぐらせた。
「考えろ・考えるんだ・ミニー」
キミーは右手に持った電機マッサージ機の電源を入れて、俺に近づいてきた。
ま・・まさか・・やめろ
俺の予想通り、キミーは電マを俺のありとあらゆる所に押し当ててきた。
俺は意識が遠のく程の快楽と戦いながら、策を思案した。
後ろでリーダーが黒いコートを着て、腕組みをしながらニヤケている。
しかし解決策は浮かばない。
もうだめか・・・
その時だった。
「ミニーさん!」
6億ターブはあろうかと言う甲高い声が倉庫に響きわたった。
「トチー!」
トチーはバトルアックスを手に倉庫に単身乗り込んできたのだ。
「ミニーさんの後をつけてきて、様子を伺っていたんですよ!」
トチーはバトルアックスを振りかざし猛然とキミーに突進した!
しかしその時、イシナダがサイドからトチーに飛び蹴りを食らわした。
倒れるトチー。
転がるバトルアックス。
トチーはイシナダにひきずり起こされ、殴る蹴るの暴行を受けている。
「やめろ!」
俺は快楽と戦いながら、叫んだ。
「待て!」
リーダーがいきなり叫んだ。
「フフフッフ・・・・ゲームをしようかミニー」
俺はまた、嫌な予感がしたんだ・・・・
次回「魍魎」に続く