栃木避難者母の会のブログ

福島県から避難してきたママ達がつながりを持って、安心して育児や日常生活を送れるように 自分の気持ちを大切に考えられるように 一人一人の声と言葉を大切にしています。福島事故の教訓を学び、伝え、二度と事故が起きないための活動をしています。


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2017年もいよいよ下半期?ですね。9月から11月までのお話し会のスケジュールをアップします。ラブラブ

 

9/14(木) 10時より12時 まちぴあ  

        「旅する蝶」のように―ある原発離散家族の物語 岩間千著 ガーベラ

        を教材としての学習会 (参加対象 避難者限定。要予約)

 

10/4(水)  10時より12時 まちぴあ

         簡単な体操 & おしゃべり会テニス

 

 

11/29(水) 11時半より1時半まで 宇都宮大学UUプラザ  照れ

        福島の人(帰還者含む)を招待してのランチ交流会  トロピカルカクテル

 

関心のある方は、お気軽にご連絡ください。赤ワイン

 

    

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辛い時間を乗り越えるための10のヒント

1.苦しみには意味がある

苦しいことには必ず意味があります。そして意味が見つかれば、それが希望となり、苦しみを乗り越える突破口に。未来に希望があると思えば、少し気持ちが楽になりませんか?

出典: www.flickr.com(@Corie Howell)

苦しいことには必ず意味があります。そして意味が見つかれば、それが希望となり、苦しみを乗り越える突破口に。未来に希望があると思えば、少し気持ちが楽になりませんか?

2.苦しい時が上り坂

「苦しい時が上り坂」ドイツの思想家フリードリヒ・フォン・シラーの言葉です。上り坂は、疲れるし時間がかかるし苦しいことばかり。でも1歩ずつでも進んでいけば、気付けば随分高い場所にいて、視界が大きく広がっているという意味です。

出典:

「苦しい時が上り坂」ドイツの思想家フリードリヒ・フォン・シラーの言葉です。上り坂は、疲れるし時間がかかるし苦しいことばかり。でも1歩ずつでも進んでいけば、気付けば随分高い場所にいて、視界が大きく広がっているという意味です。

上り坂にいる間は、目の前に精いっぱいで、自分がどこにいるのか分からなくなるかもしれません。でもそこで諦めなければ、ふと重荷が外れる瞬間がいつか訪れます。苦しみには、必ず終わりがあるのです。

出典: www.flickr.com(@Send me adrift.)

上り坂にいる間は、目の前に精いっぱいで、自分がどこにいるのか分からなくなるかもしれません。でもそこで諦めなければ、ふと重荷が外れる瞬間がいつか訪れます。苦しみには、必ず終わりがあるのです。

3.苦しみは過去に誰かが乗り越えている

その苦しみは、これまでに誰かが味わったことのある苦しみです。そして誰かが乗り越えています。そう思うと、自分だけじゃないと勇気づけられますよね。

出典:

その苦しみは、これまでに誰かが味わったことのある苦しみです。そして誰かが乗り越えています。そう思うと、自分だけじゃないと勇気づけられますよね。

4.自分を肯定する

うまくいかないことが続くと「悪いのはわたしかも?」と弱気になってしまうこともしばしば。でもそんなことはありません。自分の頑張りを知っている本人くらいは、目一杯褒めてあげてもいいのではないでしょうか。

出典: www.flickr.com(@Kessy Silva)

うまくいかないことが続くと「悪いのはわたしかも?」と弱気になってしまうこともしばしば。でもそんなことはありません。自分の頑張りを知っている本人くらいは、目一杯褒めてあげてもいいのではないでしょうか。

5.誰かと話をしてみる

ひとりで手が負えない時は、今の気持ちを家族や友人に話してみてください。自分にとって大切な人なら、きっと相手も手助けしたいと思っているはず。側に寄り添ってくれる味方がいれば、気持ちに余裕が生まれます。

出典: www.flickr.com(@Felipe Bastos)

ひとりで手が負えない時は、今の気持ちを家族や友人に話してみてください。自分にとって大切な人なら、きっと相手も手助けしたいと思っているはず。側に寄り添ってくれる味方がいれば、気持ちに余裕が生まれます。

6.思っていることを書き出す

頭の中だけでとりとめもなく考えていると、かえって混乱を招きます。そんな時は、箇条書きでもいいので書きだしてみてください。客観的に見ることで、新しい発見や解決策につながります。

出典: www.flickr.com(@Send me adrift.)

頭の中だけでとりとめもなく考えていると、かえって混乱を招きます。そんな時は、箇条書きでもいいので書きだしてみてください。客観的に見ることで、新しい発見や解決策につながります。

7.乗り越えたあとの自分をイメージする

行き詰まった時には、乗り越えたあとに待ち受ける「いいこと」を考えるのも、ひとつの方法です。具体的にイメージすればするほど、原動力が沸いてきます。

出典: www.flickr.com(@pol sifter)

行き詰まった時には、乗り越えたあとに待ち受ける「いいこと」を考えるのも、ひとつの方法です。具体的にイメージすればするほど、原動力が沸いてきます。

8.泣きたい時は泣く

苦しみの中にいると、我慢や忍耐を強いられることばかり。でも「頑張る」のと「無理をする」のは違います。時には素直な気持ちを、思いっきり吐きだして。

出典: www.flickr.com(@lauren rushing)

苦しみの中にいると、我慢や忍耐を強いられることばかり。でも「頑張る」のと「無理をする」のは違います。時には素直な気持ちを、思いっきり吐きだして。

9.ゆっくり眠る

人は寝ることで気持ちをリセットし、明日への活力を養います。また悩み事は、夜に考えると必要以上に深くなりがち。そういう意味でも、意識的に睡眠を取る方が、困難に立ち向かいやすくなります。

出典: www.flickr.com(@Lilmonster Michi)

人は寝ることで気持ちをリセットし、明日への活力を養います。また悩み事は、夜に考えると必要以上に深くなりがち。そういう意味でも、意識的に睡眠を取る方が、困難に立ち向かいやすくなります。

10.パワースポットで浄化

どうにもならない時は、思いきって神頼み!神秘の力にあやかって元気をもらうのはもちろん、いつもとは違う場所に行くことで、いい気分転換にもなりますよ。

出典:

どうにもならない時は、思いきって神頼み!神秘の力にあやかって元気をもらうのはもちろん、いつもとは違う場所に行くことで、いい気分転換にもなりますよ。

最後に。苦しみが得意な人はいない

苦しみが得意な人なんてどこにもいません。そこには、「立ち向かう人」と「後ろ向きになる人」があるだけです。

出典: www.flickr.com(@Alyssa L. Miller)

苦しみが得意な人なんてどこにもいません。そこには、「立ち向かう人」と「後ろ向きになる人」があるだけです。

乗り越えるには、勇気を持って開き直るのがいちばん健全。ぜひここは絶好のチャンスととらえて、新しい自分への第一歩を踏み出してみてください。

出典:

乗り越えるには、勇気を持って開き直るのがいちばん健全。ぜひここは絶好のチャンスととらえて、新しい自分への第一歩を踏み出してみてください。

 

転載元 https://kinarino.jp/cat6-%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%AB/17058-%E8%8B%A6%E3%81%97%E3%81%84%E6%99%82%E3%81%93%E3%81%9D%E6%88%90%E9%95%B7%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%80%82%E8%BE%9B%E3%81%84%E6%99%82%E9%96%93%E3%82%92%E4%B9%97%E3%82%8A%E8%B6%8A%E3%81%88%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE10%E3%81%AE%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%88

 

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日本は、高度経済成長以降これまで、原発を国策で協力に推進し、地方のごく一部は、原子力産業で成り立ってきました。現地では、放射能の教育も、原発の危険性や事故、避難に関する教育もされないまま、「絶対安全」「絶対安心」だけを教育され、そして、あの日を迎えました。私たちを憂鬱にさせるのは、打ちのめされるほどの原発の数、54基も知らず知らずのうちに日本中に建設されていることです。

 このことは、厳しく問えば、原発立地住民のみならず、結果的に、日本人全てが、思考停止をして、権力の暴走を許してきたことなのではないでしょうか。

 どうして、ここまで、日本人一様に原発に未来を託し、原発安全を信じてきたのでしょうか。ここまでのプロセスを、一度、丸裸にして、私たちは解明していかなければならないと思います。

参考までに、手っ取り早く知りたい人は、矢部浩治さんの著作などが、参考になります。

 

 

 万一の原発事故は、人の暮らしを破壊するほどまでに、恐ろしいエネルギーだったことが判明し、絶対安心、絶対安全はスローガンで科学的根拠がありませんでした。日本人は、こうしたスローガンに沈没する弱さも克服しなければなりません。「政」「官」「財」+マスコミ+学者が一体化した原子力ムラが露呈して、国民からバッシングを受けましたが、実は、今、問題になっている森友学園や加計学園問題も、かなり類似点があります。

既得権益層は、その巨大権力を絶対に手放したくないから、徹底して社会的影響のある人の人格破壊攻撃をして、社会的に抹殺します。

実は、先週(土)は益子ヒジノワで、今週(土)はフォーラム那須で「知事抹殺の真実」が上映されました。原子力政策に真っ向から対立した元福島県知事佐藤栄作久さんのドキュメンタリー映画ですが、マスコミ、司法までもが、最高権力が意図する支配構図が垣間見えました。本来、個人や国家は社会契約で成り立っていて、その法規は憲法です。しかし、長い年月にわたり、声をあげなかった日本人は、権力を腐敗、巨大化させてしまっています。県民を守るため福島県内全10基の原発を止めたため、権力の逆鱗に触れ、人格破壊攻撃をされた佐藤栄作久元知事の犠牲、そこに、憲法の理念は微塵もありませんでした。

本来、私たち国民が、政治家を付託している立場であり、主権者なのです。逆転を許してはいけません。映画鑑賞をした人からは実にタイムリーだとの反響があったようです。

 

私たち国民は、自分自身の権利が奪われることが、政治であることを深く学んでいないようです日本は、政治を道徳で捉える文化や精神が深く日本人の心に浸透し、お上を批判することがいけない、と考えるクセが身についています。私自身がそうでした。

 

しかし、政治の本義から見れば、この姿勢は、致命的で、自分達の命取りになることを、事故後たくさんの本を読み、歴史を学び理解できるようになりました。常に間断なく闘っていかなければならない問題なのだろうと思います。そうしなければ、いつの世も、国民は泣き寝入りで済まされ、悲しい生き物で終わってしまいます。

科学技術だけが進歩し、肝心な人間の心や人間が大切にされなければ、21世紀はバージョンアップすることができません。

社会のあらゆる現場や末端では、これまでの枠組みや、概念、文化が破綻しているのに、統治だけが変わらず、そこに民の苦しみや事件事故があるような気がしてなりません。

ITによる情報公開が急速に進んだこともあって、原発事故でその手法が見える化してしまい、真実の情報を掴もうとする気持ちがあれば、入手できる時代になりました。

本来政治とは、マスコミや、他人の意見や命令に左右されるものではなく、独立した個人として、自分の感性や主体性を発揮して、情報を得ることすら命がけで行い、権力と対峙しなければ、魑魅魍魎のうごめく世界の意図を掴むことは難しいです。

何故なら、人間は大衆になびき、大勢についていけば、正しいと考え、権力は大衆心理を熟知しているからです。

ユダヤ人として生まれ、迫害に遭い、亡命をしたハンナアーレントの答えは、まさに、全体主義の起源は、普通の人が「単に同調した」だけのことであることを看破しました。

 

「ナチスの政策に『賛成します』と言う人はそれほどいませんでした。けれども、『反対する』と声をあげた人も少なかった。この『反対しない』ということが巧みに利用された。

戦後、独裁者の代名詞となったヒトラーが民主主義から生まれたとはよく聞く話だ。だから、つい私自身も「熱狂的な支持」のもとに誕生したイメージを持っていた。しかし、1993年にナチスドイツが政権を獲得したとき、投票率自体は高かったものの、彼らの「得票率」は3割程度だったと言われている。つまり、投票した人の中でナチスを支持していたのは、わずか3分の1でしかなかったということだ。」

伊藤剛著 「なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか」

 

福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)の委員長を務めた黒川清さんの「規制の虜」には、国会事故調の活動や報告書を通して、我々に突き付けたのは、広い意味での日本社会の問題点、国会事故調を通した学びからくる考察で、事故の原因は今までの「日本式システムの限界」であると確信したことが説明されています。

黒川さんはその根本原因は「条件反射的な従順さ、権威に疑念をいだくことへのためらい、あらかじめ設定されたことの忠実な実行、集団主義、そして島国根性」であると指摘。国家の危機が目前に迫っても対応できない日本人的システムが、メルトダウン化していることへの危機。集団浅慮が日本を滅ぼすとして、警鐘を鳴らしています。集団浅慮とは、「同質性の高い人たちばかりで集まってグループシンクに陥ると、異論を受け入れ難くし、時として飛んでもない大間違いをしてしまう。

 「『異議、異論を唱える義務』あるいは相手の意見が違っていると思ったら、あるいはここで自分の意見を言うべきと考えたら、相手が上司でもあるいは年齢が上でも、あえて発言する義務。異論を唱えるのは義務だが、一方でそれを聞いた側は、それ相応の責任を持つということ。」(詳細は「なぜ異論の出ない組織は間違うのか」参照)

 

既得権益層はその体制を維持するために強力にマスコミを使って、キャンペーンを行います。さらに嘘の上塗りをしなければ、持ちません。総理が良く言う「印象操作」の指摘。自分がやっているからなのではないでしょうか。

日本人に、民主主義が根付くのか、表層的ではなく、実質的意味において根付くのか、歴史は日本人を試しています。

最近、勇気を持って声をあげる人から、いい言葉だな・・・と思う言葉にめぐりあい、励まされています。

 

「内なるアイヒマンを否定してほしい。そのタイミングは今しかない。」

アイヒマンと加計と森友  森達也

http://www.huffingtonpost.jp/tatsuya-mori/kake_moritomo_b_17238046.html

 

 「“第4の権力”とまで呼ばれているメディアまで権力に私物化されてということになると、これはもう日本の民主主義は死んでしまう」前川前事務次官

 

希望を持って頑張ります。

 

 

 

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加計学園や森友問題などで、政治主導で税金を利益誘導型に学校建設が進められている問題が発覚し、大きな問題になっています。税金はあくまで私たちが汗水たらして納めた尊いお金です。

政権側は、批判的意見は無視して、関係者の証人喚問も必要なく、一切否認しています。

原発事故後も、被害者の声を否認。困っている人の声を否認して、私たちはとことん苦しんできました。

この「否認」の中に、権力の魔性が潜んでいるのではないでしょうか。

 

前福島県知事佐藤栄作さんの「福島原発の真実」には、「法律で『無答責(むとうせき)』という言葉がある。戦前の大日本国憲法体制において、官吏は天皇に対してのみ、責任を負い、公権力の行使で国民に損害を与えても、国家は責任を負わないとする法理であり、現在の日本国憲法の下では否定されている。しかし、この原発政策では「無答責の法理」が堂々と生きていた。この官僚は異動してしまえば、それまでの責任を逃れることができるのだ。」とあります。

 

今回の方程式も類似しています。しかし、今回は、国民に損害を与えている問題に対し、立ち向かう勇者が登場しました。政権の実態・不正を告発している前文部省事務次官や、政権プロパガンダ的元TBS記者の強姦事件隠蔽に立ち向かう女性が登場しました。どれほどの勇気でしょう。

 こうした動きを私たちは、政権が好きな読売新聞による あるよなないよなニュースが報道されても、惑わされないように、真実のニュースを自分でつかみ、自分で考え、見抜き、しっかり後押し、応援していきたいです。

いつの世もどこの国でも、政権は常に大衆の性質を呑み込み、「マスコミ」を掌中にいれます。原発政策もそうでしたよね。

自分がなく、理論もなく、付和雷同的に、大勢についていき大勢であることだけで正義と見なす、日本人の悲しい性、それが、これまで、政治的範疇を乗り越えられなかった日本人の精神性ではないかと思います。

組織秩序、社会秩序が理論や法よりも優越し、そこから抜け出したものには、すさまじい怒りの報復が待ち受けています。

一般社会と政治では違っていいはずなのに、いっしょくたになっています。

しかし、今回の上記のお二人は、そのことを覚悟の上、声をあげています。命がけでしょう。高い志と正義感がなければ成し得ないことです。

 

法を順守して個人が抜け出し、それを認めていく社会にならなければ、真の愛国心は根付かないのではと思います。

自分達の力でつかんで、勝ち取っていかなければならないと思ってます。

日本的ナルシシズムを今こそ、乗り越えなければなりません。

問題の本質は先送りし、透明化されないまま、国民の権利をしばる共謀罪の審議だけはしっかり進んでいます。

 

これまで、私たちは、戦争は絶対にダメ、ということを繰り返され学んできたけれど、「どうして戦争が起きたのか」ということや、「どうやって戦争を繰り返さないようにするのか」について、掘り下げた思索は国民の間で議論されてきませんでした。お上を批判するのはいけないことだ、などの甘い政治意識を抜けだすことができなければ、戦前回帰は、火をみるより明らかな道理です。

 

「ナチスの政策に『賛成します』と言う人はそれほどいませんでした。けれども、『反対する』と声をあげた人も少なかった。この『反対しない』ということが巧みに利用された。」

 

「戦後、独裁者の代名詞となったヒトラーが民主主義から生まれたとはよく聞く話だ。だから、つい私自身も「熱狂的な支持」のもとに誕生したイメージを持っていた。しかし、1993年にナチスドイツが政権を獲得したとき、投票率自体は高かったものの、彼らの「得票率」は3割程度だったと言われている。つまり、投票した人の中でナチスを支持していたのは、わずか3分の1でしかなかったということだ。それでも、「あの日」ドイツの人達がした決断は、その後の歴史を大きく変えてしまったのである。」『なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか』伊藤剛著より抜粋

 

怒りましょう。声を上げましょう。主権者は誰にあるのだと。主権者はこの私たちにあるのではないかと。

 

 

 

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 著者は、震災当時、国立機関の研究者であったが、震災後、福島市に移り住み、福島で起きていることを住民目線で脳科学の立場から分析した本です。6年経過しても変わらない被災者の不安や心情が、合理性のあるものだとして大量の学術データや研究成果を通して解説しており、説得力があります。この本を読めば、これまで自主避難の母達が言葉では説明できず、放射能を怖がるのは心の問題だとされてきた風潮に対し、それは一面的な見方に過ぎず、論理的かつ科学的に整合のあることだとわかります。低線量被曝をめぐるリスクコミュニケーションの基底部にあることも、価値観の相違であるなど、目から鱗のような分析もあり、感服しながら、学ぶことが多い一冊です。

人間に対する真摯な姿勢と探求心に共感しました。このような人間の内面に根差した本質的論争を、実は、もっと早くに福島県民は一番求めていたかもしれません。やや学術的な本で難解な部分もありますが、勇気が湧いくる本です。

 

各章から一部メモ書きのように抜粋して、紹介します。

 

第1章 生物学的合理性から見た福島原発事故

必要とされる被災者の尊厳の回復(←まず、この言葉に感動しました。)

「事故直後から何も変わっていない」と訴える不安をどのように理解したらいいのだろうか。脳神経科学などの知見を踏まえて結論を先取りすれば、被災者の抱く不安感には生物学的な合理性がある。不安とは生物が進化の過程で獲得した生存の危機に対する警報装置だ。生物の警報装置もリスクに対して、過剰に反応するよう本能としてプログラムされている。

 

原発事故以来、被災者の心の中で鳴り響いている不安という警報装置は、日本社会が抱え込んできた社会の病を顕在化させてくれた。(←この警報装置が被災者は、今も鳴り響いています。)過剰な反応は非合理に見えるが、結果として、より確実な安全性を手にいれられる可能性がある。大げさに反応するこということは、記憶に残りやすく、同じ過ちを繰り返さないよう学習できることを意味している。被災者の訴える不安は決して過度な不安ではない。他人ごとでもない。いつ自分が当事者になるかわからない。

被災者の声に真摯に耳を傾け「もうこのような思いは誰にもしてほしくない」と願う被災者の置かれた状況に共感することで、潜在的な社会問題を共有することができるのではないか。(←絶対、そう思う)

  

第2章 脳神経科学から見た「不安」

不安とは生命が漠然とした危険にさらされたときに起きる情動のことだ。・・脳の偏桃体が破壊される病気の女性患者は不安を感じない。恐怖を感じたときに無意識に起きるはずの自律神経系の情動反応が起きない。

トカゲから人類に至る長い進化の歴史の中で偏桃体の機能が退化せずに保存されていたということは、危険を察知する「不安」という情動が、生存にとってきわめて重要な役割を果たしていることを意味している。

 

38億年前に誕生した地球上の生命は何度も大量絶滅の危機を乗り越えて生き延びてきた。トカゲが獲得した大雑把だが、素早い偏桃体の機能がそのまま人類まで引き継がれているということは、予防原則が生命の生き残り戦略として有効なことを進化の歴史が証明したことになる。正確さを追求するより、大雑把に素早く反応した方が生存に有利、それが経験に裏打ちされた生命の生き残り戦略だ。

 

不確実性の高い状況下では情動に基づく判断は理性的判断に比べ、相対的に高い合理性を発揮する可能性が高いことが示されている。

 

まず直感。理由は後付け。直感のメカニズム=人は情動を利用することで、瞬時に自分にとって何がハイリスクなのかを見分けることができるようになる。無意識のうちに意思決定の方向付けをしてしまう。情動反応がバイアスの正体。不確実性が高い場合、情動反応は理性より合理的な判断を行う可能性が高い。不確実性が高い状況下では偏桃体は活性化しやすい。

 

第3章 社会の病としての放射線災害

社会的な痛み(仲間から排除されたり、低く評価されたりしたことに対する不快な経験。孤立、格差、不公平に対する痛み)孤立している人ほど、死亡率が高い。不公平な社会ほど、犯罪率が高く、人と人の信頼感に欠け、社会的な結束力が弱く、健康水準が低い。

被災者は原発事故直後から、現在に至るまで、社会的排除による痛みを感じ続けている。(まさしく)そして、社会的排除による健康被害も発生し続けている。(まさしく)

 

原発事故は日本社会がこれまで抱え込んできた格差社会という「社会の病」の存在を、被災者の不安として顕在化させた。

 

女性の地位が高い州ほど、男性の死亡率が低いことがわかった。女性の地位が低い社会は男性間でも不平等、つまり社会全体が不平等であることが考えられる。そのような格差社会では社会的弱者である女性だけでなく、優位な立場にある男性の死亡率も高くなる

 

心が痛めば、実際に心臓が痛む配偶者との死別直後は、心筋梗塞のリスクが2.2倍になる。

(この言葉には本当に驚きです。私の周りでも、高齢者で避難先で心臓手術している人がとても多いです!!)疎外感などの社会的痛みは物理的痛みを和らげる痛み止め、アセトアミノフェノンの服用で和らげることがわかった。心と身体は別別ではない。

 

第4章 科学的リスク評価の限界

 社会的動物である人間にとって自分の生を支えてくれた自然、文化、地縁血縁を失うことによる社会的な痛みは生存の危機を意味する。・・なのに、今回の原発事故では放射線という量に還元できる基準以外の健康リスクは評価の対象外となる。社会の病は本人の心の問題として十把一絡げに切り捨てられてしまう。

社会学者の藤川賢は、健康リスクを居住地の放射線の数字で分けてしまったことで、リスクの共有、連帯意識の形成がしにくくなってしまった、と指摘する。住民同士が人の痛みを自分の痛みのように共感できれば「放射線に関わらず放射能汚染は問題だ」という認識を共有しやすい。住民の心を引き裂いてしまったことが一番の被害と被災者は訴える。

 

社会的動物として進化した人類は、自らの生存率を高めるため公平であることを求める。倫理・道徳は人間に特有の理性的で合理的な判断などではなく、他の動物にも共通してみられる情動反応を基盤としているようだ。人は公平さに対しては自腹を切って御礼をし、裏切り者に対しては、報酬を期待しないで処罰しようとすることが実験で確かめられている。

 

第5章 これからの安全・安心論議に求められるもの

 放射線被ばくの健康リスクをめぐる論争は、表面的には科学論争のように見えて、本当の論点は、「どのような社会が住み心地のいい社会と言えるのか」という価値観の対立にある。

 科学史・科学哲学の村上陽一郎は、安全性の議論には3つのバリエーションがあると述べている。一つはどこまで国家が国民の健康や安全を保障するのかという議論、二つ目はどこまで国民の自由と責任に委ねて国家の介入を抑えるのかという議論、3つ目は国民の自由を尊重することにおいて、敗者に回った人たちを社会はみすてるべきなのか、という議論だ。安全性の議論は、この3つの座標軸の間を行きつ戻りつしながら落としどころを求める作業だと指摘する。

 

筆者は、子供の貧困など格差が問題となる中で、超高齢化社会を迎える日本社会は、最も犠牲になりやすい人が最大の利益を得るような社会になることが、すべての人にとって住み心地のいい社会になると考える

社会的動物である人間は、自分と自分の子供の子孫の生存率を高めるため、弱者に共感し、公正さに快感を感じるように進化した。不公正に対しては本能的に嫌悪する。このことを裏付けるように以下のことが社会疫学の調査で明らかになってきている。

 

(1)一定の経済水準に達した国では、経済的な豊かさは寿命の延び、福祉の充実、幸福感に結びつかない。

(2)格差の激しい社会ほど、裕福な人も含めて死亡率が高く、公正な社会ほど、すべての階層で死亡率が低い

(3)格差そのものが死亡率の原因である可能性が高い。

(4)世界最高にある日本の健康水準は、格差拡大が続く限り、近い将来、悪化する可能性が高い

被災者は数十年先の日本社会の課題を先取りして肌で感じている「先生」である。その先生の声を充分に反映させるためには、ハザードの同定からリスクの評価に至るリスクアセスメントすべての過程に、被災者自身が積極的に関わっていけるかどうかがカギを握っている。そのためには、まず、言葉を失いかけている被災者が、安心してあるがままの自分の気持ちに素直に耳を傾けることができる場作りが必要である。 

 

 

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