ちょっと、腰が痛いのでヒモトレを試しているよ。
ここ数日、ハウスのビニール張りの残作業。
スプリングの下に引くビニールを用意したり、
巻き上げのパッカーの調整をしてり、
ハウスの谷の上に登っての作業をしていたら、
また、腰が痛くなりました(´_`。)
しばらく、ヒモトレなどをしながら様子を観てみます。
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ヒモトレ革命 繫がるカラダ 動けるカラダ
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たまには、お店のパンの写真を撮ったよ。
あれもダメ、これもイヤと畑は無肥料、無農薬、しかし作物は貧弱で虫の餌。
でも自分は、あれがイイ、これがイイと健康法や薬草、サプリメント漬け。
まあ、個人の自由。好きにやればイイでしょう。
はたまた、天然グッズやお祈りグッズに囲まれて、まやかしの精神的平安を得るのも、本人さえ満足なら、それもイイでしょう。
心の調和に不要なものですが・・・まあ、勝手にやって下さい。
と言いたいところなんですが・・・。間接的に環境破壊に加担していては話は別。
自然風慣行農法は、良いと「信じて」首つりの足を引っ張っるようなもの。
一般的な慣行農法より始末が悪いのです。
そもそも、農業は信仰の対象ではありません。信じても始まりません。
たとえ、趣味・道楽であっても環境破壊を助長するようでは反社会的行為であり、障害と言わざるを得ないのです。
今まで、ゴミとして貴重なエネルギーを使い、処分されていた物(未利用の有機物=生ゴミや木質系ゴミ、家畜糞尿など)や、大型機械の未使用、大面積単一栽培の不可能視などの無駄。
逆にエネルギー負荷の大きな、肥料、農薬の大量使用や希少・高価な資材使用の無駄。
有機(自然)、慣行栽培共に、使い方、やり方が不適切で環境破壊に繋がったり、生産性を犠牲にしたりして、多くの無駄があります。
遺伝子組み換えも同様です。
機械:
自然はマクロ(宇宙)からミクロ(原子・分子レベル、化学反応など)まで、全てが機械仕掛け。物理法則で動くのがその証拠(反する時は「あちら」の仕組みが働いている)。人工的な機械は、その応用に過ぎない。人の作った機械など、本物(自然)の機械から比べれば、まだまだ幼稚。
肥料、農薬の大量使用: 遺伝子組み換え:
バイオマスが大きい肥沃な土ほど肥料は効く。作物が健康なほど農薬も効く。環境が良いほど遺伝子組み換えの効果が発揮される。当然のこと必要度は落ちるが、使いこなす知識と技術があれば、使っても何の問題も起きない。
持続型農業=真の自然農法は、何かを否定することではなく、これらの無駄をなくすことです。
活用(逆用)できることを、やらないこと自体が「未然に防げる危機を傍観する行為」。
知らなければまだしも、知った上で「己の拘り」から拒否すれば、社会的(道義的)犯罪行為と言えるでしょう。
知った以上、喋らなければ犯罪者です(笑)。
己の拘り:
究極が「正義=人の義」。殺し合いの「源」。これを捨てるだけで戦争はなくなるが、祈りや願いではなくならない。何かを求めても自然の仕組み=法則は変わりはしない。不変且つ普遍だからこそ法則。天然、人工、何れも無償の太陽エネルギーが元。人以外は、無償が当たり前。人も無償のものを、無償で使えるようにならない限り動物以下である。これを奪い合い権利を主張するのは「己の拘り=個の保全」の優先。「人」以外の動物は「種の保全」が優先する。正義を主張せず、祈りも願いもしない?彼らは、基本的に同族同士の殺し合いはしない。個から種(己から全)へ。人からヒトへ。脳から心(全意識=表面意識と潜在意識)へ。これは後退(退化)ではない。高度に分化した意識(人)であっても、基点は未分化な意識(ヒト)におく。これが意識の地動説化=キリスト化(イエスの意識の象徴は魚)。本当の原点回帰(自然回帰)。
犯罪行為:
遺棄罪(狭義)= 老年、幼年、身体障害者又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の懲役に処する(217条)。



