脚立から落ちると、痛いよ。
今日も風が強いです。
先日、脚立から落ちかけて危うく大怪我になるところでした。
幸い、腕にかすり傷とジャンバーが破けただけ。
脚立の置き方が不安定だったようです。
建築現場では、KYミーティングや安全帯の着用などありますが、
農業では、自己責任!
みなさん、気をつけましょう(^^)
昨日から、サイドの止水シートを交換作業をしていますが、
半分ぐらいは土の中に埋まっているので、
シート横に溝を掘っています。
すぐ脇に、ハウスバンドの固定用のパイプがあるので、
とっても、作業しづらいです。
ツルハシのようなもので掘っていますが、
身体がきついので、古武術の方が言っていた余分な力を抜く方法を試しています。
いきなり上手くは出来ませんが、
自分の体に聞きながらやってみます。
余裕のあった方が、結果が良かったりするね。
見かけを似せても、自然の理(“いのち”を生かす)に沿うわけではありません。
自然状態では「生と死」のバランスが、少しだけ「生」がプラスになるよう仕組まれています。
このバランスを変えるのが「場(環境)」。
これは自然が自ら変えようが、人が変えようが何の違いもありません。
人が自然の理に沿わせれば不自然。
でも、自然のままでは反自然(生かし方が不十分)。
一見、矛盾するように見えますが、それが「いきもの」が自然の中で生きるということ。
人であると同時にヒト、変えることは自然なのです。
不自然は自然の仕組みの一つに過ぎません。
現在の地球環境は「いきもの」が作り替えてきた結果です。
生きるとは、自分の都合の良いように「場」を変えること。
どのように変えるかは、それぞれの「いきもの」の自由。
ヒトも例外ではありません。
自然の摂理に従うということは、ただ単に、あるがままの自然を受け入れることではないのです。
「場」を良くするのも悪くするのも、自由。
生きるも死ぬも、生かすも殺すも勝手です。
但し結果は、あくまでも自己責任。
自然農法とは、自然を人の、そしてヒトの都合の良いように、変えること以外の何ものでもありません。
自然のままが良いのなら、中途半端な猿真似などでなく、いっそのことサルをやれば良いでしょう(やった人もいますが^^;)。
できもしないことを、何時までも夢みていても時間の無駄。
サルにもなれないし、全人類を生かすこともできません。
我々にあと、どれ程の時間が・・・。
