今日(昨日と言うべきか)お風呂で母と色々語り合ってみた。

「人の気持ちを考える」
題を付けるとしたら、そんなところだろう。でも、それ以外にも、いろんな事を考える事ができた。
最初は、Sさんの話から始まった。Sさんは、母の友達で、実際には会ったことは無いが、母に聞くと、文学(?歴史?)のスペシャリストで、それでいて気さくで話しやすい、カッコイイ人というイメージ。そんなSさんは、人の事もよく考えられるらしい。例えば、Sさんが作り上げた物を次の代の人が引き継ぐとき。Sさんはスペシャリスト。引き継いだ人がその技術に追いつけるわけがない。その物の評価が下がってしまったらしい。だから、何かを作るとき、それを引き継いで行くときには、次の代の事を考えて作らなければならない。へぇ。すごいなぁ。。。私なら自分が作り終えたところで満足して、後はまかせたって去っていくだろう。
ここで1つ考えたこと。この話を聞いて、私は次の代の人の事を考えられるようになった。そして、このブログを見た人も考えられるようになるだろう。それがどんどん広がっていく。これってすごい事だよなぁ。。。もっと活用すべきなんじゃない?
私は、いつも自分の事を伝える事で精一杯なので、人の事を考えられる人は、無条件に尊敬してしまう。Sさん。私はあなたのような人間になりたいです。
私の友達にも、人の事をよく考える人がいる。私は彼女のことも尊敬している。そんなことを言っていたら、母が、「そぉいう事を考えられるっていうことは、心に余裕があるって事だよ。」と言った。心に余裕?いまいち分からなかったけど、あぁなるほどって感じた。何故かは分からないけど、そう感じた。一日中勉強とかであっぷあっぷしとるけど、そういう事ではないみたい。今心に余裕がある感じがする。

私は、母とは今まで、友達感覚と言ったらおかしいけれど、そんな感じで関わってきた。でも、今回語り合うことで、改めて「人生の先輩」だと感じた。母は「この年になっても、まだ新しい発見がある。」と言っていた。だから「先輩」。たぶん「人生の先生」という人はいないんじゃないかなぁ。。。私も、いろんな先輩と関わって、良い先輩になって、良い後輩を育てていこう。
あんまり文がまとまっていないように感じますが、中学生が書いた文ですので、御了承ください。

そんな決意を、何故こんな時間につづっているかというと(今午前1:25)、↑のことを考えていたら、眠れなくなってしまったからです。これを書いていたらある程度まとまったので、もう寝ます。ご静聴(読?)ありがとうございました。(注:SさんはS店長ではありません。)