G線上のアリア

今我が家には流れるようにピアノの調べが聞こえている。曲は「Ｇ線上のアリア」
マイセンのティーセットを持った私が「ケンさんお紅茶がはいりましてよ。少し休憩なさいな」としずしずと現れる。「お母様。やっと調子がでてきたところなんです。お茶の時間はもう少しあとにしていただけますか？」「ほほほ・・ケンさんったら、あなたはお父様のあとを継ぐ身、ピアノなど趣味でやってらしたらいいのよ・・」

・・・いつまでやっとるんじゃい！！(-_-;)

学校から帰ったままのかっこうで真っ黒に汚れた爪で、ケンがとぎれとぎれ、つっかえつっかえ、しかも右手のみでいやいや練習している。キッチンで、さやえんどうの筋を取りながら、私が「はい、もう一回！」とかりかりしながら聞いている。これが現実の我が家の風景である。

しかし、曲はあくまでも「Ｇ線上のアリア」。

なぜケンがこの曲を選んだのか、ケンのピアノの先生（私の小学校からの友達）が教えてくれた。
この段階ですでに「ひょっとして？」と感じた人はかなりの野球マンガ通である。
そう「ドカベン」を読んで、トノマの「秘打　Ｇ線上のアリア」を知ってメロディも何も知らないまま決めたらしい。だから、ケンのイメージとはかけはなれ、しかも難しい曲を練習するはめになったのだ。
今日も、トノマのような華麗な守備が出来る様に願いをこめて「Ｇ線上のアリア」を練習している。

最近のケンの世界はこんなふうに野球を中心に回っている。
学校の陸上部に参加したのも、少しでも早く走れるようになりたいから。
土日ほとんどつぶれて、遊びに出かける事も少なくなってしまったがなにも言わない。
ミスして、叱られて、泣いて・・
それでも毎週、ユニフォームに着替えてグローブとバットを持って自転車ででかけていく。

一時、試合前になるとおなかが痛くなったり、元気がなくなったりしたけれど、今はもう大丈夫そうだ。これからも、そんな事があるかもしれない。でも、またちゃんと乗り越えることができるだろう。
ほんとたくましくなった。

「Ｇ線上のアリア」を間違えずにひけるようになったとき、きっともっとたくましくなっているだろう。