そのとき読んでいた本、鈴井貴行著『ダメ人間』の影響もあるだろう。iPodから流れていた歌、福山雅治の『恋愛』の影響もあるだろう。
でも他でもない、別れたばかりの彼女のことを想ってしまったからだった。
涙ぐむ1時間前、盛岡の知人とお茶をしながら別れた彼女のことを話をしていた。
別れたこと、なぜ別れたかということ。
他人に自分の恋を話すというのは、恥を晒すことでもあると思う。
でもそうすることによって、他人から“自分の別れが正当なものである”と認めてもらいたかった。
そして自分自身にも”別れたことを正しい”と良い聞かせたかった。
そのために随分と彼女を酷い女になぞらえて語った。
もちろん嘘を語ってはいない、事実しか語っていなかったが、『良いこと』を話さず彼女からされた仕打ち、彼女から言われた酷い言葉、混乱して暗中模索状態だった自分、それでもがんばって努力していた自分など、そんなことばかり話していた。(ずるい人間だ、俺は。)
ただ、それで吹っ切れるはずだった。
でも結果、涙ぐむこととなった。
3年6ヶ月。
それは決して短い時間ではない。
ましてや大好きだった彼女である。
たった小一時間話したぐらいで全てが吹っ切れるわけないのである。
それに彼女の酷いことを話した反動か、新幹線の車内では彼女の良い所ばかりを思い出していた。
彼女の笑顔。それを曇らしてしまった自分。いろいろなことを思い出し、涙ぐんでしまったのだ。
彼女を酷いと思うことも、嫌いになりそうなこともたくさんあった。
でもそれは自分が彼女を理解できず、彼女の望むこと・期待に応えることができなかった故に彼女は僕に厳しく接したのだと思う。
彼女の気持ちを理解できなかった〈イマイチ男〉を鍛えてくれた彼女は僕に取って最高の女性〈サイコー女〉であったとも思う。
でもその彼女はもう僕に厳しい一言も罵声も浴びせることは無い。
それを今は悲しく思っている。
最後はあんなに別れたいと思っていたのに不思議なことだ。
もう彼女とヨリを戻すことなどできないけれど、せめて彼女と過ごした日々をブログで綴ろうかと思う。
全ては彼女のことを忘れたくないために。







