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とっちのノート

2011年明けて早々、乳がん発覚。
2011.10.25に最後の抗がん剤投与を終え、ちょっと 一息。
今までの整理を兼ねてちょいと日記でも。
まだまだ長い闘いになりそうだしね。
同志のみなさま一緒に輝きましょう☆

うぉぉ~、イライラするぅ~




『暖簾に腕押し』


『糠に釘』



とはヤツのこと!







なっちの頑固じじい!


わからんちん!!


バカタレ太郎!!!




カバゴリラ~~!!!!








ふぅDASH!スッキリ キラキラ

失礼致しました。




よし!明日も仲良しグッド!





Mahaloヒヨコ
乳がんが発覚して1年経とうとしています。

手術→化学療法→放射線治療が無事終了し、残すところは長いですがホルモン療法のみに。

こいつがまたなかなかの曲者ですが、終了した治療から比べれば何のそのです。


薄れていく副作用、体力も少しずつ回復し、しんどかった治療の記憶もどんどん薄れていきます。

普通の生活を取り戻すのは大事ですが、それと同時に病気になって気づいた大切な事も忘れてしまいそうな未熟者なとっちなので、
時々読み返しては思い出せるように少しずつでも綴っていきたいと思っています。




正直大変な1年でしが、いろいろ考えたり、気付いたり勉強になった1年でした。


病気が発覚し、これまで当たり前に過ごしてきた日常が当たり前ではなくなりました。

今まで、空気のように、当たり前に居てくれた家族や友人たちのありがたさが改めて身に染みました。

『会えなくても傍にいるからね』と幼馴染みたちからの手紙、本当に心強かった。

忙しさに流され見過ごしてきた事、何事にも感謝し、小さい喜びを見つけ幸せを感じる心の余裕が持てるようになったんじゃないかな。


ただやっぱり、家族と相棒なっち以外の人との接触はまだ積極的にはなれない未熟者で、課題は山積状態ですが…





そもそもブログを始めたきっかけは、何となく始めた日記のようなものでして…

どなたかのお役に立てればとも思いますが、そのように闘病記を書かれてる多くのブロガーさんのような立派な事はとっちにはとてもとても…すみません


有り難くも、とっちを心配し病気を理解しようと傍に居てくれる人はいてますが、どうしても孤独を感じてしまう事があるんですよね。

ここに来るようになって安心したんです。一人じゃないって。
共感できる、してくれる人がたくさんいる事が嬉しかった。

リアルな身近な人は勿論の事、ここで知り合った方、交流は無くてもブログを読んで頂いてる方、または訪問させて頂いてる方(読むだけでごめんなさい)、とても大事な方々です。



まとまりなく話があっちこっちしましたが…


みなさんいつもありがとう。感謝してます。
これからもよろしくです(*^3^)/~☆



とっちの記録(ノート)大切にしていきます。
これからどんどん元気になるので、内容もアクティブになっていく予定で~すチョキ



Mahalo ヒヨコ
他の方と比べマイルドな焼け具合のまま放治全25回終えたとっちです。

とはいえそれなりに日焼けのような症状はしっかりあります。

胸部はくっきり四角。
脇の辺りは擦れるからか赤みが強い。
突っ張り感があり、肩も硬くなった感じ。

鎖骨はベストの前身ごろみたいな形に。
こっちは目を凝らしてよ~くみないと判別できないくらいで、
手を上げた時に出来る鎖骨辺りのシワの部分だけ浅黒くなってます。
放射線突き抜けて背中側も何となく焼けてる?


リボン放治1~2週間後
ヒリヒリする。
赤みをおび、毛穴が黒くなり産毛が抜ける。


リボン放治3週間後
四角の端が少しずつ黒くなり始める。
脇の辺りの赤みも黒くなり表面がゴワゴワに固くなる。
まだ全体的に赤いのに、ジムで張り切ってツイスト運動やりすぎて下着が擦れたからか、ヒリヒリMAXが3、4日つづく。
湯船に浸かるとしみる。

リボン4週間後
全体が黒く乾燥し、脇周辺がボロボロ日焼けのように皮がめくれる。
経験した普通の日焼けより剥ける皮が厚いような気がする。
ヒリヒリは少ない。




放治最終日に皮膚が落ち着くまで擦らないよう看護師さんに言われ、患部は泡で優しく洗っていたので、端っこ以外のマーキングはまだちょろっと残ってる。





Mahalo ヒヨコ
早いもので放射線治療後、4週間経ちました。

他の同時期に放射線治療を受けている患者さんと比べ、
これと言った大きな変化なくマイルド(?)な焼け具合で25回終了しました。


リボン放治1~4 <11/21~25>
何となくヒリっとする?
久々の連日の早起きでか帰りの運転中
とにかく眠たい。
体力不足でか1週目にして疲れる。


リボン放治5~9<11/28~12/2>
少しずつ熱を持ってきてヒリっとしてきた。
この週の金曜日、異様なほど疲れを感じ待合室でも、
おしゃべりに参加せずみんなと離れたとこでうたた寝。


リボン放治10~14<12/5~9>
うっすら赤みが出てきて、ヒリヒリしてブラをするのがちょっと苦痛なので帰宅するとすぐに取る。
パッドにミニタオルを代用してるのがいけない?
前の週に続きこの週は疲れててダルかったなぁ。
段々微妙にずれてくるマーキングかとても気になる。大体でやってるのか?!


リボン放治15~19<12/12~16>
山を越え元気になる。
ヒリヒリは落ち着いたが、赤みは濃くなり乾燥してきた。
段々全体的に突っ張りが強くなってきて腕が上げづらくなった。治療の体勢がキツい。
昼過ぎに帰宅し、夜寝るために昼寝を我慢するも、力尽き15時頃から2時間くらい爆睡してしまう。
やたら喉が渇くというか詰まる感じ?喉にも放射線掛かってるみたいね。
センターに来たら体力強化にエレベーターを極力つかわず階段使用。
上りは休憩を入れないとかなりヘロヘロになる。


リボン放治20~23<12/19~22>
ヒリヒリと突っ張り感が大きくなる。
脇の辺りが特に赤いが、全体的にはやはり薄い焼け具合。
喉の違和感とちょい胸焼け。

23回目は朝イチから機械トラブル。
翌日は祝日。
三連休になるのでその木曜日はどうしても治療して帰りたかった。
4日間も間が空くのは頂けない。
結局2時間遅れで始まり、技師のマーキングの書き足し作業を省き、
みんなも協力して半分着替え(笑)状態でスピーディーに回っていきました。

しゃべくりまくってたから待ち時間は気にならなかったけど、
三連休だからマーキングはして欲しかったな…
モトさん放治卒業!楽しい時間ありがとう(*^^*)♪
とっちも後2回で終了と思うと嬉しい反面、今後が不安にもなる。


リボン放治24~25<12/26~27>
この年はホワイトクリスマスでしたね~雪
前日からの雪、朝はまだ残っていたので丁度休みだったパパさんの運転で通院。
放治中、毎週月曜にあった診察はこれで最後。
以後は乳腺科の主治医にバトンタッチで、もう放射線科医に今後会うことはないとの事なので、
思いきって一回目からずっと気になっていた事を聞いてみたら
『趣味の世界になっちゃうんですけどね…』と、ものすごく具体的に丁寧に説明して下さった。
こちらが『もう結構ですよ~』と言いたくなるくらい(笑)
ホントにお世話になりました。

最後の2回滞りなく済んでいつもおしゃべりに付き合ってくれたキリさんともお別れ。


毎日お疲れさまでした。みなさんお元気でいらして下さいね~パー









Mahalo ヒヨコ
イメージ 1

イメージ 2

やっとこさ






技を







覚えました。











あ…写真をね、載せるだけの事なんですけどね。





Mahalo ヒヨコ