さらに常寂光寺、落柿舎、壇林寺、祇王寺、滝口寺、二尊院と続いたところでタイムオーバー。

大覚寺まで行く時間なく、神戸に引き返すことになりました。

ほとんど数年前にいったところばかりだけど街自体もずいぶん変わっていたし、
素晴らしいものは何度見ても素晴らしいのです。

平家物語の「祇王」も栄枯盛衰、諸行無常って言葉を女性の世界で表現した段です。

時代に流されるしかなかった当時の女性を象徴するような悲しい話でこれまた私の清盛嫌いを助長する逸話ですが。

さて、自分が落ちぶれる直接のきっかけとなった仏御前を受け入れて暮らし、現在は清盛と一緒に供養されている祇王は今幸せなのかな?

まぁ、60やそこらのジジイに20の女の子が囲われてそこに愛があったとも思えないんだけどね。



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