先日、一年間に渡る手話講習会の修了式でした。
途中、コロナ禍のため二か月程休校になりましたが、何とか通い切り、
無事終了証を頂きました。
修了生全員が一人ずつスピーチをするのですが、私はどうしても父の件から離れられず、
結局父の死を織り込んだ内容になってしまいました。
父の死を経験して、心が折れ、全部やめようと思った事、それでもやっぱり続けていきたいという決意を発表しました。
辛い事は過去の事、過去はそれだけでもう自分は今を生きている。
今の自分は明日の自分のための存在だから、少しでもいい方向にいたい。
そう考えてボランティアを続けていきたいと思います。
父の死を契機に母親とは交渉を絶ちましたが、「ボランティアなんてバカバカしい。なぜ
やっているの?」という事を聞かれました。
人によって様々な理由があると思いますが、私はいくら考えても理由が見つからないのです。
電車で座っていて座席が必要と思われる方がいれば席を立ち譲る、雨の中傘を持たない
人がいれば傘を差しだす。子供の頃から脊髄反射のようにしていました。
もう、DNAに組み込まれているのだから、考えても仕方ありません。
ボランティアも人と人とのつながりが大事です。
私は今後の一生をかけて、その意味を追いかけたいと思います。