私が思うに、日本人における家族のカタチって、同じように見えて、実は同じでないにもかかわらず、比較をする。それが良いとか悪いとか言っているのではなく、いわゆる病的のようなモノ。個人主義がアメリカやイギリスから入ってきて、人間性は確実におかしくなってしまう。だから日本の中では「欧米人は野蛮だ!」などという藤原正彦ばりの悪口を言い放つ者も存在するが…そうではなく、日本が個人主義に合わない。
内田也哉子が小学生の時に「お父さんとお母さんの職業は?」と聞かれ、答えた精一杯が「お父さんは会社員で、お母さんは、普通のお母さんだから、いつもお家にいる」だった。真っ赤なウソを淡々とつかなければいけない小学生の心理って一体何だろう。口が裂けても本音は言えない。言ってしまった瞬間は、もしかしたら、普通の家庭ではないと思われてしまう以上に…子供も変な奴だと思われてしまうかもしれない。
父上(ロックンロール!チェケラ・ベイビー!)
母上(リアルも役も小汚いババアです)
お父さんがロックンローラー!お母さんが女優!なんて意地を張ってでも絶対に言わない。ダイヤモンドにように堅い意志だ。本当は普通の家庭が良かった。落ち着いた両親の元で暮らすって、幸せだと思っていた。でも私、思うんですよ。普通って、どのぐらいを指して言うのかな?
父・内田裕也が社会の掟を破るたびに、マスコミを通してコミュニケーションを取る。家庭でコミュニケーションを取ることは一切なかった。そもそも、父と母は結婚する身でありながら、別居状態。晩年には「逆仮面夫婦」というあだ名が献上された。若い頃は流血を伴うケンカが日常茶飯事だった。2018年9月に母・樹木希林が他界し、半年後に、父・内田裕也も後を追うように逝き…大事だったはずの苦悩が行き場を失った。
家族を一つの「標本」や「世界数十億分の1」の家族として、中野信子先生に脳科学の見地で客観的に分析してもらおうと思いました。思いがけない気付きを得たり、長らく抱えていたもどかしさを消化できるかもしれない。2020年1月『週刊文春WOMAN meets 樹木希林展』と題して500人のオーディエンスを前に、脳科学者(正確には認知科学)の中野信子先生と対談させていただく機会を得ることとなった。楽屋15分前に「初めまして!」の挨拶から…インテリジェンスな中野信子先生とは、何でも話せる気がしていた。90分間の公開対談は、あっという間だった。
通常の対談ではライターや編集者が同席するのだが、今回は二人きりの対談だった。たとえ脱線しようと、気兼ねなく、心の内を話せたのだ。
私の考えを途中で入れさせてもらうが、家族の話、家族の悩み、家庭の悪口、というのは、日本人みんな大好きである。コレが暇を持て余すオバサンたちの日常であり、映画でも「家族」のテーマがやけに多い。アメリカ映画のように、突然「銀河帝国」に話が飛んだりしない。スターウォーズでは宇宙にアタマが飛んでしまう。しかし、日本では「社会」「世間」「リアル」というモノが少なくない。それが良いとか悪いとか言っているのではなく、そういう違いである。アメリカの良さは、それで民主主義と資本主義が発展した。日本では、イジメがやめられないということ。
もちろん欧米でもゼロと言わないが、これだけ読み漁っていて、大学でも私はフランス語を取っていて文化を研究し、個人主義と集団主義の違いを自分なりにではあるものの、吸収したつもりだ。私がシラケ世代や団塊世代より若くたって、日本は同調圧力に端を発した世間中心であり、対するアメリカは世間が個人に対し、個人主義であることを押しつける文化だと知っている。だから欧米では他人の話をしない。あくまで、自己PRのオンパレードである。当然これは自分を発揮するのではなく、欧米の場合は会社であっても、あなたはどういう人?ということをベラベラ喋る期待をしているのだ。日本では「私は~だから、こんなにスゴイ努力をした。こんなにスゴイ人間である」ったら「何だコイツは?」でお終いである。むしろ変人だと思われてしまう。インターネットでTwitterやFacebookやInstagramをたくさんやっている人こそ危険人物だ。
この二人、私がお得意の養老孟司教授の話をしている。二人とも、脳に興味が湧いたのは養老孟司教授からだという。本の中でもあるように実は養老孟司教授は脳科学が専門ではなく、解剖学者ということを確認しているが、身体から脳って何だ?というのは、実は無意識も身体の一つである、ということ。それが意識して脳だけ動かすのではなく、細胞が身体にも張り巡らされているわけで、だからテストで太ももの切り身を画像として出題し「これは何だ?」みたいな問題を出す。だから、講義に出ていないと「これは脳だ!」と書く間抜けな学生も、いたのだとか。
そのままでは単位をあげられない。だから「君は講義に出ていないけど何をしてたの?」と養老孟司教授が訪ねる。そして、その学生は、あろうことか「これまでは学習塾でアルバイトをしていました!」と真面目に答えたら、単位をプレゼントしたという。中野信子先生も内田也哉子も、そこまで親切な教授は滅多にいない、と述べている。まして、私は「こんな穴倉でジジイの御託を聞いていないで体を使って働け!」と学生に常々、言うのを思い出した。そういえば…ある若い女性が解剖教室に訪ねてきて、自分の死体を引き取ってくれ!という話もあったんだよね。
いや…スゴイ人間だ。自分には出来ない。内田也哉子の夫・本木雅弘も、それに近い人がいいと、実は、樹木希林は内田家を絶やすまいと思っていて、本木雅弘に内田家に入ってもらったという。ああ見えて、実は「イエ制度」を重要視している。本木家は16代続く農家だってのに。
その反面、内田裕也は3度逮捕されている。一度目は大麻取締法違反。10年間マリファナがやめられなかったことも影響している。そして二度目は銃刀法違反。大好きなTHE ROLLING STONESばかりでは、日本のアーティストの活動場所がなくなってしまうと、ナイフを持ってウドー音楽事務所に乗り込んだ。三度目は付き合っている女性の家に押しかける住居不法侵入と強要未遂。拘置所で与えられた番号が「69(ロック)」だと喜んでいたという。今現在の1960年代~1970年代までは、注意した方がいいかもしれませんよ。いちいち、カッコつけないでね。
もともと4人きょうだいの末っ子で、以前から手が付けられなかったという。欲しいモノが手に入らなければ、床や地面に這いつくばってワーッと駄々をこねる。公立中学でも、手が付けられない人いませんか。いわゆるアレ。私が思ったのは、これは明らかにADHD(発達障害)だな~と思った次第であります。アルコール依存症もそうだしね。片づけられないのもADHDで、実は天才の方はASDであり、全体の10%に満たないということは、岩波明の『発達障害』(2017)や『天才と発達障害』(2019)でも示した通り。残りの9割は変人で終わる。樹木希林のおかげだ。
でも内田家って、誤解を恐れずに言えば、これが世間みたいで、いいかもね。中野信子先生が話しているように、幸せ係数って微分方程式みたいなモノで、最初がマイナスから、どんどん上がっていけば幸せに感じる。最初が何の不満もなく、今現在みたいにボタン一つで何でも出来てしまえば、今現在が幸福だとは恐らくほとんどの人が感じていない。大震災でもない限りね。中野信子先生の父親も扱いづらい人で、母親とは一切、話をしなかったという。中野信子先生も「中野姓」を名乗って良かったという。つまり過去を捨てられた。良い未来って実は、人間はある程度、苦労した方が良いのかもしれない。というか、私だって満足に体が言うことを聞かないわけで、その苦労なんて、画面上で分かるはずもあるまい。だから病院に通わなければならない。面倒くさいだけだ。内田家も色々トラブルが舞い込んだかもしれないけど今は幸福だね。
【ニューソース】