4月28日の衆議院補欠選挙は自民党の3敗に終わりました。

 

その原因は、裏金汚職事件と責任をとらずに自己の延命だけに走る岸田首相でしょう。

 

 

経済でも政治でも、落ちるところまで落ちなければ回復には向かいません。

 

徳川幕府もそうでしたし、明治維新後の天皇制日本もそうでした。

 

私は現在、戦後新憲法下の日本が終末期を迎えていると思います。

 

そしてそれは、新しい日本へ向かう変曲点でもあると考えます。

 

今回は日本がこんなに落ちぶれる原因となった、平成以降の失われた30年。

 

その原意となったリクルート事件について、政治評論家の嘘月飛夫先生に解説してもらいます。

 

嘘月飛夫

 

リクルート事件とは、1988年(昭和63年)6月18日に発覚した汚職事件じゃ。

 

リクルートの子会社、リクルートコスモスの未上場株が賄賂として譲渡されたのだな。

 

贈賄側のリクルート関係者と、収賄側の政治家や官僚が逮捕され、政界、官界、財界、マスコミを揺るがす大事件となった。

 

当時は、戦後日本における最大の贈収賄事件と言われたものじゃ。

 

この事件の本筋は、リクルートが手がけていた川崎駅西口再開発計画に対する便宜供与を目的とする、川崎市助役に対する贈収賄事件じゃ。

 

しかし、リクルートの江副会長は今後の会社発展の起爆剤にしようと、政・官・財・マスコミの有力者にも、未上場株をばらまいてしまったのじゃ。

 

ちょうどバブル期に突入したこの時期、期を見るに敏な江副はリクルート発展の千載一遇のチャンスと思ったんじゃろう。

 

そして、この事件が失われた30年と言われる現在の日本に深く関わっている原因は、有能な江副が当時の有力者、次世代のリーダーを見極めて株を譲渡していたことじゃ。

 

株を譲渡された代表的な政治家をあげてみよう。

 

当時の首相、中曽根康弘、次期首相竹下登、宮沢喜一蔵相、橋本龍太郎運輸相、梶山静六自治相、森喜朗文相、塩川清十郎元文相、加藤六月農水相、山口敏夫労相、小渕恵三官房長官、小沢一郎官房副長官、藤波孝生元官房長官、加藤紘一元防衛庁長官、安部晋太郎幹事長、渡辺美智雄政調会長、代議士では浜田卓二郎、伊吹文明、愛知和雄、堀内光雄、鈴木宗男、椎名素夫などだった。

 

鈴木宗男などは、当選1回目の新人代議士じゃった。

 

この時、江副が株を譲渡しなかった政治家、便宜を図る価値がないと評価した連中だな。

 

こっちの方が面白いぞ。

 

最大派閥だった竹下派では、金丸信、羽田孜、渡辺恒三の三人。

 

そのほかでは、河野洋平、麻生太郎、三塚弘、山崎拓、古賀誠、小泉純一郎、細川護熙、宇野宗佑、海部俊樹、鳩山由紀夫、石原慎太郎などには株式を提供していない。

 

さて、リクルート事件にもどろう。

 

従来の贈収賄事件と異なり、株式の譲渡対象が広範で、その上職務権限との関連が薄かったため、結局検察当局は大半の政治家を立件することができなかった。

 

政治家で有罪となったのは、藤波孝生ただひとりじゃ。

 

今期の裏金疑惑と同じじゃな-。

 

しかし、江副の選別のおかげでリーダー、ニューリーダー、ネオ・ニューリーダーと呼ばれる、当時の大物政治家がのきなみ関わっておった。

 

そして、これらの政治家はリクルート・パージと呼ばれる謹慎を荻なくされたのじゃ。

 

中曽根内閣を引き継いで1987年11月に発足した竹下内閣は、総主流派体制を標榜した。

 

首相の座を争った、宮沢喜一を副総理・蔵相に安部晋太郎を幹事長に据え、金丸以下竹下派7奉行と呼ばれた人材を有する自派に支えられておったなあ。

 

盤石の政治基盤を持つ竹下内閣は、安定した長期政権になると考えられていたんじゃ。

 

リクルート事件の結果、竹下政権は予想外の短期政権で終わってしまった。

 

竹下の早期退陣の後、ポスト竹下と目されていた宮沢喜一、安部晋太郎、渡辺美智雄らは、事件の余波で後継候補にたつことができなかった。

 

この結果、江副から相手にされなかった宇野宗佑、海部俊樹が、首相となるんじゃな。

 

1989年の参議院選挙では、リクルート事件、竹下政権下での消費税導入、牛肉・オレンジの輸入自由化、そして宇野首相の女性スキャンダルが加わり、自民党は結党以来の単独過半数割れと云う惨敗を喫したんじゃ。

 

この選挙がきっかけとなり自民党は分裂し、社会党も巻き込んだ政権交代へと向かうことになる。。

 

今から思えば消費税導入、牛肉・オレンジの輸入自由化、どこが悪かったかと思うじゃろう。

 

竹下政権は、昭和最後のそして平成最初の政権じゃった。

 

この時期に勃発したリクルート事件により、経済バブルやバブル崩壊後の処理政策は出鼻を挫かれ、こうして失われた30年の時代に突入して行くんでアール。

 

リクルート事件以降、「政治改革」が1990年代前半の最重要政治テーマとなり、小選挙区比例代表並立制、政党助成金制度、閣僚の資産公開の親族への博大などが導入された。

 

また、この事件がきっかけとなって公職選挙法も改正されたんじゃ。

 

収賄罪で有罪が確定した公職政治家は実刑判決だけでなく執行猶予判決でも、公職を失職することになった。

 

これは、よかったのですがリクルート事件が失われれた30年の原因となったのは、本来首相になるはずではなかった宇野宗佑、海部俊樹、細川護熙、羽田孜、村山富市、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫、菅直人などの人物が首相になったことことだな。