東北地方太平洋沖地震から3週間 | * kohane & I の colorfuldays *

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日々の出来事、愛娘心羽のこと、
2018年から家族になったチワワ愛の事、
パパのお弁当やおかず、趣味などについて
書いています。 


あの恐怖の日から、3週間が経ちましたね。





今でも、地震のすぐあとつけたテレビで見た、津波が防波堤を超えて車や電柱を押し流し

家屋や畑を飲み込んでゆく恐ろしい光景・・・忘れられません。






地震のあった時は本当に怖かった。

私の住む埼玉は震度5くだいだったようです。

その日、ちょうどお昼寝から起きてきた心羽を膝に乗せながら

私はPCに向かっていました。




遠くの方から聞こえてきたゴーーッという地鳴りとともにグラグラとした横揺れが

どんどん強くなってきました。


心羽を抱っこしながら携帯を握りしめ、車で仕事をしている主人にすぐ電話しました。

主人は茨城の方で車の中で待機中だったようでした。



運よく電話もつながったし、話していられたので主人は大丈夫だと思いました。


私も怖いけど、私が心羽を守ってあげなきゃ!って思ってがんばっていたけど

あまりの揺れの強さと長さに「怖いよ~!!」って言ってしまった・・・

抱っこしてる心羽も「怖いーーー!!」っていってた。


今までに感じたこともない長さ・・・ それに揺れの大きさ・・・



とうとう大地震がきたか!!



主人と電話をしながら、でも揺れは長く続いて落ち着いたので

主人にも気を付けてね!また電話して!!!

といって電話を切りました。


いつもだいたい家にいないお義父さんとお義母さん、相変わらずお買いものにいってて

その時は私と心羽の二人だけ。

これほど、おじいちゃんとおばあちゃんの帰りを待ち望んだことがないくらい

二人でいるのが心細かった・・・



30分か40分したころ、やっと車の音と鍵をあける音で慌てて玄関に行った私たち。

おじいちゃんとおばあちゃんが帰ってきてやっと少しだけ安心することができました。


おじいちゃんとおばあちゃんはスーパーにいてかなり揺れて買ったものも

お会計できずに帰ってきたとのことでした。



そのあと、4人でテレビをつけてニュースをみた時、あの恐怖の映像が映ったのです。

巨大地震のあとやってきた津波に寄って、たくさんの失われた尊い命・・・

まるで映画をみている様な恐ろしい光景・・・今でも忘れられません。



その時、茨城にいた主人は帰り道にまた地震にあい、その時は橋の上にいたそうで、

あまりの揺れに橋が落ちるかと思って、車の窓を全開にしていたそうです。

その主人も夜中を回っていましたが、どうにか家に帰ってくることできました。


ほんとに怖い1日でした。




その後もまだ余震が続いていますね。

小さくても揺れると身構えてしまうし、地震酔いもしてます。

私が怖がっていてはいけないと思うけど、やっぱり怖い・・・

心羽が怖がらないようになるべく楽しく過ごしてる日々です。



被災地の方々には心よりお悔み申し上げます。

本当に本当に大変でしょう。

辛いでしょう。

同じ日本に住んでいて、小さなことしかできない自分が悲しいです。


思いはたくさんありますが、私にできることから協力したいと思います。




今回の地震で、今まで同居って大変・・・って思っていたけど

義両親がそばにいてくれるありがたさ、車で30分弱のところに両親がいてくれること、

毎日素晴らしいことがなくても愛する主人がちゃんとお仕事をして夜になれば

ちゃんと帰ってきてくれること、娘が一人っ子でも育児に手間取っても

元気に笑顔を見せていてくれること、大切な友人がそばにいること。

数えきれないほどの幸せを毎日過ごしていることを忘れていたんじゃないか。

と思いました。



とりとめもなく、今頃3.11の記事を書きましたが、

今まで実は思い出すのも怖くて書けませんでした。


地震酔いしたり、いつまた大きな地震がくるのかとドキドキして

地震のあったあと数日は子供がいる親なのに、ビクビクして

おじいちゃんおばあちゃんにべったりくっついて買い物にも一緒にいったり、

同じ部屋で過ごしたりしていました。


やっと気持ちが落ち着いてきたし、ほかにもやるべきことが増えてきたので

心の整理のため、書くことにしました。




長々と、読んでくださりありがとうございました。


まだまだ小さい余震が続いてますのでみなさまも気を付けてくださいね。










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