ある日、私は成田空港に一人でいた。
これから私は、アメリカのシカゴに向かう。
ひとりで海外に行くときには、いつもちょびっとだけ、ドキドキする。
今回の航空会社はユナイテッド航空。
普段から、ユナイテッド航空のクレジットカードでマイルをためていたので、今回はマイルを使っての旅行となる。
席も、エコノミーではなく、ちょっとだけいい席のプレミアエコノミーみたいな名前の席だったと思う。
国際線の飛行機を事前にシートの予約をするときは、通路側の席を取るようにしている。
トイレに立つときに気を使わなくていいからである。
早めにゲートまで付き、ゲートの近くにあったラーメン屋さんの席に陣取る。
これから、飛行機に乗ってすぐに機内食が出るのはわかっているのだが、どうしても最後にラーメンを食べておきたかった。
時間は、夜の8時ころだったと思う。
その場所は、ターミナルの先端の方で、夜の便だったので、ラーメン屋にはほとんど人もいなく席はたくさん空いていた。
ラーメン屋と言っても、フードコートのように、丸テーブルの周りに椅子が4つおいてある席が15席くらいあって、だれでも座ろうと思えば座れるような席だった。
遊園地の一角や、昔デパートの屋上にあったようなお店だった。
ラーメンを注文し、食べていると、どこからか「にゃー」と猫の鳴く声がした。
「ん?猫?」と思って、周りを見渡してみると、私の少し後ろの席には、30代くらいの女性が、猫のゲージをテーブルの上において座っていた。
「あー、そういえば、海外の航空会社では、犬や猫などの小さい動物は、ゲージに入れれば、一緒に席に連れていけるって聞いたことがあるな」
そんなことを思い出していた。
普通なら、預けに持つとして、カウンターで預けて、貨物室に積み込まれ、次に会えるのは、現地の空港についてからなので、飼い主としては、ずっと不安であろう。
しかし、こうやって一緒に席で過ごせるほうが安心度は高いだろう。
でも狭い機内であのゲージはどこに置くのだろう。足元かなーなんて考えていた。
しばらく待って、いよいよ登場のアナウンスが流れ、私は機内に向かった。
さっきもちょっと書いたが、今回は、プレミアムエコノミーという、普通のエコノミークラスよりちょっとだけ足元が広い席だ。
このプレミアムエコノミー席は、飛行機の前方から、
ファーストクラス、ビジネスクラス、そして、CAさんが活動するギャレーを挟んで、エコノミークラスが始まる前方の5列くらいに配置されていた。
私は、そのプレミアムエコノミーの2列目、右から3番目の席だった。
その飛行機は、3-4-3のシート配列だったので、右側の通路のすぐ横の席ということだ。
さらに、プレミアムエコノミーの1列目の窓側の席は、2席しかなかった。
つまり、私の前には、席がないのである。
そして、ギャレーを挟んで、ビジネスクラスの席も、窓側のシートは2席なので、私の前には、ずーっと奥まで通路が見えている状態であった。
ものすごく開放的な席で、うれしかった。
これから、10時間くらいのフライトになるが、ずっと足を延ばしておくことが出来るのである。
この飛行機の中で、ほぼエコノミーと変わらない金額で、足を延ばせて乗れる席は、たぶん、私と
私の反対側に座っている人くらいだろう。
こんなにいい席はない。当たりだとワクワクした。
しかし、ちょっと困ったこともあった。
前の席がないということは、通常、前の席の後ろについているモニターがない。
普段なら、ここで映画とかを見ることが多いのだが、私の席には、それがない。
「えー、映画もなしに10時間のフライトはきついなー」と正直思った。
足を延ばせるメリットに引き換えて、モニターはついていないのかー。
いやいやそんなはずはない。私だけ(正確には、私と反対側に座っているもう一人)そんなデメリットを感じなければならないのか。
必死になって探してみると、通路側のひじ掛けに収納される形で、モニターが付いているのを確認した。
テーブルもそこから出てくるらしいというのがわかった。
もう最高である。
足も延ばせるし、ちゃんとモニターもついていた。
(もちろんテーブルもあった)
こんないい席はない。
飛行機は無事に、定刻通りに飛び立ち、機内食も食べ終え、
時刻は深夜になった。
機内の照明は落とされ、乗客はみんな毛布をかぶって寝始めた。
私は、ひじ掛けから出したモニターで、テレビのバラエティ番組を見ていた。
ふと周りを見渡してみると、見える限りでは、起きていたのは、私と私のすぐ左後ろにいた青年だけだった。
飛び立ってすぐに、ギャレーの横の通路には、カーテンが引かれていたので、ビジネスクラスがどうなっているのかはわからない。
CAさんも休憩に入ったのか、あまり通路を行き来する姿は見れなかった。
そのときである。
ギャレーのすぐ後ろ、プレミアムエコノミーの1列目の席とギャレーとの間から、何かが動いた。
「ん?なんか転がってきた?」
そう思ったが暗くてなんだかわからなかった。
その黒い物体は、通路を中央のシート列から、私のいる右側のシート列へと姿を消した。
「なんだったんだろう」
そう思った瞬間に、今度は、私の足元で何かが動いた。
「後ろに転がってきた?」
と思った瞬間である。
「あ、猫だ」
一瞬だが、猫と目が合った。
目が合った瞬間猫は、さらに後ろの席へと姿を消していった。
周りの人はみんな寝ている。
誰も騒がない。
たぶん見たのは私だけだ。
もうどこに行ったのかもわからなし、ここで騒いでもなーって思って、
見なかったことにした。
飛行機の中だから、どっかに行っちゃうこともないだろうし。
しかし、猫はまた戻ってきた。
今度は後ろから前へ、そして、通路を渡って、中央のシート列の方へとまた消えていった。
ふと、左後ろを振り返ると、起きていたもう一人の青年も、「あれ?なんか通った?」みたいな感じで私と目が合った。
しかし、やっぱり姿が見えなくなってしまっているので、お互いに何も話さない。
10分くらいたったであろうか。
ギャレーから、カーテンを開けて、CAさんが歩いてきた。
ユナイテッド航空なので、日本人のCAさんも1人や2人は乗っているが、ほとんどはアメリカ人のCAさんだ。
私は、ほとんど英語はしゃべれない。
私の目の前にシートはなく、ギャレーのカーテンを開けると、私は真正面に座っている。
「さっき猫がいました」と、英語で言うにはなんていえばいいのだろうか?
そんなことを考えていると、CAさんが私を見て、英語で話しかけてきた。
「Did You see a cat?」
小声で周りの寝ているお客さんには気づかれないくらいの声の大きさだった。
それでも、私は英語でなんて言えばわからず、戸惑っていると、
CAさんは、私の横を通りすぎた。
その時である。
中央のシート列の一番最初に何かが転がってきた場所に、猫がひょこっと顔を出したのである。
とっさに私は、横を通り過ぎるCAさんの、腕をたたいた。
「Here」といって、猫の方を指さした。
CAさんは振り返り、私が指さした方を見た。
すると、首だけ出していた猫は、すっと首を引っ込め、消えた。
でも、CAさんもその姿は、見た。
CAさんは、急ぎ足で、その場を後にした。
その直後、飛行機の左側のシート列が少し騒がしくなったが、すぐにまたみんな眠りについていた。
その後、機内で歩く猫を見ることはなかった。
たぶん、成田空港で見たゲージに入っていた猫が、逃げたしたのだろう。
そしてそのお客さんは、ビジネスクラスに乗っていたのだろう。(想像だが)
それなら、足元もゆったりしているので、ゲージを置く場所にも困らなかったのかもしれない。(想像だが)
これまで何度も何度も飛行機に乗っているが、
飛んでいる飛行機の中で、CAさんに「猫を見ませんでしたか?」と聞かれたのは、初めてであった。
