第八十話「希望たちへ贈る」
雲を裂き、空を割ったかのような雷が、天嶺ヘヴニアスカイアを貫く。
その頂に建つ星の神殿は、閃光と轟音と、蠢く雷撃に飲み込まれていた。
それは遥か西、エフィルの森からも見えていた。
「あれだけの戦いを起こすのは……うん、メックだね。
そうか。君がここまでするのなら、ボクも決めるよ。彼らに懸けるって。」
ぽけっとの里。
ティクルの父は語った。メックはイルウィルに勝てない、と。
言葉を失ったピチューたちに向かって、ティクルの父は続けた。
「ティクル、それにみんな。
はっきり言おう。メックさんは、お前たちのために時間を稼いでくれているんだ。」
リボンが驚いた顔のまま聞き返す。
「じ、時間稼ぎ、でチュか!?」
「そう。メックさんが戦っているうちに、お前たちがカオスシティを奪い返す。
これが、私たちに伝えられた作戦だ。」
星の神殿を焼いた雷がようやく消え、天嶺に静寂が戻った。
立っているのはイルウィル、ただ一人。
「……メック、わざわざ我の前に現れなければな。」
彼はそう言って振り上げた腕を降ろすと、天窓を見上げた。
「さあ今一度、愚民どもをこの手で操り、今度こそ里ごと潰してやるぞ。小鼠どもめ!」
叫ぶと同時に、イルウィルが闇の力に包まれる。
その暗黒は渦巻き、天へと昇り始めた。
しかし、それは天窓を抜けようとする瞬間、突然散り消えた。
イルウィルの体が何かに吹き飛ばされ、宙を舞っていたのだ。
「なん……だと!?」
「お主、時間稼ぎにもならないと言ったな?
あまりワシを見くびるでないぞ。」
神殿の床には掘り進んだ跡。
「あなをほる」。メックは、地中で雷をやり過ごしていたのだ。
「しかしまあ、とっさに地中に潜っても、これだけ堪えるとはの。
七司星の力は恐ろしいものじゃな。」
言葉通り、メックの姿はところどころ黒く焦げ、既にボロボロであった。
一方、不意をつかれ吹き飛ばされたはずのイルウィルは、悠然と立ち直っていた。
「死に損ないが。」
「そうじゃの。
死に損なう覚悟で臨めば、お主を止められるつもりじゃよ、ワシはな。」
二人は、再び向かい合った。
「待ってよ、父さん。
カオスシティがイルウィルの本拠地なのは分かってたさ。
でも、今現在のイルウィルの居場所が分からないのもあって、オレたちは里に来たんだ。」
「だけど、イルウィルが星の神殿にいるって分かってたんでしゅよね?
それならなんで、長老はぼくたちに教えてくれなかったんでしゅか……?」
「そうでチュよ!
それにイルウィルの居場所が分かったなら、今すぐ星の神殿に向かわないと、でチュ!」
里では、ピチューたちがティクルの父に畳み掛けていた。
しかしそこに、ずっと黙っていたルークの父が言葉を挟んだ。
「みんな、すまないね。私たちも詳しいことは聞けていないんだ。」
「ルークの、お父さん?」
ピチューたち4人は驚き、彼を見た。
それから、ルークを連れてこなかったことに申し訳なさを感じ、頭を下げた。
「いや、構わないよ。君たちを見て思った。
やっぱり、ルークとフェロック、息子たちのしていることを信じようってね。
これも運命、だから。」
「運命……?」
彼は妻と――ルークの母と目を合わせてうなずくと、再びピチューたちを向いて話した。
「いや、今のは忘れてくれ。
それより、私の予想を話そう。メックさんが何を考えているのか、ね。」
「『こうそくスピン』+『ハイドロポンプ』じゃ!」
イルウィルは炎、雷、水、風、そして闇の力を次々と放った。
それを回転と水流で弾き飛ばしていくメック。
「フン、そうして防いでいるだけでは、お前が消耗するだけだな。」
「そう言って油断してくれるのが、一番ありがたいんじゃがの。」
「ぬかせ!」
イルウィルは再び雷を落とそうと右手を挙げた。
瞬間、パンッ、とその手が撃ち抜かれる。
目にも留まらぬ弾速の「みずでっぽう」だった。
「そんな小技など……!」
「分かっておる。」
「こうそくいどう」――もはや瞬間移動だった。
メックは、彼の目の前に――文字通り目と鼻の先に顔を突き合わせ、ガシッと腕を掴んだ。
「何ィ!?」
そして、甲羅に備わった二本の大砲を、イルウィルへ向ける。
「ここで大技を出せば、お主はどこまで耐えられる?」
「馬鹿め!
この状態では、貴様とて我の力を避けられまい。貴様の命が先に尽きるぞ!」
「死に損なう覚悟と言ったろう。」
大砲に水の力が溜まっていく。
しかし、イルウィルもメックの腕を掴み返す。
それと同時に、強烈な電流がメックの体に流れ込んだ。
「ぐっ、ぬぅぅぅぅぅぅぅ……!」
「死に損なうのではない。死ぬのだ、貴様は!」
直接七司星の雷撃をぶつけられ、意識が朦朧とする中で、メックは考えていた。
彼は若い頃、世界を旅していた。
その中で、様々なポケモンに出会ってきた。
幸せな者も、不幸な者もいた。
彼を幸せにしてくれる者も、彼に不幸をもたらす者もいた。
それでも、彼は世界が好きだった。
けれども、それがとても幸せなことだと気付いたのは、長老と呼ばれるまでに至って、なお後年。
グレイタウンでイルウィルに遭遇した後だった。
世界を嫌う者。
ここまで世界を堕とせる者がいるのかと、にわかには信じ難かった。
そして、果たしてそれを止められるのか。信じ切れなかった。
静観してしまったことは後悔している。
しかし、希望を感じた。希望を見た。
そして希望は今、育っている。
「終わりだ、メック。」
イルウィルは電流に加えて、深い闇の力をメックの体に注ぎ込んだ。
「がッ、はッ!?」
猛烈な苦しみとともに、メックは腕の、足の力が抜けていくのを感じた。
けれども。
「この、ときを……待って、おった、ぞ……ッ!」
踏みとどまった。
「何を!?
今にも倒れようというのに……
いやまさか、『げきりゅう』か!?」
メックは残された最後の力を、
いや、残っていなかったはずの力さえも、
何もかもを振り絞り、それを砲台に集わせた。
――さあ、ワシは緒戦を飾ったぞ。
お主たちは、お主たちの舞台を整えておけ、今のうちにな。
戦いはまだ、続きそうじゃからのう。
放たれた巨大な水砲は、
闇を飲み、天を突き抜けた。
第七十九話「頂天の戦い」
星の神殿。
遥かなる山の頂に建てられたそこで、二人の強者が相まみえた。
長老メックは地を踏み鳴らし、神殿を揺らす。
すると闇は薄れ、ガラスの天球から陽光が降り注ぎはじめた。
闇の中心にいた者の姿が顕わになった。
しかし、その顔には笑みが浮かんでいた。
「我を止めるだと? お前が?」
「わしでなければ、誰がお前を止めると言うんじゃ?
のう、イルウィルよ。」
メックも、敵を――敵の黒幕たるイルウィルを面前にして、笑った。
「リベンジ、というやつじゃ。」
瞬間、メックの姿が消えた。
否、既に現れていた。イルウィルの真上に。
空中からの「メガトンパンチ」。
体重を乗せたその拳を、しかしイルウィルも拳で受け止めた。
ズドン、と砲撃のような轟音を響かせ、床が、空気が割れる。
そびえ立つ天嶺が、揺れた。
「メック長老が、星の神殿に!?」
ぽけっとの里。
そこでティクルは、父の話に驚きの声を上げていた。
リボンも同様に、驚きを隠せない様子で尋ねた。
「どうして……、どうして長老は、わたちたちに何も言わずに、一人で行ったんでチュか!?」
話を遡る。
ティクルの父の説明は「里を襲っているのは何者か」から始まった。
里を襲っているのは、操られたカオスシティのポケモンたちであること。
彼らを操る敵のリーダーが、どこかにいること。
ここまでは、ティクルたちも分かっていることだった。
しかしティクルの父は、その先を語った。
「リーダーは、ここにはいない。里にはいないんだ。
何故なら、彼らは今、イルウィルに直接操られている。」
「え……、えぇっ!?
じゃあイルウィルが、もう里に来てるってことでしゅか!?」
「リュウ、落ち着け。」
ティクルが驚くリュウをたしなめた。
里の者たちに聞かれては、混乱を招く話だ。
イルウィルがリーダーであることは、ティクルにとっては想定の1つだった。
――だが。
「父さん、『里にはいない』って……」
「そう。そこが問題だ。
もう一度言うぞ。つまり、彼らを操るリーダー・イルウィルが、この里にいないんだよ。」
「な、なんでチュって!?」
「リボンも、静かに。」
ティクルは驚くリボンをたしなめた。
そもそも、あまり大声を出して敵を呼び寄せてはまずい。
しかし、このことはティクルにとっても想定外だった。
「まさか、イルウィルは多くの人々を遠隔で操れる力があるのかよ……?」
「その通りだ、ティクル。
敵は今、ここから遠く離れた、星の神殿にいるという。
だが、そこにはあのチャンピオン、メックが向かっている。」
次に驚きの声を上げたのは、ティクルであった。
拳と拳のぶつかり合いは拮抗し、神殿を揺らし続けていた。
しかし次にイルウィルは、その拳から更なる力を放った。
「サイコキネシス」だった。
「むぅ!?」
メックは大きく飛ばされたが、
まとわりつくサイキック・パワーを瞬時に弾き飛ばし、難なく着地した。
「ふん、なるほど。衰えてはいないというわけか。
弟子に任せておけないと言うのは、口だけではないようだな。」
「おや、わしは弟子に任せておけないなどとは言っていないがの。」
メックの言葉に、イルウィルは怪訝な顔をする。
「年寄りの戯言か、まあ良い。
お前の育てていた赤ん坊どもはもちろん、お前も我に勝てはしないのだから。」
それを聞くと、メックはまた笑みを浮かべながら、
今度はその頑強な甲羅に備わった二砲を構えた。
「そうじゃのう。水の七司星――『流雨星』は、今はお前の手にあるんじゃったな!」
そう言いながら放った2本の豪水流、「ハイドロポンプ」。
「分かっているなら何故ここへ来た、メックよ……。」
イルウィルが手をかざすと、淡い光の中から水流が吹き出し、うねり、宙に渦潮を作り出した。
水の七司星「流雨星」の力である。
メックの放ったハイドロポンプは、1対の龍と化して敵を貫こうとした。
しかし、イルウィルの渦潮は龍を呑み、同時に爆ぜ散った。
神殿内に、雨が降り注ぐ。
「何故ここへ来たと問うたな、イルウィルよ。簡単な推理じゃよ。
お前の力をもってしても、ここ星の神殿で天の力を借り受けねば、民衆の遠隔操作など不可能。
そう予想したからじゃ。どうじゃ、当たっておったじゃろ。」
「……そういう話ではない。」
雨に濡れ、かたや笑顔、かたや苛ついたような表情を覗かせる。
だがメックの表情も、次の瞬間には真剣なものに変わった。
イルウィルの手に輝きだす稲光。
雷の七司星である。
「どうして無意味な戦いを挑んできたと、哀れんでやったというのに。」
「わしは、意味のない戦いはせんよ。」
「愚か者め!
時間稼ぎにもならぬ無駄な戦い、無駄な死だと言っているんだ。
貴様如きではなァ!!!」
イルウィルが手を振り上げた瞬間、つんざくような雷鳴が星の神殿を飲み込んだ。
巨大な雷光が山を裂いていた。
「でも、メックさんがイルウィルを倒してくれるってことだよね?」
リボンの質問に重ねて、リーストが父に聞いた。
その眼差しは、期待にあふれている。
それを見た彼は、しかし一度うつむき、少し考えてから答えた。
「いや……、厳しいだろうと、私達はそう聞いている。」
「えっ……!?」
ピチューたちは、それ以上の言葉が出なかった。
「だからこそ、なんだ。
だからこそ、お前たちは今すぐ、今のうちに、敵の本拠地――カオスシティへ向かうんだ。」
第七十八話「守りたい」
剣は頭上すれすれに刺さっている。
ルークはしかし、仰向けのまま兄を見つめていた。
天望の丘で始まった兄弟対決。
防戦一方の弟――ルークに、フェロックはとどめを刺せたはずだった。
「兄貴、どういうことだよ。今、オレを倒すことができたはずだろ?
兄貴がイルウィルに操られているんだったらさ!」
ルークは兄の返事を待たず、畳み掛けた。
「考えてみりゃ、ヘヴニアスカイアで襲われたときもだ。あのときも、とどめを刺さなかった。
それに、『剣は一本しかない』だって? 一体何のことなんだよ!」
だがフェロックは首を横に振り、剣を地面から抜いた。
「兄貴!」
ルークも起き上がって間合いを取りつつ叫んだ。
「もし兄貴が、兄貴の意志で行動しているんだとしたら、なおさらオレと戦う必要ないじゃねーか!」
フェロックはため息をひとつついて、やっと答えた。
「……そんなに戦いたくないなら、早く戦いを終わらせればいい。
さっさと決着をつけるぞ。」
「兄貴……!」
ルークは兄の目を見た。
正真正銘、兄弟げんかでも勝てたことのない、強い兄の目だった。
しかし、今度ばかりは負けられなかった。絶対、兄を連れ戻す。
ティクルだって妹を取り返した。
自分だって、自分の家族くらい、自分で連れ戻す。
ルークの目も、強く輝いていた。
「……ふっ、お前がそんな目をするとはな、ルーク。」
フェロックは、剣を構えながら笑みをこぼした。
「兄貴、それじゃあ……」
ルークは表情を崩した。
しかし瞬間、フェロックはその場で強く剣を振るった。
剣圧で、ルークがよろめくほどに。
「そうやって気を抜く癖があるお前だから、決着をつけようというんだ。」
「どういうことだよ!?」
フェロックは、もう一度剣を構えながら話した。
「仕方ない。どうしても理由なき戦いはできないというお前のために、全てを教えてやる。
……ただし、戦いながら、だ!」
フェロックが跳んだ。
「もちろん、全てを聞き終わるまで……
ルーク、お前が立っていられたらの話だが!」
フェロックが体重を乗せて剣を叩きつける。
それをワンステップで躱したルークは、一旦距離を取り、そして走った。
――ついに、その剣を構えて。
「……くだらない話だったら、すぐに止めてやるからな、兄貴。」
天望の丘で始まった兄弟対決から、はるか南。
故郷である「ぽけっとの里」を、カオスシティの群勢から守りに来たティクルたちは、
久々の再会を果たしていた――彼らの家族と。
しかし、ティクルの父が放った言葉は、
思わず走り出していた子どもたちの足を止めた。
「なんだって、父さん? カオスシティに向かえ、だって?」
「ああ。お前たちは今すぐ、この里を出なければいけない。」
リボンは、潤んだ目で自分の母を見た。
「せっかくまた会えたのに、そんなでチュ……」
しかし、彼女の母もまた、真剣な眼差しで娘を見つめていた。
「リボン。気持ちは分かるわ。けれど今、あなたたちがこの里にいることは危険なの。」
「確かに危険でチュよ、今のぽけっとの里は。でも、わたちたちだって旅をして、修行をしてきたんでチュ。」
「そうでしゅ! パパ、ママ。ぼくにも覚悟はできてるんでしゅ!」
リュウが続けた。
「ぼくたちは、イルウィルの手から里を守りたいんでしゅよ!」
だが、リュウの母は目に涙をためながらも首を横に振った。
そしてその涙を拭き去り、強くなった息子を真っ直ぐに見据えて言った。
「だからこそ、だからこそよ、リュウ。あなたたちはカオスシティに向かうべきなの。」
どういうことだよ、と再びティクルが返した。
「まず、この里を守らせてよ。
カオスシティの人たちは、操られて里を襲ってる。でも、そんな相手にオレたちは負けたりしない。」
「絶対負けないよ、パパ、ママ。わたしたちは、あの人たちを操っているリーダーを探して、倒すんだ。」
妹のリーストもティクルの言葉に重ねた。
ティクルの――兄妹の母は、それを聞いてうなずいた。
「うん、知っているわ。あなたたちがどれだけ強くなったのか。
だって、みんな里を出る前とは、全然違うもの。」
彼女はピチューたちを優しい眼差しで改めて見回すと、再びうなずいた。
しかし、顔を上げたその表情は、真剣だった。
「でもね……。
パパ、しっかり説明してあげて。」
「ああ。」
ティクルの父は一度咳払いをすると、ピチューたち4人を順番に見つめながら話した。
「ティクル、リースト。それに、リボン、リュウ。
里を襲っているのは操られたカオスシティの者たちで、それを指揮するリーダーがいると。
お前たちも、そこまでは分かっているな。」
「それは分かってるよ。だから、そのリーダーを倒すために、オレたちはここに……」
「ティクル、いいか。
リーダーは、ここにはいない。里にはいないんだ。」
「……えっ!?」
「ねぇ、姉ちゃん。万が一なんだけどね、万が一。」
「何よルル、小難しい言い方しちゃって。」
ひだちの村からピチューたちに付いて里へ来た姉弟――マリルのリリと、ルリリのルル。
二人も里の中で、あてもなくリーダーを探していた。
「万が一ね、リーダーがずうっと遠くから、すごい力であの人たちを操っていたら、どうするの?」
「それは万が一にもあったら困るわね。
でも、誰かが遠くまで倒しに行くしかないわ。もしそうなったら、あたしが……」
不意にルルが姉の手を掴んだ。
「ううん、姉ちゃん。みんなで行くんだよ。」
弟に力強い調子で言われ、リリは照れ笑いした。
「えへへ、そうね。ありがとう、ルル。
まあでも、あたしたちが行かなくても、もしかしたら……」
里の北西にそびえ立つ、天に刺さる峰「ヘヴニアスカイア」。
ティクルたち4人のピチューは、旅の最中その頂にまで登り、星の神殿を見つけた。
しかし今、神殿は濃い闇に包まれていた。
昼間にもかかわらず、深い深い、漆黒。
その闇を、何者かが裂いた。
「やはり、ここにおったか。負の者よ。」
その声に振り返った異形の者は、神殿に踏み込んできた彼の姿を見て、ため息をついた。
またお前か、と。
「弟子にばかり背負わせるわけにもいかんのでな。止めさせてもらうぞ、わしの手で。
里への侵攻も、お前の野望も、な。」
地響きを起こし、さらに闇を散らせたその巨体。
それは、ピチューたちを鍛え上げた歴戦の戦士、長老メックであった。
第七十七話 「家族」
「久しぶりだな、リュウ。」
「あのゴーグルのバカはいないのかよ?」
先の「協力する」と言った者も含め、三人。ニューラとデルビルとヤミカラス。
……違う。マニューラ、ヘルガー、ドンカラスに進化している。
「あ……!と、ト、トリックヘヴンズでしゅ!」
そう、悪ポケモンのいじめっ子集団『トリックヘヴンズ』。
今はピチューたちの仲間となったブラッキー、ブライトをリーダーとして、かつては様々ないたずらを働いた。
ルークとリュウも昔戦った(実際はかけっこをした)ことのある相手だ。
「ど、どうしてここにいるんでしゅか!」
かつてひどい目にあわされた相手である。当然動揺を隠せないリュウ。
しかしそんな彼を見て、マニューラがあきれて答えた。
「二回も同じこと言わないでよ……。あたしたちはずっとこの里に住んでるんだからいて当然。
あのブラッキーがいなくなってチームも解散してから、大人しくはしていたけど。」
ドンカラスが続ける。
「それにオレたちゃもう悪さする気はねぇよ。トリックヘヴンズは解散したんだ。でもな……」
さらにヘルガーが後を受けた。
「ついこの間、久々にブラッキーの奴に会って、こう頼まれたんだ。
『里に危険がせまっている。今度は、守ってほしいんだ。このぽけっとの里を。』
奴は真剣だったからな。思わずOKしちまった。」
リュウたちは言葉を失った。まさか、あの悪名高いトリックヘヴンズが協力してくれるなんて。
そして、ブライトもこのぽけっとの里へ来ていたなんて。
再びマニューラが続けた。
「そのときにあいつから色々聞いたんだ。イルウィルのこと、カオスシティのこと、アンタらのことなんかをね。
で、いよいよ立ち上がったのよ。新生トリックヘヴンズ、いいえ、『トリートヘヴンズ』として!」
ドンカラス、ヘルガーが「おう!」と声を上げる。どこか自慢げな様子で。
リュウたちは再び言葉を失った――あきれてものも言えず。
「あー、わかったわかった。わかったよ。事情を知っているお前らが必要かも知れねーな。」
少し間を置いて、ギースがぶっきらぼうに言った。ついに認められたのだ。
「ギースさん!ありがとうございます!ドアさんは……」
ティクルは頭を下げてギースに礼を言いつつ、その隣に立つドアの顔色をうかがった。
ドアはそれを見て、フッと微笑みながらうなずいた。
「ギースが認めるんだ。私も認めよう。共に里を守ってくれ。」
「はい!」
そしてティクルたちは、ドアやギースにかくかくしかじか、諸々の事情をかいつまんで話しつつ、
再び立ち上がって里を攻めようとするカオスシティの人たちと向かい合った。
兄とのケンカはしょっちゅうあった。
口ゲンカからなぐりあいまで、時にはささいな原因から数日間口をきかなかったこともある。
しかしそれでも……それでもこんな戦いはしたことがなかった。
「なるほどな。ルーク、お前がずいぶん強くなったのは分かる。
だが本気を出してもらわないといずれ死ぬことになるぞ。ケンカのときのように、マジで来てみろ!」
フェロックは絶え間なく斬りかかってくるが、ルークはそれを全てはじき返していた。
しかしルークからの攻撃は、まだ一回もない。
「ケンカだったら……ただのケンカだったら、ほんとにいいんだけどな……」
「『でもコレはケンカじゃなくて戦いなんだ』ってことか?
それならなおさらだ。攻撃しなければそのうち力尽きるのは分かりきったことだろ?」
ルークはギリと歯を食いしばった。何とかならないのか。フェロックの目を覚ます方法はないのか。
考えている間にもフェロックの斬撃は次々に襲い来る。
それをはじいてはかわし、ルークはフェロックとの距離をとろうとした。
「甘いぞルーク。」
と、少し離れて一瞬気を抜いたスキに、また背後を取られた。予想外の速さだった。
「しまっ……!」
やられる!
……そう思った。ルークは地面に叩きつけられていた。
しかし致命的なダメージはない。みねうちだったのだ。
ヘヴニアスカイアのときと同じ。とどめを刺されるのだけはまぬがれている。
「あ、兄貴……?うわっ!」
何とかあお向けに転がったところで、頭のすぐ脇に剣が突き刺さった。
しかし兄は、おだやかな口調で言った。
「いいかルーク、お前は防戦には向いていない。」
「……?」
フェロックは薄暗い空を見上げながら話していた。
「さっきから言っているだろう。決着をつけなければならないんだ。
剣は…一本しかないんだから。」
「へぇ。リーダーを叩け、か。確かに理にかなった考えね。」
ティクルたちはそれぞれ分かれて、操られたカオスシティの人たちをまとめるリーダーを探し出すことにした。
リーストを助け出すときも、ルインがリーダーとして人々を率いていたのだ。
今回もルインか、それに代わる者がどこかにいるハズ。ティクルはそう踏んだ。
「でも本当に見つけられるのかしらね。」
マニューラが横やりを入れてくる。しかしティクルは無視して里を歩き回っていた。
「あらあら、機嫌を損ねちゃったみたいね。まあいいわ、あたしはあっちの方見てくるから。」
ティクルが構ってくれず飽きたのか、マニューラは去ってしまう。
確かに彼女の言うとおり、どこにいるかも分からないリーダーを探し出すのは大変だろう。
今回は以前のルインのように、自分からしゃしゃり出てくることもなさそうだった。
だがティクルはきっと見つかると信じて、ひたすら歩き回っていた。
それは、もしかしたら久しぶりの故郷に帰ってきて、里の様子を見て回りたかったからかもしれない。
実際ティクルは――いや、他のピチューたちも――顔なじみを見かけるたびに積もる話をしたくてしょうがなかった。
それでもその感情に何とか耐えて、あいさつくらいに済ませて再びリーダーを探し回っていた。
しかしついに、ピチューたちは出会ってしまった。彼らを待つ家族に……
一方でリリとルル、エアロや「トリートヘヴンズ」、他里の人たちは、陸から空からリーダーを探していた。
「まったく、ブライトはどこ行ったのよ。ここに来てたんじゃなかったの?」
文句を言い出したのはリリ。敵のリーダーはおろか、味方のはずのブライトさえいまだに姿を現さないのだ。
「あいつはオレらに一通りの話をしたあと、どこかへ行っちまった。
こいつらが襲ってきてからも、ブラッキーの野郎を見たって奴はいたが……。
少なくともオレらの前にはあれ以来出てきてない。」
ヘルガーが不満そうに答えた。
「まさか……あいつがリーダーなんじゃ……」
「いや、奴はオレらに里を守れと頼んだんだ。
それにあいつは、以前似たようなことがあったとき、お前らの味方についたんだろ?
なら大丈夫だ。同じ間違いを二度するような奴じゃねぇ。」
聞いて、リリは安心しながらもため息をついた。
「じゃあ一体どこにリーダーがいるの……?」
ティクルとリーストの家族、リボンの家族、リュウの家族、加えてルークの両親。
避難所となっていた公園に、彼らはそろって集まっていた。
そして別行動であったはずのティクル、リースト、リボン、リュウが、図らずもそこではちあわせてしまった。
運良く、とは言えない状況だった。
ピチューたちは、戦いを忘れてかけ出した。
「父さん……!母さん……!」
それは当然のことだ。ティクルたちは長い旅を乗り越え、厳しい修行を積んできた。
しかしまだ、本当は親から離れられない子どもなのである。
……ところが、ティクルの父はそれを突き放すことを言い放った。
「みんな、今すぐこの里を離れ、カオスシティへ向かいなさい。」
つづく
第七十六話 「それぞれの再会」
夜が明けた。
ティクル、リボン、リュウ、リースト、リリ、ルル、エアロ、そしてルーク。
八人が出発したのは前日の朝。つまり、一日かけての移動。
そうしてついに、彼らは目的地へ到着しようとしていた。
しかしその間の一昼夜は、まるで嵐の前の静けさだった。
単独行動となったルークはもとより、七人でぽけっとの里へ向かうティクルたちさえも、だ。
リーフボードに乗った彼らはほとんどしゃべらず、迫り来る戦いを思った。
今、始まるのだ。短くも長い決戦が…。
朝だというのにほこりっぽくて薄暗い。
「天望の丘」とは名ばかりで、晴れ間はあっても美しい青天などは見えない。
「グレイタウンが近いから…かねぇ。」
そう、廃墟となったリリたちの故郷グレイタウン。
その町外れをさらに少し進んだところに「天望の丘」はあった。
多少の起伏と腰かける程度の岩はあるが、決闘の場としては悪くない小高い丘。
兄フェロックが待っているというその場所に、ついにルークは到着した。
「ふう。さすがにこんな朝早くに来るなんて、寝ぼすけ兄貴じゃ予想しねぇな。」
そう言って無防備にも座り込んでしまったルーク。
その背後、少し離れた岩陰から光る影が飛び出した。
同じ頃、ティクルたちは鬨の声を聞いた。里の方からである。
「戦ってる声でしゅよ!もうカオスシティの人が攻めこんで来てるんでしゅ!」
リュウが慌てふためいて叫んだが、それをティクルが抑えた。
「落ち着けリュウ。リボンも本気でこのリーフボードを操ってくれてる。
…これが全速力なんだ。里のみんなを信じて、もう少し我慢しよう。」
エアロも大きくうなずいた。リーストやルルもそれを聞いて、こみ上げる不安をぐっとこらえる。
「兄ちゃん、パパもママも、みんな大丈夫なんだよね。強いもんね。」
「当たり前だ。割合自然の中で育ってるからな、里のみんなは。
操られてる人たちには悪いけど、都会育ちに負けやしないさ!」
自慢げに話すティクルに、一同は笑みをこぼした。村を出て以来の笑顔だ。
そうしているうちに里の家々の灯りが近づき、懐かしい姿も見え始めた。
「へぇ。だいぶ腕を上げたなぁ、ルーク。」
その声、その姿。ヘヴニアスカイアで襲われたときと全く同じ。
心のどこかで違っていたらと思っていた。一方で、会えて良かったとの喜びもあった。
そんな複雑な気持ちで、ルークは彼を見つめていた。
「やっぱり…兄貴なんだな。」
ルークが座り込んだ直後に斬りかかってきたのは、やはりフェロックだった。
だが早速特訓の成果が見られたようだ。ルークは今度こそ、その斬撃を受け止めたのである。
フェロックの不思議な剣と、ルークの炎の剣がぶつかりあう。
以前と同じように、いや以前以上に互いの剣が反応しあう―まるで、共鳴するかのように。
そこでフェロックが後ろっ飛びに間をあけて、そして一言口を開いたのだった。
「へぇ。だいぶ腕を上げたなぁ、ルーク。」
「やっぱり…兄貴なんだな。」
だがフェロックは、そうさ、とだけ返して、再び剣を構えた。
「ま、待てよ!どうしてオレたちが戦う必要があるんだ!
もし、イルウィルに操られてるんなら…目を覚ませ!あんな奴の言いなりになる兄貴じゃねぇだろ!?」
ルークが懇願するように叫ぶ。しかしフェロックは構えを崩さない。
「オレの頭の中に今あるのは、お前との決着をつけることだけだ。
戦おうじゃないかルーク。兄弟どちらの力が勝るのか、知りたいのさ。」
「兄貴…!」
それでもルークは、兄を説得しようと考え考え、叫ぶ。
「オレたちの故郷が、ぽけっとの里が今危ないんだよ!
兄貴!目を覚ましてさっさと助けに行こう、一緒に!」
けれども、フェロックは首を横に振った。
「故郷、ねぇ。ならルーク、お前は何故ここにいる。
オレの誘いになど乗らず、仲間と共に里へ行けばよかったじゃないか。」
「それは…!」
ルークは悔しそうに唇をかみながら、ついに剣を構えた。
「…あいつらを、信頼してるからだ。そう、仲間だからな!
兄貴をさっさと連れ戻して、すぐに合流すればいいんだよ!だから兄貴!」
「ならオレもあいつらを信用すればいいだけだ。
さあルーク、早く終わらせたいのなら早く始める。何事もこれが鉄則さ!」
フェロックが動く!そしてあっという間にルークの背後を…取ったつもりだった。
「この…バカ兄貴が!」
ルークは背後からの斬撃をまたもはじいた!
しかしフェロックは口元に笑みを浮かべ、再び弟のスキを狙って高速移動を始める。
そうして、ついに兄弟対決が始まった…。
「おい、あれはティクルたちじゃねぇか!?」
次々とせまるポケモンたちをなんとか押し返しながら、ふと空を見上げたギースが叫んだ。
「何!?彼らが帰ってきたのか!?」
同じく敵を里に入れないように、前線で戦っていたドアも、驚きの声を上げた。
森での別れ際に見た、あの葉っぱのかたまりに乗って、確かにピチューたちが飛んでくる。
「ギースさーん!ドアさーん!」
向こうもこちらに気付いたようで、スピードを落としゆっくりと降りてきた。
「君たち、それにリーストも!どうしてこんなところに!」
ピチューたちが地に降り立つと、再会の喜びを抑え抑えドアが言った。
「どうして、って、ここはわたしたちの里だよ?」
リーストが首をかしげる。しかし今度はギースが口を挟んだ。
「そりゃあそうだが、今ここは危険なんだ。その葉っぱに乗って、さっさと安全な所へ逃げろ。」
言われて、リーストはおろおろしだす。だが、大丈夫とばかりに、ティクルが妹の頭へ手を置いた。
「ドアさん、ギースさん。オレたちはここを守るために帰ってきたんです。戦わせてください。」
ダメだ…と、ギースは言おうとした。しかし、その前に大きなピジョットが話し出してしまったので、口をつぐむしかなかった。
「私はエアロと申します。以後お見知りおきを。
ギースさん、ドアさん。彼らは以前とは比べ物にならないほどに強くなりました。
それはセレビィの使いたるこの私と、初代チャンピオンのメックが保障します。」
「チャ、チャンピオン!?」
ただのリザードとフシギソウでしかないドアとギースは、声を上げて驚いた。
加えて、聞いたことのない話にティクルたち一行も驚いた。
「どういうことですかエアロさん!?」
「まあ…また今度暇があったら説明するよ。セレビィの使いに無反応なのも心外なのだが…。
とにかくお二方、考え直してもらえませんか。彼らの想いも尊重してほしいのです。」
リリもルルもうなずいた。彼女たちも、この里をグレイタウンと同じ目にあわせたくはないのだ。
押し返していた敵も再び立ち上がろうとしている。時間がない。
ドアとギースはうなった。確かに人手は多い方がいいが…。
もう一押しとリボンが、
「あんまり無茶もしないでチュよ。本気で攻めることはできないでチュから。だって…。」
そう話している途中だった。
「『彼らは操られているだけの、カオスシティの人々だから』ね。
あたしたちも協力するわ。」
現れたのは…。
「え…!?どうして君たちがここにいるんでしゅか…!?」
続く
