Pichu's Story 71~75
第七十一話 「最後の特訓」
村へと帰ってこられたのは、もう朝日も完全に昇った頃。
だというのに彼らは皆、帰宅するやいなや寝室になだれ込み、ぐっすりと寝こけてしまった。
リボンもリュウもルークも。リリやルル、ブライトさえも。そしてティクルと助け出された妹、リーストも。
メックだけは、エアロやその率いる部隊を見送った後、ずっと山の方を見つめ続けていたが…。
そうして彼らが目を覚ましたのは、逆に夕日が地平線の下に沈もうとする頃だった。
「あーあー、完全に昼と夜が逆転しちまった。別にピチューは夜行性じゃねーのに。」
「誰かさんの寝相があんなに悪くなければ、みんなもう少し眠って疲れを取れたんだけどねー?」
と、あいも変わらずケンカを始めるルークとリリ。
それをまた苦笑いでスルーした一行は、ルルとリーストは家に残し、道場までやってきていた。
メックと今後の話をするためだ。
「長老、ちょっといいですか?」
まだまだその体には大きすぎる扉を開き、ティクルはメックに声をかける。
いつも通りそこに一人で座っていたメックは、分かっているとばかりにうなずき、立ち上がった。
「ちょっとじゃないじゃろうが。今こそ、イルウィルに関する全ての情報をまとめねばならん。
今回は姿を見せんかったが、近いうちに戦うことになるじゃろうからな。
…あいにく、おぬしらが進化をしている時間もないわけじゃの。」
さすが長老、と誰もが思った。
ピチューたちがつい昨日まで話し合っていた進化について、誰もそのことを伝えていないのにメックは察しているのだ。
「あー、ともかく。イルウィルに関する情報だろ?えーと…。
ティクル、説明しろ。」
「ほんとダメだなルークは。あいつはな…、えーと、そうだ、七司星をいっぱい持ってるんだよ。」
ですよね長老、と胸を張ったティクルだったが、心なしか、メックに白い目で見られた気がした。
「そんなあいまいなことを聞いてるんじゃないでチュよ!
イルウィルは自分の七司星の力に意志を持たせて、新しい生き物に…まるで精霊を召喚するようなことが出来るんでチュ。
それと、星の神殿で見た光から考えても、イルウィルが持ってるのは闇、大気、炎、水の七司星でチュよ。」
「それに、あのダメな手下のルインってやつは、雷の七司星そのもの…つまり雷の七司星を持ってるってことでしゅ。」
「え?ってことは、ティクルが光、リボンが自然の七司星を持ってるんだから、これで七個全部じゃない!」
確かにリリの言うとおり、七つの七司星全ての持ち主が分かっていたのだ。
だがリボンとメックは、共に首を横に振った。
「わたちの自然の七司星は、何でか二つに分裂しちゃってるんでチュ。
それを見つけなきゃいけないんでチュが、カオスシティにあるらしいことしか分かってないんでチュ。」
「それに、少なくとも五個が敵側の手にある。圧倒的に不利な状況じゃな。」
言って、メックはため息をつく。そして追い討ちをかけるようにまた、ティクルが首をかしげた。
「あとイルウィルは人を操ることも出来るんだよな。」
「そうでチュね。あれにかかったら…、もしかしたら、味方も敵になっちゃうかもでチュよ。」
「味方も…敵に…?」
と、突然ルークがリボンの言葉を繰り返しつぶやきだした。
「何か分かったのか?」
「…ああ、分かった!」
ルークはハッとした顔で叫んだ。
「オレの兄貴もそうなんだよ!ほら、それならオレを襲ったのも合点いくだろ?」
確かに行方知れずのルークの兄、フェロックは以前ルークを襲ったことがある。
ヘヴニアスカイアでのあの出来事は、フェロック自身の意思でやったのではない、ということ。
そしてすぐに手を引いたのも何かあったからだろう、ということ。ルークはそう考えたのだった。
「なるほど、フェロックさんもイルウィルの暗示にかかっていたってことだな。」
「そうか、あいつはゴーグルの兄だったのか。
オレもイルウィルの拠点に出入りするとき、それらしき男を見た。」
と、ブライトもうなずきつつ話した。
「そしてイルウィルも、おそらくばその男も、カオスシティにいる。
オレが知っているのは…その程度だ。」
「とにかく、イルウィルに勝つためにも、ルークの兄貴を助けるためにも、
あたしたちまだまだ精進が必要、ってことですよね?長老?」
そう言って、リリは確かめるようにメックを見たが、しかしうなずいてはいなかった。
「確かに精進するに越したことはないが…。
先にも言ったとおり時間がないのじゃ。そろそろこの修行も終わらせねばならん。」
「え?」
メックは一度全員を見渡すと、高らかに言った。
「それでは、最後の特訓じゃ!」
「心から…力を込めて…!」
「そうじゃ、光の七司星は『信じる心』を力の源とする。
今までもこの力を使ったときは、いつも何かを信じていたはずじゃ。」
最後の特訓…と言っても、今日で最後になると決まったわけではない。
しかし内容も気合も、今まで以上のものになっていた。
ピチューたちはもちろん、リリやブライトも懸命に特訓をしている。
さらに、その音を聞きつけてかルルがリーストを連れて現れ、一緒に訓練し出す始末。
ルルはまだ幼いとはいえ、普段から参加しているので良い。
が、リーストまでやると言い出した時には、さすがに兄からおとがめが来た。
しかし、
「わたしももう関係者だもん。大人しくなんかしてられないよ。」
と反発され、ケガさえしなければとティクルも認めざるを得なかった。
「リボンの持つ自然の七司星は『祈り』がエネルギーとなる。
分かってきたとは思うが、七司星を扱うにはそれぞれ特別な想いが必要なんじゃ。」
「ハイ。…この冒険の中で、オレは色々な想いを感じてきました。
それがそのまま力になるのなら…。今なら、七司星全部扱える気がしますよ。」
七司星を操る訓練のさなか、そう言ってティクルは笑った。
「その意気じゃ。ぬしらはこの短い期間で様々な体験をしてきた。
そしてこれからも、色々な想いを胸に抱いていくことになるじゃろうな。それらは全て、ぬしらの力となるんじゃ。」
「そうだぜティクル。」
と、燃え盛る炎の剣を―おかげで余計に汗が出るのだが―背負ったルークが口を挟んだ。
「オレもお前も他の奴らも、昔と比べたらずいぶん強くなってるのさ。
それにオレなんかさっき、長老からいい話聞いちゃったしな。
…ま、それはおいといて、だ。その試しにと言っちゃあ何だが、久々にケンカでもしねぇか?」
「…いきなり出てきて何言い出すんだよ。遊んでる場合じゃないだろ?」
あきれるティクルを尻目に、ルークはチッチッチと指を振る。
「そんな場合だからこそ、だよ。オレは兄貴の目を覚ましてやらなきゃならない。
お前だって今以上に強くなる必要がある。それには、実践…もとい実戦が一番だ。」
「もといってなんだよ…。」
不敵な笑みを浮かべるルーク。乗り気でない顔のティクル。
しかし話を聞いていたメックは、珍しくルークの肩を持った。
「ふむ、確かにその通りじゃの。実戦は培ってきた力を試すのにも、そしてその力をより向上させるのにもうってつけじゃ。
本当の戦いの前に、こういう形式でやってみることは大切なことじゃな。」
「そういうことだ、ティクル。楽しんで強くなれるんだから、やらない手はねぇ。
早速、明日の昼ってことでどうだ?」
というように、二人で攻められては断れるはずもない。
ため息をつきつつ、ティクルはうなずいた。
「しょうがない、それでいいぜ。ただし、やるからには本気でいかせてもらうぞ。」
「望むところだ。いよいよもって雪辱の初勝利をあげさせてもらうぜ。
幸い、ケガしたってリリ看護師サマがいらっしゃるからなぁ。手加減はしねぇ。」
売り言葉に買い言葉、前哨戦ともいうべきか、ルーク対リリが開幕したわけだが…。
その晩、何だかんだで意気込んで明日の準備をすっかり整えたティクル。
そのもとにひっそり訪れたブライトはその後、次の朝日が昇る頃には村から姿を消していた…。
第七十二話 「ティクルVSルーク」
「なにぃ!?ブライトが昨日の夜に訪ねてきただぁ!?」
ブライトがまたいなくなったことで、朝食時の話題は持ちきりだった。
「そうだけど…、別にあいつがいないのはいつものことだろ?」
「何言ってんだ!奴を仲間に引き込んだのはティクル、お前だろうが!
それなのにまたいなくなるってことは、まだイルウィルとつながってるんじゃないのか!?」
声を荒げるルークに、ティクルは困った様子で答える。
「あいつだっていつもイルウィルの所へ行ってたわけじゃないさ。
もともと放浪癖みたいなのがあるんじゃないのか?仲間なんだから、信頼してやろうぜ。」
「そうよ。意外と疑い深いのね、ルークは。」
「そうなんでしゅよ、見かけによらず。昔からの悪い癖なんでしゅ。」
リリはおろか、リュウにまで言われては、むむむと口を閉ざすしかないルークだが、
「…昨日の晩だけど、あいつはあいつの父親のことを聞きに来たんだよ。」
それでもまだ不満そうな彼のために、ティクルは話を続けた。
「昔、実はオレ、あいつの父親であるサンダースに会ったことがある。
そいつに襲われて、オレは崖から落ちて大ケガをしたんだ。リボンは覚えてるんだよな?」
「あ、うん、もちろん覚えてまチュよ。やっぱりあのサンダースがブライトのお父さんなんでチュかね。」
つい先日、セレビィの力でその「過去」を再体験したリボンだ。忘れているはずもない。
「そうだと思う。でな、オレがこの光の七司星を手に入れたのも、その時だと思うんだ。
崖から落ちた反動で散った『虹色の羽』、あれに光の七司星が封印されてたんだろうな。ホウオウだし。
で、それはともかく、ブライトの父親なんだけど…実はオレの見舞いに来たことがあるんだよ。」
「あ、あのサンダースがでチュか!?」
リボンはもちろん、話を聞いていた他のみんなも驚きを隠せなかった。
「そう、あのサンダースがだよ。そしてにらみつけるオレを尻目に、見舞いの品だけ置いて帰っていった。
でもその木の実の間にまぎれて、メモが入ってたんだよ。内容は、謝罪の言葉じゃなかった。」
「ひどいでしゅ!じぶんでやっといて…!」
「リュウ、話は最後まで聞け!…って、姉ちゃんによく言われるよ。」
と、ルルになだめられたリュウは、苦笑いしながらまた話に耳を傾けた。
「えーと、まだはっきり覚えてるんだよな。こう書いてあったんだ。
『ぽけっとの里は頼む』
…今になってやっと意味が分かってきたよ。」
「イルウィルから里を守って欲しい。そういう意味でチュかね。そんな昔からイルウィルはいたんでチュかね。」
「あ、もしかしてそれ、ブライトさんにも言ったの、兄ちゃん?」
「うん。そしたら『そうか…』って、出てっちゃったんだよ。
やっぱり何か思うことでもあったんだろうな。分かったか、ルーク?」
一斉に冷たい視線を向けられたルークは、目をそらしつつため息をついた。
「分かったわかった。オレが悪かったということで。
それよりティクル、今日の準備は抜かりなく出来てんだろうな?」
「アンタ、ほんとに戦う気なの?自分の故郷だって危ないってのに。」
リリが口を挟む。
「だからこそだって言ってんだよ。なあティクル?」
「まあ…一番狙われてるのは多分オレたちだしな。
じゃ、軽く準備運動でもしてくるから。ごちそうさまでした。」
言って、ティクルはさっさと席を立ってしまう。あわてた様子でルークがそれに続くと、リーストはさっさと残された皿を片付けていく。
幼いながらも彼女は何かの役に立ちたいと言って、いくつかの家事をこなしていた。リリやリボンと一緒にではあるけれども。
「片付けも手伝わないで…。結局ティクルもやる気満々なんでチュね。」
「兄ちゃん、まだ子供なんだよ。」
「全く、これだから男ってのはダメね。リュウもルルも、男は黙ってドンと構えるものよ。長老みたいに。
もちろん家事だって女の子に全部任せたりしないし。長老みたいに。」
「どっちが男なの、姉ちゃん…。」
…そのメックは、本当に黙ったまま考え事をしていた。
(ブライトはまさか何か知っておるのか?それにイルウィルの次の狙い…。念のため、調べを入れておこうかの。)
ティクルたちが今暮らしている長老の家。その隣にある道場前に、いつの間にやら「闘技場」が出来ていた。
炎や雷で燃えてしまうような木造ではないものの、戦い方によってはやはり壊れてしまいそうな、突貫工事の高台。
メックが昔から用意していたらしいが、使うこともなく倉庫奥深くにたたまれて、久しく日の目を見ていなかったという。
それが今回のティクルVSルーク、そのバトル・フィールドなのだ。
当然通りがかる村人たちは皆足を止めて、何が起こるのかと見上げている。
そして気温も昼らしくなってきた頃、ついにその両端に戦士たちが上った。
「おいおい、専用フィールドに観客つきかよ。こりゃ魅せるバトルもしなきゃな、ティクル。」
「安心しろルーク。そんな気を回してる余裕は与えてやらないからな。オレに任せとけ。」
まずは口上で勝負かと、早くも村人たちは沸き始めた。
一方仲間たちはといえば、あきれるやら恥ずかしいやらで落ち着いてはいられない…、
というのもリボンやリリくらいのようで、他の四人は―さっきまで深刻な顔だったメックまでも―客に紛れて盛り上がっていた。
「兄貴ー!かっこよく負けるんでしゅよ!」「兄ちゃん!負けたら恥ずかしいよ!」
「どっちもがんばれー!」「大ケガしないようにするんじゃぞ!」
そうしてティクルが一歩、ルークも一歩前に出て、構えた。
「オレのまともな応援がないんだが。」
「気にすんなルーク。これが…人望の差だ!」
叫ぶと同時に、ついにティクルが攻撃を仕掛けた!技は「でんこうせっか」!
「おっと!」
ルークは寸前でそれを見切り、飛び上がって避ける。そしてそのまま回転して、しっぽですぐ下の背中を狙う!
だがその瞬間、ティクルは電撃を放った!「でんこうせっか」中にエネルギーをためていたのだ!
しかしルークも負けていなかった。こちらも既にエネルギーをため終わっており、同じく電撃を放つ!
電撃同士がぶつかり合い、その衝撃で二人とも少し吹き飛ばされた。
その間には、使い方によって戦局を左右するような微妙な距離が空く。
だがその間合いも一瞬で詰められた。今度はルークの「こうそくいどう」である!
剣を背負っているにもかかわらず、目に見えぬ速さでティクルの背後を取った!
「これでどうだ!」
今度こそと、ルークの強烈なパンチがティクルの背を狙う!
が、その拳は何かに当たってピタと止まった。見ると、それはティクルのしっぽ。しかし、とてつもなく固い!
「『アイアンテール』ってやつだよ。」
言うなり、今度はティクルが振り向きざまにパンチを繰り出した!
そしてついに、それはルークの頬に命中する!…だがティクルも無事ではなかった。
同時に、ルークも電撃を放っていたのだ!
お互いにダメージは大きかった。
「いっつー…。やっぱお前とやるには、コレが必要かねぇ。」
パンチで吹き飛ばされたルークは、立ち上がるなりそう言って、炎の剣を抜いた。
戦いに見入っていた客たちは、それを見てまた歓声を上げる。
「へっ、ルーク、いつの間に強くなったじゃん。じゃ、ここからが本番ってことだな!」
同じく吹き飛ばされていたティクルも、立ち上がって構えた。
「炎の剣だろうが、こっちは光の七司星の力だ!ピチューの領域、超えてやるぜ!」
叫ぶとともに、ティクルの体が光に包まれ始める!
だがそれにも臆せず、ルークも剣を構えて突っ込んでいく!
「甘いなティクル!実は長老から聞いたんだよ!この剣、もともと七司星を封印してたものじゃないかってな!
思い返してみりゃ、確かに星の神殿にはこいつが納まりそうな穴があった。
それならお前のその力も、封じることが出来るハズなのさ!」
そう言って、走りながら剣を振り下ろした!そこから一気に炎の渦が巻き起こり、ティクルに襲い掛かる!
「たとえそれが本当でも…お前に操れてるかはわからない!」
同時にティクルも光を前方に集めた!
「前よりも強くなってるぜ!『かみなり』レーザーッ!」
以前メックとの戦いで使ったそれよりもさらに強力な電撃が、一直線にルークへと向かう!
そして、ルークの炎の渦とティクルの雷光は轟音とともに激突したッ!
第七十三話 「決闘の果てに」
激しい閃光が一帯を真っ白に染め、耳をつんざくような音が聴覚さえも奪う。
ルークの炎、ティクルの雷光、どちらが押し勝ったのか。
人々は一様に眼を―白い残像の消えない視界の中で―開いた。
まだ、白い。しかしそれは残像ではない。光だ。
そう、ティクルの雷光がフィールドを包みこんでいたのだ。
その勢いは、どうしてか、明らかに先ほどよりも増している。
…だがしかし、ルークも動いていた。炎は消えたが、彼本人はまだ倒れていない。
「こんなとこで…これ以上負けられねぇっつーんだよ!
ボルテッカァー!」
ティクルの放つ雷光の中で、少し色合いの違う光をまとった影が走った。
それは剣を構え、そのまま高速でティクルに突っ込む!
そしてそこから強い放電が起こり、さらには剣から炎が上がった。
しばらくしてようやくそれがおさまると、輝き続けていた光は消え、やがて煙もゆっくりと立ち消えていった。
そうしてその場には、ティクルとルーク、共に床へ手をついたピチューが姿を現した。
「はぁはぁ、どういうことだ、ティクル。
お前のさっきの『かみなり』レーザーだっけか。オレの炎が当たった瞬間、突然勢いがついたじゃねぇか。」
「それはこっちのセリフだ、ルーク。お前の攻撃もそうだろ。
今のボルテッカー、何であのレーザーの中で、あれほどの威力が出たんだよ。」
お互い息を整えながら相手の答えを待っていたが、
どちらも分かっていないのだろうことを悟ると、二人はゆっくりと立ち上がった。
「へっ、まあそんなことはいいや。ティクルにダメージはあったみたいだからな。」
そう言うと、ルークは剣をティクルに突きつけた。
「続きをやろうぜ。今オレは最高に燃えてるんだ。何だかわかんねーけど、力がみなぎってくる。」
それを聞いて、見ていたメックは、まさか、と何かに気付いたようだったが、
そんなことに気付くはずもなく、ティクルも構えて言った。
「ダメージがあったのはそっちもだろうが。オレだって、ここまで来たらお前に負けるわけにはいかないんだよ!」
そして、再び戦いが始まった。
炎が燃えて、風が舞い、二人の叫びに加え観客の騒ぎまでもがとどろくこのバトル。
ティクルが頭を使ったトリックプレーでルークを惑わそうとするも、ルークはいい動きでそれについていき、スキを見せない。
あらゆる攻撃は止められ、返され、また止められる。全く互角の戦いが続いていた。
ティクルは雷の光を操る攻撃のほか、天から光エネルギーを直接降らせるなど、光の七司星を使った多彩な攻めを身につけていた。
しかしルークも、それをかわす身体能力に加え、もはやチャンバラどころではない剣術と、炎の操り方を心得ていた。
あれ以来お互い大きなダメージはない。しかし、間違いなく体力は削られてきていた。
あと一発。どちらかが直撃を受ければ、どちらかが攻撃を当てれば、戦いが終わる。
もしまた相打ちなら…先に立ち上がったほうの勝ちとなるだろう。
おそらくドローではすまされまい。それほどの熱い戦いだった。
ティクルの電撃を横っ飛びでかわし、一歩下がったルークが叫んだ。
「いい加減あきらめたらどうだ?オレにはそんなの当たんないぜ!」
同じく一歩下がって、ティクルが叫び返す。
「どうやら、バテてきたみたいだな、ルーク!そんなに、早く終わらせたいのか。」
「うるせェ!お前だって息も絶え絶えって感じじゃねーか!」
言われて、ティクルは深呼吸を―もちろんスキのないように―してから、また叫んだ。
「ならそろそろ決着をつけようぜ。全力の一撃をお見舞いしてやる。避けられないほどのやつをな!」
その瞬間、太陽の光が全てティクルに降り注いだように見えた。
皆、あまりのまぶしさでティクルがどうなったのか確認できない。
だがルークには分かった。ティクルの周囲に集まった光エネルギーが、一点に結ばれていく。
「へっ、一点集中ってか。ならオレも…!」
ルークはまばゆい光の中、剣を横に構えた。
まだだ。今行っても集まったエネルギーに相殺される。
しかしそれを一点に集めてくれるのなら願うところ、他の部分がスキだらけになる。
そうなるのを待ちつつ、集中力を高め、炎のエネルギーをこちらも一点に凝縮するのだ。
そして、ティクルの周りの光が消えた。違う。ティクルの右腕に全て集まったのだ。
「さあルーク、本気で…行くぜぇ!」
叫んだ瞬間、電光石火のスピードでティクルは走った。輝く右手がルークをとらえる!
(光を手に集めてパンチ…って感じか。ティクルめ、何が「避けられないほどのやつ」だ。でもな、オレだって…。)
ルークの剣も、せまるティクルをとらえていた。輝く腕と、燃え盛る剣が、ぶつかる!
「ティクルごときに…!」 「ルークごときに…!」
「負けてたまるかぁっ!」
あれから数時間、日はもう暮れ始めている。
「…ルークが、ここまでやるとはな。」
ボロボロになった体で、ズルズルと歩くティクル。二人の戦いに決着がついたのだ。
しかし、ティクルが引きずっているのは、何も自分の体だけではなかった。
「まったく。どうしてオレが、ぶっ倒れたままのルークを引っ張ってかなきゃならないんだ…。」
そう、結局のところ、勝者はこちらなのであった。
「ティクルたちが勝手に始めたケンカでチュ。後片付けは自分でやるのが筋ってもんでチュよ。」
「後片付け…。兄貴、ふびんでしゅ。」
メックも微笑みながら横を歩いている。
「色々と気になる事もあったがの、今日はゆっくり休むとよい。明日には回復できるような夕飯も用意しよう。」
「長老、用意するのはあたしたちですよ。」
「長老さんも手伝う?」
リリとリーストがそう言ってメックをにらむと、老いたカメックスは苦い笑いを浮かべて、すまんの、と謝る。
「結局長老は姉ちゃんの言う『男』なの?それとも違うの?」
ルルの問いかけに今度はリリが困った顔をする。
そんな光景を見て笑いながら、ティクルはのびているルークを見た。
「ま、お前をこんなに強いと感じたのは初めてだけど。悪いな、オレの全勝だ。」
同じ夕暮れの中を、翼を広げて飛ぶ者が一人。
「急げ。急がなくてはならない。早く、一刻も早く彼らに伝えねば…!」
それは、決戦の幕開けを告げる翼だった。
第七十四話 「成長」
苦い。まずい。苦い。まずい。
「カンポー」と呼ばれる薬は、自然にあるものをせんじて作ったものだ。
だから夕飯に入っていても一見、何の違和感もない。もちろん、味は大きく違うのだが。
顔を引きつらせてのた打ち回っていたティクルとルークだったが、
「良薬口に苦し」の意味を翌朝、身をもって知ることになる。
悪い言い回しのようだが、二人がどうにも気に食わない顔をしていたのだからしょうがない。
「ふむ、昨晩の薬がしっかり効いたようじゃな。二人とも元気そうじゃの。」
弟子を全員道場に集めたメックは、開口一番そう言った。
「元気じゃねぇよ!まったく、あんな苦い思いをしたってのにピンピンしてる素直な体に腹が立つ。」
「うまいこと言うのお、ルーク。」
何がだよ、と文句をたれる彼を尻目に、メックはひとしきり笑っていた。
だが「長老!」とリリが一声かけると、メックは咳払いをして七人に向き直った。
「すまんの。じゃがこうして笑えるのも、わしにとっては最後になるかもしれんのでな。
許してくれい。」
誰もが驚いた。
「な、何言ってるの長老!長老はまだまだ現役でしょ!?」
リリが叫ぶ。しかし、メックは首を横に振った。
「いいや、もはやわしを現役とは言えなくなるじゃろう。まもなく…君らに抜かれるじゃろうから。」
「え!?」
メックは真剣な顔になり、弟子たちを見回す。
「そう、再びわしと戦って欲しいのじゃ。最後の…最後の力試しをしよう。」
ティクルはメックの眼を見た。本気だ。またこの人と戦う日が来るとは。
しかしこの戦いに勝てば、自分たちの修行の成果がはっきりと示される。
最初は四人がかりでも歯が立たなかった相手。でも今は…。
「分かりました、長老。なら、オレ一人で戦います。」
メックは驚いたようだった。他の皆を見回し、そしてティクルを見る。
「はっきり言ってみんなオレと互角です。一緒に修行してきたから分かります。
長老も見たでしょう、昨日のバトルを。オレもルークもほぼ互角。結局オレが勝ちましたけどね。」
ルークがむっとした顔をする。
「ともかく、みんな強くなったんだ。それでみんな一斉に長老と戦っても、実力を見せたことにはならない。
だからオレ一人で戦います。そして、もしオレが勝てば…それはみんな合格ってことになるはずです。」
聞いて、メックは納得したようだった。なるほどとうなずいて、言った。
「まあ別にテストのつもりではないんじゃがの。
ティクル、昨日の戦いを見て、お主の成長ぶりには驚いた。
そしてその成長が、本当にわしを抜ける強さとなったか。よかろう、試させてもらう!」
ゴォッ、と道場内の空気が揺れた。それほどの覇気。
ティクル以外は自然と下がり、道場の中心には彼とメックのみが残される。
短い間とはいえ師と弟子、その二人の本気の勝負が幕を開けた。
「もしティクルがこのまま勝てば、オレたちはみんな長老より強い、か。オレがやってもよかったんだけどな。」
その戦いをじっと見守りながら、真剣な顔でルークは言った。
「とはいえ、オレよりティクルの方が、こういうのは任せられるだろうな。
現に期待通りの…いや、期待以上の戦況だ。」
そう、徐々にではあるが、ティクルが押し始めているのだ。
メックは前回と違い、最初から間髪入れない攻めを繰り広げた。ハイドロポンプ、ハイドロカノン、そして高速スピン。
今まで避けられなかった、耐えられなかった、見えさえしなかった技々を、しかしティクルは見切っていった。
あの高速スピンをかわせる。地震によろめくこともない。
そして電撃が―以前はメックをひるませることもできなかった電撃が―効いている。
「気を抜くでないわ!ティクル!」
もちろん一瞬でも油断すれば、そこに痛烈な一撃が放たれる。
とんでもない速さで飛んでくる水流を、何とかかする程度でしのぐと、
ティクルは一気に間合いを詰めてメックの足元に入りこむ。
「かみなり!」
嫌な空気があたりに立ちこめたかと思うと、次の瞬間、道場内は強い稲光に包まれた。
しかしメックもその程度の奇襲にはうろたえたりしない。
雷が落ちる直前に、その巨大な甲羅へと身を隠したのだ。
「ミラーコートじゃ!」
ティクルの放った雷は、確かにメックを直撃した。
だがそれは突然軌道を変え、メックの背後にまわっていたティクルに突っ込んでいく!
…しかし、ティクルの体は輝いていた。その強力な雷を浴びてもなお。
いや、雷を受けたことによっていっそう強く、輝きだしたのだ。
「しまっ…!」
気付き、そのまま高速スピンで回避しようとしたメックだったが、それでも遅かった。
「ボルテック・シャイン!」
先の雷から吸収した電撃と光のエネルギーが、ティクルの周りに集まっている。
「ボルテッカー」を光の七司星によってさらに強化した技「ボルテック・シャイン」。
「ミラーコート」で返すこともできない。かわすのも間に合わない。
甲羅に入ったまま、メックはティクルとぶつかり合い、一言ポツリとつぶやいた。
「やはり…任せられる、か…。」
轟音とともにメックは吹き飛び、床に叩きつけられた。
そして、ティクルは立っていた。
「これで、わしが教えることはもうなくなった。あとは…実戦で学ぶこともあろう。」
戦いの後、メックは師を越えた弟子たちを見回しながら言った。
「じゃが、君たちならイルウィルにも勝てる。それは今まで教えてきたこのわしが保証しよう。」
「長老…。」
誰ともなくそうつぶやき、しばらくの間道場に沈黙が流れた。
もうこの道場で動き回ることもない。イルウィルがまた行動を起こし始めているのだ。
決戦の時も、近い。
「さあ、お主らは今のうちに休んでおくといい。そろそろ、来るハズじゃからな。
再び旅立つ時がの…。」
そう言って沈黙を破ったメックは、そのまま裏口から道場を出て行った。
そして、残された七人もその場を離れようとした、そのとき。
想像以上に早く、翼は舞い降りてきた。旅立ちを告げる、その翼。
「みんな、落ち着いて聞いてくれ。
ぽけっとの里が、君ら五人の故郷が、イルウィルに襲われようとしているんだ!」
第七十五話 「決戦へ」
ぽけっとの里は普段となんら変わりなく、静かな平和に包まれている。
ポケモンたちもいつも通りの生活を送り、ただピチュー6人がいないだけ。
フェロックは依然行方知れずのままだが、リーストが見つかったという話は既に届いている。
それならずっと年上であるフェロックも無事に違いないと、皆が信じていた。
しかし…一部の敏感なポケモンたちは、かすかな異変を感じ取っていた。
ゆっくりと、しかし確実に里へと迫る魔の手に…。
「ぽけっとの里が…イルウィルに狙われてる!?」
その場にいた全員が驚きの声を上げていた。
特にピチュー5人は動揺を隠せないでいる。自分たちの故郷なのだから当然だ。
「なんでだよ!どうして里が襲われるんだ!
みんな思い出せ!長老が言ってた話が本当なら、イルウィルは自然のない都会を狙うはずだろ!?」
ルークが叫ぶ。
「そうでしゅよ!兄貴の言うとおりでしゅ!
あと他に狙われるものがあるとしたら…この村には悪いでしゅけど、ぼくたちのハズでしゅ!」
「それなのにぽけっとの里が狙われるなんて…。
そもそもわたちたちが里を出たのは、里のみんなを巻き込まないように、っていうのもあったんでチュよ!」
「ああ、確かに君たちの言うとおりだ。」
エアロはピチューたちをなだめるように言った。
「私も聞いたよ。かつてメックさんとイルウィルが戦ったとき、奴は言ったそうだね。
自然を守るためだ、と。だが近頃の奴の破壊活動は、そこから外れたものも増えてきているんだ。
そして今回もそう。奴が何を狙っているにせよ、イルウィルの手はぽけっとの里へと確実に向かっている。」
そこでエアロは一度目をつむり、間を置いてから再び口を開いた。
「つまり、ぽけっとの里は近く、操られたカオスシティの人々に襲われる。
この挑発に君たちは乗るのか、それとも直接イルウィルを探し、倒しに行くのか。
どうする?」
突然の質問に、七人は一瞬あ然としてしまった。
だがすぐにティクルが返した。答えは決まっているというような、はっきりした口調で。
「これはイルウィルの罠だってことですね、エアロさん。
オレたちが手を出せないカオスシティの人たちを差し向けて、一気にけりをつける。
確かに、里に行ったらまずいかもしれませんね。」
「そう、カオスシティの人々を救うためにも、イルウィルを倒すのが最善策なんだ。
だが…。」
エアロが言葉をつまらせた。そこにリリが質問する。
「そもそもイルウィルの居場所は分かってるんですか?」
「まず、それなんだ。…少なくとも、私には分からない。
そしてもう一つの問題、それは…。」
エアロは分かっているようだった。ピチューたちの答えを。
言葉を切ったエアロは、目配せしてティクルの答えをうながした。
「オレたちは、ぽけっとの里を守りに行きたいです。」
ティクルははっきりと答えた。
「たとえ罠だとしても、オレたちの故郷を放ってなんておけない。
どうせ居場所が分かってないなら、罠にかかった方がはやいかもしれないし。
とにかく、里が襲われてるのを見過ごすなんて…オレにはできないんです!」
それを聞いて他の皆も次々にうなずいた。そしてエアロもため息をつきつつ、微笑んだ。
「そう言うと思ったよ。実は、今回ばかりはその無茶も止められないんだ。
メックさんから、言われてるからね。」
「長老がでチュか?」
「ああ、メックさんは近頃何か考えている風だった。そんな折、私にイルウィルの動向を調べるよう依頼が来た。
『間もなく最後の戦いとなるじゃろう。そのときは、あの子たちの考えを尊重してやってくれ。』と付け加えてね。」
しばらくの沈黙が流れた。今さっき出て行ったばかりのメック。
最後の力試しとしてティクルと戦い敗れ、弟子の卒業をも認めた。
一体どんな考えがあってのことなのだろう。そして彼は今後どう動く気なのだろう。
「明日、出発しよう。」
ティクルが言った。
「長老はこうなることを分かって、オレたちの修行に決着をつけてくれたんだ。
だから行かなきゃいけない。なんとしても、里を守るんだ!」
ルークがうなずく。
「おう!どうにかしてカオスシティの奴らを止めなきゃな。そしてあわよくば、イルウィルも止める。」
リュウが困ったような声で返す。
「兄貴、あわよくば、じゃなくて絶対にイルウィルだって止めるんでしゅよ!」
そうでチュ、とリボンも続く。
「これ以上イルウィルを野放しにはできないでチュ。何とかしなきゃいけないでチュ。」
「そのために今まで頑張ってきたんじゃない。イルウィルに勝てるくらい、強くなったんでしょ?」
リリがルークを小突く。
「じゃあ、わたしたちの里を守って…。」
「そのあとイルウィルを探して、倒すんだね、姉ちゃん。」
リースト、ルルも話に加わってくる。
そんな様子を見て、エアロはあきれつつも笑った。
「結局両方とるのか…。なら私もついていこう。セレビィ様の使者として、平和を取り戻す手伝いをせねばならないからね。」
こうしてできた8人のパーティ。その仲間たちを見回して、ティクルが声を上げた。
「これならきっと里を救える!カオスシティの人たちだって救える!イルウィルにも、勝てる!
ブライトもきっと合流してくれるから…みんな、最後の戦いだ!」
「おぉ!」
7人の声がそろった。このメンバーならどんな戦いも乗り越えられる。
ティクルはそう思った。
しかし…。
「みんな、悪ぃけど先に行ってくれ。でも必ず決着つけて、すぐに合流するから待ってろよ!」
しばらくの間暮らしてきたメックの家の前。
肝心のメックは姿を現さないが、8人は準備も終えていよいよ出発の時を迎えていた。
だが、ルークだけはそう言って背を向け、一人西へと走り出す。
「ああ、里のほうはオレたちに任せとけ。だから…絶対勝てよ!」
ティクルたちはそう返して、ただその背中を見送るだけだった。
…この日の朝のことだ。いよいよ里へ向けて出発しようとするルークの元に、一通の手紙が届いた。
「ルークへ。修行の成果を見せてもらいたい。決着をつけよう。グレイタウン跡近く、天望の丘へ。」
たったこれだけの内容。しかしルークは理解した。
「兄貴だ…。」
そう、ルークの兄フェロック。謎の剣を手に、弟のルークへ切りかかってきた人物。
「やっぱりイルウィルに操られてるのか、兄貴…。」
手紙を読んだルークの表情には迷いが浮かんでいた。
しかし仲間たちは笑顔で言った。
「気になるなら、確かめてくればいいでしゅよ、兄貴。」
「そうでチュよ。フェロックさんだって里の仲間。里の人みんな助けに行かなきゃでチュ。」
「で、でもオレだけ勝手に行くわけには…。」
それでもためらうルークの肩を叩いたのは、ティクル。
「だったら早く終わらせて来い。それまでオレらで持ちこたえる。信用しとけ。」
村での修行で得た力、自信、そして信頼を武器に、それぞれが新たな旅立ちを迎える。
ティクルたち7人はぽけっとの里へ。ルークは天望の丘へ。
「行ったか。さて、それならわしも向かうかの。奴のもとへ…。」
そうつぶやいて家を出たメックも。そしてどこかへ消えたブライトも。
それぞれの想いを胸に、決戦へ…。
※76話・77話は、それぞれ単独記事で過去に作成しています。
Pichu's Story 68~70
第六十八話 「倒すべき敵は」
夢じゃない。
今自分の体を支えてくれているのは、間違いなく兄ちゃんだ。
リーストはあふれ出る涙を抑えられなかった。
エアロもルークたちが受け止め、リボンの「リーフボード」は猛スピードで追っ手を振り切った。
「泣くなよリースト、ケガはないか?」
ティクルは彼女をゆっくりと立たせ、自分も目を潤ませながら話しかける。
だがリーストは声を詰まらせ、ただ兄に寄りかかるばかり。
代わりに答えたのは、リリたちが持ってきたキズぐすりで応急処置を受けるエアロだった。
「大丈夫、指一本触れさせちゃいないさ。
電撃を一発受けてしまったが、彼女まで通させてはいない。安心しなさい。」
「ありがとうございます、エアロさん!」
ティクルは心から彼に感謝したが、言われたエアロは照れ笑いをのぞかせながら首を振った。
「いや、いいんだ。そのために私は来たんだからな。
…それより、何故君たちがここに?内密に話を進めていたのに…。」
「それは、ティクルが…。」
何気なくリリに指名され、ティクルは言葉を詰まらせた。
ブライトには、自分が言ったということを隠すよう言われている。
不用意に約束は破れない。
ティクルは少し考えて、そして一つうなずいてから、言った。
「今は答えられません。でも、ここに来たのはオレの意志です。
エアロさんたちは、オレたちのために黙ってたという事も分かってます。
そしてオレたちが、まだ戦力としては未熟という事も分かってます。
だけど…。」
リーストは、自分を支える兄の顔を見上げた。今度は彼の方が、少し照れている。
「エアロさん、みんな、危ないことに巻き込んでゴメン。
…それに、付き合ってくれて、ありがとう。」
言って、さらにティクルの顔は赤くなった。
それを見てリーストが涙目ながらも笑い、つられて他のみんなも笑う。
「そうそう、『ゴメンナサイ』より『アリガトウ』だよな。
こないだまでは、一人で家飛び出したりしてたのによ。改心したってことか。」
「そうでチュね、今回は頼ってくれて嬉しかったでチュ。こうして二人を助けられたでチュしね。」
エアロも笑った。
「そうだ、君たちには助けられたんだったな。文句を言える立場じゃない。」
そう言うと彼は、力を込めて立ち上がり、辺りを見渡す。
「…それに、まだ終わりというわけではないらしい。」
エアロの言う通り、八人は無数の影に囲まれていた。
「これはマズイのう…。」
同じくして、メックも敵の包囲を受けていた。
間髪入れず四方から来る攻撃を、彼はきれいに受け流し、敵を次々といなしていく。
それでも彼らは一向に減る気配がない。
しかしメックが危惧しているのは、そういうことではなかった。
「この単純で弱々しい攻撃、まさか…。」
そう、これだけの敵に囲まれながら、メックは無傷だったのだ。
確かにメックは強い。だが、いくらなんでもこれだけの「敵軍」に囲まれれば、そうはいかないはずだった。
そして、敵のほうも誰一人倒れてはいない。お互いダメージのないように、メックはうまく戦えていた。
最初の攻撃を受けた時点で勘付いていたからだ。敵の正体に…。
「今、何て言ったんですか、エアロさん?」
包囲網の中、エアロが不意につぶやいたある言葉を、ティクルは問いただしていた。
その言葉、それは―
「『子供』。道理で簡単にかわせたわけだ。あそこのポッポ、まだ子供だよ。君たちよりも幼い、ね。」
ティクルたちを囲む鳥ポケモンたち。その中の一人を指して、エアロは答えた。
「ほんとだ!あの子、パッと見ルルと同じくらいじゃない!」
リリが叫ぶ。と、ずっとティクルの横について見ていたリーストが、兄の手を引いた。
「どうした、リースト?」
「兄ちゃん、あの人たちもしかしたら、もしかしたらカオスシティの人たちかも知れない…!」
「何故じゃ!何故おぬしら一般市民が戦っておる!?」
止まない攻撃を流しながら、メックは誰にともなく問う。
すると、また誰ともなく単調な声で答えた。
「我々はカオスシティ、すなわち要塞都市の戦士。だから戦う。秩序のために。」
「そう、我々は戦士。秩序のために戦う。」
「我々は秩序の戦士。我々は秩序の戦士。我々は秩序の…。」
一人、二人、その声は大きく、広く重なり合い、繰り返される。
そしてそれは、やがてメックを取り囲む者たち全員の合唱になる。
だが、彼らの声に「戦士」の覇気はなかった。いや、それどころか生気さえ感じられない。
(要塞都市、それに秩序…。これは星の神殿の古代史碑にある『コスモス』のことか。
しかしこのことは、星の神殿に行った者しか知らぬはず。
さらにこのうわごとの様な合唱。イルウィルめ。催眠術じゃな…。)
「さ、『さいみんじゅつ』だって!?」
一斉に襲い掛かってきた鳥ポケモンたちからリーストをかばい、かわしながら驚くティクル。
「うん。でも普通の『さいみんじゅつ』じゃなくて、催眠した後、相手を操るんだよ。」
「なるほど。つまりこれは、催眠状態にしたカオスシティの人々に、暗示をかけて操っているわけか。
それにしてもイルウィルめ、これほどの数に暗示をかけるとは…。」
リーストの説明に、エアロが敵を吹き飛ばしつつ補足する。
「じゃあオレとリュウがあの街を回ったときに感じた違和感は、それのせいだったのか。」
「これじゃむやみに攻撃できないでしゅよ!」
頭を抱えながら叫ぶリュウの言う通りである。彼らは敵の攻撃を避けることしかできないのだ。
それもリリはルルを、ティクルはリーストをかばいながら。
「くっそ!それにそんな事を知ってるってことは、リーストはカオスシティに捕まってたんだな。」
ならあの時、とティクルは唇を噛む。その時、天から高らかな笑い声が響いた。
「その通り!カオスシティで貴様らは、人質のその娘に会える予定だったのだよ!」
ルインだ。そう言って彼は、今度こそとばかりに閃く電撃を放った。
「させるかッ!」
キィン、と耳をつんざくような音を響かせ、閃光がかき消えた。ルークの炎の剣だ。
そうしてルークは、剣を一閃してからルインに向け、構え直した。
「また貴様か!それにその剣は一体…ん?炎の剣?まさか…!?」
「あぁ!?意味分かんないこと言ってんな!お前こそ何者なんだ!」
ルインが突然動揺しだしたのをよそに、ルークは剣を突きつけて叫ぶ。
だがそれに答えたのは「彼」だった。
「教えてやろう。そのルインは雷の七司星そのもの。だがお前たちが相手してきたのとは違う。
覚えているだろう。グレイタウンを。」
そう言って狭いリーフボードの上に降り立った黒い影。月光の輪。
「メックとの決着で力を暴走させ、雷の七司星が分離してしまう。
しかしその後、水の七司星を奪い、さらにその経験から『召喚』まで編み出してしまった。
それがあのお方、イルウィル様だ。レベルが違うんだよ。」
「な…ブライト!?」
間違いない。しかも彼は一度息を吐くと、その真黒い毛を一気に逆立たせ、ティクルたちをにらみつけた。
その目は、グレイタウンの時以上に冷たさを感じさせる。そして、悲しさも。
「ブライト、てめぇ!ついさっき昼まで相談までしてたってのに、裏切るってのか!?」
「フン。ゴーグル、何か勘違いしているようだが、オレは最初からこっち側なんだよ。」
「そんな、ブライトさんは敵だったの!?姉ちゃん!」
ルルに泣きつかれ、リリは言葉もなかった。彼女だって憧れていたのだ。
しかしブライトは首を横に振った。
「今回の目的はお前らを消すことではない。
リーストの奪還と、あわよくばティクルの捕獲。本当の『敵』になりたくなければ、手を出すな。」
「てめぇ!」
ルークはついに、剣を抜いてかかっていった。剣先がブライトへと向けられる。
「フン、相変わらず話を聞かん奴だ。手を出さなければ、危害は加えんと言っているのにな!」
ブライトもルークに向かって構え、反撃を狙う。
…しかしそれはまた、止められた。間に入ったのは、何度目であろうか、ティクルである。
「おい、お前たちを狙ってんだぞ!ティクル!」
だがティクルは、リーストをそっとルークの横につけると、ブライトを向いて言い放った。
「ありがとう。リーストのことを伝えてくれて。それは嘘じゃなかっただろ?
おかげで助けることができた。だからお前はオレの敵じゃない。」
「フン、何を言うかと思えば。あれはな、ティクル、お前をおびき寄せるための罠だったんだよ。」
ブライトはそう返し、さらに彼をにらみつける。しかしティクルは、その目を見返した。
「…たとえそうだったとしても。お前はオレの、オレたちの敵じゃない。
ましてやカオスシティの人たちは、絶対に傷つけちゃいけない。
いいか、みんな。オレたちの倒すべき敵は、イルウィルなんだ。」
第六十九話 「中秋無月」
敵はイルウィル。
それは当然、と思いつつも、他の仲間はやはりティクルが何を言いたいのか分からなかった。
ブライトも、あきれたものだとばかりに鼻で笑う。
「フン、イルウィル様を敵と言うなら、その配下のオレも敵だろう。
…たとえ貴様らがオレを攻撃せずとも、オレは貴様らを攻撃するんだからな。」
「そうだぜティクル!あれはハッタリなんかじゃねぇんだ!本当に攻撃してくるぞ!」
ブライトの言葉に賛成するのは不本意のようだったが、ルークもティクルの肩をつかんで怒鳴る。
「…あいつは敵だったんだ。グレイタウンのときのが本性だったんだよ!」
しかしティクルは、振り返りもせずルークの手をどかした。
「分かってる。あいつが本気だってのはな。もちろん、オレもこんな所で捕まる気はないよ。
でもさ、あいつの本性ってのは、そういうんじゃないと思うんだ。」
「な、ティクル!?」
話しながらティクルはふと上を見、突然姿を消した。「でんこうせっか」。
と、そこに電撃が落ち、葉でできた床がちりちりと燃える。ルインの攻撃だ。
「チッ、はずしたか。だが話をする暇も与えん!ブライト、もたもたするな!」
簡単に正体を明かされたからか、話に参加できず無視されていたからか、ルインは不機嫌な声で叫んだ。
ブライトはそれを聞き、ため息をつきながらティクルを、先の「でんこうせっか」で後ろに回っていた彼を向き直る。
「…背後を取っておきながら攻撃を仕掛けないとは、どうしても捕まりたいようだな。」
「どうせ気付いてたんだろ?なら攻撃しても防がれるだけだ。
初めて会ったとき、道場で会ったとき、グレイタウンで会ったとき、そして今日も、な。
短い付き合いではあるけど、お前のことはだいぶ分かってきたよ。」
そう答えて、ティクルはルークたちを見た。その目を見て、ルークは観念したようだ。
「しょうがねぇな、ブライトの方は任せた。こっちはルインの方を止めとくぜ。」
言うと、彼はリーストをかばうようにして剣を構え、他の皆も、戦えるものはルインや迫り来る鳥ポケモンたちを向く。
リースト救助のため集められた味方の部隊も、各々が襲い来る人々を相手にし、
メックも地上で戦い続けていた。
そしてティクルは、ブライトと一対一でにらみ合う形となっていた。
「オレのことが分かってきた、だと?知ったような口を叩くな。」
「いいや、お前が本当の気持ちを言うまで、分かったつもりでいる。」
「ふざけるな…!」
ブライトの周囲に闇が集い、体中の光輪がぼやける。
と、同時に、彼は足元の葉を蹴り上げ突っ込んできた。
(避けるか…いや…!)
ティクルはその場で足を広げ、固い頭でそれを受け止める。少し押し負けたが、下手に避けるよりは良かっただろう。
ブライトの技「おいうち」。避ければより強力な一撃が来る技だ。
ティクルはその反動を使って後ろへ飛びのき、間合いを取ってから精神を集中させた。
すると、辺りにティクルの幻影が浮かび上がり、一斉に動き出す。「かげぶんしん」だ。しかし、
「フン、よく覚えたものだな。しかし、ありきたりな技だ。」
ブライトはそうあざ笑うと、さらに周囲に闇を集め、それで自身の影を作った。
だがこちらは「かげぶんしん」ではない。相手を惑わせ、動きを確実に見切ったところで攻撃する。
「まだ低レベルな分身だったな、ティクル。この技にはかなうまい。」
言って、ブライトは幻影の一つを―いや、本物のティクルをとらえた。
「ぐっ!」
ティクルは何とかその「だましうち」をこらえ、ブライトを飛び越えて反対側に着地する。
しかしそこから振り向いた瞬間、突然体が動かなくなった。
「くろいまなざし」。その瞳は暗く、悲しく、冷たい。
「目を合わせたが最期だ、ティクル。」
本気でとどめを刺しに来る「とっしん」。しかもティクルは動けない…。
…しかしその時、突然ブライトをまばゆい光が包んだ。
「な、何!?『フラッシュ』…か!?」
光に埋もれたブライトは、「とっしん」の勢いを失い、足を止めてしまった。
そして、そこに間髪入れず飛んできた「でんきショック」を、彼はかわせなかった。
「やっぱりあの光はお前にとって強すぎた、ってことか、ブライト。」
「くろいまなざし」が解け、ティクルは体勢を整えつつブライトを見た。
「何が…言いたい?」
電撃が直撃したとはいえ、相手はブラッキー。見た限りたいしたダメージはない。
だがブライトは先の強気な態度とは違い、どこか動揺していた。
「言っただろ。オレは何度もお前に会って、何度も話をした。それで、何となく分かった。
…お前は、お前は何か隠してる!昔にあった何かを!
それが原因でイルウィルについてるんだ!そうだろ!?」
ブライトの固まった心を打ち崩すように、ティクルは叫び続ける。
「根拠がないなんて言わせない!オレたちをどうにかしたいなら、いつだってできたはずだ!
今だってお前ほどの力があれば、『フラッシュ』くらい切り抜けられるはず!
それにお前の目、一緒に稽古してたときとは全然違うじゃないか!オレにもそれくらい分かる!」
「…うるさい、うるさい!どちらにしろ、お前らには関係のないことなんだ!」
ブライトは首を何度も振り、ティクルをにらみつけた。しかしやはり、ティクルはひるみもせず叫んだ。
「関係ないことあるか!オレが一人で考え込んで飛び出したとき、止めてくれたのはお前だろ!?
だったらお前こそ一人で抱え込むなよ!一緒に、一緒に戦おうって言ってんだ!」
…しかしブライトはティクルから目をそらし、しぼり出したような声で答えた。
「…無理なんだよ、今更。オレはもう『進化』してるんだ。
言っただろ?オレやお前たちの進化は、『気持ち』を消費するもの。
オレがそのとき、誰に『信頼』を寄せ『愛情』を注ぎ『忠誠』を誓ったか、分かるか?
…オレの父親だ。それも、イルウィルに仕えていた父親だ。今更その気持ちは覆せないんだよ。」
「どういう…ことだ?」
「―オレは、母親のエーフィと父親のサンダースの間に生まれた。
だがオレの母はすぐに亡くなった。あの人の記憶は、もうほとんど無くなってしまったがな。
フン。家族、か。お前にわざわざ妹を助けさせたのは、その記憶を思い出せそうだったからかもな。
…そんなことはいい。そのすぐ後からだ、父はイルウィルという男と会うようになった。
幼いオレでも分かった。父が日に日に悪に染まっていくのが。
やがてオレも、ちょっとした悪に染まった。知ってるだろ?『トリックヘヴンズ』だよ。
まあイルウィルや父の真似事にもなっていなかったがな。
とにかく、あいつらとつるんでそれなりの毎日は送れていた。しかし、やはり長くは続かなかった。
ゴーグルの奴と会った後くらいだったか。父が、光の七司星を奪われた、と言って、『左遷』されることになったんだ―。」
(光の七司星だって!?)
子供の頃、サンダース、そして光の七司星。全てつながっていた。
ティクルがこの光の七司星「白陽星」を手に入れたのは…。
「―光の七司星が封じられていた『虹色の羽』。子供に奪われ、しかも崖に落ちたとつぶやいていたが…。
まさかそれを持っているのがティクル、お前だとはな。それを知ったときは、正直驚いた。
そして父はその代わりにと、ある計画をイルウィルに命じられていた。
オレたちが『グレイタウン』に引っ越したのは、そのためだったんだ。
…これはまだ言っていないことだったな。そうさ、オレもグレイタウンに住んでいたことがある。
当然トリックヘヴンズは解散することとなったが、そこでもある程度の友達くらいはいた。
しかし、その計画は実行された。グレイタウンの壊滅だ。
オレの父は、あの惨劇の一端を担っていたんだ。そして、共に消されたのさ。
イルウィルの奴に、捨て駒として。フン、とんだお笑い種だろう。」
「なら、どうしてお前はイルウィルについてるんだよ!?」
当然の疑問。しかしブライトは、明らかに苛立った様子でうなった。
「それなのにあいつは、父は、計画の直前にオレを逃がしたんだ!
自分は最期までイルウィルに従っていたのにな!
オレが進化したのは幼い頃、母が死んでまもなくだ。
月も雲に隠れて見えない夜だった。
そして父は言った。お前もこれで力を得た、と。忘れはしない。
そういうことなんだよ!オレが進化したのも、イルウィルのためだ!
独り辛い生活を強いられることが分かっているのに、オレを逃がしたのもイルウィルのためだ!
だからオレは、お前たちの味方にはつけない。イルウィルの力から逃れることはできない。
そして何より、イルウィルに従った父に背くことは、オレの進化を否定することになるんだよ!」
そうして、二人の間に冷たい風が流れた。
しかしティクルは、その風を払うように首を振って、言った。
「ブライト、お前もイルウィルの暗示にかかってるんじゃないのか?」
第七十話 「夜明け」
「オレがあいつの暗示にかかっている?フン、馬鹿馬鹿しい。」
ブライトが鼻で笑う。…少し、自嘲気味に。
「オレはあの間抜けな愚民どもとは違う。オレはオレの意思で、お前らと戦っている。
決してあいつに操られてなどいない!」
地上でメックを囲むポケモンたち、エアロの率いたリースト救出部隊と戦うポケモンたち、
そしてティクルたちを襲う鳥ポケモンの群れ。
彼らは皆、イルウィルの暗示にかけられ操られたカオスシティの人々だ。
だがブライトには、本人の言う通り暗示にかけられた様子はない。
「おいティクル!ブライトのことは分かったけど、同情してる場合じゃねーだろ!?」
「そうよ!こっちもちょっと、手一杯なんだから!何とかしてよ!」
ルークやリリたちも、攻撃せずに敵を抑え続けるには限界が来ていた。
「ティクル!このままじゃまずいでチュよ!早くここから逃げないと!
わたちたちの目的は、リーストちゃんを助けること。これ以上戦う理由はないでチュ!」
リボンの「リーフボード」が全速力を出しても、この状況においてそれだけでの脱出は難しい。
たとえできたとしても、少なくともボードに乗っているブライトがついてきてしまう。
何にしても、今までの逆境を切り抜ける秘策となった、ティクルの指示が必要なのだ。
「分かったか?やはりお前はオレと戦い、さっさとオレをここから降ろさなきゃならないのさ。」
彼はそう言って、ティクルに迫る。
…しかし、ティクルは目を閉じると、身を返してブライトに背を向けた。
そうして、仲間たちを見渡した。
「よし、みんな、何とかしてルインを狙うんだ。見たところあいつが統率してるからな。
あいつが崩れれば、逃げ出すスキはできる!」
「おい!貴様!」
ブライトを無視して指示を出したティクルに一同はあ然とし、そのブライトは声を荒げる。
だがティクルは、そのまま振り返りもせずに、つぶやいた。
「ブライト、暗示にかかってるってのは言い過ぎかもしれない。
けど、お前カン違いしてるよ。父親のこと。
多分あのサンダースは、お前には自由に生きて欲しかったんだ。
進化で得た『力』、そのために使えってことなんじゃないか?」
「何!?」
「…どちらにしろ、お前はイルウィルに従いたくて従ってるわけじゃないんだ。
それなら全てが終わったあと、どうするつもりなんだよ?
楽しい事も嬉しい事も全て壊された世界で、何をするつもりなんだよ?
あいつに従うってことはそういうことだろ?
…まさか、全部あきらめて人生捨てるなんて、そんな気力のない奴じゃないよな、ブライト。」
そう言い捨て、ティクルは仲間に指示を出し始めた。
そしてブライトは、どうしてもその背中を襲うことができず、ただ下を向いて唇を噛むだけだった。
「む、あれはリボンの能力じゃの。ということは、ティクルたちも来ておるのか。全く…。」
いまだ心無き合唱を続ける人々の攻撃を受け流しつつ、空を見上げたメックはつぶやいた。
しかし彼は、ティクルたちの動きを遠目から一瞬で理解すると、
辺りで非戦闘員を相手にして途方に暮れている味方の部隊に、ある指示を出した。
ここは自分に任せて、ティクルたちを援護するようにと…。
「どうやら、もっと大物が来るようじゃしの…。」
一方、空中ではティクルたちが、ルインを攻めあぐねて途方に暮れていた。
色々と試してはみたが、空高くにいる彼に攻撃する手段が、結局見つからないのだ。
「下手に遠距離攻撃すると、街の人々を盾にされる可能性もある。何とか直接、ルインの所に行かないと…。」
「なら私が…くっ!」
ティクルの言葉に、エアロが無理矢理飛び立とうとするが、翼を走る痛みに思わず体をこわばらせる。
「ダメでチュ、エアロさん!まだ飛べるほど回復してないでチュよ!」
「しかし、私以外に奴の所まで行ける者は…。」
エアロがうなだれたその時、辺りにまた鳥ポケモンの影が増えた。
だがしかし、それは敵ではなく―
「エアロ隊長!メック様に頼まれ、救援に参りました!」
「お前たち…!」
そう、メックが指示を出した味方の部隊だ。それも、空を飛べるポケモンたちの。
「エアロさん!」
「ああ、ティクル君。それにみんな。彼らを使うんだ。
…リースト救援部隊!命令だ!彼らを乗せ、あのルインまで運んでやってくれ!」
「ラジャー!」
声をそろえ、味方のピジョンやオニドリル、オオスバメたちが飛んでくる。
「よし!オレとルーク、リュウが行く。リリやリボンは、リーストたちを頼む。
…ブライトも、な。」
言われたブライトは、しかし返事もせずうつむいたまま。
それでもティクルは、もう一度「頼む」と彼に声をかけると、他の二人と共に空へと飛び立った。
と、ブライトはついに顔を上げ、どんどん高く上がっていくティクルを見つめた。
(頼む、か。フン、思っていた以上に、あいつはバカな奴だな…。)
「くそったれ共が、我を狙ってくるとは。図に乗るなよ!」
三人を狙い、ルインは電撃を間髪入れず撃ってくる。
しかし彼らを乗せたピジョンたちは、それを何とかかわしながらルインに迫る。
「これでも食らうでしゅ!」
ルインの前方をとったところで、リュウがおもむろにリュックを開き、そこから爆弾を投げつけた。
しかしそれは電気のバリアで簡単に防がれ、煙が上がるだけ。吹き飛ばすにも至らない。
「ハッハッハ、甘い攻撃だなぁ!?」
しかしその爆煙は、目くらましには十分役立っていた。ティクルが後ろに回れたのだ。
「甘いのはそっちだろ?あっけないぜ!」
「何ぃ!?」
…だが、そこからとどめをさすことができなかった。
「きゃあ!」
「…!?リースト!」
見ると、電撃がリーフボードへと向かっている。先の流れ弾だ。
リリは…ルルをかばうので精一杯。リボンもそれをかわそうと、ボードの制御で動けない。
エアロも動けず、他の部隊も鳥ポケモンたちを退けるので手一杯だった。
「くそっ!リーストぉ!」
ティクルを乗せたピジョンも急に戻れるはずがなく、リボンの制御むなしく電撃は避け切れそうもない。
そしてその強い電撃がリーストへ―。
「―ひとつ、聞かせてくれ。」
と、彼女の前に立ちはだかった黒い影。
「何故、お前たちを襲ったこのオレを、仲間と呼べたんだ?」
電撃はその影に―ブライトにはじかれ、リーストは気が抜けてその場にへたれこんでしまった。
その背中は、どこか兄に似た雰囲気。もう嫌な感じはない、その黒色。
そして瞳は、まっすぐティクルを見ていた。
「…さっきも言っただろ?オレを引き止めてくれたこと、感謝してるんだよ。」
心底ホッとした顔でティクルが答えるのを聞き、ブライトはいつもと少し違う笑みを浮かべた。
「フン、分からん答えだ。だがまあいい。これで終わったわけだ。
ティクル、長老が下で戦っている。連れて来てくれ。さっさと帰ろう、ひだちの村へ。」
「オレがかよ…。ま、いいや。頼みます、ピジョンさん。」
下にメックを見つけると、ため息をついてティクルは地上へと降りていく。
と、そこにまた声高な叫び声が響いた。
「貴様ら!ブライトまで裏切るとは!えーい、ともかく我を無視するな!」
「大丈夫、忘れてねーよ。てか、お前こそオレを忘れてたんじゃねーの?」
ルインの後ろには、しっかりルークがついていた。ルインの顔が青ざめる。
「『みねうち』だ。勘弁しとけ。」
思惑通り、ルインが倒れるとポケモンたちの統率は乱れ、簡単に逃げ出せた。
助け出したリーストに、ブライト、エアロやメックたちを乗せたリーフボードは、夜明けの光に照らされ、村へと帰る。
しかしメックは一人、ずっと後ろを、さっきまで争っていた場所を気にし続けていた―。
「―取り逃がしたわけか、ルイン。」
「ひ、ひぃぃ!申し訳ございません!お許しをー!」
「…まあいい。お前に任せたオレの失態だな。
この状況では追うのも面倒だ。来るのが一歩遅かったか。
だが、今度こそ再会できるだろう。近いうちに、な。」
Pichu's Story 64~67
第六十四話 「想いを想って」
かつてメックの使った水の七司星の力で、からくも雷から逃れた唯一の場所。
一面焦げた色の中、そこだけがもとの白色をしている廃墟。
そこが―
「リリの…ルルの家、なのか?」
白いガレキの前に立ちすくむリリの背中を見つめながら、ルークは聞いた。
しかしリリは無言のまま、ルルも呆然としてただそれを眺めているだけ。
代わりに答えたのはメックだった。
「…おそらく間違いないじゃろうな。本人が言っておるし、あの時二人はここに倒れていたわけじゃから。」
確かに割と大きめの家屋であった名残はある。
上部の焦げた柱に、不安定になっている石造りの床か、あるいは天井か、ほぼ吹き抜け状態ではあるが、その跡は認められる。
しかしそれも、時間の問題と思われた―今にも崩れそうな状態なのである。
と、そのとき、今までどこか”心ここにあらず”だったルルが、ぼそっとつぶやいた。
「違う…。」
「…?ルル?」
リリが気付いて聞き返すと、
「違う…こんなの、違う。ボクの町は、ボクの家は、こんな…こんなんじゃ…!」
突然叫び、走り出した。涙を散らしながら。
「ルル!」
リリも叫んで追い走るが、ガレキの山に足を取られその場に倒れこんでしまった。
「リリはここで待っていなさい。わしが連れ戻してこよう。」
「僕も行くでしゅ!…リリは、ちょっと休んでるでしゅ。ちゃんと捕まえてきましゅから。」
と、メックとリュウがすぐさま後を追い、そこにはリリとルーク、リボン、ティクルが残された。
「大丈夫でチュよ、リリ。長老もいて、リュウも結構面倒見はいいほうでチュから。
…ルルもきっと、分かってくれまチュよ。」
しかしリリは首を横に振って、うなだれた。
「私のせいなんだ…。まだルルには、早すぎた。それなのに、私が無理やり…。」
「何言ってんだ!」
ルークが叫んだ。同時に、彼はまだ起き上がらずにいるリリに、手を差し出した。
「知ってて欲しいって言ってたじゃねぇか。ルルにも故郷や家族のことを知ってて欲しいって。
別に間違ってねーよ。でもこんなとこで妥協したら、もう一生伝わらないぞ。」
聞いてはっと息をつくと、リリは目を伏せながらもその手をとり、立ち上がった。
ティクルはただそれを見ていた。暗く焦げたその地を背景にして…。
ルルは思いのほか早く帰ってきた。リュウと手をつなぎ、メックに見守られながら。
生家の跡に座り込んでいたリリは、それを確認するとためらいながらも立ち上がってルルを見た。
一方ルルは、まだリリと、その白い廃墟を直視したくはなかった。顔を背けたかった。
だが、その唐突な事故は、そんな彼にさえ目を離させはしなかった。
原因は立ち上がったときのわずかな揺れか、はたまたただの風か―崩れたのだ、本当に。
その石でできた家の名残が。
「あ…危ない姉ちゃん!」
遅い。リリが上を見たときにはもう、ガレキが、落ちてくる石のかたまりが、視界を埋め尽くさんとしていた。
リリには目をつむることしかできなかった。まさか、こんなことで…。
だがしかし、一瞬体が宙に浮いたと思うと、次には地面を転がる痛みを感じた。
そしてそれがおさまってから、やっと誰かが自分をつかんでいることに気付いた。
ゆっくり目を開けると、そこにいたのは青いゴーグルをつけた、ルーク。助けられたのだ、ルークに。
危なっかしい奴だ。
そう聞こえた気がして、少し頬を赤らめながらもあわてて立ち上がり、軽く彼をにらんでみる。
しかし顔を上げたルークは、大丈夫かと言わんばかりの心配そうな表情をしていた。
リリは、そのルーク本人も特にケガなく無事なのを見て、あれっと思い辺りを見回す。
そして、彼は現れた。ルークが何かを言う前に。リリが気のせいかと持ち直す前に。
「これじゃあ、修行の意味もないな。」
ブラッキーのブライト。いつからつけていたのか、それともたまたま居合わせたというのか、こんな場所で。
しかしそれを問う余裕もリリたちにはなかった。突然の出来事が続き、メックさえも驚いた表情を隠せずにいたのだ。
ブライトは続けた。
「強くなりたいのならば、しかもイルウィルを相手にするのならば、気の迷いは致命的だろう。
長老は当然でしょうが、他の奴らもそれくらいは分かっているはず。まあ、リリやルルにイルウィルと戦う気はないか。」
相変わらず鼻で笑うふうな話し方に、
「な、何が言いたいのよ!?」
リリが挑発に乗って返すと、ブライトの表情は一転して、固くなった。
そしてそれ以上に何か辛らつなものをこめた声で、言い放った。
「オレは違う。オレは過去にはこだわらない。いや、むしろ捨てる。
過去の思い出、因縁、全ては足かせになるんだよ。こんな町、忘れた方がいい。
…強くなるのなら、な。」
何を言っているのか、リリには分からなかった。忘れる?この故郷を?
何故か怒りではなく、脱力感があった。しかしやはり、代わりにルークの火がついてくれた。
「てめえ!何言ってやがる!」
叫んで飛びかからんとするルークを、だが止める手があった。それは―
「な、ティクル!?」
止めんじゃねぇ!と、普段なら彼にまでも突っ込んでいくところ。
しかしそれができない重さが、ティクルのその声にはあった。
「ルークはリリに付いててやれよ。あいつは、オレが話をつけてくる。」
「何だ。あのきかん坊じゃなくてお前が来るとは、意外だな。」
ティクルは無言でブライトのほうへ向き直った。赤く染まり始めた陽の光が、二人を斜めから照らす。
「だがお前にも言えることだ。余計なかせは捨てたほうがいい。」
「余計だと?」
うつむき加減だったティクルが、不意に顔を上げて言った。
「ここで、不条理に散っていった人たちが余計だって言うのか?
同じくらい心にも傷を負ったリリやルルの苦しみも、余計なものだって言うのか?」
その言葉には、今までのティクルとは思えない迫力があった。しかしブライトも引かなかった。
「フン、そうだ。暗い過去など、過ぎ去ったことなど、ただの邪魔でしかない。
それが苦しみなら、なおのことだろう!」
「違う!」
叫んだ。
「足を引っ張るだけの過去じゃない!たとえそれが苦しみであっても、思い出に後押しされることだってあるんだ!
だからオレたちは前を向ける。分かったんだ、ここに来て。」
リリが、ルークが、皆がはっとした顔でティクルを見た。しかしそれでもブライトは、顔を背けつつも言い放った。
「こんな町が…むざむざと死んでいった奴らが…!前なんて向かせてはくれない!
…フン、そうさ。オレには、オレには関係のないことだからな!」
しかしティクルは、灰の空を見上げて、そして言った。
「お前には、想像できるか?」
「なに…?」
「想像できるはずだ。ここの人たちが亡くなっていった時のことを。
どんな顔をして最期を迎えたんだろう。どんな想いが胸にあっただろう。
…何を願いながら、散っていったんだろう。
想像でしかないけれど、考えたらそれが無駄死にだとは言えない、言いたくない。関係ないとも…言えない。
だからオレは今、イルウィルに勝ちたい。仇討ちとかそういうんじゃないけど、そう思えたんだ。」
誰も、何も言い返すことは出来なかった。
しばらくの沈黙の後、ブライトはそうか、とだけつぶやいて、うつむいたままさっといなくなってしまった。
そうして辺りに乾いた風が吹き抜けていった。
「ルーク、ゴメンな。」
風が止んだ頃、ティクルが振り返って言った。
「オレ、今まで何も分かってなかった。ルークがカオスシティで体験してきたこと。
それなのに弱気なこと、前に言ったから…ゴメン。」
それを聞いて、ルークはハァとため息をついた。
「…いんだよそんなこと気にしなくて。決まってるだろうが。水くさいったらありゃしねぇ。」
言って、ティクルの肩を叩く。
それを見て、リュウはルルに手を差し出した。一連の出来事で、地面にへたり込んでしまっていたのだ。
そして、リュウはささやいた。
「ルル、お姉ちゃんに謝りに行くでしゅ。もう、分かってましゅよね?」
第六十五話 「闇を光に変えて」
―別に記憶障害と言うほどでもなく―
(落ちてくる、石。姉ちゃん。助けてくれた、人…。)
―まだあれは、物心もついていないころだったから―
(暗い。でも、前を向いて?何を願っていたんだろう?)
―でも何となく、忘れたい、とは思っていたような―
(願っていた…そうだ、肩を叩いて。こう言ったんだ。パパとママが。)
―だけど、絶対に忘れてはいけないことだった、その言葉―
「これからどんなことがあっても、前を向いて、生きていきなさい。絶対にな。」
「二人で協力して。きっと助かるから。何でも乗り越えられるから。お姉ちゃんを守ってあげてね。」
「約束だぞ。それじゃあな…。」
「ルル?」
リュウが顔をのぞき込んだ。ルルははっとして辺りを見回す。
もちろんそこに二人がいるはずもない。もうお別れしたのだから。
しかしそれは、まるですぐ横にいるかのように、はっきりと頭の中に響いた。
「…ルルにも故郷があって、家族がいたんでしゅ。
悲しいけど、きっとそれが力になってくれるはずでしゅよ。だから絶対に、それを捨てちゃあダメでしゅ。」
リュウの言葉が、胸に染みた。思い出せたから。
ルルは走った。リリのもとに。
ルリリの足でもほんの十数歩の距離だったのに、それはとても長く感じられた。
「姉ちゃん!」
ガレキを乗り越え、息もつかずに叫ぶ。
「あのとき、落ちてきた石から助けてくれたよね!?
でもそこにあの、あのイルウィルがいて、だけどパパとママがまた助けてくれて!」
「ルル、それは…!」
リリは驚きつつも、走りこんできた弟を抱きとめた。
「ボクを石から助けてくれた時、姉ちゃん気を失っちゃったけど、あの後ボク、言われたんだ…パパとママに。
前を向いて生きてって。姉ちゃんを守ってあげてって。約束したんだ。」
「パパとママ…そんなこと…。」
リリの目から涙があふれ出た。しかしそれも気に留めず、ルルは言った。
「だからボクは生きてくよ、この町を忘れないで、でも前を向いて。
それに、姉ちゃんが危ない時は、今度はボクが守るね。約束!」
ルルの笑顔を見て、リリは鼻をすすりながら、うんうんとうなずいた。
「私も、私もルルを守るから。見捨てたりしないからね。約束!」
そして二人は笑って、しっぽを結び合わせた―約束の証に。
「さて、そろそろ帰るかの。陽が沈む前に…は厳しいかも知れんが、早く着きたいしの。」
ようやくリリの涙がおさまり、夕日が赤々と一同を照らす頃、メックは言った。
「まあブライトの事も気になるが、今ここではどうしようもない。よいな?」
メックは六人の子どもたちを見渡す。
それはまるで、闇に堕ちた黒い地に映える、六つの輝く星のようだった。
「返事は?」
「あ、は、はい!」
その六人がほぼ同時に叫ぶ。なかなかいい返事だ。
…その光に応えるかのように、闇となった地を舞う風が、灰を巻き上げていく。
赤い赤い、その空へ…。
「はぁ、昨日今日とあんたには借りができちゃったわね。」
遅くなったその日の夕食後、昨日に続いて珍しいことに、リリがルークを呼び出した。
あまり使われない二階の部屋の、バルコニー。もちろんその部屋内では、ティクルたちが聞き耳を立てているわけだが。
「いや、別にそんなのいーよ。…あーでも、何かくれるってんなら、それもいいな。」
照れているやら何なのやら、ルークは顔をそらしつつ軽口を叩く。
「あのねぇ…。私、これでも結構落ち込んでたのよ。ついこの間まで。
何度も何度も夢に見て、そのたびにヘコんでた。朝の買い出しのうちに、忘れられるようにはなったけど。
でもね、あの日からしばらく見なくなったんだ、その夢。何でだと思う?」
突然話を振られて、やたらあわてながら、知らねーよ、と逃げる。
リリはあきれ顔でため息をついた。
「我ながら恥ずかしい話ね。こんな奴のおかげだなんて。」
「な、ど、どういうことだよ!?」
「前にアンタ言ったでしょ?カオスシティを滅ぼそうとするイルウィルを、この眼で見たんだって。
それでイルウィルを自分の手でとめたいんだって。
私、あれを聞いて正直嬉しかった。自分と似たような境遇の人がいて、しかも敵のイルウィルを倒そうって言ってくれて。
…言いたかないんだけど、ちょっとアンタのこと見直したんだから。」
ルークは―そして後ろで見ているティクルたち、メックさえも―言葉が出なかった。
「…でも、昨日またその夢を見て、ちょっと元気なかった、ってコトよ。
やっぱりアンタやティクルに助けられちゃったわけだけど。」
沈黙が流れた。夜の冷たい風が二人を包む。
その状況に耐えかねたティクルやメックが小声でルークを急かす。もちろんそれが届いては困ったことになるが。
そんな雰囲気を破ったのは、結局リリだった。
「…ちょっと、今度はアンタがだんまり?」
すると、ルークはあらぬ方向を向いたまま、やっと口を開いた。
「まずさ、その『アンタ』ってのをやめろ。オレはアンタじゃない、ルークだ。」
言われて、今度はリリがあわてだした。
「な、別に呼んだことないわけじゃないでしょ!?
そんな揚げ足取るようなこと言わないでよ!」
それを見て、少し余裕を取り戻したのか、ルークが薄い笑みを浮かべて言った。
「それで貸しをチャラにしてやるよ。
変に感謝されてても嫌だからな。遠慮なんてまっぴらだ。
ということで、ほら、言ってみろよ、リリ。」
言い終わった時には、それは明らかな笑みに変わっていた。
押されたリリは、しぶしぶといった表情で、しかし少し照れながら、つぶやく。
「…ルーク。」
再び流れた、少しの沈黙。そして、
「…何だよ、それだけか?」
「それだけって、アンタが呼べって言ったんでしょ!?」
「だからってお前、『…ルーク。』って恥ずかしくないのかよ。しかも何か照れながらだぜ?」
「この…!アンタだって照れてたじゃない!…まさか図ったんじゃないでしょうね!?」
「そこまで頭回りませんよーだ!そうだ、『ルーク様』でもいいんだぜ?」
「このボケネズミ…!あたしをバカにして、どーなるか分かってるわよね!?さんっざんひどい目見てきたもんねぇ!?」
「ちょっと、二人共!」
思わずティクルが飛び出す。
「あ!?ティクル!?てめぇ今まで聞いてやがったのか!?」
「…!ルルもいるじゃない!それにリボン、リュウ、長老まで!?」
「あーそれは謝るから、お前らちょっと静まれ!」
「うるせー!」
突然の喧噪に包まれた夜はしかし、透き通った美しい空からの星々の光が注がれ、輝いていた。
それは、少し離れたグレイタウンをも包む光。
それは、空の下全ての時を包む光…。
第六十六話 「エヴォリューション」
進化。
それはポケモンにとって最も重要な事柄の一つ。
多くのポケモンは経験を積むと進化し、また一部は神秘の石の力で進化する。
特殊な電気的条件下に置かれる、またはそのときに特定の物質と反応して進化するものもいる。
ともかく進化するポケモンは多く、その種数は全体の90%にのぼるとまで言われる。
そして、彼らのようなポケモンは、「信頼」、「愛情」、「忠誠」をもって進化することも多い…。
「何それ?勉強してるの?」
よく晴れた日、カーテンを閉めても日差しが漏れ出して明るい二階の部屋で、
リリは難しそうな本に読みふけるティクルを見つけた。
「ん?いやあ、別になんでもないよ、うん。」
しらじらしく答えるティクルが、その本を座っている机の下に隠すのを、リリは見逃さなかった。
「ちょっと…。」
と、無理矢理その本を引っ張り出す。
ティクルは、あっと声を上げるも、すぐにあきらめたようだった。
「えーと?なになに…『必ず強くなれる!秘訣の十五ヶ条』…?」
陽で暖まった部屋に、どこからか冷たい風が吹き抜ける。
「…実にうさんくさい本ね。これじゃネタにもならないんじゃない?」
「ネタって…。」
ティクルはため息をつきつつ弁解した。
「とにかく強くなりたいって思ってさ。ばらにもすがる思いで。」
「『わら』でしょ。」
「…ああ、その役目はリボンなんだけどなぁ。」
「ノロけないでよ…。
ともかく、『必ず強くなれる!秘訣の十五ヶ条』、いらないわよね?捨てますよー。」
えっ、とティクルは思わず立ち上がる。
「多分長老の本なんだけど、いいの?」
「長老のだからこそいいの。整理整頓はあたしに権限があります。」
すっかり元気を取り戻した様子のリリに、ティクルは仕方なくといった風にうなずき、しかし口を開いた。
「でも役に立たなかったこともないんだ。
手っ取り早く、一気に強くなれる方法はあるみたい。ちょっと貸してみて。
…ほら、このページ。」
「…進化?」
「まずどこで見つけたんだ、こんな本。」
ピチュー四人とリリ、ルルは寝室に集まっていた。
「ほら、二階に本棚がいくつかあっただろ?それを眺めてたら、見つけたんだ。」
その本をぱらぱらとめくりながら聞いたルークだったが、簡単に答えられて納得がいかない。
何せ書名があまりにうさんくさいのだから。
「ともかく進化でチュよね。確かに信用ならない本でチュけど、進化すれば強くなれるのは間違いないでチュよ。」
リボンの言う通りである。
進化すれば普通、あらゆる能力が上がる。
それは彼らピチューも例外ではない。体が大きくなるのは一長一短だが、ピチューからピカチュウでは大差ない。
「そうだよな。ほんとにイルウィルを倒すなら、進化したほうがいいに決まってる。
今まで何となくためらってたけど、今がそのときかも知れねぇな。」
「ルーク…。」
と、ティクルが少しうつむいた。
「…ティクルはどうなんだ?」
ルークに問われ、ティクルは少し考えてから言った。
「言い出しといて悪いんだけど、オレはまだためらいがあるな…。
今までこれで頑張ってきたんだし、って言っても意味がないけど。
でもオレはこの姿で旅に出て、『帰ってくる』って言ったんだ。
…気分的な問題ではあるんだけど。」
「僕もでしゅ。」
リュウが続いた。
「僕も、進化した姿でこの旅を終わりにするのは、何か嫌でしゅ。」
「気持ちは分かるけどよ、コトは気分でどうにかなるもんでもないだろ?
あのじーさんとまともにやりあった、イルウィルを相手にするんだぜ?」
リュウはうーんと頭を抱え込む。ティクルもずっとうつむいていたが、考えながら言った。
「でもさ、今の長老との特訓はどういうつもりで進んでるんだろ?
進化することは予定に入ってるのかなぁ。」
それにはリリもうなずいて言った。
「そうよ。ルークみたいに早まることないない。
ティクルたちはあたしがマリルになったのと同じ進化でしょ?
それなら三日三晩でできるもんじゃないし、とりあえず長老にも話を聞きなよ。」
聞き逃さずルークはリリにかかっていったが、結局その言葉通り、彼らはメックの部屋に行った。
しかし数分後、彼らが出会ったのはブライトだった。
それもメックの部屋ではなく、道場で。
部屋にメックはおらず、道場まで探しに来るも、そこにいたのは彼だけだったのだ。
「何だ、お前たちか。長老を探していたんだが、どうやらここにも家にもいないようだな。」
顔を合わせるなり、ブライトは言いながら道場を出ようとする。どこか暗い表情で。
だが去っていくその背中を、ルークが呼び止めた。
「おい、どうしてあれ以来、また稽古に来なくなったんだよ?」
その言葉にブライトは一瞬立ち止まり、少し間を置いて振り向いた。
「少し用事が入っていただけだ。お前たちには関係ないことさ。」
嘘だ。ティクルは思った。
確かにルークの言った通り、グレイタウンでの一件以来、彼は稽古に姿を現さない。
だがティクルは、時折彼を村で見かけていた。
ブライトが何を考えているのか。それは分かりきったことだ。
しかしさすがにこの場でそれを言い出す気にはなれなかった。
そんなことは知らず、ブライトは話を続けていた。
「オレが長老を探しているのも、それに関わること。
それよりおまえらの用事は何だったんだ?妙に思い悩んでいるようだが。」
そしてティクルには、今日のブライトに違和感もあった。
だがそれは決して嫌な感じではなく、素直に答えよう、そう思えるものだった。
「進化だと?」
ティクルはさっきまで話し合っていたことを、ざっとブライトに話した。
ルークも特に文句を言ったりはしなかったが、それを聞いたブライトは明らかに嫌な顔をした。
「オレは勧めない。やめておけ。特に気持ちの整理がつかないうちはな。進化はそんなに気軽なものじゃない。
お前たちもオレも、進化には『信頼』や『愛情』、『忠誠』を必要とする。
使うものが『道具』でなく『気持ち』の分、後悔することにもなりかねないからな。」
(気持ち…か。)
ティクルには見えた。ブライトの後ろにある暗い重荷。その正体は分からないが…。
「ブライト。」
呼ばれ、驚いて、彼はティクルを見た。
「ありがとう。確かにオレたちの進化は心の問題なんだよな。
だからまた、ゆっくり考えてみるよ。な、ルーク?」
ルークを振り見ると、口元にかすかな笑みを浮かべている。ブライトは嫌な予感がした。
「ああ、強さより心、進化がそのまま強さじゃないってな。熱血の基本を忘れてたぜ。
ブライト、お前も自分の心に素直になれよ。オレたちゃ別にいーんだぜ?」
「な、何が言いたい?」
恐る恐る聞いた。返ってきたのは予想通りの答え。
「『こないだはゴメンなさい。またここに来てもいいですか』ってな!」
バカ!と、ルークを思いっきり小突いたのはリリ。
ブライトが反論する前に外へ引きずられていく。しかし二人とも笑顔だった。
それを追うルルも、リュウも。それを見るリボン、ティクルも。
しかしブライトは表情を一瞬曇らせ、ため息をついて歩き出した。
そしてティクルの横を過ぎるとき、一つささやいて、行った。
「夕方、またここに。」
「えっ!?」
聞き返そうとして見たそこにはもう、ブライトの姿はなかった。
第六十七話 「兄ちゃん」
「まさか、改めて考える時間もないなんてな。」
その日の陽も沈んだ頃、ピチュー四人、リリ、ルルはひたすら走っていた。
「進化うんぬん言ってる場合じゃないでチュよ!」
「そうよ、事は急を要するんだからね!」
村からはすでにだいぶ離れた所。一、二時間は走り続けていた。
「あ!もしかしてあれでしゅか!?」
リュウが指した前方の小さな林を見て、ルルはうなずく。
「うん!あれだよ!村に一番近い林!」
しかしそこが、彼らの目的地というわけではないのだ。
「よし、行きまチュよ!」
リボンが叫ぶと同時に手を振り上げる。
すると、その森からみるみる葉々が散り、舞い、合わさって板状をなした。
「葉っぱさんゴメンでチュ。でも今は大きなものがかかってまチュから、許してでチュ!
みんな乗りまチたか!?ティクル、いいでチュね!?」
リボンの七司星「命舞星」の力で、乗り物となった葉の集まりによじ登った五人は、
中心に立つもう一人―ティクルを見た。
彼は大きくしっかりとうなずいたが、村を出てからまだ一言もしゃべっていない。
しかしそれも仕方がなかった。ティクルにとって、今夜は長くなるだろう。
何故なら彼らの目的は、そう、ティクルの妹リーストの奪還―。
「リースト…だって!?」
この日の夕方、ブライトの言う通り道場にやってきたティクルを待っていたのは、彼とその名前だった。
「あまり大きな声を出すな。これは絶対機密だ。オレが言ったと誰にも言うなよ?」
「あ、ああ。」
「リーストという名のピチューが、カオスシティから脱走した。
手引きしたものは不明。現在地は推測で、街から北東数十キロ。山に近いな。
そしてそれを、長老とピジョットを含む部隊が救出に向かっている。」
ブライトは小声で、淡々と話した。
「だが当然、イルウィル側の追っ手もいる。どちらが先に彼女と会えるのかは分からん。
…それだけだ。」
「おい、待てよ!」
言うだけ言って、またすぐに去ろうとするブライトを無理矢理引き止める。
と、今度は顔だけ向けて彼は言った。
「信頼しろとは言わない。…してくれない方が好都合だ。
それに長老やピジョットが、お前に伝えなかった理由も察するんだな。」
それだけつぶやくと、彼はさっと姿を消してしまった。
ティクルはすぐに家へ戻り、言われたことを仲間たちに話した。そして―
「ティクル、わたちたちもちゃんと頼りにするんでチュよ!
それじゃあ名付けて『リーフボード』、全速力発進!」
「エアロ君!あそこだ!」
月の光が空に鳥のシルエットを映し、そこから大声が聞こえた。
一方、地上には二つの影があった。
「…どうやら迎えが来たようだな。」
地上の影は、もう一つの小さな影に一つ何かをささやくと、あっという間に姿を消した。
同時に空からいくつかの影が舞い降りる。
長老とエアロ率いるリースト救出部隊。しかし彼らの誰一人として、消えたもう一つの影には気が付かなかった。
しかし、残された小さな影。それは紛れもなく彼女だった。
「君がリーストじゃの?ティクルの妹の…。」
雲一つなく晴れた夜空からは、月明かりと星明かりがきらきらと降り注ぐ。
おかげで地上にいる人影くらいなら、空からでも見えた。
六人は「リーフボード」に乗り、猛スピードで山を迂回していた。
「おいお前ら、影一つ見落とすなよ!山の近くにいるはずなんだからな!」
強風に耳を押さえながらルークが叫ぶ。もちろん、と返事が響く。
「ルルはいいから、しっかり捕まってなさい!そう!そこで現状確認ね!」
みんな必死でリーストを探している。会った事もないリリやルルまでも。
「…ありがとう。それと、頼む、みんな。」
ティクルはそうつぶやき、その言葉は吹きすさぶ風に乗って広がった。
「リースト、急いであそこにいるピジョット―エアロに乗せてもらうんじゃ!
お兄ちゃんのいるひだちの村に連れて行ってくれる。さあ!」
まだぼんやりとした影。しかしメックとリーストのもとには、確実に敵が迫ってきていた。
その数は…たとえメックといえど、子供をかばいながら戦うには少々厳しい。
「で、でも、おじいちゃんが…。」
「何、安心せい。わしはティクルが百人束になって来ても負けやせん。」
笑顔で言われ、リーストは少しむっとした顔を見せるも、しぶしぶエアロの方へ走った。
二人の少し後ろで夜目の効きを確認していた彼は、メックに目で合図され、
彼女を背に乗せるとすぐさま飛び立った。
「エアロ…さん…。」
「大丈夫。お兄ちゃんにもすぐ会える。そしたらもう平気だろう?」
不安がるリーストに、できる限り気丈な声でエアロは答えた。
「それにメックさんだって追っ手を追い払ってくれるだろう。あの強さは本物だ。
―それに、私もな。」
と、突然エアロは急上昇した。リーストは驚いてその羽毛を握りしめ、背に顔を押しつける。
そしてやっとエアロの動きが止まり、恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは鳥ポケモンの群れ。
「…!」
リーストは声も出せずに、ただ手に力を込める。
そんな彼女に、エアロは優しく声をかけた。
「…しっかりつかまっていなさい。私もセレビィ様に仕える身。
君を乗せていたって、普通の攻撃を避けることくらい簡単だからね。
何せ私は…かつて君の兄さんたちを運んだこともある!」
言い終わるやいなや、エアロはアクセルをかけた。
敵はポッポやピジョン、オニドリルもいたが、エアロには追いつけなかった。
リーストが振り落とされぬよう動きを最小限に抑え、攻撃を見切っていく。
時には「かげぶんしん」を作り、時には「ふきとばし」で道を開いた。
もうすぐ敵の陣も抜けられる。そうすれば、あとは村まで一直線だ。
…が、その時、突如閃光が眼を焼いた。体の焦げる臭いがする。
(まさか、電気技だと…!?)
背中が気になってか、あと一歩だったからか、気が抜けていたのだろう。
エアロは気が付かなかったのだ。一匹のオニドリルの上に乗っていた影に。
「どうだ、油断しているからだぞ。このルイン様がいるというのに。」
ルイン―イルウィルにいつも付いている正体不明の手下。
彼はそう言ってあざ笑うと、ダメージを負いながらも羽ばたきをやめないエアロの、その背中を指した。
「者ども、あの娘を奪い返せ!大事な人質だからな!我の名誉にも関わるし。」
その指示通り、集まってきた鳥ポケモンたちが一斉に突っ込んでくる。
「させない!」
エアロは渾身の力で羽を広げ、背中のリーストをかばう。必死の形相。
だがそこに容赦なく敵のくちばしが迫り、月明かりの下、ドンと鈍い音が響いた。
「ごはッ…!」
その衝撃に、エアロの背をつかんでいた手は離れ、そして彼の翼ももう動かなかった。
(く…このまま…では…!)
かすんだ視界でリーストを探す。見つけた。少し下を落ちている。闇へと向かって。ルインの高笑いが聞こえる。
そしてリーストは、自分めがけて敵が飛んでくるのを見た。
その足が体に迫る。捕まる。
…そう思った瞬間、体が何か温かいものの上に落ち、目に映る風景の動く向きが九十度変わった。
何かに乗って動いている。もう落ちてない。
その正体を確かめようと顔を上げたそこにいたのは、ひたすら会いたいと願っていた彼だった。
「大丈夫か!?リースト!」
「に…兄ちゃん!」
Pichu's Story 60~63
第六十話 「あの時の!」
「最近あいつ見かけないなぁ。」
よく晴れたある朝、朝食の席で不意にリリがつぶやいた。
それを聞きつけて、ピチュー四人、ルル、長老と、そこにいる全員がリリの方を向く。
「あ、いや、何でもない。」
あれから数日が経ち、四人もやっと「修行」に慣れてきた頃だった。
メックの言う通り、初日は本当に辛いもので、まるでどこかの合宿のようだった。
体力作りだの、戦闘訓練にしても同じ動き、同じ技の繰り返しだのと、楽しくもない「練習」が続き、
ルークなどは愚痴ばかり言うこととなったが、しかし当然四人ともやめる気はなかった。
驚いたのは、リリやルルまでもこの稽古に参加していたことだ。
「もともとあたしたちはここで鍛えてるの!あんたたちが来たから、しばらく休みになったわけだけど。
ともかく、だからアンタなんかよりよっぽど戦えるんだから、バカにしないでよね!」
とはリリとルークのケンカの一節である。
七司星の話などもってのほか、使わせてもくれない基礎練っぷりだったが、四人とも急かすことはなかった。
そんな日々の中の、たわいもない朝の光景である。
「ブライトのことじゃな?」
独り言よ、とばかりにまた黙々と食べ始めたリリだったが、メックは逃さなかった。
「う、さすが長老。その通りです。まあ別に、だからどうというわけでもないんだけど。」
心なしか声が上ずっている。
「そんなことないよ。お姉ちゃんはブライトさんが大好きだもん。」
今度はルルが、笑顔で姉を捕まえた。
「な゛、何言ってんのよルル!そういうんじゃなくて!あ、あれはね、あこがれ、っていうの。
あこがれとその…恋愛っていうのは、違うんだからね!」
「そのブライトってのは誰なんだよ?」
何やらリリがあせっているところに口を挟んだのは、いつも通りルークだったが、
ただその口調はいつもと違って、何やら不自然に平然としている。
「そうじゃ、四人は知らなかったな。実はもう一人、時折道場に来て鍛錬を積むものがいるんじゃ。
それがブラッキーのブライト。最近は姿を見せんが、四人も近いうちに会うじゃろう。
そのときはよろしく頼むぞ。」
その話はそこで終わり、食卓はまた別の話題で盛り上がったが、ティクルは気付いていた。
そう、ブラッキーのブライト。
(近いうちに会う…?まさか、あの時のあいつのことか…?)
その日の午後、七人が道場で稽古をしているときだった。
予感というのは、予想以上に早く現実になるものだ。
入り口の大きな門が突然バンと開き、近くにいたルークが吹き飛ばされる。
そしてそこに立っていたのは…
「おっと、すまないな。久しぶりだったから、つい力が入ってしまった。
…長老、ご無沙汰しています。ちょっと用事があって…しばらく休ませてもらいました。」
漆黒に包まれた体に、ところどころ輝く光の輪。その姿は紛れもなくブラッキーだ。
その突然の出来事に、皆あ然として動きを止める。ルークはのびたままだった。
しかしメックだけは、まるで来ることが分かっていたように、笑顔で出迎えた。
「久しぶりじゃのブライト。その言い方だと、これからはまた来るんじゃな?」
ブライト―もちろん今朝方話に出た、当のブラッキーである―は、道場内を軽く見渡しながら、
もちろんピチュー四人も視界に入れながら、メックの前へと歩み出た。
「はい、これからはまた。初見の奴らもいるようですが、長老も見込んだ新人ってことでいいんですよね?
…その割には寝てる奴もいるようですが。」
その言葉にティクルたちはカチンときたが、言葉の通り幸いまだルーク本人はのびている。
「ブライト、あえて言おう。彼らはな、あのイルウィルを倒すために鍛えておるのじゃ。」
しかしブライトは驚く様子もなく、ただため息をついた。
その態度は、最初から全てを知っていたかのよう。
ルークが寝返りをうった、しかし、誰も気付かないほどに、ブラッキーのその態度は目を引くものだった。
「なるほど。ならオレも、そんな勇士たちに負けないよう頑張らせてもらいます。」
そう言うと、彼は早速稽古の準備に取り掛かってしまった。
まるで昨日までも同じことをしていたように、淡々と動いている。
「ブライトってば相変わらずね。そんなとこもちょっとかっこいいんだケド…。
いやいやいや、ルル、アンタはあんまり近づかない方がいいわよ。なに言われるか分かんないもん。」
などとリリが言っているのも気にすることはなく、いよいよ本格的に動き始めようとする、その時だった。
「何だ?」
ブラッキーに声をかけた、それはティクル。
「さっきの態度、やっぱりお前、あの時の…」
だが言い終わる前に、目を覚ましたものがいた。
「うう…ん?え!?お前…もしかしてあの時の!?」
状況も飲み込めないまま駆け寄ってきて叫ぶ。ルークだ。
(ルークも知ってたのか?)
しかしこれも口に出す前に、今度はブライトにさえぎられた。
「あの時あの時ってお前ら、指示語ばかりじゃ何も分からないぞ。」
「この理屈っぽさ、間違いねぇ!」
ティクルが何もしゃべれぬまま、またもルークが叫ぶ。
「覚えてるぜ、あの時はよくもリュウをいじめてくれたなあ?
あとで調べさせてもらったぜ、『トリックヘヴンズ』リーダー、ブライト!」
(『トリックヘヴンズ』って、リュウが前に話してくれた、あのいじめっ子集団か!?)
ルークが続ける。
「今はどうなったのか知らんが、あの時はよくもやってくれたな『トリックヘヴンズ』、ブライト!
…ん?ブライト?っていうと今朝リリが言ってたブラッキーのことか。こんな奴だったのかよ!?
そうだ、おいティクル、コイツ昔リュウに競走で負けてんだぜ。情けねーよなー?」
何故だかルークは唐突に嫌味っぽくなったが、さして気にする様子もなくブライトは返した。
「…フン、そんな過去もあったかも知れんが、お前みたいなゴーグルは知らん。
で、『ティクル』、これからしばらく共に動くことになるだろうが、よろしく頼む。」
言って、彼はさっさと自分の稽古に入ってしまった。
ルークも意外と絡みにはいかず、結局ティクルは一人取り残されてしまった。
稽古は、山から陽が再び顔を出した頃に終わる。
そして陽が沈み、闇と静寂と汗臭さに包まれた道場には、いつも一人メックが残っていた。
後片付けをして、次の日すぐに稽古を始められるように清掃しておく。
時折思索をしながら…。
(ブライト…しばらく来なかった理由、珍しく口ごもっておったな。
しばらく前に村にも姿を現していたようじゃが…それからも間が空いた。
何を隠しているのかは分からんが、少し、目をつけておくべきかのぅ…。)
第六十一話 「灰色の過去」
「んお、うめぇ!オレの大好きなチーズが入ってるじゃあないか!」
翌朝の朝食には、ブライトは来なかった。今までも食事は一人で取っていたらしい。
考えてみれば、居候の彼らとは違いブライトは家から通っているわけで、それは当然のことだ。
なので結局はいつも通りの朝食…になるはずだった。
「あ、ルークがお姉ちゃんをほめた!めずらしー。」
「げ、そうだった…リリが作ったんだったなぁ。あーあ、惜しい料理だ。作り手さえ良ければな。」
ルークの嫌味はどうにも悪ふざけが過ぎていて、ティクルたちさえも顔をしかめる。
しかし当のリリはなにやら元気がなく、
「悪かったわね。」
と、ぼそっと言い放っただけで、そこで会話(?)が終わってしまったのである。
「…お姉ちゃんが怒らなかった。めずらしー…。」
そもそも最初の一言で「あれ?私が作ったんだけどな?」と、わざわざケンカを売ってしまうのがいつものリリ。
その役回りを(ケンカを売るつもりはないが)弟のルルに取られているのだから、その時点でおかしいわけだ。
ルルの二度目の突っ込みにも、「別に珍しくなんかないわよ。」と、またふさぎこんでしまったので、
その場では誰もこれ以上の深入りは出来なかった。
(いた…。どうしたんだあいつ…?)
食事後、稽古までは少し時間がある。
ルークはこの日、その時間を―これも珍しいことというべきか―リリを探すのに費やしていた。
家中探したが見つからず、面倒くせえなと言いながら玄関の戸を開けた瞬間、彼女が目に入った。
リリは少し離れた木の下で、座って考え事をしている風だった。
「どうしたんだよ。」
少々ぶっきらぼうな声に一瞬びくっとして、リリはそちらを振り向いた。
そこには木に寄りかかって空を見上げている―まあ本当は目をそらすためだが―ルークがいた。
「別に、あんたには関係ないよ。」
下を向いたままリリがあしらう。
「何だよ…。どうせ、ブライトがいなかったからとかだろ。」
少しむくれた様子でルークは言ったが、リリはため息をついて返した。
「あのね、今までも来てなかったって言ったでしょ。それに私とあいつはそんなんじゃないの。」
ルークの方も本音ではなかった。なのでそう言われては返す言葉もなく、二人はそのまま黙りこくってしまった。
風だけが二人の耳元をかすめていく、そんな時間。
その沈黙が破られたのは、もう稽古も始まろうという頃だった。
口を開いたのは、ルーク。
「あのさ…その、つい熱くなっちまって、さっきはちょっと言い過ぎた。
それは謝るからさ、その、元気出せっていうか…いやそうじゃなくてだな、その、張り合いなくなるからさ…。」
相変わらず木に寄りかかって、上を向いたまま話す彼は、その表情さえも何かぎこちない。
しかしそんなルークを見て、リリも空を見上げるのだった。
「あんたのせいでもないよ。」
言うと、おもむろに立ち上がる。
「ただ、やっぱりこのことは関係ないから…気にしないで。
それよりほら、もう稽古が始まる時間よ、行った行った。」
ルークの前に出て急かすリリの姿は、一見いつもの調子に戻ったようだった。
だが、
「お前は、来ないのか?」
まだその心には、灰色の雲がかかっているようだった。
道場に行くと、皆すでに稽古を始めていた。
それを見てそそくさとメックのもとへ走り、ルークはリリのことを伝えた。
メックは「そうか…」とだけ言って少し考え込んだが、すぐに顔を上げるとルークに早く参加するよう促した。
「フン、遅刻か。それがこの数日の成果なのか?」
ブライトだ。どうやら彼の方も、ルークには突っかかってしまうらしい。
「あんだと!?しょうがねぇじゃねぇか!リリの奴に付き合ってたら遅くなっちまったんだよ!
それよりお前こそなんでここにいるんだ!」
ブライトはため息をつきつつ返した。
「お前は昨日何を聞いて…おっと、そうだった。お前は寝てたんだったな。
これはすまないな。オレは昨日からまたここで修行を積ませてもらうことになった、
ブラッキーのブライトだ。よろしく頼むぞ、ゴーグル。」
言い終わるや鼻で笑って身をひるがえす。
「この野郎ちょっと待てよ!んなこと分かってるっつーの!
そうじゃなくて、どうしてあのブライトが、トリックヘヴンズリーダーのお前がここにいるのかって聞いてんだ!」
するとブライトは、顔だけルークへ向けて答えた。
「何でここにいるかって?それはオレだけじゃないだろ?
お前らも含めて、ここで修行してる奴はみんなそうだ。そういうことさ。」
それだけ言って、ブライトは歩いていってしまった。
「な、そういうことってどういうことだよ!…ん?修行してる奴みんな?
おいちょっと待てって、どういうことだよ!」
しかし当然、追いかけて問い詰めても「稽古の邪魔だ」と一蹴されるだけだった…。
「四人共、少し残ってくれないか?」
稽古が終わり、ブライトはいつの間にか消え、ルルも姉を心配してすぐに帰ってしまっていた。
そんな中、四人はメックに呼び止められた。
「何ですか長老。」
ティクルたちは帰り支度を途中でやめ、すぐに集まった。
「うむ、話があるんじゃが、その、今日休んだ彼女のことでな。」
メックが少し口ごもりながら言うと、間髪入れずルークが聞いた。
「リリのことか!?長老、何か知ってるのか!?」
「兄貴、いい加減その口調はやめたほうが言いでしゅ。」
リュウの毎度の忠告も、ルークの耳には全く入っていなかった。
「ふむ、その様子じゃとルークも何も聞いてはおらんか。」
では少し心苦しいのじゃが、話すとしよう。あくまで予想ではあるがの。
リリが落ち込んでいる原因は、おそらく彼女たちの故郷『グレイタウン』じゃ。」
「グレイタウン!?」
驚いたのはルークだけではなかった。
「グレイタウン」。ヘヴニアスカイアの北側に位置、これはひだちの村の北西に当たる。
このあたりではカオスシティに次ぐ発展した町で、工業なども盛んだった。
しかし少し前に大地震が起こり、ひどい被害になっていると里には伝わっている。
「じゃあリリは、地震の被害者なんですか!?」
ティクルが思わず大声を出す。
「それでトラウマみたいになっていて、長老が面倒を見ている…ってことなんでチュか?」
リボンも驚きを隠せないでいた。しかし長老は、ゆっくりと首を…横に振った。
「地震、か。やはりそんな噂になっているんじゃの。とがめることは出来んが。」
えっ、と四人は声を上げた。地震という「噂」。まさか。
「もしかして、地震じゃないってのか?グレイタウンを襲ったのは…。」
メックはうなずいて、そして言った。
「イルウィル、じゃ。」
「まさか」が現実となり、四人は固まった。
道場には冷えた風が入り込み、空には雲が立ち込め、灰色になっていた。
第六十二話 「グレイタウン」
そこはまさに廃墟と呼ぶにふさわしい地。
物という物が砕け、壊れて散り、空はほこりが立ち込めて暗い。
そこに暮らしていたはずの住人はおろか、動物、そして植物さえもそこには存在しなかった。
「これが…こんな町が…。」
到着するやいなや、ティクルたちは絶句していた。
「そんな…イルウィルがグレイタウンを襲ったんですか!?」
夕刻、相変わらず薄暗い道場に驚きの声が上がった。
「んなバカな!?だったらなんで地震だなんて伝わってるんだよ!?」
メックはため息をつきつつ答えた。
「噂は概して正しくは伝わらないものじゃ。破壊王イルウィルの名が知れてきたのはつい最近のこと。
だからそれまでは誰も信じなかったんじゃろう。いや、もっと無意識的な話かも知れんな。
まさか人災で大きな町が一つ潰れるなど、誰にも想像つくまい。」
四人も不本意ながら、それに納得するしかなかった。
「でもそんな、潰れたって…。イルウィル、カオスシティだけじゃなかったんでチュね。」
「ふむ、カオスシティか。わしはカオスシティの詳しい話を知らんのじゃが、どれほどの被害がでとるんじゃ?」
四人は顔を見合わせると、自分たちの見たことを話した。
街の様子、人々の様子、不思議な違和感、そしてそこで捕まりそうになったこと。
「…それは気になるな。しかしカオスシティは、まだ良いと言えるかもしれん。
比べるのも不謹慎じゃが…グレイタウンはもう、町でさえない。」
「…!」
ピチューたちは耳を疑った。
「町じゃないって、そんな、どういうことでしゅか!?」
「分かるじゃろ?…リリの故郷は、そういうところなのじゃ。」
メックはそう言い残すと、四人に背を向けた。
そのとき、ルークが彼を呼び止めた。そして頼んだ。
「オレ、グレイタウンを見ておきたいんだ…。」
それはメックでさえも予想外の出来事だった。
どこで気が付いたのだろう。いや、その上でどうしてついていく覚悟ができたのだろう。
リリが、家を出たその目の前で待っていた…ルルを連れて。
ルークの頼みはメックも予想していたようで、すぐに許可を出してくれた。
ティクルたちも、イルウィルが何をしたのか、何をしているのかを知りたかったので賛成。
メックも行くことになり、リリたちには適当にごまかして留守番をしていてもらう手はずだった。
「…グレイタウンに行くんでしょ?私とルルも、行かせて。」
しかしリリを止めることはできず、結局七人でグレイタウンへと向かうことになった。
「リリ、やっぱり帰った方がいいぞ。グレイタウンはもう…。」
グレイタウンへの道中、ルークはリリの様子をしきりに気にかけ、
そう言葉をかけたが、リリはうつむきながらも返した。
「大丈夫だってば。もう…見慣れてるから。」
「リリ…。」
ルークだけでなく、他の皆もリリとルルを心配そうに見つめる。
「それに、やっぱりルルには故郷があったって事、知っててほしいから。」
そう、心配されている当のルルは、グレイタウンのことを何も覚えていないのだった。
「物心もついたばっかりで、あの頃のことは何にも覚えてないみたいだけど。
だからこそ、傷つけちゃうのかもしれないけど。生まれた町のこと。お父さんお母さんのこと。
それにみんなの想いも。ルルにはやっぱり知っててほしいの、みんながいたことを。
だから、私が逃げるわけにはいかないでしょ?」
そう話して、リリはルルの手を強く握り直した。
ルークは彼女の涙声を背に、遠く廃墟の方を見つめ、唇をかんだ。
ルルもそれを理解したわけではないだろうが、何を思ってか目を伏せてしまった。
そして七人は廃墟に―グレイタウンの入り口にやってきた。
(本当に…こんなの町じゃない…。)
しばらくたっても口を開く者はおらず、リリは座り込み、ルルもただ彼女に寄り添うばかりだった。
ショックを受けたのは彼女たちばかりではなかった。
ピチューたちでさえも、まだ目にするには早すぎるような光景。
イルウィルを倒すと宣言したとはいえ、これを義務で見せられているとしたら、それこそ拷問である。
それほどの惨状であり、メックでも直視できはしなかった。
ただ無事にそこにあるのは、誰が立てた物なのか、いくつもの十字のみ。
誰もその中に足を踏み入れようとは思えないほどの地に、グレイタウンは化していた。
しかし東にあった太陽が西に傾き始めた頃、ふいにメックが歩き出した。
「長老?」
メックはついに町へと足を踏み入れ、同時に口を開いた。
「皆、聞いてほしいことがある。リリたちもまだ知らない話もある。
奴を倒そうというのなら聞いてほしい。この町をこんなにした奴を。」
六人は彼の目を見て、うなずいた。そしてついに彼らも、メックに続きその地に入っていった。
―あれからもう一年近く経つのじゃろうか。
突然入った一報じゃった。しかし長年生きてきた中でもこんな報せは初めてで、理解に苦しんだ。
「一人の男がグレイタウンを襲っている」
どうしてわしにこんな報告が入るのか。あの町にも警備兵はいたはずじゃった。
事後報告ならともかく、その報せは現在進行形で伝えられた。つまりわしに助けを求めるものじゃったんじゃ。
まあよほど強いポケモンなんじゃろうと、とりあえずこちらの村の自警団を送ることにした。
そして、何の気の迷いだったのかのぉ、わしも共に行くことにしたんじゃ。
道場を開く者として、強き者に会ってみたいと思ったのかもしれん。
しかし、そんな考えも甘かった。そして遅かった。
その者が、イルウィルが、どういう存在なのか。あの時のことを話そう。
第六十三話 「メック対イルウィル」
「な、これは一体…!?」
グレイタウンに到着するやいなや、メックは絶句した。
町のあらゆる所から煙が昇り、その下ではまだ炎が盛っている場所も多かった。
入り口の大きな"Greatown(グレイタウン)"の看板も、ぼろぼろになって倒れている。
そして所々から聞こえる人々のうめき声。メックはすぐに、連れてきた自警団に救助命令を出した。
と、そのとき、町の中心辺りから爆音が響いた。
「彼」がまだそこにいるのだ。
「あそこにいるんじゃな…この惨事の黒幕が。
よし、半分はここで救助を続けるんじゃ。残りはわしについてきなさい。急いで!」
彼らはすぐさま半数ずつに分かれると、その一方がすでに動き出していたメックに続いた。
敵はいた。黒衣を身にまとい、壊れた建物の跡に立っている。
その威圧感にはメックでさえも気おされたが、すぐに持ち直して彼に近づいていった。
「お主なんじゃな、この町をこんなにしたのは…!」
敵は顔だけ振り向いてメックを見ると、しかし無言で手をかかげた。
「…!くっ、皆、伏せるんじゃ!」
敵の手にはあっという間に黒球が形作られ、みるみるうちに巨大化していく。
(「シャドーボール」…しかも特大のものじゃ!まともに受ければ消し飛んでしまう…!)
だが、その球が向けられたのはメックたちの方ではなかった。
敵の手はまるで反対側の、ガレキの下を向いていたのだ。
そしてメックは見た。
「まずい!あそこに子どもがおる!二人じゃ!」
しかしメックが叫んだのと同時に、シャドーボールは放たれた。
それを見、メックは間髪入れず横っ飛びに背の水砲をかまえた。
シャドーボールは複雑な軌道を描き、子どもたちのいるガレキへと飛ぶ。
それは着実に彼らへと近づいていく。自警団員たちが目を伏せる。敵の口元に笑みが浮かぶ。
…だがそこで、黒球に猛烈な水圧がかかった。「ハイドロポンプ」。球の軌道は変わり、薄暗い空へと消えた。
同時に、メックと敵の姿も消えていた。休む間も与えずメックの攻撃が敵を襲い、しかしすんでのところでかわされる。
敵はそのまま軽い波動を放ち、メックはそれを難なく避けて子どもたちの前に立った。
…ルリリが二人。ガレキの下で、かなり消耗している。
「お主、一体何者なんじゃ!何故この町をこんなひどいことに!」
敵はメックのほうに向き直り、冷たい表情を変えずに答えた。
「…我の名は『イルウィル』。この汚れた町を粛清するのだ。
だがしかし、貴様のような好敵手、そうはいないな。余興として付き合ってもらいたいのだが、どうだ?」
「ふざけたことを…!イルウィルとやら、汚れた町とはどういうことじゃ。
どうして罪なき人々がこんな目にあっておるんじゃ!」
敵は―イルウィルは、再び手をかかげ笑みを浮かべた。
「フン、工業の町『グレイタウン』。我々の自然を守りたいから、とでも言っておこうか?」
(自然を工業汚染から守る、じゃと…?)
そのとき、かかげられたイルウィルの手が閃いた。同時に、伏せていた団員たちから悲鳴が上がった。
「どうしたんじゃ!?」
「ち、長老…体が…ピクリとも動かなく…くっ…!」
イルウィルは、今度は声を上げて笑った。
「『かなしばり』だ。邪魔な雑魚どもには黙っていてもらおう。
長老とやら、楽しもうじゃないか、戦いというものを。力を持つもの同士、な。」
「力、か。…わしの名はメック。どんな目的があろうとも、主は止めさせてもらうぞ。」
言い終わると同時に、二人はぶつかった。
お互い一歩も譲らなかった。攻撃という攻撃はかわされ、あるいは弾かれる。
メックの「こうそくスピン」をイルウィルが見切ったと思えば、次の瞬間メックを襲った念圧は、ただの「みずでっぽう」で切り抜けられる。
そのまま続けて放たれた「バブルこうせん」は「サイケこうせん」でカウンターされるが、それを「ロケットずつき」で回避すると、
メックは向きを変え再びイルウィルを攻める。それも避けられ、局面はまたもとの構図に戻る。そんなことが延々と続いていた。
メックにいたってはルリリ二人や団員たちに被害が及ばぬよう、かばいながら戦っているというのに、全く引けをとらない。
「フフフ、ハハハハハ!楽しませて…くれるじゃないか…!」
と、突然イルウィルは笑い出し、右の手から大量の小型シャドーボールを連射した。
メックは「バブルこうせん」で難なくそれを受けきったが、気付いた。イルウィルの様子がおかしい。
嫌な笑い声を上げ続けながら、下を向き、何やら体を震わせている。
そのときメックは、体の表面をびりびりとしたしびれが襲うのを感じ取った。
まさか、と空を見上げる。そこには、悪寒のするような真っ黒い雲。
「い、いかん!皆、何とかして早くここから離れるんじゃ!」
しかしイルウィルは、今まで以上の高笑いの後、言った。
「無駄だ!逃げられはしない…この町の者は誰も、な。ハッハッハッハッ…!」
「くっ…!」
メックは目を閉じ、その場に仁王立ちしてかまえた。
そして、あれほど黒かった雲が目を覆わんばかりの白に染まった。それほどの、閃光。
雲が消えたとき、その代わりとも取れるほど、町が黒く変わっていた。
残ったのは、もはや町とも分からぬその廃墟と、焼け焦げた臭いと、そして…
「なんという…ことを…!」
そこに立っていたのはイルウィル、そして震えるメック。その後ろに、ルリリが二人。
「い、いまのは…なに?」
息も絶え絶えに、片方のルリリが辺りを見回す。
しかしイルウィルがその目に入ると、もう一人の小さいルリリをかばうように前に立ち、しかし倒れこんだ。
「君、大丈夫か!?」
メックはそのルリリを抱き起こし、まだ意識があるのを確認すると、二人を土の上に寝かせて再びイルウィルを向いた。
「これが…貴様の目的か…?これが自然を守るということなのか!?
これだけの人々の命を奪い、過去を、今を、未来を、思い出を、幸せを奪うことが!?」
しかしイルウィルは、メックの叫びを鼻で笑い、返した。
「ハッ、自然を守るだと!?何だそれは!?くだらない!」
「な、何…!?」
「そんなことより貴様、あの雷からその身とガキ二人をどう守った?やはり貴様も星の使い手だったか?」
「…ならば、先の雷は『電光星』の力というわけか。
七司星をこのようなことに使うとは、イルウィル、貴様だけは許せぬ!」
言うと、メックは両の手を前方にかかげた。そしてそこに水球が形作られてゆく。
同じくして背中の水砲ふたつもイルウィルの方へ向けられた。
「滅せよ!『四連水砲』!」
「ちっ!」
両手と水砲の合わせて四つから、連続して「ハイドロカノン」が放たれた。
水の七司星「流雨星」、その力である。
しかしイルウィルも、雷の七司星「電光星」を解放した。
二つの星のエネルギーが激しくぶつかり合い、拮抗したまま動かない。
メックは放出する力を最大まで引き上げていく。
しかしそこで彼には聞こえた。イルウィルの高笑いする声が。今までで一番の狂気の声が。
そのとき、突如ぶつかり合うエネルギーが弾け、二人を吹き飛ばした。
メックはイルウィルの状態を確かめられぬまま、そこで気を失ってしまうのだった。
―「気付くとそこにイルウィルはおらず、わしの流雨星も消えていた。
お主らがその力と戦ったのだから、イルウィルに奪われたのじゃな。」
ティクルたちはメックの話を無言で聞き、歩き続けていた。
グレイタウンの悲劇、イルウィルの力、リリたちの過去…。どれも口を挟める話ではなかった。
そしてメックは、ふと足を止めた。
「ここじゃ。わしと奴が戦い、リリとルルが倒れていた場所はな。」
いまだ一面が焼け焦げた町の中、その一角だけがもとの建物の色をしている。
話の間、ずっと顔を伏せていたリリとルルも、それを見て駆け寄る。
そしてリリが、震えた声を放った。
「わたしの…わたしたちの、家…!」
Pichu's Story 55~59
第五十五話 「決意と迷い」
「先に言っておこうかの。
ただ強さの面での不安なら、どうにでもなる。君たちはまだ若いしの。わしが稽古をつけてもいい。
聞きたいのは、そう、心の方じゃ。イルウィルと戦いたいと、本当に思っておるのか?」
メックの質問に間髪いれず答えたのは、ルークだった。
「当たり前だろ?剣も星も持ってんだ。他に誰がやるってんだよ?なあ二人とも。」
しかしそう振られたティクルとリボンは下を向き、黙り込んでしまった。
「え、おい二人とも!ここまで来て帰るってのか!?」
その叫び声も、むなしく部屋に響くだけだった。
(オレは…どうすればいいんだろう…リースト…)
部屋に戻ったらリュウにも聞いておいてくれと言い残し、メックは部屋を出て行った。
「イルウィルと戦う気があるか、でしゅか…」
遅れて三人も食堂に戻り、リュウに先の話をした。
「確かにあんなやつを野放しにしておくのは嫌でチュ。
…でも、それは本当にわたちたちの役目なんでチュかね?」
「何言ってんだ、役目も何も、オレたちは奴を倒せる『力』を持ってるじゃねぇか。」
四人の話し合いにはさすがのリリも入り込めず、少し離れたところで気にかけながら、ルルの遊び相手をしていた。
それをチラと見ながら、今度はティクルが口を開いた。
「いや、その『力』だってオレたちの力じゃないだろ?誰かに渡そうと思えば渡せるんだし…。
ルークの炎の剣は、確かに分からないけどさ。
どちらにしろ、オレたちが里を出たのは何でだったか、思い出してほしいんだ。
少なくともオレは…好奇心だった。ちっぽけな、ほんとにちっぽけな正義感だったよ…。」
それを聞くと、皆黙り込んでしまった―ルーク以外は。
彼は、その重い雰囲気を吹き飛ばすように叫んだ。
「何でだよ!ちっぽけな正義感でもいいじゃねぇか!
オレはカオスシティを滅ぼそうとするイルウィルを、あいつをこの眼で見たんだ!
許せなかった。誰の役目とか、そんなんじゃねぇ、オレがあいつを止めたいんだよ!」
「そっか、ルークはカオスシティが襲われるところ、直に見たんでチたね…。」
「ああ。…ティクルの言うとおり、好奇心とかもそりゃああったよ。
でもそれだけじゃどうしようもないって事も、こないだの戦いで分かったよ、さすがのオレも。
でもよ、だったら今気持ち入れ替えりゃいいだろ?それだって遅くないと思うぜ。」
陽はあと1、2時間で南中という頃、窓から日差しが差し込み始めた。
「そうでしゅね、兄貴の言う通りでしゅ。」
「リュウ…。」
「ぼくは、役目とかそんな堅苦しいことは考えなくていいと思いましゅ。ルルと遊んでて思ったんでしゅ。
ルルや、リリ、それにパパやママも…。大切な人が傷つけられるのは見たくないって、気づいたんでしゅ。
だからそのためにぼくは、ぼくが、イルウィルを止めたいんでしゅ。」
その言葉にピチュー三人と、それにリリ、ルルも一瞬言葉を失った。
…ただ、リリは少し晴れない顔をしていたが、それも一瞬で消えた。
そして、ルークが何やらにやけてリュウに抱きつくのを横目で見ながら、リボンも言った。
「リュウの言う通りでチュね、ティクル。わたちも、みんなが傷つくのは見たくないでチュ。
…長老の言うとおり、『心』の問題なんでチュよ。気持ちの持ちようでチュ、やるかやらないかなんて。」
「そっか、大切な人…か。」
結局ルークいわく「リュウの名言」のおかげで、彼らはイルウィルと戦うことに決めた。
気持ちが決まった旨をメックに伝えると、翌日の昼前に隣にある道場に来るよう言われた。
「道場か。あのじいさん、そんなもの開いてたんだな。ってことは、これから特訓を受けるって事だよな?」
居間も兼用するような広い寝室に戻り、最初に口を開いたのはルークだった。
しかしそれを受けたのはリリだった。
「はぁ!?じゃあアンタ、ここに残るってこと!?ううん、それどころじゃない!
ここにアンタが暮らすって事じゃない!?」
「な、何だよ、文句あんのか?」
「ありまくりよ、そう言ったじゃない!アンタと同居なんてお断りよ!絶対反対ー!」
「何だと!?しょうがないだろうが!こっちはお前らと違って…いや、そもそもなんでオレだけ…!」
再び始まってしまったケンカを尻目に、ティクルは一人ベッドに腰かけ、考え込んでいた。
(やっぱりここに残ることになるんだ。みんなは本当にそうするんだろうな。でもオレは…)
(ティクル…?)
そんなティクルを心配そうに見つめるリボンも、彼の考えに気付くことはできなかった。
第五十六話 「月光」
その夜、ルルはもちろんルークもリリも、ケンカ疲れか早々と寝てしまい、長老やリボン、リュウもしばらくして寝静まった。
空には雲が出ており、月―今宵は満月のようだった―もちょうど隠れてしまっている。
そしてぼんやりと、一人の影がベッドから降りるのが見えた。影はそのまま扉を開け、部屋を出て行った。
(気づかれては…ないよな。みんなは明日があるんだ、起こせない。…ゴメンな…。)
彼は静かに外に出、暗闇を一歩、また一歩と歩き出す。
後ろめたい念はあるが、戻るわけにはいかなかった。
(オレは、確かめなきゃならない。あいつが…無事でいるってことを。)
長老家から離れるほど、後ろ髪を引っ張る力は弱まり、足早になっていく。
ひだちの村はしんと静まり返り、まるで全てが黒に飲み込まれたよう。
しばらく歩くと、なんとなくではあるが辺りの家が減ってきたように見えた。
村はずれに近づいてきたのだろう。
(村を出たらそのまま南へ。ある程度行けば何とかなるだろ。とにかく急がないと…。)
視界から影が消え、少し明るくなったように思えた。村のはずれだ。
と、そのときだった。
(…!何だ!?)
彼は突然後ろを振り返った。気配を感じたのだ。村を囲う塀の上。
「ほう、気配だけで気づいたか。冒険譚も無意味なものじゃなかった、ということか。」
「誰だ!?」
そう叫ぶと、その気配は地に降り立ち、そしてそこにいくつもの光輪が灯った。
同時に、雲が引いて満月が姿を現した。その月光に照らされた姿は…ブラッキー。
「ティクル、だっけ?こんな夜中に独り村の外に出て、無事でいられると思うのか?」
同じく月に照らされて、その姿があらわになった彼―ティクルは、しかしたじろぎもせず答えた。
「オレは帰らなきゃならないんだ。誰だか知らないけど、急いでるんだ。
危険なんて気にしてられない。じゃ、行くから。」
「…独りでか?」
再び前を向き歩き出したティクルも、その言葉に足を止めた。
「お前には仲間がいただろう。どうして一人で、隠れるように旅立つ?」
「…それは…。」
口ごもるティクルに構わず、ブラッキーは続けた。
「それにお前は決めたんだろう?イルウィルと戦うと。まさか一人で戦いに行くわけではあるまい。」
「どうしてそこまで知ってるんだ!?お前はいったい…?」
しかしブラッキーはそれには答えず、ゆっくりと耳を立てた。
「…まあいい。どうせ近いうちにまた会うだろう。それに、ご友人が来たようだ。
質問の答えは、奴らに話してやれ。」
そう言うと、ブラッキーはあっという間に姿を消した。
(何だったんだ、あいつは…?)
しかし詮索する暇もなく、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「見つけた!」
ルーク、リボン、リュウ、それにリリまでもが彼の元へ走り寄る。
「おま…!何やってんだこんな夜中に!」
それこそ深夜に迷惑な大声で、息も絶え絶えにルークが叫ぶ。
「…ゴメン。」
「どこに行く気だったんでチュか?一人で…。」
彼女らのその目に耐えられず、ティクルはついに白状した。
「ごめん、里に戻るつもりだったんだ…。」
「どうしてでしゅか!?」
ティクルはうつむき、少しためらったものの、やがて口を開いた。
「リーストが…妹がいなくなった、かもしれないんだ。」
第五十七話 「二転三転」
「リーストがいなくなったって、どういうことなんだよ!?」
ルークが問いただすと、ティクルは素直に話した。
『リーストは…待っていませんよ?』
『あなた、それが真実だと悟ったんでしょう?心の奥底では、意外と分かっているものなのですよ、真実はね。』
星の神殿で、水の精ウィンドに言われた言葉。
もちろんティクルはそれをまるきり信じているわけではない。しかし、その言葉は彼にまとわりつき、離れなかった。
「そんな…。でも、どうして一人でこんな夜中に?」
ティクルの話が終わると、リリが先のブラッキーと同じ質問をした。
「そうでしゅ!何でぼくたちに黙って…隠れるように家を出たんでしゅか!?」
ティクルは少し口ごもったが、やがてため息と共に口を開いた。
「ごめん…俺が弱かったから…。いや、弱いと気付いてれば、一人旅なんてしないよな。」
「どういうことでチュか?」
「怖かったんだ。まだ、ウィンドに言われただけで、リーストがいなくなったって証拠はない。
だけど…だからこそそれを、口に出したくなかった。
これは言い訳になるけど、みんなも村に残るって決めたみたいだったし。」
話し終わり、五人の間に一陣の夜風が吹いた。風の音だけが響く。しかしその風も、すぐに止んだ。
「なに言ってんだ?」
ルークだった。
「ま、気持ちは分かるけどよ。遠慮しないで言えよ。ここまで来た仲間だろ?
それくらい付き合うっつの。それに…」
「一人で考え込むより、やっぱりみんなで、でしゅね?」
リュウがあとを継いだ。
「そ、そうそう。何だよリュウ、いいとこ取りやがって。」
不満げな口調ではあったが、ルークの顔は笑っていた。
「ふふふ、そうでチュよ。怖いからこそみんなで、でチュ。
とにかくティクル、大丈夫、リーストちゃんは無事に違いないでチュよ。
…ほら、前向きに考えないと動きが鈍りまチュよ。急ぐんでチュよね?」
「リボン…みんな…。」
ティクルの前には、月の光に照らされた四人の顔があった。
「今から行くんだろ?オレたちは構わないぜ。もともと身軽な旅だし、リュウのリュックもあるしな~。」
そういってルークがリュウの背を叩く。
「あたしは一緒には行けないけど…。長老にうまく伝えといてあげる。
長老ならきっと分かってくれるよ。」
「リリ…。」
彼女は笑顔で三人―ルーク以外の―を見送り、急いで家に帰る。
そして四人はいつの間にか雲も消えた月映える空の下、再び旅立つ。
…そうなるハズだった。彼が来なければ。
「おーい!君たちー!」
「ど、どうしてここに?」
「いや、君たちの声が聞こえてね。夜目は利かないんだが、まさかと思って。
…一つ報告があってね。」
―エアロ。かつて天嶺ヘヴニアスカイアを登る際に手助けしてくれたピジョット。
その後ウィンドに撃ち落とされるも、メックに救われ森に帰ったというのは、メックの話の通りだ。
「あいにく耳はいい上にこの静けさだからね。全部聞こえてしまって。
…君たち、今すぐ村に、長老様の家に帰りなさい。」
「な、なんでだよいきなり!?」
突然のエアロ登場、そして突然の宣告に戸惑いを隠せない一同。
「今の話聞いてたんだろ?だったら分かるだろ、行かせてくれよ!ティクルが困ってんだよ!」
「ティクル君の妹、リーストちゃんだったよね、その子は今、ぽけっとの里にはいないんだ。」
「な…!?」
ティクルは呆然としながらも、口を開いた。
「ど、どういうことですか…?リーストが、いない?」
「ティクル君落ち着いて。最悪の場合というわけじゃない。
…残念ながらどこにいるのか、手がかりがあるわけではないのだけれど、情報が入り次第君に伝えたいんだ。」
「オ、オレにですか?」
ティクルはいまだ混乱しながらも聞き返す。
「そう、だからこの村に残っていてほしいんだ。動かれると報告できないからね。」
望む月はちょうど南中し、その明かりは彼らの影を地に落としていた。
その向きは、もちろん北。村の方へと伸びているのだった。
第五十八話 「長老の力」
結局その後、五人はエアロの言う通り家へと戻った。
明日はメックに呼ばれているため、皆すぐに就寝したが、ティクルだけはやはり寝つけなかった。
妹の安否が分からずじまい、いや、里にいないことがはっきりして余計に不安を抱えてしまったわけで、そうなるのも当たり前である。
しかし、彼はもう一人で動くつもりはなかった。
エアロにああ言われた以上、むやみに動いても意味がない。
それに、もうこの仲間たちを置いていくわけにはいかない。
これが最善の策なんだと、はやる気持ちやふがいなさへの苛立ちを抑えているうちに、ティクルは夢へと落ちていった。
翌日、当然すっかり寝坊してしまった彼らは、あせあせと朝食を詰め込み、メックの待つ道場へと急いだ。
リリもルルを連れて、「ルークがボコボコにされるところを見たいから」とついてくることになり、
わいわいケンカしながら道場の門を叩くハメになった。
「リリ、いい加減にしなさい。仮にも神聖な道場じゃぞ。」
と、メックに一喝され、しぶしぶ引き下がったところにルークが吐いたセリフ…もはや言うまでもない。
売り言葉に買い言葉、再び火がついた二人を尻目に、メックが話を始めた。
「ふむ、四人とも―まあ一人はアレじゃが―よく決意を固めおったの。
ティクルも、もういいんじゃな?」
「は、はい。」
誰もメックに昨夜のことは話していないのだが、お見通しのようだ。
「そうか。では昨日に続いて三つ目の条件。これが最後じゃが、よいか?
わしと勝負すること。もちろん勝てとは言わん。どうじゃ?」
四人は顔を見合わせたが、しかしはっきりとうなずいた。
戦闘は、なんと四対一で行うこととなった。ピチュー四人VSメックである。
これを聞いてルークはまた、
「おいおい、サシ(一対一)でも分かんねぇのに、じーさん死ぬ気か!?」
などと暴言を吐いたりしたが、またもリリに張り倒された。
「だから長老はこの村で一番強いって言ったでしょ!?アンタたちを助けたのも長老なのに!」
「オレはまだそんなの信じてねぇんだよ。まあいいや、じゃあその力、見せてもらおうじゃねぇか。」
「あとで泣きを見ても知らないわよ?」
「うっさいな!戦うのはお前じゃねぇだろうが!」
「何よ!」「何だよ!」
そんないざこざがありつつも、数分後戦いは始まった。
メックが地を踏み鳴らし、吼(ほ)える。
「寝起き食後の若僧に負けるほど、老いたつもりはないぞ!さあ来なさい!」
それを聞いて早速突っ込もうとするルークをティクルは制し、四人にだけ聞こえる声で言った。
「いいかみんな、いくら四対一とはいえ、相手はウィンドを簡単に倒した自信家だ。
絶対油断するなよ。まずはルーク、リュウ、全速力で長老の後ろに回れ。」
「ラジャー!」
答えるとすぐに二人は長老の背後を取った。四人の中ではこの二人が速い。 リュウ>ルーク>ティクル>リボン
「ほほお、なかなか速いのお。」
「のんきなこと言ってられんのか?四方囲まれてんだぞ。」
ルークの言う通り、この状況では誰に攻撃しても必ずスキが出来てしまうはずだ。
「遠慮なく行かせてもらいますよ長老!リボン、まず『10まんボルト』だ!」
指示通り、強烈な電撃がメックに向けて放たれる。
と、一瞬の間をおいてルークが炎の剣で斬りかかった。以心伝心のチームプレーである。
「よし!リュウはしっかりスキを見て!そこに『でんこうせっか』だッ!」
全てはティクルの作戦通り進んだ。
さすがはメック、10まんボルトを受けながらも炎の剣をその手ではじいた。
しかしそこにスキがあり、リュウのでんこうせっかはメックの足に直撃した。
メックは少しよろけ、体勢を立て直そうと少し踏ん張る。だが、そこにもスキがあった。
「最後はオレだ!『かみなり』レーザー!」
通常は敵の頭上から落ちる雷が、ティクルの前方から一直線に放出され、メックを貫いた。煙が上がる。
勝った。四人ともそう思い、煙が晴れるのを待った。しかし、それが晴れきる前に中から声が響いた。
「うむ、想像以上じゃ。特にティクル、今の技は光の七司星を使っておるな。
昨日の今日だというのに、もう使いこなし始めておる。これなら明日からの修行も少しは楽になるかのぉ。
…しかし、まだまだ、じゃな。」
まだ終わりじゃない、四人が身構えた、そのときだった。道場が大きく揺れだした。
「な、何でしゅか!?」「じ、地震でチュ!」
「その通り。」
そう聞こえた次の瞬間、煙がかき消えたかと思うとリュウが吹き飛んだ。
「な、何だ!?どうしたリュウ!?」
ティクルが驚き、叫んだそのとき、今度はルークが吹き飛んだ。
(長老の姿が…ない?)
しかしそれを確かめる前に、リボンまで吹き飛ばされる。
(くそっ、正体もつかめないなんて、それほどの実力差…)
自分の体が軽々と吹き飛び、宙を舞ったまま意識が遠のいていく。
「いつもの高速スピンですね、長老。」
回転だけでなく、移動までもが超高速となった長老の得意技。
リリがそう弟に解説しているのを、ティクルは今日二度目の眠りの中で聞いた…気がした。
第五十九話 「いざよい照り光る」
「何だよそれ!約束破ってんじゃねぇか!」
戦いに敗れはしたものの、四人の健闘はメックに認められ、予想通り四人はこの村で修行を積むこととなった。
しかし、メックのある発言がルークに火をつけたのだった。
「ルーク!別に教えないってわけじゃないんだ、少し遅れるだけだろ?」
「そうでチュよ。まだろくに扱えない今の状態で教えられても、あんまり意味ないでチュよ。」
メックが言ったのは、七司星についての情報のことだ。
確かに条件をこなせばその情報を教えてくれるとメックは言ったが、それは訓練の中で話すということになったのだった。
「いや、すまないな。期待させてしまったわしが悪かった。
ただわしが知っているのは、主に七司星の『扱い方』なんじゃ。となると、訓練の中で教えるしかない。
そこは了解してほしい。」
ルークはまだぶつぶつと不満げであったが、大方納得はしたようだった。
「うむ、すまんな。では、明日からは厳しい特訓じゃ。特に初日は辛いもの、今日はよく休んでおきなさい。」
メックの言葉通り、四人は一日―といってももう夕方近いのだが―ゆっくり過ごすことにした。
ティクルとリボンは、村を見て回ることにした。
ここに来て二日目も終わろうとしているのに、まだゆっくり村を歩いたことがなかったからだ。
「すごい平和な村でチュね。」
しばらく歩いたところで、リボンが言った。
「ぽけっとの里と同じくらい…。カオスシティを見た後でチュから、余計そう感じまチュ。」
そう話しているそばから、小さな子たちが二人のすぐ脇を駆け抜けていく。
その背中を見ながら、ティクルがつぶやくように言った。
「カオスシティ…か。あそこの人たちはパッと見幸せそうだったけどな。
あの違和感、なんだったんだろうな。」
「そうでチュね。壊れた建物のせいか、それともやっぱりあの人たちの方に不自然さがあったんでチュかね…。」
さっきの子どもたちが、今度は戻ってきて二人の間を抜けた。
おかげで、ティクルが危うく転びそうになる。
「フフ、それにしてもわたちたち、ついこないだまであの子たちみたいに走り回ってまチたね。」
「はぁ、すごい昔に感じる。何日前だっけ、かくれんぼしたのは。」
ティクルは指を折って数え始めた。しかしすぐに顔をしかめ、考え込む。
それを見てリボンは、笑いながら答えてあげた。
「なんと、まだ五日前のことでチュよ。その間、ほんとに色んなことがありまチた。
そのせいでチュかね、ティクルが最近すごく真面目な気がしまチュ。」
「え、そ、そうか?」
戸惑うティクルにまた笑いがこみ上げてきたが、リボンは続けた。
「だってティクル、ぜんぜんボケてないんでチュよ最近。気付いてないんでチュか?
今までは一日何回も抜けたこと言ってたのに、ちょっと面白みに欠けてまチュ。」
「な…、そ、それはリボンだって同じだろ!?」
「え…そんなコト…ないと思うんでチュけど…。」
と、そんな言い合いをしているうちに、急に陽が陰り、あたりが薄暗くなった。
「うわっ、な、何だ!?不吉だな、オレたちのキャラにも陰りが!?」
「何を言っとるんじゃ。」
またも急に、後ろから声がかかる。メックだった。
「ちょ、長老でしたか。なんだ、長老の影だったんですね。」
「ティクル、そんなわけないでチュよ。村全体が日陰になってるんでチュよ?どんな巨体なんでチュか…。」
「全くじゃ。この村は天嶺に近い影響で、ある時間帯になるとまるまる日陰に入ると、前に言わなかったか?
それが、この夕方頃なんじゃ。毎日な。」
「アハハ、そうでしたか…。」
三人はたわいもない話をしながら村を回り、また赤い陽が山の西から出る頃、家に戻った。
「だから!このゴーグルはオレのトレードマークなんだぞ!?そうやすやすと外せるかっての!」
「だってすごい汚れてるじゃない!そんなのつけても前見えないでしょ!?
せっかくこのあたしが洗ってあげるって言ってんのに、そのままじゃ迷子になるのがオチよ!?」
三人が扉を開けると、この騒ぎ。部屋の隅で遠慮がちにルルと遊んでいたリュウが、思わずつぶやいた。
「だからあの時、一人はぐれて襲われたりしたんでしゅね。」
ヘヴニアスカイアでルークが勝手にスキーを始め、はぐれたときのことだ。
確かにそのとき彼はゴーグルをつけていたが…。
「リュウ、お前までケンカ売ってんのか、おい?」
「な、なんにも言ってないでしゅよ?」
そんなやり取りを半ばあきれて見ていた三人も、リリが愚痴をこぼしながら夕食の支度を始めると、
ひとまず休戦となり、やっと部屋に入ることが出来た。
(そういえばリリたちって、どこの子なんでチュかね?ここの家の子ではないと思いまチュけど…。)
ふとそんな疑問が浮かんだリボンも、リリが部屋に戻ってきて再び勃発したケンカに、
すっかり気をとられてしまうのだった…。
その晩、ティクルはベッドの中で考えていた。
イルウィルのこと、七司星のこと、昨日のブラッキーのこと、リーストのこと。
しかしもう、焦りや苛立ちは薄れていた。
明日からは村に留まって修行を積むことになる。
でもそれは、立ち止まっているわけではない。
(そう、進んでいるんだ。イルウィルを倒すために、リーストを見つけるために…。)
夜空には、ほんの少し右側が欠けた月が昇る。昨晩は満月(十五夜)だった。
十六夜の月(いざよいのつき)とは、「立ち止まってしまうこと」を暗示するそうだが、
しかし今晩のそれは美しく輝き、満月以上の光をこの地に降り注いでいた。