娘が教習所に通い始めた——場面緘黙の22歳が、自分で決めた一歩

娘が自動車教習所に通い始めた。

正確には、今日が本申し込みの日だった。これまではプレ教習として体験していたが、明日からいよいよ本格的な教習がスタートする。


最初に「免許を取りたい」と言い出したとき、正直驚いた。

人見知りで、知らない場所が苦手な娘だ。教習所では当然、インストラクターと二人きりになる場面がある。車の中という密閉された空間で、知らない大人と話さなければならない。場面緘黙の娘に、大丈夫だろうか——そんな心配もあった。

でも娘は「やりたい」と言った。それだけで十分だと思った。


費用のことも、最初は心配していた。今は34万円ほどかかるらしい。私が取った40年ほど前は24万円だったから、ずいぶん上がったものだ。

「半分出してあげようか」と声をかけた。

娘の答えは「大丈夫」だった。ネット物販でコツコツ貯めてきたお金がある、とのことだった。

その言葉を聞いて、なんとも言えない気持ちになった。友達もいない、学校にも行けなかった娘が、自分の力で稼いで、自分のやりたいことに使おうとしている。


教習所に通い始める前、娘はどこか行き詰まっているように見えた。毎日の生活の中で、何かが煮詰まっていたのかもしれない。

免許取得は、娘にとって「心機一転」のきっかけなのかもしれないと思っている。


場面緘黙なのに大丈夫かな、という気持ちは今もある。

でも、娘が自分で決めたことだ。心配しながらも、信じて見守るしかない。それが今の私にできることだと思っている。

話せるようになるのを待つ、ということ——焦らず見守るために大切にしてきたこと

「どうしたら話せるようになりますか?」

場面緘黙の子を持つ親なら、一度はこの問いにぶつかると思う。私もそうだった。

学校の先生に相談すれば「練習させましょう」と言われる。支援機関に行けば「少しずつ慣れさせましょう」と言われる。良かれと思ってのアドバイスだとわかっている。でも、それを実践しようとするたびに、子どもの表情がこわばっていくのを見てきた。


うちでは、ある時期から「話させようとする」のをやめた。

代わりに始めたのは、「待つ」ことだった。

何か聞きたいことがあっても、すぐに答えを急かさない。声が出なくても、頷きや表情で伝えてくれればそれでいい。「言葉で言って」と言わない。

最初は、これでいいのか不安だった。甘やかしているんじゃないか、このままじゃ何も変わらないんじゃないか——そんな気持ちもあった。


でも、振り返ってみると、子どもたちは自分のペースでちゃんと変わっていった。

無理に話させようとしていた時期より、待つようになってからのほうが、家庭での表情が柔らかくなった。声を出す回数も、自然と増えていった。

「話せるようにする」ことをゴールにするのをやめて、「安心できる環境をつくる」ことを優先するようになったからだと思う。


学校や支援機関とのやり取りについては、基本的に先生方に一任してきた。専門家としての判断を信頼していたし、家庭の方針を押し付けるようなことはしなかった。

その代わり、家庭の中では一貫して「待つ」ことを大切にしてきた。

子どもの気持ちを親が察しながらも、意思表示はあくまで本人から出てくるのを待つ。やることを押し付けるのではなく、自発的な行動を待つ——これは、子どもたちが通っていたフリースクールの理念でもあった。

そして、何かを「やりたい」という意思表示があったときは、全力でバックアップしてきた。ネット物販を始めたいと言えば応援し、料理を担当したいと言えばその場を任せ、教習所に通いたいと言えば送り出す。

待つだけでなく、背中を押すことも忘れない。そのバランスを、ずっと意識してきた。


場面緘黙は、本人の意思とは関係なく声が出ない状態だ。気合いや根性で治るものではない。

だからこそ、周りができることは「話させる」ことではなく、「話さなくても大丈夫」という空気をつくることなんじゃないかと、今は思っている。

焦らなくていい。急がなくていい。

その子のペースで、ちゃんと進んでいく。

「将来、どうやって生きていくんだろう」

子どもたちが不登校だった頃、ずっとそう考えていた。学校にも行けない、友達もいない、声も出ない。この子たちは社会に出ていけるんだろうか——。

でも今、娘は22歳。息子は18歳。二人とも、ちゃんと家の中に「役割」を持って生きている。


娘は、ネット物販と料理、お菓子作りを担当している。誰かと話さなくていい仕事だ。自分のペースで、自分のやり方で動く。接客もない、電話もない。それでも、立派に「仕事」をしている。

爬虫類の世話も欠かさない。ヒョウモントカゲモドキのために、毎日餌を用意し、温度を管理する。誰に言われなくても、自分の責任でやり続けている。

そんな娘が最近、自動車教習所に通い始めた。

人見知りで、知らない場所が苦手な娘が、自分から「免許を取りたい」と言い出した。教習所では当然、インストラクターと二人きりになる場面もある。それでも、通い続けている。

親としては、ただそれだけで十分だと思う。


息子は、長女と交代で家族のご飯を作る。それが彼の担当だ。

今日のお昼には「エンガディナー」を作ってくれた。クルミとキャラメルをタルト生地に詰めた本格的なお菓子だ。「食べて」と差し出してくれた顔が、誇らしそうだった。

今晩はラタトゥイユとパスタ。野菜をじっくり煮込む料理を、手際よく進めていた。

料理が好きで、食への関心が高い。京都で手毬寿司を見て「自分でも作ってみたい」と言っていた息子が、毎日誰かのために料理を作っている。「尖った趣味がない」「人と上手くやっていけるか心配」と言っていた彼が、だ。それだけで十分すごいことだと思う。


「普通の就職」ではないかもしれない。外に出て働いているわけでもない。

でも、家の中に役割がある。必要とされている。それは立派な「生き方」だと、今は思っている。

しゃべれなくても、役割がある。それだけで、生きていける。