日本は昔から、世界に比べて、個性が育ちにくいと言われます。
おそらく、それは周囲から飛びぬけて、
自分だけが目立つことに不安を覚えてしまう民族性。
そして更には、
個性ある才能を、評価したり、育て上げる土壌がない。
ということに尽きる気がします。
要するに元来、日本人は『ひがみっぽい』というマイナス面も、
持ち合わせているということになるでしょうか?
しかし一方で、面白いことに大多数の方は、
『あなたって個性的ね』と言われるのを好みますよね?
目立ちたくないわりには不思議なものです。
とても、うらはらです。
さて、あまり知られていませんが、
江戸時代のたばこは、店頭での購入の際、
自分だけのオリジナルブレンドを作ることが可能だったそうです。
つまりは『10人いたら、10人違うブレンドのたばこ』を、
愛用していたのかもしれません。
それって、ちょっとした個性ですよね?
みなさんは『こいき』という銘柄のたばこは、ご存知でしょうか?
この『こいき』。
東京渋谷区に本社をおく、JT(日本たばこ産業)の子会社、
日本たばこアイメックスが販売を行っている、
煙管用の刻みたばこです。
銘柄が、パッケージに漢字で記されていることから、
一般的に『小粋』と表記されることが多いようですが、
本当は平仮名で『こいき』が、正式名称です。
国内における、煙管用たばこの販売は、
紙巻きたばこ(シガレット)の普及による需要の低下から、
1979年の『ききょう』という銘柄の廃止によって、
一時的に全て消滅ました。
しかし、一部の愛好家からの強い要望により、
1985年に『こいき』が、煙管用のたばことして販売を再開。
その後、2011年に『宝船』という煙管たばこ用の銘柄を、
柘植製作所がベルギーから輸入し、販売をはじめたことで、
2013年現在では、2銘柄が流通しているようです。
比較をすると、
『こいき』が10g、360円。
『宝船』が20g、500円。
『こいき』の特出した特徴は『宝船』と比べても、
極めて細く刻まれており、おおよそ0.1m。
なんと人間の髪の毛の細さに、均一に刻まれいるのだそうです。
現物を見ても、おおよそ毛玉の塊を連想させるような細さで、
一般的なシガレットのたばこの葉とは、全く景色が違うように思えます。
また、西洋由来のブライヤー性の木のパイプなどで使用すると、
たばこが細すぎて、パイプ自体が詰ってしまうことすらあるそうで、
正に煙管のための刻みと言えるでしょう。
この煙草の刻みの細さは、世界的に見ても稀で、
おそらくは、刻みたばことしては世界最細。
手先の器用な日本人の特性と、繊細な味わいを好む趣向が、
ここには、よく反映されているわけです。
そして、この様に、たばこを細く刻む習慣は、
驚くことに、たばこが伝来して間もなく、
江戸時代初期には、もう、すでに定着していたそうです。
初期のたばこ屋は、『一服一銭』と言われるように、
露店でたばこの葉を刻み、煙管を貸し出すという形がとられていました。
しかし、たばこが普及し、煙管を個人が所有するようになり、
更には、たばこ屋も経営が安定するようになると、
露店から、店を構えるようになって行きました。
この頃になると、たばこ屋は家族経営が主流となり、
『カカァ巻きトトゥ切り』と表現されるようになります。
これは、たばこ加工の分業制を表す言葉で、
妻や子供が、たばこの葉の葉脈を抜き、
切りやすいように『巻芯』という道具に巻き付ける。
その葉を、夫が『切り台』と『押さえ板』という道具を駆使して、
細く刻んで販売したそうです。
ちなみに、細刻みの中でも、最細のものを『こすり』といい、
これが、現在『こいき』で再現されている『髪の毛の細さ』で、
やはり、その加工には、熟練の職人技が必要だったそうです。
しかし、何でまた、こんなにたばこを細く刻む必要があったのでしょうか?
もちろん、たばこ職人たちは、
自分の技をひけらかす為に、刻みの技を競っていたわけではありません。
それにはちゃんとした理由があります。
それは、味です。
もちろん、それぞれの好みはありますが、
文献などを確認しても、一般的な江戸の女性たちは、
味のキツイたばこを嫌う傾向にあったようで、
たばこを細く刻むことは、それ自体が、たばこの味をマイルドにしたそうです。
そして更に、風味の柔らかい黄色い葉をブレンドすることで、味の調整。
このことは、購入の度に、店員に味の注文を行うことが可能だったわけで、
江戸のたばこは全てオーダーメイドだったということになります。
オーダメイド。。。
とても贅沢な響きですよね。
しかし、この風習も、利便性を追求し、
だんだんと、たばこの刻みに機械が導入されるようになり、
失われていくことになります。
まずは、以前もお伝えした古いたばこ産地、四国の阿波では、
1780年頃、辻町の大工、内田久米蔵が考案したとされる、
『カンナ刻み機』を導入。
これにより、多少のコツさえ覚えれば、
誰でも『こすり』を作ることが可能になり、
阿波葉が全国的に普及する原動力ともなります。
そして、合わせて『カンナ刻み機』も、全国的に普及し、
長らく活躍することになりますが、
江戸後期なると、今度はそれがさらに発展した後継機、
『ゼンマイ刻み器』が登場します。
規格もコンパクト、更に扱いも格段に簡単になったようです。
ちなみに、こちらの考案は、江戸の芝、田町の工匠、正右衛門。
または、麻布に住んでいた長吉という人物という説もあり、
今のところ、定かではないようです。
そして更に、勘違いのないように付け加えておきますが、
この場合の『ゼンマイ』は、漢字で『発条』と書く、
いわゆる渦巻型のバネのことではありません。
一説によると、当時はこのような精密なメカニズムを持つ機器を、
総称して『ゼンマイ』と呼んでいたそうで、
『発条』を巻いて、たばこの葉を自動的にカットしたわけではないので、
違ったイメージを膨らまさないようにして下さいね。
そして、明治中期以降からの現在では、
東京の酒井太郎吉氏が考案した『酒井式細刻機』が使用され、
こちらは発動機による動力を採用したことで
ほとんど、裁断に関する人の技術が必要なくなりました。
もちろん、このような機械化は、多くの産業で導入されて、
とても便利だったり、製品の大量生産を可能としました。
しかし、そのことは反面、
画一的な同じような商品が流通することになったわけです。



