2024年は、振り返ると特に8月は本当におかしかった。
しんどくて、死にたくて。
家族といればそんな事ないだろうって、確かにそんな瞬間もあった。でも誰かといるのにずっと寂しかったし、苦しかった。
こんなことは言えないと、こんな感情、こんな顔では家に帰られないと、車の中で一人で泣いて、何事も無かったかのように家に帰った。
後にそのことを母に話した。素直に「こんな話をしたら母の気持ちが下がるだろうと思った。傷ついてる自分を見て、一緒に傷つくと思った」と。
「私は大人。母親だけど貴方とは別の人間。私の知らない場所で貴方が一人で泣いて苦しんでる方がずっとつらい」とそう言われたけど、私はその申し出を受け入れられなかった。
年が明けてもうすぐ転勤の話が来る。私は結局、一番つらい時に誰かに頼ることができないまま、また一人になる。
小学生の頃、街に津波が来て学校に避難しなくてはならなかった。でも親は2人共会社から帰って来なくて、家族ぐるみで仲の良かった友達のお母さんが、友達と一緒に私と弟を車に乗せて非難させてくれた。
中学で家を出て寮で暮らし、大学では縁もゆかりもない仙台に行った。就職で北海道に戻ってきて、体調を崩してご飯を食べられなくなった。水と豆腐を食べ続けて2週間して、親から引っ越しの調子はどうだと連絡が来て、ご飯が食べられないと言った。病院に連れて行かれて点滴をした。
1年経って転勤で実家に戻った。それから2年、もうすぐまた転勤する。
母はこの2年間を、神様からのプレゼントだと言った。子供の頃一緒に暮らせなかったから、失ったその時間を過ごす機会をくれたのだと。
2024年の元旦車で事故を起こして、その年の大みそかに休憩室で母から、「コロナ陽性だった、折角の正月にごめん」とメッセージが来ていた。
家に帰ると父がリビングにいて、母は自室で寝ていた。私は父と馬が合わなくて同じ空間にはいられない。寿司を小皿に取り分けて部屋に籠り、ユーチューブを見て寝た。
2025年の元旦、コーヒーとおせちを少し持って自室に籠った。父が外出してようやく部屋から出られるようになり、映画を少し見て掃除をして父が帰ってきてまた部屋に戻った。
2日。元旦を繰り返して、顔は合わせてないけど顔を背けたまま3日ぶりに母と言葉を2,3言交わした。「体調悪くなってない?」「悪くないよ」と。
この家には3人の人間が住んでいるのに、大学寮にいる時と同じくらいの孤独を感じる。でもそれにも慣れなきゃと思う。これから孤独を感じるだけではない、本当に孤独になっていく。知らない街で、知らない人と、一人の家で暮らして、家族も一人ずつ失っていく。わからないけど、一生そうかもしれない。
今年は26歳になるけど、今のところ恋も愛も知らないし、正直それを知る余裕も今の私には無い。
去年同じ店に転勤してきた1個年下の同期は、初めて親元を離れて暮らしているそうで、先月同じ店の人と付き合い始めた。クリぼっち回避だと喜んでいた。
嬉しいことや苦しいことを共有できる唯一の人がいるのは本当に素晴らしい。孤独に過ごしているならなおさら。
羨ましいと思わないわけではない。いつかの夜のように、一人で泣かなくて済むのだろう。
2025年の抱負。
タスクを減らす。
転職活動をしない。
彼氏を作らない。
仕事以外の勉強は9月までに辞める。(スクールの支払いが9月までだから)
でも仕事も真面目にはしない。
ただ自分の事だけを考えて、甘やかして、お金を得る。
綺麗にならなきゃとか痩せなきゃという強迫観念も捨てる。
健康にならなきゃと思うのも辞める。
食べたい時に食べたいものを食べる。
欲しいからと言ってすぐに買わない。
どうしても欲しいものは1週間検討する。
何の準備もしない。
死ぬ準備もしない。
推し活も少し休む。
去年はSNS投稿のために推し活をしている節があったからそれも辞める。
私が見たいわけじゃない時には見ない。
ただ何もせず、ご飯も食べず、ココアを飲みながら映画を見て寝るだけの一日を過ごす。
今年は、しなきゃいけないことは何もない。
したいことをしたい時にする。