昨日、新宿で、北朝鮮の拉致被害を訴えるコンサートをやってました。

バイオリンとキーボード。

同じ場所で写真展もやってて、その中のひとつ、娘さんの拉致被害にあったお母さんの

「まだ助けてあげられなくて、ごめん」

の一言は、さすがにぐっときました。

今年、広島に行ったときには、原爆ってのに私は無関心だったなと思ったし、法輪功への迫害についても、そして昨日の拉致被害、今回のリブログさきの統合失調症、いろんなことに自分が無関心だったなと思うことが続いています。

私は、関心を持っても何か行動が伴わなきゃ意味がない、と思ってきたのですが、最近は↓にリブログさきを抜粋したように、まずは無関心をやめてみることで、何か変わっていくように感じています。


〉僕が活動を通じて気づいたのは、世間の人たちは統合失調症に「無理解」なのではなく、「無関心」であるということです。