明日の会社からは「愛の循環」重視でって書きましたけど。


どうも僕は、それを優しい気持ちの循環って捉えているんですよねー。


それはそれでいいんだと思うんですけど、ただ優しくすると、相手に「依存」を生んでしまうことがありそうです。


僕は、自分がそうだったからよく分かるんですけど、顕在的にも潜在的にも、自分に自信がなかったり、あるいは自己否定があったりして、何か不足感をもっているときに誰かから優しさがくると、それに依存してしまうことがありうるんですよねー、きっと。


もちろん依存の対象は、「優しさ」に限らず、それこそ「悟り」だったり「目覚め」だったり、何かの「資格」だったり、あるいは何か「能力」だったり。


不足感、自己否定を感じているエゴが、それを埋めてくれる何かを求めたとき、何でもいいから手近にあるものに飛びついちゃうんですよね・・・そうやって僕自身もやってきましたし、おかげで今があります。

僕は、それを「向上心」とも呼んでましたけどね。


それで一時的な満足は、強烈に味わえるんですけどね・・・何日持ちますかねー、その充足感は。


ながくて一週間?・・・数日?・・・ものによっては数時間しかもたないかもしれませんね。


結局は、自ら、もととなっている何らかの「恐れ」を手放すしかないんですけど・・・。


必要なのは、「具体的な助け」よりも、「必要な時には助けがあるという確信」だと誰かが言ったそうですけど、そういう安心感というか、信頼感をどうやって自ら取り戻すか。


そうやって、宇宙=自分を信じる「自立」を相手に促すのが本当の愛なんでしょうね・・・それこそ、表面的には突き放すのもありで。


だけど、まぁ、本当の愛なら、言いたいことは何でも言えるそうですよ。


あはは・・・いきなり自分でハードルあげちゃった(笑)。


依存する人には、依存させてくれる人がセットでついて共存している。


だから、自分が依存しなければ、周りにも依存がなくなるんでしょうかね。


とにかく、僕自身がまず満ち足りていることだな。


そうして僕自身が自立していれば、誰にも何でも言えるはずですね、確かに。


すべてはそこからか~。


僕は、周りをなんとかしようとか(例えば助けようとか)思わないほうがよさそうです。


自分が満ちていなかったら、誰かを助けることなんてできないんですね、やっぱり。


こうして書いてみて、そこがようやくふに落ちましたよ。


どうもありがとう。