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これまでの不妊治療記録3

風疹の予防接種を受け、3ヶ月がたち、その間いくつかの治療も終わらせて、夫の検査もおわり(問題なし)やっと不妊治療開始となりました。


… まだでした。


不妊治療を開始するに当たり、夫婦であるという証明書を病院に提出する必要があったのですが、

令和1年5月1日  令和になった日に婚姻届を出していた私達でしたが、GW明けてからしか、受理されないと説明されていました。なので、病院にはGW明けに書類を提出予定だったのですが、事務手続きに時間がかかり、GW明けすぐには受理されていなかったのです。

病院に説明したのですが、やはり開始は出来ないということで、また一周期後ろへ。

なかなか開始できないもどかしさと、少し諦めが交差していた日々だったのを、なつかしく思い出します。


次から、治療記録を書いていきます。

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これまでの不妊治療記録2

自然妊娠が、繋留流産となってしまってから開始した不妊治療。まずは色々な検査から。

※記憶を頼りに記載しています。検査名や治療法など間違いがあるかもしれません。

基本の検査でひっかかり、いくつか治療が必要でした。

まずは、風疹の抗体。ほぼなくなっていました(泣)すぐにワクチン接種。その後2ヶ月(できれば3ヶ月)妊娠はできないので、治療開始できません。

慢性子宮内膜炎検査

高温期の検査。陽性。薬を2週間飲んで治療。再検査で陰性にならないと、不妊治療が開始できません。

生理2日目か3日目にだけ受けられる、子宮内エンドトキシン検査。陽性。

着床しにくいと言われて、やはり薬を飲む。

結局、これらの検査&治療で、通い始めてから、本格的な不妊治療を始めるまでに、半年かかりました。


不妊治療の病院にかかっても、すぐに治療は始められない。そんなことすらわかっていませんでした。一度妊娠したら、続けて妊娠しやすいという、ネットのなんとなくの情報から、早めに受診をしたのですが、スタート地点にもたてないことに、愕然としました。

ただ、仕事しながら、自分の生理周期にあわせて病院の予約をとってが、めまぐるしく、振り返ってみれば、あれよあれよと言う間に半年が過ぎた感じです。


生理2日目に予約取るとか、だいぶハードル高いですよね。大体いつごろ生理来るかは、周期が安定してたので分かるものの、完全に一致はしていなかったので、1日2日ずれることなんで当たり前だったので、生理が来た!予約!といままで考えてもみなかったスケジュールで動かなくちゃいけなくなり、仕事の調整もあって、本当に忙しかったです。



続く…↓


私がやってきた不妊治療について、何回かに分けて書こうと思います。

私は第一子と第二子、体外受精で授かりました。(第二子はお腹の中、いま6ヶ月)
実は42歳での(3年半前)結婚のきっかけが、自然妊娠でした。残念ながらその子は心拍確認が出来ず、繋留流産となってしまいましたが、流産手術が終わって、麻酔が切れてぼーっと寝ていたとき、ふと、お腹にいた子が「お母さんになれるんだよ」と教えに来てくれたんだ!!!、と思ったんです。
実はそこまでは、もう子どもを持つことを諦めていました。40歳になったときに、「あー、もう母になることはないんだなぁ」と漠然と考えるようになっていました。

でも、この体験があってからは、母になるという気持ちがむくむく湧いてきて、結婚が決まってすぐに、職場から近い不妊治療専門の病院に初診予約を取りました。ネットの情報などもあまり知らない状態で、とりあえず行って、そこで色々と知っていった形です。
必要な検査をしつつ、体外受精を受けるために夫を説得して、説明会に参加してと、仕事をしながら精力的に治療を開始しました。
(夫に相談せずに、初診を受けに行ったので、そのあとだいぶ揉めました)


続く… ↓



26歳のとき一目惚れした人と42歳で結婚

44歳で体外受精にて男の子出産
45歳で体外受精にて第二子妊娠中


第二子妊娠しました。
ブログを再開します!!

6/12が出産予定日
母、46歳です。
超高齢出産で、不安もたくさんありますが、元気な子を産めるように、していこうと思います。


妊娠にいたるまでの道のりをこれから書いて行こうと思います。



結婚に至るまでの道のり(婚活など)も書いています。


やっとやっと産まれました。
計画分娩の入院の日の一日前、隣駅まで散歩した帰り道、なんか、いつもよりちょっと多めのお水がお股から出た気がして。

一緒に歩いてたオットに、
『なんか、ちょっと分からないけど
破水の可能性あるかもしれない』
と言うと、
『どうする?いま病院に電話する?どする?』
と、私より明らかに動揺してる。

破水したら、48時間以内に出産したほうがいいから、分からなかったらすぐに病院に電話して、来てね
と言われてたので、電話して、病院いって、
破水ではないとお墨付きをもらったほうがいいよなーって判断しました。

でも、まだ夕飯食べてなかったし、
ひとまずは家に戻って、夕飯食べてから、病院電話することに。

計画分娩からの無痛分娩の予定なので、
無痛分娩にしてもらえない可能性の高い、破水から始まるお産にはしたくない!!
だから、これは、破水ではない!
と自分に言い聞かせて、家から病院に電話。

入院の準備できてますか?
では、来てください

と言われて、オットと一緒に病院に向かう。
病院の前で、
『これで、違ってまた家に帰るのが一番めんどくさいな』
って言われて、泣いて抗議した。
わかってない!!
違わないと、大変なんだよ!
無痛分娩してもらえなくなるんだよ!
一番それが嫌なんだよ!
ものすごくものすごく、悲しくなって、
大泣きしながら、病院の救急窓口の前で抗議した。
ちょっと分かってくれたかなぁ。

オットとは、入院棟のエレベーターホールでお別れ。
でも、また一緒に帰る気まんまんなので、
下で待っていてもらうことにした。

私はLDRに入って、破水かどうかの検査。
そして、そして、
まさかの、破水…

ここから、寝れない3日間が始まります。
続きます