42歳で結婚

44歳で第一子出産

46歳で第二子出産予定 です。


第一子からの不妊治療について書いてます。

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今回は、すこーし不妊治療記録から外れます。


不妊治療開始直前のお話

体外受精を始めるにあたって、

ほとんどの病院では

説明会に出席することが条件になっていました。


特に、私達が治療していた病院では、

「夫婦で説明会に出席すること」

が条件になっていました。


これって、治療を開始してしばらくたつと、

本当に必要だったんだなと感じます。

妻は、治療開始すると、1ヶ月のうち多いと半分以上の日を通院します。なんなら、毎日行く日が1週間くらいあったときもあります。

それに比べて、夫は、ほとんどありません。

治療開始時に検査で1回、その結果を聞きに1回。そこに問題がなければ、あとは病院に行く必要はないです。

どうしても、治療に対する温度感が違ってきます。

夫に問題がない 🟰 妻に問題がある

になりがちですが、原因不明 なことが、とても多いのが、不妊 の現実です。

それでも、通わないといけないのは、妻ばかり。


このような現状を、説明会では、説明してくれます。

また、うちの病院では、

止め時の判断を決めておく

のがとても重要だと、説明会で何回も繰り返されました。


病気であれば、全快もしくは、寛解で、治療終了ですが、

不妊の場合は、

授かれずに治療を終わる

ということがあります。

治療終了 ではなく、終わらせる 必要があると。


自分たちの人生を考えて、

期限なのか、回数なのか、治療費の限度額なのか、他の条件でもいいので、

治療を終わる判断をどうするか、決めておいてくださいと言われました。


私達は、説明会のあと、話し合いをして、私の年齢(期限)で決めることにしました。

42歳で不妊治療開始したので、44歳までやって授かれなかったら、2人の人生を楽しむ

ということにしました。


不妊治療クリニックに勝手にひとりで行き、

前のめりになって、

頭でっかちになって、

ひとりで突っ走っていた私でしたが、

治療のことを、夫と冷静に話し合いができたのは、2人で参加した説明会のおかげでした。


その後の治療中、

「私だけが辛い」

と思ったこともたくさんあります。

それでも、説明会での知識のおかげで、

寄り添おうとしてくれた夫がいて、

今思うと、私は本当に夫に感謝しかありません。


結果的に、

第一子は決めた年齢の前に授かれました。

第二子のときは、

別な期限を設けて治療開始しました。


こちらについても、また書いていきたいと思います。


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第一子からの不妊治療について書いてます。
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不妊治療記録9 移植周期開始

採卵が終わり、初期胚、胚盤胞ともに、2個ずつ凍結することができました。

というわけで、ここから移植周期に入ります。

(別の記事で書く予定ですが、第二子は違う戦略たてました)


移植するんだ、と分かっていても、何をどうするのかは、先生まかせ というのは、

採卵のときと変わりません。

生理が始まったら、また予約をして病院へ。

言われるがままに、薬をもらい、移植の日が決まります。

あとから、自分で調べて分かったことですが、

ホルモン補充 での移植でした。

不妊治療の人なら、みな分かる、丸いテープをお腹に張り、

薬を飲み、膣錠を入れる

膣錠を入れる時間を指示される


看護師の方が色々説明文してくれるのですが、

情報が多すぎて、どうしても抜けていってしまいます、、、

(あと、早口すぎ、患者さん多すぎて早く回したいのは分かるんですが)

もらったプリントに、自分で書き込みをしながら、頑張りました。


薬を間違えないように、

忘れないようにするために、

投薬のためのアプリをスマホに入れました。




42歳で結婚

44歳で第一子出産

46歳で第二子出産予定 です。


第一子からの不妊治療について書いてます。

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今回は、不妊治療ではなく、

妊娠中の日々のことを綴っていきます。

妊娠日記
 

第一子のときも同じでしたが、妊娠初期から妊娠糖尿病になってます。

空腹時の血液検査に加えて、甘いだけのサイダーを飲んで、30分後 60分後 120分後の血糖値を測定して、血糖値が基準値以上だと、妊娠糖尿病となってしまいます。

悪阻真っ只中のときに、上記の糖負荷試験をして、確定しました。

今現在、ご飯を食べる前と、夜寝る前に、インスリン注射をしています。

もう2回目なので、慣れたものです。

外食時も、チラッとお腹出して、パッと打っちゃいます。


とはいえ、食べるもの気をつけないと、血糖値上がります。

お昼ご飯に、インドカレーを、ご飯とナン食べ放題のお店で食べたんです。

食べ放題、妊娠中、つわり落ち着いてる、食欲増大。お代わりしますよね。

美味しかったです。焼き立てナンで、指も舌もやけどしましたけど。

直後から4時間後まで、170あたりをウロウロ。

範囲としては、直後145以下 2時間後120以下 です。


知ってました。カレーは血糖値爆上がりなの。

でも、たまに食べたくなりますよね、、


第一子のときも書いてましたが、また血糖値のお話も書いていきたいと思います。

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第一子からの不妊治療について書いてます。

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妊娠日記1

前回の第一子のときに、3日も持たずに挫折した妊娠日記を、再開しようと思います。

メインで書いているのが、第一子からの不妊治療の記録ですが、こちらの妊娠日記は、リアルタイムの日常を綴っていきたいと思います。


昨年11月の移植で、無事第二子を授かりました。心拍が確認できるより前から、吐き悪阻、ヨダレ悪阻、頭痛が始まり、100%のテレワークでしたが、パソコンの前に座っていることが難しくなりました。第一子のときもそうだったので、仕方ないのかなぁと思い、騙しつつ仕事を進めていたのですが、今回なにぶん頭痛が酷い。


普段、頭痛になることがほとんどないため、もしかしたら、軽いといわれる頭痛かもしれないのですが、辛くて涙が出てくる。

考え事なんか、なにもできない。

提案資料を作ろうと思っても、提案内容をまとめることができない。

ほぼ仕事が回らない状況になってきました。

このままでは、迷惑をかけっぱなしになってしまうと考え、申し訳ない気持ちいっぱいで、仕事を休ませてもらいました。

ただ、安定期に入れば、戻れるつもりでおやすみをもらったんです。


が、安定期に入り、ヨダレ悪阻、吐き悪阻がおさまったのに、頭痛はおさまらず、

さらに、1日に不意に訪れる「動悸」

それにともなう「悪寒」「冷汗」

さらに、妊娠後期のウォーキングし過ぎ、トレーニングし過ぎにしか感じたことのない「お腹の強い張り」が追加されました。


追加された症状の中でも、「お腹の張り」が曲者で、1時間から2時間横にならないと、収まらないという状況に。

パソコン前に座って、ビデオ会議で説明なんて出来ない、、、。

結局、年明けの復帰の予定が、ズルズルと3月までおやすみしています。


赤ちゃんや自分の身体に何かあったら、後悔するのは私だから、仕事休もう、休ませてもらおうと決めたのは私。

それを、快く受け入れてくれた優しい部署にとても感謝している。


にも関わらず、

育休明けに戻っても居場所ないんじゃないか?

もうすぐ50歳のキャリア途切れてる自分は、何もできなくなってしまうのではないか

不安で毎日押しつぶされそうです。


お腹の子が大学に入るとき、私はとうに60歳を超えている。

この子がやりたいことができるためにも、働いていないと、

そして、自分も輝いていないと


でも、でも、でも、、、

とマイナスなことばかり考えてしまう。


そんなん分かってて、不妊治療やったんでしょ

と言われたら、その通りなんです。

それでも、将来が不安で、いまそこに対して、何もしていない自分が嫌になってしまって。


そんなときには、イマココに戻る、マインドフルネスだなと、瞑想をします。

明日には前向きな日記があげられるように。

不妊治療記録8


採卵日は、午後になっても、少しボーッとしていて、1日ほとんど何も出来ずでした。全身麻酔だからかな。

以前の繋留流産手術のときは、採卵手術よりも強い麻酔だからかと思いますが、麻酔から覚めたあと、2時間ほど酸素マスクをつけた状態で、なにかずーーっと話をし続けていたそうです。(なぜか、友達のプロポーズがどうだったという話を、夫(その当時はまだ結婚してなかった)にしていた記憶がなんとなーくあります)
マスク越しだったし、あまりろれつが回ってなかったから、何を言ってるかは分からなかったらしい。

取れた卵は全てうまく受精卵となり、培養がスタートしていて、複数個取れたので、初期胚で凍結するものと、そのあと胚盤胞まで育てるものに分けました。(これも先生に言われたままです)
培養していた卵全てが、初期胚になったので、2つ凍結、残りを継続培養します。というメールが来たときは、「そうか、そんなもんか」という気持ちでした。
(初めてのことで、どれだけそれが奇跡的なことかが、分かってなかった!!)
継続培養していた残りの卵は、その3日後にメールが来て、培養4日目で成長が止まったものと、胚盤胞までいったものがあったことが書かれていました。ここで初めてのつまづき、成長止まってしまうことあるのか、そうかぁ、との想いが湧いてきました。
(このあとの不妊治療では、嫌というほどつまづきました。この1回目の採卵はビギナーズラックだったと思います。)