六月 十九日 木曜日 夜
―1―
誰かのすすり泣く声が、聞こえたような気がした。
たった数日で三回目の予想外の覚醒を終える。
他人に奪われた意識を取り戻すのも慣れたものだ。
「……慣れたくはなかったな」
やや重い瞼を開いてみたが、視界は暗闇に包まれたままだった。
もう夜になっていたのか、とも考えてみるが、この暗さはまた種類が違う。
それにぼくの頬にはサラサラとした柔らかいようなこそばゆいような感触があり、やたらと石鹸の良い匂いが鼻孔をくすぐってくる。
なんだこれは。
眼が覚めたばかりで思考がまとまらないフリをしているが、悪いような良いような予感はひしひしと感じていた。
「……ん?」
疑問符だけがついた呟きが聞こえて、視界が揺れる。
視界が揺れているのではない。ぼくの視界を遮っていた、目の前の存在が動いただけだ。
「ああ、起きたのか」
そいつはそう言って、緩慢な動きでぼくを拘束していた腕を解いて、上体を起こした。
拘束。
相手の首の後ろへと腕を回し、寄り添うように覆いかぶさることを拘束というならば、だが。
「おはよう、ひーくん」
状況が理解できずに寝転んでいるぼくを見下ろして、心崎繋はそう言った。
以前会った時と同じような無表情。だが、その切れ長の目尻から一筋、涙が伝うのをぼくは見てしまった。
見なかったことにしたかった。
「ひーくんじゃねえって、言ってるだろ。ぼくには笹原寿って名前があるんだ」
少女は驚いたような、何か衝撃を受けたような顔をする。
おい、まさか。
根黒のやつがぼくのことをひーくんとしか呼ばなかったから、それが本名だと思っていたんじゃないだろうな。
ありえない。まともな日本人としての感性を持っているなら、ありえないことだ。
だが、目の前の。ぼくの腹に跨ってぼくを見下ろしているこの魔法少女は、イラストの美的センスもカラオケの歌唱力も、まともな感性を逸脱している。
ありえないことが、ありえるくらいには。
「それは、」
少しだけ、がっかりしたような。
期待を裏切られたような落胆を、眉根に見せて。
しかしそれを悟られまいとするかのように、少女は言葉を紡いだ。
「それは、失礼なことをした。謝るよ、笹原寿くん」
「謝るなら、まずは退けよ。なんなんだこのご挨拶は。さっきは魔法の爆殺で、今度はマウントポジションからの撲殺か?」
言いながら、先ほど魔法少女にやられたことを思い出して腹が立った。
畜生、恩も喧嘩も売ったつもりはないが、すべて仇となってクーリングオフされた気分だった。
「そうだった」
思い出したように手を打って、心崎はぼくの腹の上から立ち上がった。
そしてぼくの目には古びた軒先を支える垂木と、特に美しくもない夜空が飛び込んできた。
わずかにだが、見覚えのある場所だった。
「ここは?」
思い出すのが面倒になって、上半身を起こしながら心崎に尋ねた。
「ここは、君たちが倒れていた場所から少し離れた位置にある神社だけど」
なるほど。少女の言葉を聞いて、自分の記憶と目に映る物に合点がいく。
ぼくの隣に鎮座する賽銭箱も、ぼくの頭上で微かに揺れている鈴尾も、全て見覚えのある物だった。
恐らくここはぼくが昔通っていた小学校の近くにある、寂れた小さな神社のはずだ。
まだ今ほどに捻くれていなかった頃に、放課後に遊んだ記憶がある。
ぼくはその神社の正面の、賽銭箱の後ろに隠すようにして、寝かされていたのか。
「なるほど」
一応は、生き残ったというわけか。
まぁ、驚くほどのことではない。望んでいたことでも、無かった。
また自己否定に走りそうになる思考を振り払って、ぼくは自分の体を確かめた。
そこには、傷跡が一つもない、純真無垢を体現したかのような魔法少女の体があった。
「はぁ?」
ぼくの視線の先の魔法少女の右手が開閉される。それは完全にぼくの意志に従って動いており、察するにその魔法少女の右手はぼくの体だということだった。
右手だけじゃない。ぼくの視界に広がるそのフリルまみれの衣装に包まれた体全てがぼくの物だということだ。
「……おいおいおい」
傷跡なんて残っていないはずなのに、頭痛がぼくを襲った。
つまりこれは、ぼくの体がまた美少女になってしまっているということじゃないか。
「正直言って、驚いたよ」
頭を抱えて蹲りたくなっているぼくの正面で、心崎が言った。
「意識を取り戻すまでは本当に君なのかどうか、確信が持てなかった。これでも数多くの魔法少女を見てきたつもりだけど、君みたいに変身前と変身後で完全に別人になる例は見たことがない」
いつかの繰り返しのような少女の言葉は、この状況では何の慰めにもならない。
変身……、いつだ? いつぼくはこの状態になった?
記憶を辿ってみれば、思い当たるのはカマキリの怪物がその鎌の矛先を、気弱そうな魔法少女に向けた時のことだった。
あの時ぼくは怒り狂って我を忘れ、馴染みのない言葉を叫んだ。
それから嘘のように体が軽くなって、世界の『敵』の背後に迫り、その体を鉄パイプで貫いた。
『変身状態は馬鹿みてーに身体能力が跳ね上がる』
あのカラオケボックスで、根黒はそんなことを言っていた。
さっき見せたぼくの常識離れした運動能力はまさにその状態と合致する。つまりあの時すでにぼくは魔法少女に変身していたのだ。
ボクハマホウショウジョニヘンシンシテイタ。
我ながらこれほど頭痛を伴う一文もそうない。
「……綺麗」
出し抜けに、心崎が呟くように言った。
「は?」
「私は、とても綺麗だと思うけど」
眼前の少女の発言の意図が理解できない。
慰めでもしているつもりなのか?
分からないことはとりあえず保留だ。
「この状態の解除方法、あんたなら分かるんじゃないか?」
とにかく、一瞬だって長くこんな姿でいたくない。
ぼくは縋るような思いで、目の前の魔法少女の長に尋ねた。
当の心崎はその凛々しい相貌を少しだけ残念そうに歪めて言う。
「私はそのままの君の方が良いと思うんだけど」
「いい台詞みたいにさらっとぼくの元の容姿を全否定するな」
そりゃ冴えない平凡な容姿の少年よりかは、目を見張るような美少女の方が何倍も景観を彩るだろうが。
当事者からすればここまで理不尽な話はない。
「魔法少女の変身に関しては、ある程度の練習が必要だけど。最初のうちは感情の大きな揺らぎによって自分の意志とは無関係に変身し、時間経過によって解除されることが多いよ。それを何度か経験してコツを掴むうちに、自由に変身できるようになる」
「つまり、今この瞬間ではどうすることも出来ないということか」
吐き出すようなぼくの確認に、心崎は無言で頷いた。
舌打ちをしたくなる気分だったが、悲しいことにここ数日の経験から、理不尽な展開には慣れていた。
最悪に変わりはないが、変身が解けないくらいの状態は、まぁ、許容出来る範囲内だ。
ため息を一つ、吐き出す程度に留めておく。
「……あいつは、どうなった?」
思考を切り替えたぼくは、自分の現状から外に目を向ける。
「あいつ?」
感情を押し殺した眼が、ぼくを見下ろした。
「ぼくと一緒にいた魔法少女だ。それと、ぼくたちを襲った世界の『敵』はどうなった?」
あの時、魔法少女は魔法を行使した。自分の周りの血だまりを利用して。
それはあのカマキリの化け物を消し炭に変えるには充分な力だった。少なくとも、ぼくもろとも爆殺せしめたことに目を瞑れば、一応の仕事は果たしたように思える。
だが、その代償は高いはずだ。
血を犠牲に、魔法を使う。彼女の流した血液は戻らない。
つまり失血は死の危険性をともなう。
「あいつは生きているのか?」
ぼくは博愛主義でもなければ、正義漢でもない。
あの魔法少女の生死にこだわる理由などない。理由はないが、言いたい文句は腐るほどある。
生きているに越したことはない。
「君が背理のことを気にかけてくれているのは嬉しい」
「はいり?」
「君が命を賭して救ってくれた、私たちの仲間のことだよ」
心崎は鋭い相貌を緩ませて、自らの背後を指さした。
言われて、少女の後ろを見れば、大人しい寝息を立てて眠る魔法少女がいた。
変身状態は解けていて、地味の一言で片づけてしまえる服装に身を包んでいた。体を丸めてリラックスした胎児のポーズで横になっている少女は、蒼白を極めた顔色の他は健康体に見えた。
昼寝でもしているかのように、その表情は安らかだった。
「……暢気なもんだな」
いろいろ言いたいことはあったが、相手が寝ていたのでは意味がない。
投げ出していた細い足であぐらを組んで、ぼくは頭をかいた。
それになんだか、あの顔を見ていたら毒気を抜かれてしまった。
「背理のことも含めて、君には礼と謝罪を言わなければならない」
ようやく本題に入れる、と言うかのように声を正して。
心崎がぼくの前に座りなおした。
いやに正座が似合う奴だ。
「別に、礼を言われることをしたつもりはない。ぼくが勝手にやったことだ」
「それでも、有難うと言わせてもうらけど」
「…………」
ぼくは答えあぐねて押し黙った。
どうにも、素直に感謝の気持ちを伝えられると居心地が悪い。ぼくの知り合いや根黒が相手なら、まだ感謝の気持ちに皮肉の一つでもつけてお茶を濁してくれたのだろうが。
目の前に座る魔法少女は会話における変化球をあまり好まないらしい。
客観的には褒められたことだろうが、思春期真っ只中の捻くれた性根の持ち主のぼくにとってはかなりやりにくい相手だった。
「礼は分かったけど、謝罪というのは?」
話を進めるために疑問を投げかける。
おおよその内容は見当がつくが。
「魔法少女と『敵』の戦いに君を巻き込んでしまったことだけど」
心崎は申し訳なさからか、無表情のままに少し目を伏せた。
「『敵』が発生した場合、当番の魔法少女が討伐に向かって、保護係の円が君を安全な所まで避難させる。私たちはそのオペレーションに従って動いていたし、今回もそうなるはずだったんだけど」
実際は根黒はあの時ぼくの近くにいなかった。
ぼくも切羽詰っていたので確かなことは言えないが、あそこで根黒がぼくの呼びかけに答えていたら、ぼくがここで美少女の真似事をしている未来も変えられただろう。
「魔法少女の組織の詳しい事情は知らないが、何か不都合があったのか?」
「うん。君も相対して理解してくれたとは思うけど、今回の『敵』は少し手強かった。それで対応した魔法少女が戦闘不能になったから、手近にいた円が援護に出た」
「その戦闘不能になった魔法少女ってのは、背理とはまた別の奴か」
「そう。背理と二人組で行動していたんだけどね。円はその子を戦線から引き離してから背理と一緒に『敵』を倒すはずだったんだけど、その間に君が入ってきて、後は君が知る通り」
なるほど。筋書きを理解してぼくは頷く。
頷いたと同時に額から冷汗が流れた。
なんか、心崎はぼくがあの魔法少女を助けたみたいに言ってくれていたが、あの時ぼくがいなくても根黒が来てくれていたのだ。
そもそも、背理という少女があそこまで危機に陥ったのはぼくが原因だ。あの場にぼくがいなければ、背理は追い詰められながらももう少しカマキリ相手に時間を稼いで、根黒と合流することが出来ただろう。
つまりぼくはあれか。
勝手に友達が巻き込まれたと勘違いして首を突っ込んで、最悪のタイミングで割って入って味方側の油断を誘発し、魔法少女と自分を死の一歩手前まで追い込んで辛くも生還を果たしたというわけか。
やべえ。そのまま死んでろよ。
本当に礼を言われることをしてないじゃねえか。さっきの自分の台詞を思い出して死にたくなってきた。
「君がいてくれなければ、背理は円の応援が間に合わずに死んでいた。状況を聞くに、君一人なら逃げられる状況だったけど君は命がけで私たちの仲間を救ってくれた。だから有難うと言わせてもらうし、すまなかったと謝らせてもらう」
そう言って、心崎は澄んだ瞳でぼくを見て、また頭を下げた。
やめてくれ。その素直さはぼくに効く。
先ほどとは真逆の居心地の悪さに耐え切れず、話題を変えることにする。
「……じゃあ、根黒がぼくたちをここまで運んだってことか。背理は動ける状態じゃなかったし」
「うん。『敵』の反応を見失った円は、気を失っている君と背理を私に引き渡してくれた。今はその『敵』の消息を追っている所だけど」
「なるほ――、って、あの怪物まだ生きてるのか?」
あの爆発の真ん中にいて、生き延びることが可能なのか。
いや、ぼくがこうして生きている以上、可能か不可能かで言えば一応可能なのだろうが。
ぼくの場合は一回死んだようなものなのに。
「世界の『敵』についてもぼくは詳しいことは知らないが、あいつらも魔法少女みたいに超回復力を持っているのか?」
「そういう例がないわけじゃないけど、ほとんどの個体は普通に殺せば死ぬし。あの『敵』もそんな能力は持っていない」
話し方にどこか曖昧な雰囲気を持つ心崎が、珍しく断言してきた。
「なんでそう言い切れる?」
「死体が残っていたんだ」
「死体?」
「そう。背理の魔法によって木端微塵にされた『敵』の死体が」
いや、この場合、聞きたいのは死体の状況ではなくて――
「――死体が残っていたのなら、死んでいるんじゃないのか?」
ぼくの当然の疑問に対して、魔法少女は首を横に振る。
「『敵』の存在は他の生物とは一線を画すんだけど。つまり具体的に言うと、世界の『敵』が死んだ場合、死体は欠片も残らない。霧のように消えてしまう」
言われて、ぼくは思い出す。
最初に出会った魔法少女、シロがモグラのような『敵』を消し飛ばした光景を。
余りに華麗な登場だったから、『敵』が消滅するまでがシロの魔法だと思っていた。
「分かってくれたと思うけど。死体――というか部品かな、――が、残っていたということはまだあの『敵』が完全に消滅したということじゃない。おそらく背理の魔法を受ける前に本体のような部分だけ切り離して逃げたんだと思う。だから、円がその行方を追っていて、私が君たちの傍にいるんだけど」
心崎の説明で、状況ははっきりした。
結局、紆余曲折を経たが状況は最初に言っていた通りに落ち着いたということか。
『敵』が出現して、魔法少女が迎撃に向かい、他の魔法少女がぼくを保護する。登場人物が多少入れ替わったし、その相関図も少し変動したが、そこに変更はないようだ。
本来『敵』を討伐するはずだった魔法少女たちは倒れ、ぼくを保護するはずだった根黒円がその後を引き継ぎ、根黒の代わりを指揮官の心崎繋が務める。そして、本来無傷で助かるはずだったぼくは、余計なことをした報いとして美少女となってここにいる。
最後だけ納得はいかないが、文句を言ったところでどうしようもなさそうだ。
とにかく、経緯と現状は説明してもらえた。それだけで、何も分からずに振り回されるだけだった状態からは大分前進した気がする。
気が抜ける状況ではないが肩の荷が下りたような気持ちになって、ぼくは賽銭箱にもたれかかった。
心崎も説明が済んで一段落したのか、ずっと維持していた正座を崩して足を伸ばす。そのまま優雅に伸びをしている所を見るに、別に足が痺れた訳ではなく単純にストレッチが好きらしい。
「円のことなら心配はいらないよ。あの子はああ見えてすごく優秀だし」
「……そうなのか?」
ポツリと零された心崎の呟きに、ぼくは半眼で返した。
特に喋ることが無かったから、共通の知り合いの話題に触れたのかしれない。
少なくとも、ぼくの頭の中をどれだけ探しても『根黒に対する心配』などという言葉は一欠片も見つからない。だからぼくの顔にそれが出るわけもなく、それを察して心崎が話すはずもない。
「ぼくはてっきりあいつが人格的に破綻しているから、半端者の警護なんて厄介事を押し付けられているのかと思っていたが」
「人を守るというのは誰にでも出来ることじゃないよ。自分の身を守る以上の力が必要だからね。私が円に君の保護を任せたのは、その力があると思ったから。実際、私も含めて魔法少女たちはあの子に助けられてきたからね」
意外な一面を知れたが、嫌な奴の『実は良い奴だった話』なんて興味深く聞けるわけがない。
ぼくはどういうリアクションを取れば良いか分からず、曖昧に頷いておく。
「特に背理だけど」
そう言いながら、心崎は背後を振り返った。
当の魔法少女は相変わらず、幸せそうな寝息を立てていた。
「今回は君に命を救われたけど。この子が死にかけることは珍しくないから、その度に円が助けに入っていたんだ。勿論、魔法少女である以上助けたり助けられたりは当たり前なんだけど」
「へぇ」
「だから、君や背理は殺されかけたから理解し難いとは思うけど。手強いとは言ってもあれくらいの『敵』が一体だけなら、円に任せておけば大丈夫」
「はぁ」
ぼくは吐息とも返答ともつかない声をあげる。
根黒を随分信頼している、と言うよりかは、背理という魔法少女のことをあまり評価していないように聞こえる。
まぁ、ぼくも出会って数分でマジ切れさせられたので人のことは言えないが。
「背理は私たちの中では一番新入りなんだ。三年くらい前かな」
ぼくの内心を察したのか、言い繕うように魔法少女は言葉を重ねた。
三年。その言葉にぼくは返事をし損ねる。
十七歳のぼくからすれば、それは随分と長い年月に感じられる、と同時に。
その、心崎の、事も無げな物言いが、過ごしてきた時の隔たりを感じた。
俗に言うジェネレーションギャップ。世代間相違、のようなもの。
それは心崎を最初に見た時も覚えた違和感だった。
「背理はまだ魔法少女になりたてだからしょうがないけど。魔法も制御できないし、『敵』と戦う前も緊張でもどしてしまうし、魔法に頼らない格闘も苦手だし、『敵』を相手にした探知も全然ダメだけど」
「いや、もう『だけど』でフォロー出来る限界を超えてるだろ」
薄々気づいていたけど。
ぼくの言葉に、目の前の魔法少女は薄く笑う。その表情に虚を突かれてぼくは心臓が跳ねるような衝撃を覚えた。
そういえば、こいつが笑ったところを初めて見た。
「だけど、背理は魔法少女の仲間になった」
少女の眼がぼくを見る。
侍のような、日本刀のような、刃のような、射抜くような双眼。
それは笑っていたとしても、変わるような物じゃない。
「たとえ何も出来なくても背理は私たちの為に何かをしようとしてくれる。私たちだって出来ないことでも背理の為ならやってみせる。君が背理を助けてくれたように」
だが視線の鋭さの中には、親愛があった。
「私は、君もすでに魔法少女の仲間になっていると感じているけど?」
「…………」
「君もそう考えてくれていたら嬉しいな」
ぼくは答えに窮して、心崎の後ろで眠っている少女を見遣る。
暢気な寝顔は助け舟を寄越したりはしない。
ああ、そうだ。分かっている。
窺うような心崎の言葉はぼくの返事の催促だ。言葉そのものに対する答えはどうしようもなく決まりきっているが。
ぼくは根黒や心崎や背理やシロのことを、信頼すべき仲間だとは思っていない。それぞれ個人に対して好意や敵意は抱いているが、関係性が未だ漠然としすぎていている。
だから、仲間だと思っているかと聞かれたらノーと言わざるを得ない。
しかし、今為されている呼びかけはそんな単純なものじゃない。
ぼくは魔法少女の仲間にならなければ生存できない。
今回の件で再確認出来たことだが、やはり『世界の敵』は強大だ。ぼく一人ではあのカマキリとの戦いのように嬲り殺されるのが目に見えている。それだけならまだ良いが、周囲の人間を巻き込んでしまう恐れがある。
狙われている中で生き延びたいのならば、狙いを分散させなければ。同じ魔法少女の群の中に紛れれば、ぼく一人で『世界の敵』と戦うことはなくなる。更に魔法のことや変身のことを教えてもらえれば、ぼく自身も『敵』と戦えるまでには強くなれるかもしれない。
他に道はない。
今は仲間とは思えないが、それは会って間もないからだ。新学期に新しいクラスに馴染めるか不安で憂鬱な気持ちになる現象と一緒で、ネックは時間が解決してくれる。
そこまで分かり切っているのに、ぼくは答えを出せない。
引っかかった、最後の糸が解けない。
「なぁ、心崎繋」
「うん、なに?」
沈黙していたぼくに思うところがあったのか、心崎は素直に先を促した。
「一つ疑問に思ったんだけどさ。教えてくれないか?」
「答えられる範囲だけど、いいよ」
安心してくれ。その範囲には留まっているつもりだ。
ただ、教えてもらった範囲ではないが。
「魔法少女って、なんで死なないんだ?」
「ん? それは前に教えたと思うけど――」
「ああ、いや。『救世主』の血が、って話なら覚えている。そうじゃなくてさ、なんで殺しても死なないんだって話」
「質問の意味がよく分からないんだけど。結局同じことじゃないの?」
不思議そうな顔で心崎が首を傾げる。
「違うんだよ。血で回復すること自体は理解できるが、生物である以上全身を焼かれたり、体を真っ二つにされたり、脳を潰されたりしても死なないのはどうにも納得できないと思ってな」
回復とは、危機的状況から復帰することだ。
死んだ状態を危ないとは言わない。その状態は危険が終わっているからだ。
死んだ状態から健康状態に戻ることを回復とは言わない。それは単なる蘇生だ。
蘇生。死体を、生きてる状態に戻す。
死んでも戦い続けるゾンビのような兵士として。
「そこであんたが言った『敵』の存在は他の生物とは一線を画すという言葉で思いついたんだ。ぼくたち魔法少女もそういう存在に成っているんじゃないかって」
「…………何が言いたいの?」
心崎にぼくは告げる。
自分の中で確信を持った言葉を。どうか、誰か否定してくれと願いながら。
「魔法少女が死なないのは、すでに死んでいるからなんじゃないか?」
つづく