ブログ開設第1回のテーマは、
記憶に残るボクシング中継best10。
10 高山勝成 vs 原隆二
best10と言っておいて、なぜ10位が6個もあるのか?
それは、一度作ったあとに観た試合がランクインしてしまうからなのだ。観てしまった以上入れない訳に行かなくなるのである。
世界タイトル四冠王者高山勝成。史上初のとてつもない偉業を達成したというのに、
いつもいつもメディアの扱いが悪すぎる。にもかかわらず腐らずに短スパンで立て続けの防衛戦に挑む。
このマインドに筆者は同年代として常々頭が下がる思いである。しかも現役高校生…。
一体あの小さい体のどこにコレほどのバイタリティが秘められているというのか?
対する東洋王者原隆二の戦績は20戦19勝(11KO)1敗。年齢的には高山よりはるかに若く、パンチ力では大幅に上回っている非常に怖い相手。
非常に強力なフックとストレートで王者を脅かしたが、スピードと手数で圧倒され、最期はTKO負けとなった。
光ったのは高山の攻めと一体化したディフェンス技術だった。足に来ながらも逆転の一撃を繰り出す力が十分に残っていた原。
それに対して安全策を取ることなく敢えて危険を犯してのKO狙いに見えるかもしれないが、絶妙な距離の詰め方で間合いを殺していきラッシュを入れた。心技体そろって初めて実現できるKO勝利であった。
そして今夜は、高山は3度目の防衛戦!アルグメドは世界初挑戦。両者ともにリミットの47.6キロ。高山は「自分も観客も納得して喜べる試合にしたい」、アルグメドは「リングで死んでもいい」と決意を示した。
お互いのパフォーマンスに期待。
10 横山啓介 vs 星野敬太郎
体格とパンチ力に勝る日本ストロー級王者を見事に封じ技術力を見せつけた星野が念願のベルト奪取。当時27歳(28歳だったか)で、それまで無冠だったベテランは、この後連勝を重ね、世界王者となる。
この試合で見せた変則的な攻守テクニックは、見ただけで真似しようにもできない彼ならではの物があった。そして、勝利者インタビューに答えるさわやかな姿。殊勝なコメント。
筆者にとって、この時の星野はとても格好良く、好青年に思えた。しかし…。
彼がその後の防衛戦において岡五男、後の東洋王者中島に対し、試合前後で中傷や貶すようなことを言うのはショックだった。特に岡には判定勝ちしたが、筆者には負けていたように映った。岡の速さと有効打で負けていたのではないだろうか?それにも増して気になったのは試合後に健闘を称えあわないことである。
その後の星野は徐々に弱い立場の者を見下し、強い立場の者に擦り寄るような言動、行動がふえていった。
王者、競技者としての品格は、キャリアを重ねるに連れて下がっていったのではないか?単なるメディアが切り取った一面に対し、筆者が感じたに過ぎないのだろうか?
同じように馬鹿にしていたルビリアル茨城。(エルネスト・ルビリアル。弟ファニト・ルビリアルは後の世界王者)この選手との防衛戦、試合後に暴動が起きたほどの疑惑の判定勝ちだったというが、全く問題にされず、未だ星野自身も内容について口をつぐんでいる。
確か深夜に放送されたと思うのだが、見逃してしまった。映像はどの筋からもいまだに発見できていない。
お持ちの方はぜひ筆者に見せて欲しい。貧困で、しかし実力、競技に向かう姿勢共に日本人以上だった、このフィリピン人ボクサーとの防衛戦は、当時の筆者にとって、どちらを応援したらよいか、非常に歯がゆいものであった。…だが今となっては後年の両者の扱いの差を考えると、星野が勝ったと聞いて納得した自分が間違いだったような気がする。
当時、ボクシング人気は高かったものの、日本人世界王者が不足していた業界。ボクシングの放映に於いて、日本人世界王者を生むために「TV局の思惑」がマッチメイクや試合の勝敗ジャッジに介入した可能性を考えるとき、この時の、さわやかなスポーツマンといった印象とは、まるで別人のように目付きの悪くなった、後年の星野の顔が何故か脳裏に浮かんでしまうのは、個人的に後味の悪い事である。
10 川島郭志 vs ジェリー・ペニャロサ
筆者にとって、日本人ボクサー史上最高のテクニシャンは小林弘会長。そしてそれに並ぶのが川島郭志である。小林弘会長が攻めのディフェンスをメインに使うのに対し、川島郭志は受けのディフェンスをメインに使う事が多かったように思う。
筆者にとって、リアルタイムで川島の試合を観たのはこれが最初であった。
挑戦者ペニャロサは受けのボクサーであった。にも関わらずパンチが速く、且つ重い。そして反射神経と運動能力においては抜群の選手であった。
おまけに重心のバランスが極めて安定しており、たやすく崩されることがない。
チャンピオン川島にとっては相性が悪かったと言える。2ラウンドには終了直前にダウンを食らうが、スリップと誤審されラッキー。
正直な川島は、あれはダウンだったと試合後に語る。徐々に川島の動きを見切ったペニャロサが要所で有効打を集める。
身長の割にリーチの長いペニャロサはガードが堅く、川島は突破口を見いだせないまま試合終了。判定は2-1でペニャロサ。
明らかに川島を勝ちとするには無理があった試合である。
ボクシングマガジンが川島郭志を支持したジャッジに疑問を呈したのがまだ救いか。
後日、眼疾を発した川島は引退。惜しまれる。国内では珍しい、ディフェンス技術の勝負となった、貴重な世界タイトルマッチの1つ。
10 山口圭司 vs ピチット・チョーシリワット
山口がお笑いネタにされる元となった試合。
一方、世界タイトルマッチでベネズエラの超人レオ・ガメスをKO寸前に追い込んでおいて、逆転負けで涙を呑んだ挑戦者ピチットにとっては、再チャレンジのチャンスである。
山口は全盛期には、アウトボクシングで世界ランカーにもポイントアウト勝ちできる実力を持っていたのである。
だが、この試合で山口は当時人気絶頂だったWBOチャンピオンでノーガード戦法を得意とする強打者、ナジーム・ハメドのモノマネをしてしまったのが良くなかった。
2ラウンド、ノーガード戦法でハメドのボクシングを見た目だけは真似したものの、パンチ力の無い山口を全く恐れないピチットが危険な距離まで接近しているにも拘らず、
コンビネーションをノーガードの体捌きでかわして挑発しようとした瞬間、ピチットの”ごく普通な”右フックが山口の顎先を見事に捕らえた。後はみなさん御存知の通りである。
間抜けな表情のままで失神し、体を硬直させ棒が倒れるかのようにひっくり返った山口は一発KO負けとなってしまった。更に、それからというもの”KOされアーティスト”などと呼ばれるようになってしまったのだった。
ハメドの、「食らったパンチの衝撃を緩和する技術」は真似できなかったようである。
当時、TVにかじりつくほど集中して観ていた筆者だけに、その瞬間は不意をつかれ大爆笑してしまった。ボクサーのダウンで笑ったのは後にも先にもこれだけである。、
世界タイトルマッチにしては大して見どころのない試合かも知れない。でも当時高校生の筆者は、念願のベルト獲得に泣きながら勝利者インタビューに答えるピチットに胸が熱くなったものである。
尚、インタビューの最中にも山口は朦朧としたままだった...。
以下は余談。
その後ピチットは王座を5回防衛したあとに剥奪。WBAと彼の間に何があったのかは不明。
大分時は過ぎ今からほんの数年前、30代後半になっても試合に出場し、日本の若手ランカーに勝利するピチットは筆者も目標とする選手の一人である。
一方、惨敗を喫したのに引き上げ中にヘラヘラ笑ってみせる山口には、当時十代の筆者にも激しくカッコ悪いと思えた。
島根県の井岡ジムで現在、ピチットの部下となってトレーナー業を営んでいるという山口はどんな気持ちなのだろう。少し気になる。
10 ダニエル・サラゴサ vs エリク・モラレス
サラゴサの引退試合。メキシコの新旧チャンピオン対決。若き化け物王者に対し、老いた英雄はどれだけ食い下がるのか?どこでもそんな下馬評だった。一度ダウンを食らいながら、特殊コンビネーションでモラレスをグロッギーに追い込むサラゴサ。さすがは怪物カルロスサラテを引退に追いやった、歴史に残るボクサーであった。
10 戸高秀樹 vs 名護明彦
戸高の世界タイトル防衛戦。前評判ではチャンピオン戸高の圧倒的不利だったが…。試合は戸高のディフェンス力の前に名護はリズムを崩してしまい空転を繰り返した末負け。
実は試合よりも面白かったのが、
戸高陣営のマック・クリハラトレーナーと名護陣営の具志堅会長との試合前の心理戦である。
戸高とマックが揃って風邪マスクをつけて計量、会見に臨んだ。コレは誰がどう見ても
その昔、輪島会長が柳斉斗とのリターンマッチで使った風邪装い戦術のマネである。
「戸高が風邪を引いたからだ」と主張するマックに対し、「二人共診察を受ければいい」と、信用せずに(*当たり前だが)受け流す具志堅会長。
試合後、マックが明かした事はというと…。
なんと戸高、本当に風邪を引いていたのだったという。
それを試合前に相手にバレていたら敗北必至であったろうが、
マスク技で悟らせずに済んだということだ。マックは「ワジマが柳との対戦前にそんなことをしてたなんて聞いてない。」
…そんなはずはない。その数年前フジテレビの世界戦放送で、
マックがトレーナーを請け負った渡辺雄二がウィルフレッド・バスケスに5Rで負けたあと、
余った中継時間で放送された「輪島功一特集」で流されていた程有名な話だからである。そういえば渡辺雄二も試合前握力検査で「手の痛み」を公表していたっけ。
試合後には「そういう小細工で相手を惑わそうとする前に作戦立案を見直すべきだった」などと、ボクシング雑誌ではマックに対する辛辣な批判が浴びせかけられていた…。
そんな自らの悪評を逆手に取って、不利な戦いでも勝ちをもぎ取る…。当時批判した記者たちはグウの音も出なかったことであろう。マックは己の”前科”をも利用する…。
策略ではマックの完勝だった。
もちろん、戸高のガッツとその他諸々による勝利があっての完勝といえるが。
9 畑山隆則 vs ラクバ・シン
筆者は試合前に対戦相手を貶す競技者が大嫌いである。そんな人間は実は臆病者で自信が無いのである。
ボクシングは紳士のスポーツという。それが建前でないというなら、そんな奴には競技をやる資格は無いことになる。だが現実は皆様御存知の通り実に曖昧で、「その時の世間様の空気次第」でお咎め無しなのが現実だ。亀ナントカ3兄弟が試合ごとに「世間様の空気が変わり」、最初はお咎め無しにされていた「対戦相手を貶める」ことが出来なくなっていったのは良い例である。
本題。新聞のインタビューなどに「シンとは同じ空気を吸うのもイヤ」などと、いつもの様に人間性を疑わせるような人種差別コメントをするほど強気だった畑山だが、試合が始まるとすぐに顔が青ざめることになる。
シンは、1ラウンドから凄まじい攻撃力と鉄壁のブロッキングで畑山を寄せ付けない。
この試合は畑山の指名試合で、5位のシンのことを、畑山陣営はイージーな相手として見ていたようだ。シンのほうが4つ年上だし、実際に各メディアでも今回は楽勝だと言われていたのを記憶している。
弱気になった畑山は、すぐに足を使って逃げまわる戦術に切り替えたが、シンのスピードと勢いに被弾を重ね、ジリ貧に陥っていく。
ジャブを出した(出させられた)打ち終わりの畑山のアゴにシンの右ストレートがベストタイミングで炸裂、
畑山は糸が切れた操り人形のように顔から崩れ落ちる。その際自らの鋭角に折り畳まれた膝へ突き刺さるように顔面を強打したので、
上半身がバウンドし仰向けに倒れた。ダメージは致命的である。なんとか立ち上がった畑山だが、意識は無いようだ。
再開後とてつもない勢いでシンがラッシュを仕掛ける。コーナーに追い詰められた畑山はほどんどディフェンスできずに顔面、
ボディへまともに左右の連打を食らう。計40発くらいだろうか。誰の目から見ても勝敗は決したその時、レフェリーが畑山を死の恐怖から救い出したのであった。
畑山は王者になって慢心したのか。ダウンして終始劣勢でも引き分けにして防衛とさせてくれるジャッジ。そしてそれを批判しないTV局、日本ボクシング業界。
努力を怠り自分を持ち上げてくる世間に甘え、己と相手の実力差を見誤り、ボクシングへの真摯な姿勢を失った王者は敗れるべくして敗れる。
水をぶっ掛けたかのように冷え切った会場の空気とは逆に、筆者の目には挑戦者であるシンの才能と不屈の努力が実を結んだ感動的で熱い一戦として映った。
「モンゴルには、(願望は口にすると、それとは逆の結果になってしまう)という言葉がある。だから私は畑山の挑発に無言を貫いたのだ」
と、勝利者インタビューで淡々と、しかし堂々と答えたモンゴル人初の世界チャンピオン。
このように、真に強い者が王者となるのがボクシングという競技の本来の姿なのである。
付き添い達に抱えられ、逃げるようにリングを後にする畑山の姿が対照的だった。
シンは後日、韓国人選手との初防衛戦でKOチャンス時などにレフェリーから散々妨害をされた上に、不当な減点も受け、
挙句の果てに判定では誰の目から見ても明確に勝っていたはずなのに、負けにさせられている。
しかも業界からは全く問題にされず、判定は覆らなかったのだ。本当に実力がありながら、リング上とは別の評価が理由で不遇な目に遭うのは非常に悲しい話である。
尚、そのあとアメリカでもう一度世界王者になるシン。判定ではいつも不公平な仕打ちを受けながらも、
挫けること無く真面目に競技を続け、ここぞというときには勝つ。真の実力を持った立派なボクサーである。
7 ジェス・マーカ vs 大和心
東洋太平洋タイトルマッチ。筆者が生まれて初めて会場で観戦した試合。この試合だけは観てみたいと思いチケットを手に入れたのだ。
筆者は当時十代の素人だったので、チャンピオンのマーカが強かったという感想以外沸かなかった。
あのディフェンス能力はいまだに分析しきれないし、まるで伍せる気がしない。
この放送も録画したのだが…ビデオテープを紛失しもう見られない。
関係ないけど、白井義男さんの解説はエコ贔屓がなくて良かった。
7 小林弘 vs 西城正三
今回ランキングを作った中で、この試合だけ年代が古い。小林会長の右クロスと左ボディ、西城の突進と左右の連打。火花を散らすような日本人世界王者同士のノンタイトル戦は、小林会長が意地を見せ判定勝ち。
6 勇利アルバチャコフ vs チャッチャイ・ダッチボーイジム(チャッチャイ・サーサクン)
世界王座(WBC)統一戦。この頃の世界戦では珍しく、
「なぜか毎回TVカメラに写る観客席に居て、いつも試合中に席から立ち上がって扇子を振り回す迷惑なオヤジ」がいなかった試合。勇利がソ連人だからだろうか?どうでもいいことは脇に置いておくとして、本題。
1年以上のブランク後の試合となる王者の勇利。全盛期の驚異的な右ストレートのスピードは無い。暫定王者チャッチャイは一度負けている勇利との再戦に対し、準備万端・気合満点。
要所でチャッチャイの思い切りの良いストレートが勇利のボディを捉える。筆者はこの試合を最近になってようやく再び見ることができたのだが、チャッチャイは12R間集中力が一度も切れていないように思える。放送席すぐ後ろにいる、チャッチャイ応援団の声援が凄く、会場の声援をかき消すほど。チャッチャイが執念とド根性を見せつけ判定で王座奪取。
一方、勇利は負けがわかっていても最終ラウンド、逆転の打ち合いを挑まなかった。当時高校生の筆者はそのことに対してとてもがっかりしたのを覚えているが、やはり再び観ても同じようにがっかりした。
このままではどうせ負けると解っている上に、引退すると決めているなら、ましてチャンピオンなら、挑戦者優勢の状況から逃げてはファンを失望させてしまう。
しかし少なくともこの時点ですでに、勇利にとってそんなことはもう、どうでも良くなっていたのだろう。
ボクシングに対してドライな考えしか持たなくなっていたということだ。
なぜ筆者がそう言い切るかというと、この試合終盤の時点で表情が冷め切っていたからなのだ。元々表情に変化が多い人物ではないが、勇利が王座を奪取した試合のときと比べて御覧なさい。表情に表れた闘志、やる気に明らかな差があることがお分かりになるでしょう。
一方のチャッチャイにとっては、才能、努力、気合の全てが運んだ勝利だった。この時点の彼には、パッキャオでも勝てたかどうか判らないのでは?
尤も、パッキャオと戦う時までこの時のモチベーション・コンディション・集中力を維持し続けろなんて言うのは、さすがの彼にも無茶な注文だっただろうか。
余談だがチャッチャイは願を掛けた神様との約束を果たすため、帰国後はタイの空港から走って家に帰ったという。
信心深いなあ。それも彼の強さの理由の1つだったのかもしれない。
5 竹原慎二 vs ウィリアム・ジョッピー
筆者がボクシングに興味をもつきっかけとなった試合。竹原のWBAミドル級初防衛戦。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」とは、別のボクサーについて述べられた言葉だが、この時のジョッピーにこそ、この表現は相応しい。アウトボクシングの理想型をこれでもかという程に魅せつけた新チャンピオンジョッピーは、その後長らく世界のトップで活躍したが雑誌での評価はなぜかいつも低かった。不当。関係ないが、TV東京も実況・解説者も竹原に期待しすぎである。竹原の戦績はそれまで20何戦無敗だったのだが、まるでサンドバッグが如くあまりに無様に打たれまくる物だから、本気で「この記録、ウソじゃねーのか?」と疑ったほど、この試合、勝負になってなかったよ。なにが「竹原優勢です!」なんだか。実況に同意を求められたピューマ渡久池が、「ジョッピーが…優勢です」と、気まずそうに答えていたのが可笑しかった。
4 トラッシュ中沼 vs 田中強
筆者にとって幻の試合映像の1つ。録画したのに、ビデオテープがどっかに行ってしまった。メインイベントである畑山の東洋防衛戦は片方八百長(両方八百長かもね)にしか思えぬ内容で「糞」が付くほどつまらなかったが、こちらは別。1ラウンド目、ノーモーションかつ超スピードの中沼のストレートが田中の顔面を捉え、3m吹っ飛ばされるが、詰めてきた中沼に目にも留まらぬ回転速度で3倍返しの連打を返す田中。お互い超一流の才能があることはすぐに判った。試合を通してお互いの凄さが存分に出ていた。こちらをメインイベントにするべきだっただろう。ノンタイトルだけど。どちらも勝たせて欲しかったが、判定の末中沼が勝ち。だれかビデオ持っていないかなあ。田中選手は今どこで何をしているんだろう。
3 辰吉丈一郎 vs ウィラポン・ナコンルアンプロモーション (1)
インターネットも普及していなかった当時、WOWOWボクシング中継を見るほどの熱心なファン、或いはムエタイファンでもなければ
ウィラポンという名前を聞いても、誰のことかわからなかった。その時点で彼はランキング一位ではなかったように思う。
現役世界王者達からは対戦を避けられる日々を送っていた当時のウィラポン。辰吉サイドがうっかり指名してしまったのではなかったか?ガーナ人のナナ・コナドゥに2ラウンドKOで世界王座陥落しているから打たれ弱いと思われたのかもしれない。
しかし、
1、その試合でウィラポンは油断したわけでもミスしたわけでもなく、コナドゥのストレートが凄すぎただけで、第一打たれ弱いわけでもないこと
2、貧しいガーナのボクサー、ナナ・コナドゥには誰も注目していなかったし、 恐らく正当にチャンスを与えられなかったことで正当に実力を評価されていなかった。しかし、
3、ナナ・コナドゥはボクシング全階級を通じて最強に近いボクサーであった事実(※憶測を含む。今さら確かめる術は無い)は、
その試合を見ていなければ、関係者でもわからなかったのだろう。事前にウィラポンの実力をうかがい知れたのはせいぜい日本人王者、ランカー達に7連勝していたジェス・マーカに勝っていることくらいか。ムエタイ四階級制覇は過小評価されていたようだ。似たようなムエタイ経歴をもつサーマートのボクシング実績が今ひとつだったのもあるのかもしれない。
ウィラポンの入場時、観客が陣営に嫌がらせをする。
この頃辰吉の試合では、対戦相手入場の際ドサクサに紛れて観客が対戦相手に暴力を振るうことが日常的となっていたようだ。卑劣な連中である。
いくら応援する辰吉の敵だからと言って、日本人として恥ずかしい行いは控えて欲しい。こうしたことはむしろ辰吉サイドが注意すべきことであるが。
5分以上だろうか、リングインが遅れ、怒号や罵声が飛ぶなど場が殺気立つ。
試合。辰吉は序盤から有効打を入れることはできず、2Rでは積極的に打って出たもののその後は動きを見切られ劣勢に。
威勢だけは良かったが、まともにヒットさせたパンチはひとつも無かったのではないか?左フックを食らってダウン。
立ち上がるが足下がおぼつかない。ラッシュを仕掛けられ最後はストレートをまともに浴び仰向けにひっくり返る。
会場沈黙。持っているものが違い過ぎた。解説は以上。言っちゃあ何だが何の変哲も無い順当な敗北である。
辰吉は失神し、勝利者インタビューを受けるウィラポン。
その際に「帰れ!帰れ!」という観客の罵声がマイクに入っている。
実に醜い。愚の骨頂とはこの観客のような奴のことを言う。
尋常な勝負の末負けたのだから、勝者へ罵声を飛ばす理由はどこにも無い。
辰吉が余計みじめに映るだけである。
こうした観客はもはや辰吉ファンでも、ボクシングファンでもない。
ただのクズ野郎である。筆者がそいつの横に居たら、頭をカチ割っていたところである。
意識の戻った辰吉は、必要以上に勝者、ウィラポンを称えていた。これには観客も負けを認めたように見えたが・・・。直後、ウィラポンの退場の際にも観客が大挙して道を塞ぎ邪魔しようとしているのが映っているのである。
重ね重ね醜い。醜すぎる。彼らは当に日本の恥である。プロモーターもTV局も日本人のこんな姿を世界に晒して恥ずかしいとは思わないのだろうか?彼ら全員を叩き出して出入り禁止にすべきである。
この点についてはボクシング雑誌で少し批判していた程度であった。甘すぎる。
後に解ったことは、入場の時、観客に嫌がらせをされた際、「ウィラポンが」セコンド陣を落ち着かせるために、なだめていたのでリングインに時間がかかったのだそうだ。敵地でなんという心の余裕。そのくらいの平常心があったから、その後、あれほど世界王座の長期防衛を続けることが出来たということか。
2 パニアン・プーンタラット(パニアン奥田)vs トラッシュ中沼
これは当時24連勝中の世界ランカー(WBC2位、WBA4位)、パニアンの世界戦に向けた査定試合の様な扱いだった気がする。角海老宝石ボクシングジムのイスマエル・サラストレーナーによれば、パニアンは今まで指導した中で、最高のジャブをもつ選手とのこと。今思い出しても、彼は並の世界王者よりよほど強いように思える。
対するは独特なカウンターパンチャー、中沼。
その凄さは田中強とのハイレベルな試合で脳裏に焼き付いていた。しかし、
いくら中沼でもあのパニアンに敵うだろうか・・・。深夜の録画放送だったが、試合前にはとても緊張させられたのを憶えている。これほどの緊張感を感じる試合は最近でも無い。中継は何ラウンドかカットされていたように思う。試合は手に汗握る(本当に)激戦となった。
序盤、相変わらずパニアンの鋭いロングジャブが冴える。しかし、幾多の強豪をたやすく葬り去ってきたこのロングジャブも、中沼の巧みなディフェンスと鋭い踏み込み、そして根性の前には今までの試合のように、相手を後退、自滅に追い込む事はできない。
一方中沼は、首をすくめてガードを固め、パニアンのパンチの撃ち終わりに強力なボディフックを放つくらいで、手数は少ない。これは、敢えてパニアンのパンチをガード上から受け続けることで疲労させ、パンチスピードの低下を狙っていたのかもしれない。
中盤のラウンドからは中沼が攻勢に転じ、パニアン有利だった距離が詰まっていく。打ち合いになると中沼が優勢だ。中沼の、音が会場の端まで響き渡る程の、重く、速い左右のフックが脇腹、顔を捕えていた。
試合の決着は判定に委ねられた。
全体を通じた有効打ではパニアンが上回ったかに思えたが、中沼が僅差の判定勝ち。でもどちらが勝っても不思議では無かった。
両者の持つ、対照的な武器が存分に交錯した、日本ボクシング史上屈指の名勝負であった。
是非もう一度観てみたいが、未だにどの筋からもこの試合を発見することはできない。筆者にとって幻の試合の1つとなってしまった。
尚、この後パニアンが活躍したという話は聞くことがない。これほどの名選手なのに、極めて勿体無い話である。
1 ウィラポン・ナコンルアンプロモーションvs辰吉丈一郎 (2)
辰吉のビックマウスは一流である。感性が独特であるし、生い立ちがドラマチック、そしてストイックなイメージ。試合では逃げることはしないし、暴力的な物言いもするが、リング上、試合では紳士的…なイメージ。
(※実はそうでもない。キャリア初期の若いころ、しばしば意図的な反則も繰り出していたりする。)
だから面白い。カリスマ性を持たせ(見るものが思い込むだけと言われたらそれまでだが)惹きつけ、期待させる…というのは解る。
「ウィラポン殺す」夫人によれば、ウィラポンとの初戦で負けた後、辰吉は寝言でもそう言っていたらしい。
また、実況によれば「KOされて意識の無いまま相手を称えた自分に腹が立った」と言っていたそうだ。なんだそりゃ。前回の試合、一番そこに感動したんですけど…。
インタビューでも、「殺す」、「殺す」としつこい。更に、
「ウィラポンはセミ。そのウィラポンに負けた俺はセミ以下やけどね」
とも言っていた。これにはさすがに当時の筆者も「何を言ってるんだこいつ・・・」と思ったものだが。
さあ執念は実るのか!?
だが…。
…願望と現実は別物である。辰吉は、ボクサーとしてはもちろんのこと、人間としても、格の違いを思いしらされてしまう。
試合内容については語る程のことは無い。あまりにも一方的なものであった。
「絶望的なまでの実力の差」とはよくも言ったものである。
辰吉は早々に動きを見切られ被弾に被弾を重ねる。3ラウンドで早くもグロッギーに。反撃はひとつも届かない。そして、
恐怖の第5ラウンド。滅多打ちとは正にこのことである。もはや意識は霞んでいたのだろう。
6ラウンド。本能のまま続行するが、そんな状態で、攻撃を防げるはずもない。パンチを受け続けるだけの辰吉。
「辰吉がかわいそうで攻撃をゆるめた」ウィラポンは後に語る。実際、試合を止めないレフェリーに抗議の視線を送っているのを確認できる。
意識を失った辰吉がゆっくりと倒れる際にウィラポンが後ろに回り込み、急いで背中に手を回して後頭部をマットに打つのを防いでいる。
日本ボクシング中継史上最大の名場面だが、ちょっとしか映っていない。
なぜならそのときTVカメラは関係ないところを映していたからだ。大失態である。
前回と同じように、リング上で辰吉は必要以上にウィラポンを称えた。ウィラポンに抱えられ健闘を称えられそうになると
嫌がって、「俺はもうNO,1じゃない。お前がNO,1だ」などと、妙にTVカメラを意識した発言が飛び出す。
一回リングアウトして、帰るのか?と思ったらまたリングインして
再度ウィラポンを同じように称える。これは当時の筆者には奇異に映った。が、今考えると、これはリングアウトした瞬間に意識が戻ったのだと考えられる。
頭にダメージを沢山負った後は、5秒前の行動も記憶から消えることが断続的に起こるのだ。「これから出番だよな。…えっ、終わったの?」とか「あれ、ここはどこだったっけ」など。
…これは経験したものでなければわかるまい。
試合後、記者会見会場がセットされており、そこで引退会見が開かれる予定であった。
記者が待ち受けるが、辰吉陣営は控え室で取材陣を締め出し、必死に辰吉を「説得」していた。そんな中、
「何のパンチでやられたん?」
「オレ、立ってたやん。なんで止められた?」
と言うのを、近くにあったTVマイクが拾ってしまい、実は辰吉、負けに納得がいっていないということが、全国にバレてしまった。
確かに、辰吉ほど奔放な人でも、さすがにリング上ででんぐり返ることはできないよなあ…。
あの状況じゃ、いくら記憶を失くしてたとしても、自分がKOされたことは想像がつくし。
その画面のまま放送終了時間となり、中継はグダグダのまま終了した。
…辰吉はスポーツマンシップの男だと思っていたが、実はそうじゃないかもしれない。最近、再度この映像を見て、何とも言えない気分になった。
世間の(=TV局の)期待を背負った辰吉。奇跡を起こしてきたヒーロー。それが王座に返り咲くための舞台。
レフェリーはそんな環境に逆らえるだろうか?止めようにもとめられなかったのかもしれない。
辰吉は皮肉にもウィラポンに命を救われたのである。意識が戻った後でこの事を知った辰吉は一体どんな気持ちになったのだろうか?
おそらく筆者の想像の及ぶところではないだろう。
畑山が執筆した、自画自賛に満ちた自伝の中であっても、ラクバ・シンにKO負けした試合については全くといって良いほど触れないのが良い例だが、
己が負けた試合を語りたがらない元チャンピオンは多い。この試合を思うとき、リアルに納得する。
負けた瞬間からその後の一生に亘って、試合前のビッグマウスに対して津波のような後悔が襲ってくることだろう。
それも思い出すたびに。
一方、ウィラポンにとって、試合は「生活」つまり生きることそのものである。
近年一時的にカムバックしたようだが、40歳前後でブランク期間でも現役選手以上の練習をしていたという証言を聞く。
ウィラポンが日々行う練習は、競技に対する思いが並レベルの選手では到底かなわない質のものなのである。
あれから辰吉は確かにそれまで以上に熱心に練習したかもしれない。だが単純に追いつけるものではなかった。それだけのことである。当然、才能による差も含めるが…。
ボクサーとしての老いか。28歳。確かにもう引退の年齢である。それを31歳のウィラポンに思い知らされることになるとは重ねて皮肉なものであった。
そういうドラマも含めて、ボクサー辰吉の歩みは、筆者にとって大きいものである。それはもちろん、今と違ってTVでしか中継を見られなかった当時、一番多く中継された、注目選手だったからなのだが。
「そんなん全部、メディアが作り出した幻じゃ!」
そんな声にならない叫びを、今も現役に拘る当人は我々に向けて発しているような気がする。
考え過ぎだろうか。彼の中では、燃え尽きることができなかったのか??
だとしたらなぜだ!?「カリスマ」とは、それを感じるファンにとっても、それを感じさせる当人にとっても諸刃の剣なのかもしれない。