先日の深夜、たまたま観たテレビ番組がありました。


夜の街中で、人々に、眠れぬ悩みがあるかを街頭インタビューしている番組でした。


ある女性は、離れて暮らしていた父親を孤独死で亡くしてしまったと語っていました。

そして、眠れないのは、眠る自分が許せないからだと、、、

悲しくても普通に寝て、食べて、普通の生活を送っていく自分が許せない、

徐々に父親の死を忘れていくことが許せないと語っていました。


番組のスタジオゲストには、宇宙飛行士の野口聡一さんが出演されていました。

そのインタビューVTRを観て語った野口さんの言葉に、深く深く共感しました。


「死に関する悩みは、乗り越えなくてもいい。それを大事にして心に留めて、その苦しみ悲しみと共存し、同居したまま生きていく」



わたしも、数年前、遠く離れて暮らす親族を突然亡くしました。


その一報を聞いた時は、すぐには信じられず、「何故?」が頭の中をグルグルしてなかなか受け容れることができませんでした。


そして、「もっと連絡を取っていれば、何かできたかもしれない」と後悔がわいてきました。


故人に想いを馳せながら遺品整理をしていると、ふとこんな想いがやってきました。


「天災や事故、そして自ら命を絶つなど、人から見て悲しい旅立ち方だったとしても、その人が立派に一生懸命に生きた、その人の人生が素晴らしかったことになんら変わりはない!!」


壁にぶつかったり悩んだり、つらいことや悔しいこともあったでしょう。

そして、恋をしたり、友情を育んだり、青春の1ページもあったでしょう。


そうした泣いたり笑ったりの、一人ひとりの人生が、とてもとても愛おしくて仕方がない感情がわいてきたことを覚えています。


道ゆく見知らぬ人に対しても、みんな一生懸命生きているんだなと、どうか幸せであれと願ってしまいました。


ふと、「あー、神さまと呼ばれる創造の源は、いつもこんな目でわたしたちを見守ってくれているのかもしれない」と胸が温かくありがたくなりました。


道をすれ違った女の子たちが、姉妹なのでしょうか、口げんかをしていました。


そんな日常のありふれた瞬間も、けんかできることでさえも、本当は宝のような瞬間なのだなと気づきました。


そして、大切な存在を亡くしたこの悲しみも、後悔も、痛みも、自分の一部として大切にハグして抱きしめて生きよう、そう強く想いました。


すると、その時

「そうすることで、その涙は真珠に育つよ。人生で経験するすべての瞬間が、宝物だよ」と内側から聞こえてきました。

とても、胸が温かくなったことを思い出しました。


この言葉が、どうか、必要な方の元に届きますようにピンク薔薇