ちょっと余談が入りますが、
1月17日って皆さんご存知とおり
阪神淡路大震災が起こったときですよね。
そのときちょうど入院していたときなんですよ。
地震が起きる前に
何故か目が覚めたんですよ。
なんでやろぉ~って
ずっと天井を見ていたら
いきなり
ガタガタガタガタ
って揺れだしたんですよ!
私が入院していた階って5階ですよ!
でもまぁすぐ納まるやろぉって思っていても
なかなか納まらなかったんですね!
これやばいんちゃん!って思っても
点滴は首から24時間繋がりっぱなしだったし
動けるような状態じゃなかったんでこのまま耐えるしかなかったんですよ。
でも何事も起こらなくてよかったです。
周りの人たちは
揺れだしてから目を覚ましたみたいで
「地震じゃぁ~」
って言っていましたけど
誰一人病室から出ませんでした^^;
テレビつけたら地震情報をしていて
神戸のほうは軒並み震度7や6でしたから
驚いたのを覚えています。
ここから本編です↓
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2月に入り
待ちに待った退院の日が近づいてきた。
段々と気持ちも高まる。
夜になると
「後2日」
とか秒読みしていたんですよね。
そして・・・
退院の日当日
長いこと病院生活だったため免疫機能が落ちていることも考え
親がまたまた服を買ってくれていた。
その服を身にまといいざ退院!
病院の主と化していた私は
いろんな看護師さんやら医者に
おめでとうと言われた。
おめでとうも何も病気は治っていないんですけどね・・・(‐”‐;) ムー
そして病院の外へ出た私は
大きく息を吸ってゆっくり吐いた。
長かった入院生活。
息ができなくなったり
死に掛けたり、
父の言葉に涙流したり、
みんなに感謝したり
手紙もらってうれしかったこと
うどんおいしかったこと
親は
目を真っ赤に腫らしたり、
息子の下の世話をしたり、
病室で一緒にめしを食ったり
息子のためにCDコンポ買ったり
医者に怒ったり、
ほんといろいろあったなぁ~
と一瞬にしていろんな場面が脳裏に蘇ってきた。
もう絶対ここには戻ってこない!
と誓ったのだった。
そうこのときは・・・
家に戻った
私の体調は言うと
相変わらずの体調。。。
トイレに10回以上は駆け込んでいた。
退院して最初の登校。
何より一番つらいのは
授業中に行くトイレ!!
これはつらい!
中学生の時ってなんでトイレに行くのって恥ずかしいんですかねぁ~~~
(‐”‐;) ムー
先生からは行ってもいいからと言われているものの
やっぱり手をあげづらい・・・
けどこのまま我慢して漏らすのは・・・
意を決して手をあげた
「先生トイレ行っていいですか!」
恥ずかしい・・・
けどみんなわかってくれていた
このみんなの協力があったからこそ
今の自分があるんだと思っている。
次は中学3年
親と担任が話し合って
担任と学年主任が話し合って
私は2年生と同じ担任にしてくれた。
この中学3年が波乱万丈の時期である。。。
つづく
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