ほっこり小説 -3ページ目

ほっこり小説

あなたの心に勝手に寄り添います^^

近々、系列の介護施設に新入職員が入職するとのことで、ウチの施設の役割を説明してほしいとの話を受けて自分なりに参考資料とか見ながらまとめてみました^^

現在、介護保険を利用せずに自宅で身内の介護をされている方やその家族のみなさんなどなど、興味のある方は目を通してみてください。おそらく分かりづらい文章なうえに専門用語も入っているので疑問符だらけになるかもしれませんが、ご質問はコメントでお答えしますねf^_^;

ちなみにこれからお伝えする内容は、仕事のほんの一部です^^;



短期入所生活介護施設(ショートステイ)とは 



①在宅介護の延長サービスとしての位置づけ。
・1泊2日から利用対応可能。食事・入浴・排泄等、生活全般の介護や看護を中心として提供する場所。
・ドア1枚で区切られているだけの開放的で、ご家族も面会にも来やすく、職員との距離が近い環境であるという反面、いかにご家族の要望や苦情を受け入れ、柔軟に対応していけるかが問われる場所。
・たとえば日頃から利用されていた方が入院し、本日退院となったが自宅での介護が困難な場合。老健施設は診療情報や看護サマリーなどの情報の他、入所の受け入れができるかどうかを医師の判断のもとで検討する必要が出てくるが、ショートステイの場合は治療の必要がなく空床がある以上はある程度受け入れる方向で考えていく。

※当施設を利用したことがない方であればしっかりした情報がなければ当日の受け入れも難しくなる。

②老健施設に併設されている当施設の場合、どうしても老健と比較されることが多い。
・受け入れる利用者の人数が20名弱と少数な分、より丁寧で手厚いサービスを心がける必要がある。
・良質なケアと少人数での介護・看護にあたるので、いかに効率的に業務に当たれるかが求められる。

③どんな時にショートステイは利用されるのか。
A ご家族が利用したい場合
・介護疲れがある。
・今までは自宅で介護してきたが(認知症の出現やADL低下等により)大変になってきたので定期 的にショートステイでお願いしたい。
・休日にゆっくり休めない。自分の用事ができない。旅行に行きたくても行けない。
・デイサービス、デイケアサービスに行っているが、朝夕の送り出しと帰宅時間に合わせることで時間的な制限が出てきてしまう。

B ご本人が利用したい場合
・主で介護している家族への気兼ねから。
・主で介護している家族の対応に不満・不安がある。(肉体的・精神的)暴力を振るわれる。
・一人暮らしで生活できていたが体調を崩してからは生活がままならない。

C ケアマネージャーから勧められる場合

④ご家族、ご本人双方にとってショートステイを定期的に利用したいと思っていただくために。
・「施設とご家族との信頼関係」「施設とご本人との信頼関係」が大事。
 利用者ご本人にまた来たいと思って頂けるような環境作り、施設職員との利用中の遣り取りも重要。第一印象が悪いとその後の利用がないことも。
・ご家族の中には、自分の身内を施設に預けてしまったという、うしろめたさを感じている方もいるので、その不安を払拭できるような利用状況の報告ができるとリピーターに繋げられる。
・利用したご本人からそのご家族へ「また利用したい」と言って頂けるように、施設の一日の流れに沿った中にもご本人の体調や気分に合わせた環境作りが大切。
・入浴していただく曜日設定や受診の付き添いの有無、利用料金、提供する食事の種類や療養食の有無、送迎の時間帯など、ご家族と施設側で食い違いになりやすい場面は、事前に相談員やケアマネからご家族に伝えておく必要がある。

⑤トラブルが起こった時の早期対応、早期解決が大切。
・衣類や生活雑貨類を紛失した時の早期発見、早期対応。すぐに見つからなくても一生懸命探しているという姿勢を見せる。
・転倒、転落による骨折事故への早期対応。
・急変時の早期対応。併設病院への受診。ご家族への連絡。→事前に急変時の対応病院をご家族と相談。

⑥家族の不信はどのようにして生まれるかを理解しておく。
・介護上のミス等があった場合、スタッフが素直に謝らず、言い訳をしてしまう。
・説明が不十分。
・スタッフが施設側の言い分だけを説明し、家族の事情を聞こうとしない(汲み取らない)。
・トラブルにつきものなのが記録不足。何でも記録しておくことが重要。

⑦その他。
・委員会(ヒヤリハット委員会、接遇向上委員会、感染症対策委員会、褥瘡委員会、身体拘束委員会)で定例会議を行ない、そこで協議した内容を全体会議で発表し、また各部署に持ち帰ってマニュアルの作成などに反映させる。

⑧最後に。
 併設のショートステイは「個」で成り立っているものではないため、トラブルの大小に関わらず、併設老健・病院、ケアマネ、ご家族への『報連相』が大切となっている。


ペタしてね
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スポーツ用品店の閉店セールにつられて、けっこう本気なアイゼンを買ってしまった。
ヨメの分もヽ(゜▽、゜)ノ

これで2月は氷瀑に行ってきます!


ペタしてね


第10章へ


 山本勝二は夢を見ていた。

空腹の勝二はコンビニで適当に弁当と新発売と書いてあるコーラを手にし、レジへと向かう。清算の時に財布から取り出したのは普通車運転免許証だった。
「これで支払いを頼むよ」試しに提示し支払う素振りをしてみたが、30代前半と思しき店員が唖然とした顔でこちらを見てくるので、渋々財布から硬貨数枚を取り出した。せっかく自分が見ている夢の中にいるのだから、免許証がキャッシュカードの役目をするくらいは大目にみてくれてもいいじゃないか。
「42円のおつりになります」
 あれ?さっき店員に渡した硬貨はいくらだったっけ?それすらも覚えていない。まぁいいか、夢だし。勝二は『不要なレシート入れ』の中に受け取ったレシートとともに42円のおつりを放り投げた。
またしても店員が唖然とする。レシート入れの左隣に募金箱があることに気付いていないのだろうか、と。

 コンビニの袋を振り回したい衝動を抑えながら、久しぶりに外に出た勝二は足のおもむくままに、ふらふら散歩でもして帰ろうと思っていたが、自動ドアの外に出ても一向に足がおもむいてくれない。
 困ったな。俺は自宅以外のどこに向かったらいいんだろう?これはただの夢の中なのに、空を飛んだり、透明人間になったり、日常では決して出来ないことをやったらいいのに、普段から部屋に閉じこもっているせいで、改めて活動意欲がないことを痛感する。唐突に不安という嘔気が空腹の胃を刺激し、食道まで込み上げそうになった。
 夕飯は何を食べようかなどと、昼飯用に買った弁当が入った袋をぶら下げながら考える。もう一度、道路の真ん中で所持金を確認しようと長財布のファスナーを開けたがやはり紙幣も見当たらず、出てきた紙は二つ折りにたたまれた1枚のレシートだけだった。
 いつどこで受け取ったレシートだろうと気になったが、さっきのコンビニで捨て忘れたものかもしれないと思い直した。

 突如として勝二は、8階建てマンションの屋上で街並みを見下ろしていた。どうやって管理人の目をかいくぐって上ってきたのかは覚えていない。しかし、突然風景がガラッと変わり、別の場所に佇んでいるという現象は、人が見る夢の中ではよくあることかもしれない。
 もしかしたらさっき、空を飛んでみたいという想いが強くなって、頭の中で高い所をイメージした結果、ここに瞬間移動してきたのかもしれない。
 自分の心の在り処が分からなかった。
自宅の部屋に閉じこもり、生きてここにろう城しているのか、死んでここにたどり着いたのか、しばらく頭を悩ませたりもする。
考えるのが面倒になると、もうひとりの自分が湧き出てきて突然怒りだし、椅子や机を投げ飛ばしたりする。そんな凶暴化したもうひとりの自分の衝動をいつも抑えることが出来ずに、さんざん暴れ回り、体力が尽きた後でひどく落ち込むことになる。
 テレビやパソコンなどの音が鳴るたぐいのものはすべて壊してしまった。なぜならその音に混じって他人の声が聞こえてくるから。他人の声は時に勝二をけなし、さげすみ、そして、時には褒めちぎったりもした。
 外部との接触を断ち切ったはずなのに、他人の声は勝二の耳に居座りつづけた。
 食事は腹が空くと摂った。初めのうちは毒が入っている気がして、手をつけることはなかったが、空腹に耐えかねて食べることにした。トイレも行ったし、風呂も入った。いつも潔癖なくらいに身体を洗った。部屋を出た対面にユニットバスがあったので夜中になると行動する癖がついた。ただし髭を剃るという行為はいつも失念していた。
 唯一、安心できる場所が夢の中だった。いつも寝て起きると夢の内容は覚えていないが、もし怖い夢を見たとしてもそれが現実に起こっていることではないということが分かっているだけで、安心感を得ることができた。しかしなかなか寝付くことはできず、それがまたイライラのもとになった。
 いま勝二はなぜか、夢の中にいることを認識している。ということは、目が覚めたらまたきっといつものごとく、全てを忘れてしまうのだろう。

 夢の中とはいえ、マンションの屋上までどうやって上がってきたのか。心なしか息が上がっている。エレベーターがあるはずだと思って引き返そうとすると、故障中という張り紙が貼られていた。
(くそっ。そうだ、階段で降りるのは面倒だからいっそのこと飛び降りてしまおう)
 屋上のフェンスに手をかけ、よじ登ると突風に体が煽られた。しかし構わずよじ登り、フェンスの向こう側へ両足を下ろした。わずかだが15cm程度の足の踏み場がある。足の踏み場もないほど汚れているオレの部屋よりよっぽど歩きやすいなと、苦笑いするだけの余裕があった。
 ふと視界に何かが映った。と同時に、勝二は両足を勢いよく蹴ってその身を投げ出した。

 勢いよく身を投じた先には、真新しく増設されたと思われる螺旋階段があった。勝二は螺旋階段の踊り場に何かが横たわっている影を見て、屋上のヘリからその距離、数十cm離れた階段の手すりに右足を乗せる形で飛び移り、その反動を利用して踊り場へと体を受け身のように着地させた。
 この世界が夢の中の出来事である以上、無事に着地できたことに違和感を覚えることはない。しかしこれがもし夢だとしたら着地の際に自分の体を両足で支えた時に感じた痛みや痺れは何だったのか…。
 それもこれも目の前にいるコイツに聞けば分かるだろう。
「おい。今オレに話しかけてきたのはお前か?ここまで来られる訳がないだと?よくもそんなことが言えたな。どうだ!来てやったぞ!」「おい。ここは夢の中だろう?なのに何でオレはまだ足が痺れているんだ?」
 勝二は、横たわる影の頭をわし掴みにすると、その場でぶんぶんと振り回した。その影は抵抗することもなく、されるがままに両手足を上下左右に踊らせた。

 じつは家を出る数分前。部屋から手すりにつかまりながら階段を降りている時には、勝二の頭は明瞭に物事を考えることが出来ていた。山本家における自分の立ち位置でこそ、把握はできていないものの、かろうじて母親の正子の顔は思い出せたし、コンビニにご飯を買いに行くという目標もしっかりと設定できていた。
 しかし、コンビニまで来ると、徐々に頭の中にモヤがかかり始め、空腹感を満たすことへの願望だけが強く残り、やがて耳の中から無慈悲な言葉たちが勝二の脳内と心を支配していった。
 幻聴は勝二を死へ追いやろうとし、いつの間にかマンションの屋上に上がっていたのだった。
 そして夢の中と信じて飛び降りようと決断した直前で、屋上の程近くに設置されている階段に落ちていた小さなぬいぐるみが勝二に話しかけてきたのだった(もちろん幻聴だったが)。
 そのマンションは8階建てだったため、落ちれば命の保障はなかった。だから階段にかろうじて体を着地させられたことは、命知らずな行動が思い切りの良さとなり、たまたま偶然が重なって落下しなかっただけに過ぎなかった。
 頭をわし掴みにされながら勝二に話しかけてきたのは、クマのぬいぐるみだった。

『勝二よ。おぬしは5分後もここでわしの話し相手を務めるのだ』
「だから。そういうのはいいって」
『では何故わしの話に耳を傾けるのだ?何故この屋上から飛び降りるのを踏みとどまったのだ?』
「それは特に理由なんかないさ。ただ、珍しくオレに話しかけてくるやつがいたから、どんな奴なのか顔を見ておきたかっただけ」
 さっきまで「オレの質問に答えてもらう」と言っていたことを、すっかり忘れてしまったかのような口調だった。
『…ではわしの顔を確認したらまたこの階段を上がって屋上から飛び降りようというのか?』
「さあ、どうかな。さっきはそんな気分だっただけかもしれない。オレには生き甲斐もなければ、死に甲斐もないからね」
 勝二は階段の欄干を背にして、背中を思い切り反らした。その瞬間、立ちくらみのような軽いめまいに襲われたが、すぐに見下ろした地上の植え込みに焦点を合わせられた。
『何も覚えておらんのだな。仕方のないことだ。おぬしは病気になってしまったのだから』
「病気?このオレが?そんなことあるはずがない。現にこうして屋上まで上がってくることだって出来るっていうのに。とは言ってもこれは夢の中だもんな。説得力はないか。いや待てよ。オレはクマのツラをしたぬいぐるみ相手に何を説得しようっていうんだ?」
 最後は自分自身に言い聞かせるような口ぶりだった。
『出たな、いつもの独り言が』
「なんだと?」
『だから病気になってからのおぬしは、いつもそうやってブツブツと独り言を呟くようになったと言っておるのだ』
「オレは病気なんかじゃない!」
 勝二は腰をかがめると足元で自分を見上げるぬいぐるみの頭をわし掴みにし、今度は階段下の植え込みに向かって勢いよく投げつけた。
しかし『そんなことをしても無駄だ』すぐに足元から声が聞こえたので、飛び上がるほど驚いた。
「なんで?いま下に投げつけたはずなのに…?」
『わしはおぬしが作り上げた幻覚なのだ。そんなに簡単に消えてなくなりはしない』
「幻覚?」
『そうだ。わしが実体のない幻覚だということは、この会話そのものがおぬしの幻聴ということになる。幻聴が聞こえているということはつまり、おぬしがいま見ているのは夢などではない。すべてが現実だということだ。良いことを教えてやろう。おぬしは病気になってから今までの間、ひとりで相撲をとっているのだ』
「なんだって?そんなことあるわけがないだろう!」
 今度は荒々しくぬいぐるみを何度も踏みつける。その度に靴で鉄骨製の階段を打ち鳴らす音だけが虚しく響いた。『無駄だということがわからんのか』
 空の一点を見上げる。やけに青い。太陽がまだ頭のてっぺんにあった。太陽に焼かれて消滅してしまいたかった。
(…ああ、そうか。これが現実なら消滅することは叶わないのか)

『これからおぬしはある幻覚を目の当たりにすることになるだろう』
 勝二が何度も踏みつけてボロボロになったはずのぬいぐるみは、相変わらず目元だけを黒くさせたパンダのようなクマだった。
『これからある人物がこの屋上に現れる。それはよく知っている者だ。間もなくその人物はおぬしの存在に気付かぬまま、この屋上から飛び降りることになる。しかしもう一度言っておくが、これは幻覚なのだから助ける必要はないし、ましてや助けようにもその者はおぬしが必死に手を伸ばしても届かない場所から飛び降りることになっておるから、ただ黙ってそこで見ておけ。それにおぬしが無駄にその人物を助けようと下手な正義感で行動に移そうものなら、今度は現実に自分の命が危うくなることを肝に銘じておくがよい』
「そんな…!なんでそんな幻覚を俺に見せようっていうんだ」
『それはおぬしが死について甘く見ておるからだ。死への恐怖をおぬしはまだ知らんのだろう』
 つまり、幻覚を追いかけて屋上から足を踏み外せば、今度こそ自分がその場から落ちるってことだろう。しかしなぜこのぬいぐるみは、こんな勿体をつけた説明をするのだろう。
 程なくして、屋上に現れたその悲壮な横顔は、螺旋階段から遠目にみても勝二のよく知る女性に似ていた。
 その女性はただ一点を見つめ、真っ直ぐにフェンスの下までやってくると、その場で履いていたヒールを脱ぎ捨て、金網をよじ登りはじめた。
「ま、待って…」声が掠れて自分が思ったほどの声が出ない。「待ってよ!」
『無駄だ。その女は助からないし、おぬしの声も届くことはない』
 ぬいぐるみの冷徹な声は勝二の絞り出そうとする喉元を切り裂くかのようだった。
 勝二は階段の欄干に両手を着けた反動を使い、強引に右足のつま先を欄干に乗せると今度は右足に全荷重をかけ、その身を押し上げた。
 階段の欄干に立ち登った勝二はしかし、何も掴まるものがない上に、北風に背中を煽られ身体が前後に揺らいだ。なにか耳元で声がしたかと思ったら、思わず恐怖で発した自分の悲鳴だった。『バカな!死ぬ気か!』今度は後方でぬいぐるみの声がした。
(死ぬ気?そうじゃない)
返事をする余裕はなかったが、自分の目の前で起こっていることが幻覚であることとは到底思えなかった。
 フェンスの外側に両足を着いた女性は、決して天国には続かないアスファルトの元へ、何のためらいもなくその身を投げた。
『言った通りだろう。おぬしは無力…』ぬいぐるみが言い終わるよりも先に、勝二は階段の欄干をつま先で蹴っていた。
 真っ逆さまに落ちるその女性目がけて、勝二は空中で両手を差し出した。『バカな!』頭上から声が聞こえた。
 浮遊感はなかった。落下するスピードはスローモーションに感じるどころか、速度を増していくのがわかった。それでもアスファルトに叩きつけられるよりも先に、勝二は女性を抱きしめた。
女性が飛び降りる直前に、顔の輪郭だけではなく身長から髪型までしっかりと確認することが出来ていた。
 自分の母親だと思っていたその女性は、正子とは対照的に髪が長く、体型はやや細身で下はグレーのジーンズ姿で靴はフェンスを上るために脱いでいたが、足元から黒系のストッキングが見えた。トップスは白のゆったりしたロングTシャツを着ている。年の頃は30前後といったところか。とはいえ勝二が階段の欄干を蹴り、その身を宙に投げ出した時には、見ず知らずの女だということだけは分かった。
 地面に叩きつけられるよりも先に抱きしめたからといって、ふたりが助かる方法はなかった。それでも勝二は落下する間に自分がその女性の下になり、少しでも叩きつけられる衝撃をやわらげようと、空中でもがいた。いっしょに飛び降りてしまった以上、自分の命と引き換えにしてでも彼女を助けたかった。このろくでもない人生の救いが欲しかった。

 屋上から飛び降りてから何秒で地面に叩きつけられるのか。経験したことはないが、命を絶つほどの痛みはきっと、何が起こったのか訳も分からないまま一瞬のうちに終わるのだろう。
 しかしながら痛みはおろか、予想している衝撃がいつまで経ってもやってこない。
 ここはどこだ?落下しているのか?それとも空を昇っているのか?そして俺が抱きしめているひとはいったい誰なんだ?
 すると勝二の腕の中から声が聞こえてきた。「…ありがとう」
 はじめは小さな声で聞き取りづらかったが、次第にその声は勝二に明瞭に届いた。
「助けられるはずがないって分かっているのに助けに来てくれてありがとう」
「アタシがあなたのお母さんじゃないって分かっていながら助けに来てくれてありがとう」
 そして最後に、
「何度も何度も助けに来てくれてありがとう」そう言うと、勝二の腕の中から姿を消してしまった。
 気が付くと勝二は自分の部屋の中にいた。びっくりするぐらいの大量の汗をかいていた。
 そしてベッドの下には見覚えのあるぬいぐるみが落ちていた。何が現実で何が夢なのか、わからないままだった。

 その後も勝二は幻覚症状に悩まされていた。
 幻覚とはいっても、当の本人からしてみればその幻覚こそが現実そのものでしかない。だから母親の正子が部屋の前まで食事を持ってきて、扉の前でドクロのマークが描かれた紫色の液体が入ったビンを味噌汁の中に注ぎ込んでいる映像が見えたり、以前勤めていた会社の上司が部屋の窓近くの電柱によじ登って、カーテン越しに様子を覗き込んでいる姿が見えたりするものだから、その都度食事に手をつけなかったり、部屋の中をほふく前進で生活したりと、体も精神状態も休まる日はなかった。
果たして俺は自分の意思で動いているのか、それとも第3者の意志の働きかけによって操り人形のごとく動かされているのか、そんなことばかり考えた。
 しかしあのぬいぐるみと会話をした日をきっかけに、勝二の中にひとつの疑問が生じたことも確かだった。
 もしかして俺は本当に病気なのか?その疑問は日に日に大きく膨らんでいったが、幻覚や幻聴を現実のものとして認識している限り、自分の症状を客観的に見ることはできず、イライラする気持ちだけが募り、部屋の家具や壁に抑えようのない衝動を当り散らした。

 それは自分の人生そのものに疑心暗鬼になりはじめたある日の夜のことだった。
 正確な日付は憶えていないが、いつものように母親の正子が夕食をトレイに乗せ、勝二の部屋まで運んできた気配がしたため、しばらく経ってから人気がなくなったことを確認した後にドアを開け食事を部屋の中へ引きずり込んだ時のこと。いつもの食器に混じって、手作りと思われる小袋がトレイに乗っているのに気付いた。
 小袋を開けると、正子の字で「お薬を飲んでください」と書かれ、いっしょに錠剤が4錠入っていた。
 その薬は、ハルミ自身が病気であると偽って、精神科で処方を受けた薬であった。
追い詰められた正子が助けを求めた相手が、元恋人であるハルミであったとしても、非を責められるはずもない。ハルミが知恵を絞って、薬を処方してもらった経緯も、思いやりが高じて取った行動である。しかし、ふたりには病気や薬に対しての知識がなさ過ぎた。
 勝二が薬を飲んでも飲まなくても、この際関係なかった。
薬の存在こそが勝二の大きな混乱の要因となったことに、その時は正子も、そしてハルミも気付く由はなかった。
トレイに乗せられた食事と一緒に添えられた錠剤が、勝二には毒薬にしか見えなかった。「お薬を飲んでください」という小さな10文字が勝二の視界に入ることはあっても、頭で理解することは不可能だった。
 何も言えないまでも、母親の正子に迷惑を掛け続けていることは常に実感していた。それでも親子関係が破綻するまでには至っていないという確信もあった。母親はまだこんな俺でも生きて欲しいと思ってくれている。その自己暗示こそが、勝二の心の拠り所でもあった。その拠り所としていた自己暗示は、4粒の錠剤によってあっけなく解けた。
 立ちつくすことも出来なかった。全身の力が抜け、その場にうずくまった。
母親は少しでも今の病状が良くなればと思い、ハルミを介して精神安定剤を手に入れたが、病気だと思ってもみない息子からしたら、病気の宣告を通り越して最終宣告を受けたことと相違なかった。すべては日頃の親子間のコミュニケーション不足が仇となった結果、起きた不幸な勘違いだった。
 その日からというもの、4粒の錠剤は毎回食事のトレイに乗せられるようになった。

 その晩はいつにも増して、眠りに落ちることができなかった。破れたカーテン越しに満月が部屋を照らしている。窓は開けなかったが外気は透き通るほどに冷えているだろう。
時間はいつもより緩やかに過ぎていった。朝方4時をまわった頃。勝二はおもむろにベッドから起き上がり、母親によって用意された毒薬を空っぽの胃に押し込んだ。薬はなかなか喉を通り過ぎてはくれなかった。近くにあるペットボトルに残っていた水を流し込むと同時にとめどなく涙が溢れ出てきた。布団をかぶり、自分の泣き声が下の階に聞こえないようにするのがやっとだった。悲しくて、情けなくてしょうがなかった。こんな人生の終わり方があるのかと、何度も自問自答した。
 両手が小刻みに震えている。涙は止まらないのに意識だけはだんだん遠のいていく。自分がこの世から消えることで母親も苦しまずに済むのだと思うと少しだけ救われる思いだった。




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第12章へつづく。




いま書いている最中の小説を更新したいと思っているんですが、前回更新した「絵のない絵本」シリーズをあと1本だけ、調子に乗って更新してみたいと思います♪
では、どぞ^^





 裁縫箱の奥のそのまた奥に、年季の入った1本のハサミがありました。

 古きよき時代のこと。
ハサミはあらゆる舞台において躍動し、触れるものすべてを思いのままに形を変えることができる彼女の技術はまたたく間に評判となり、裁断される側もまた、新たな命を吹き込まれる喜びと共に心を躍らせたものでした。
文字通り、未来は自分の手で切り開いてきました―――。



 ある日、まだ年端のいかない理美容ハサミが、錆びながら家に帰ってきました。
「おいどうした?まさか、職場でイジメにあっているのか?」
 心配性で子煩悩過ぎる父親の剪定ハサミにだけは錆び顔を見られたくなかったのに、出張が早まったとかで予定より1日早く帰ってきたらしく、とっさに顔を逸らしても隠し通すことができませんでした。

母親はともかく普段まともに口を聞くこともない父親に錆び顔を見られるのは、多感な年頃の理美容ハサミにとって恥ずかしいことのように思えました。

「やっぱり早すぎたんじゃないのか?」

 娘が階段を駆け上がり、裁縫箱の中へと閉じこもると、父親が料理ハサミの母に少しキツイ声で問い詰めているのが聞こえてきました。

「早すぎたって、どういうこと?」

「だから、理美容が世間に出るにはまだ早すぎだったんだよ。それなのに家長であるオレの反対を押し切って就職を決めちまったもんだからこういう事態になるんじゃねえか!」

「こういう事態って、理美容が錆びて帰ってきたことを言ってるの?」

「そうだよ、あいつはまだコドモなんだ。今は昔みたいに甘い世の中じゃあないんだよ。専門性を持って切らなきゃならねえ分、責任感がなけりゃやっていけないんだよ。まだそこらへんが分かってない世間知らずの娘を、オレたちが守ってやらなくてどうするんだ?」

 裁縫箱の中であたしは声を押し殺して錆びました。父親が過保護にならないくらいに強くなりたい、と錆びました。

 すると、裁縫箱の階下で『あのふたりにも困ったもんだよ、まったく』と、大きなため息とともに聞こえてきた声にびっくりして裁縫箱の下段をのぞき込みました。

『最近の親はコドモの錆び声だけに耳を傾けるものなのかね。何にだって錆びるには理由ってもんがあるだろうに』

 あたしがゆっくりと裁縫箱の奥を覗きこむと、年季が入って動きの悪くなった万能バサミの姿がありました。

「あ、あの…」

『おや?あんた初めまして、みたいな顔してるけどアタシャずっと前からあんたのことをこの中から見てたんだがね。アタシャ、あんたのひぃばぁちゃんだがね』

「え?あたしのひぃおばぁちゃん?」

 あたしが理美容ハサミとして命を与えられてからすでに3年が経とうとしているのに、それまで自分におばぁちゃんが居たことすら知らなかったなんて。

「ごめんなさい。あたしにひぃおばぁちゃんがいるだなんて知らずに…」

『そんなことはいいさね。アタシャしばらくの間、錆びついていたから口を開くのも久しぶりなんだ。少しばかりあんたといる時間を楽しませとくれよ。で―――?あんたにはあんたなりの泣いていた理由があんだろ?こんな錆びたばぁちゃんでよかったら話しておくれ』

 すると何故だかあたしは、ふだん両親にも友達にも言わない職場での出来事を話さずにはいられなくなって、うれしかったことやつらかったこと、それに今日あったナミダの理由まで、せきをきったように話し出していました。

『なるほどねぇ。あんたのナミダはアタシらの時代にはなかった悩みから来ているんだねぇ』

 ひぃばぁちゃんはしきりにうなずきながら、
『職場におけるあんたの仕事は、理美容ってくらいだから髪を切る専門なんだね?』

「うん」

『でも髪を切りに来たお客のコドモが退屈そうにしてたから、あんたは「髪」ではなく専門外の「紙」を切ってコドモを喜ばせようとした―――』

「うん」

『何の形に切ってあげたんだい?』

「動物のゾウを切ってあげたの」

『で、店長にでも怒られたのかい?』

「うん。お客さんが帰った後でものすごい剣幕で怒られたの。ハサミとしての誇りはないのか!って。で、あたしもそこで謝ればよかったんだけど、そんなものありませんって答えちゃって」

『バカだねぇ、この子は。そういうのをバカ正直っていうんだよ』
 そのくせ、ばぁちゃんはゾウの切り絵をもらったコドモとまったく同じ笑顔になってくれました。

『アタシが若いころだから昔むかしの話になるけどね、その頃はハサミといったら今の時代と違って1種類しかなかったもんさ。ほら、万能バサミってのはつまり何でもバサミってことさね。紙はもちろん、場合によっては針金だって切らなくちゃならない。刃こぼれしようがなんだろうが、アタシたちしかいないんだからそれこそ必死に切り続けてきたもんだよ』

 それでこんなに錆びついているのかと、あたしは思わずひぃおばぁちゃんの赤茶色のカラダを盗み見てしまいました。

『けれど時代は変わった。昔は職人が丹精込めてひとつひとつ手作りでこしらえてきたハサミも、今じゃ流れ作業で大量生産できるようになった。知らず知らずのうちに進化して各々が専門性を見出すようになってきた。じゃあ何かい?目の前に自分が切れるシロモノがあっても、専門外であれば切っちゃいけないって法律でもできたのかい?』

「そんなこと…」

『そうさ、そんな法律、だぁれも作っていないんだよ。それなのに専門性というプライドが邪魔をして、自由な発想がどんどん失われていくんだよ。それともうひとつ。ハサミの仕事の目的ってのは必ずしも切ることじゃないのよ』

「…え?」
 思いもよらない言葉でした。

『たとえば誰かと誰かの絆をもう1度つなげるために、アタシらは目の前にあるものを心を込めて形作ればいいのさ』『わかったかい、アンタら!』

「は、はいっ!」最後に飛ばした激は、あたしを心配して裁縫箱をのぞき込む両親に向かって言ったものでした。

 万能ハサミのひぃばぁちゃんは、年季の入った自分のカラダに付いたサビを、愛おしそうに眺めながら『ハサミとして生まれてきたからには、最初から最期まで自分を愛してやるこった』と、今度はあたしだけに笑いかけてくれました。その言葉は心に油をさしてくれました。

 ひぃばあちゃんは決して錆びてなんかいませんでした。
『断ち切るんじゃなくて作り出すのさ。目の前の誰かのために心を込めてね』

 ひぃばあちゃんが断ち切ったのは、あたしの中の迷いだけ。






おわり。



今回のお話は、同じくアメーバブログを書いている方が以前紹介されていた1曲のPVから流れる曲とその映像に触発されて書いたものです。
とはいっても紹介していたのは1年、いや2年前くらい?
触発されてからこのお話を書き上げるまでに時間がかかりましたが、ようやく陽の目を見ることができてホッとしています^^
では、ご覧ください。


追記:そしてこれがその曲です^^よろしければこの曲を聴きながらまた読んでみてください(・∀・)b





夕食を食べ終わり、テレビを見はじめて30分もすればあくびが出て、大きな黒目がトロンとしてくる。育ち盛り、遊び盛りの活発なひとり娘は、いまは父親のひざの上でヨダレを垂らしている。
「さてと。そろそろ寝かせに行ってくる」
「お願いね」
娘を抱え、階段を上がろうとする夫の背中に妻は洗い物をしながら「でも今夜もきっと、なかなか寝てくれないわよ」と、苦笑してみせた。
「最近はパパとお布団に寝そべるのが楽しみで寝たふりしてることもあるんだから」
「まさか」
腕の中でうとうとしている娘のからだはズッシリと重く、このまま朝まで寝てくれそうな気さえする。
2階を上がり転落防止のためのベビーゲートを閉め寝室のドアを開けると、娘の『はな』をゆっくりと布団の上に寝かせた。
するとすぐに「ねぇパパ。今日はどんな絵本をよんでくれるの?」と、はなのワクワクした顔がこちらを見上げてきたのだった。
「わ!!」
「ねぇ、絵本!絵本のじかんだよ」
(やっぱり父親は母親には敵わないんだな。ま、それ以上に娘にはかなわないんだけど)
ついにわが娘は、嘘泣きにつづいて嘘寝まで体得してしまったようだ。
「ねぇ、え・ほ・ん!」
こうなっては仕方ない。父親は観念することにした。仕事で遅くなる時はそらの寝顔しか見られない。妻にはあまり甘やかさないようにと怒られることもあったが、娘と一緒にいられる時間は大切にしたかった。
「じゃあ、はなは何を読んで欲しい?この前はたしか『桃太郎』を読んだよな」
「うん。そうだよ」
「でもいつもはなは、桃太郎が猿と犬とキジをお供に連れて鬼が島に鬼を退治しに行こうとすると眠っちゃうんだよなぁ」
「だって。ねむいんだもん!」
そこはやはり5歳児。娘の小さくて可愛い寝息はこちらまで眠くさせる。
「じゃあ、今日はこのまえのつづきから…」
「ヤダ!つづきなんか聞くのヤダ!だってそら、桃太郎のつづき知ってるもん。みんなで鬼を退治してお宝をうばいかえして村で平和に暮らすんだもん!」
やれやれ、娘よ。そんな調子で昔話を話したら1分でめでたしめでたしになっちゃうよ。
「じゃあ今日はどんなお話がいいんだ?」
「えっとね、えっとね、いままではなが聞いたことのないやつがいい!そしたらはな、寝ないでちゃんと聞けるとおもうんだ」
いや、寝かせに来ているんだけど。と思いつつも隣で正座をしながらお尻を左右に振り続けている上機嫌の娘が可愛くて、父親は必死に頭の中の引き出しを開けてみた。
「そうだな。じゃあ、はなに聞かせたことのない昔話をしてあげよう」
「ホント?やったぁ!やったぁ!」布団を両手でぱん、ぱん、ぱん、ぱん。
「ちょっとまってて。ママー!マーマー!!」
え?なになに?なにごと?
「はいは~い、どうしたのぉ?」階下で妻の声が聞こえてきた。
「パパがね、パパがね、ぱぱぱぱぱぱがね!」
寝る前の昔話に、やたらとテンションの上がる愛娘。「しんさくの絵本をよんでくれるって!」
階段を駆け上がる妻の足音。
「はな独り占めはずるい!」薄明りの寝室で、布団の上で正座をしながらお尻を左右に振る娘と妻に向かって、父親はゆっくりとした口調で語り始める。
「絵本はここにはないんだ。絵本はパパの頭の中にある。題名は―――」



 そのロボットは、とある修理工場の片すみで生まれました。
 右腕はとても大きなホッチキス。左腕はトイレが詰まったときに使うスッポン、右あしには鉄パイプの先に取り付けられた錆びついたローラースケート、左あしは空高くまで飛び上がることのできるバネ、頭に取り付けられたのはこわれかけのラジオ、そして手とあしと頭を支える体は、たっぷりと水の入った真っ赤なドラム缶でできていました。

 修理工場でつくられたロボットに名前はありませんでした。けれどドラム缶のからだに乗ったラジオのスピーカーから時どきこぼれ出るおんがくが工場で働く者たちの疲れた心にしみたので、工場長が代表して、贈り物という意味を込めて『ギフト』と名付けました。

 修理工場で修理するものは主に、故障した電化製品や壊れた家具を手直しすることです。工場で生まれたギフトは、見よう見まねでまいにち朝から晩まで充電がなくなるまではたらきます。
 充電をしているのはギフトだけではありません。ここではたらくすべてのロボットが充電でうごくのです。ロボットたちは、太陽のひかりが出ているかぎりうごきます。
  そのため曇りの日はほとんどはたらくことができず、雨や雪の日は指いっぽんぶんもからだをうごかすことができないときはガラクタのような気分になります。

 太陽のひかりでうごくロボットがたくさんいる修理工場は、天井も床も右も左も、すべてがガラスばりになっています。春や秋の太陽は優しくかれらを照らしてくれますが、夏の太陽はときどきからだの一部を溶かしてしまうことがあります。それでもかれらは文句ひとつ言わずにはたらきます。なぜならロボットだから痛みを感じないのです。ギフトも先輩ロボットにならって、くる日もくる日もいっしょうけんめいうごきました。
 けれどちいさな修理工場はちかくにおおきな工場ができるとたちまち仕事がなくなり、いままではたらいていたロボットはすこしずつ減り、そしてついには工場長とギフトだけが残りました。
工場長はギフトにむかって言いました。
「とうとうふたりきりになってしまったなぁ。しごともなくなったし、時代おくれの修理工場は閉鎖するしかないのかなぁ」
 雨の降る日に話しかけられたギフトはうごくこともかなわず、工場長に降り注ぐ苦労をさえぎる傘になることはできませんでした。
かんがえてみればだれかの役にたったことはありませんでした。それでも工場長だけはギフトをそばにおいて、しごとの合間にこわれかけのラジオからいつ流れるともわからないおんがくに耳をすませてくれたのでした。




娘も妻も耳を澄ませて聞いている。
さっきまで眠そうだった目が、いまは大きく見開かれている。

 

工場長からはたくさんのことをおしえてもらいました。たのしいときはわらい、かなしいときは泣く。よく晴れた日はためいきじゃなく、ふかく息をすいこんではきだすと心がかるくなる。でも、たのしいというきもちもかなしいというかんじょうも、よくわかりませんでした。

「おれのさいごの頼みをきいてくれないか」
あくる日、工場長はギフトにうまれてはじめて役割をくれました。
「おまえにしか頼めない」
そのことばに、何だかからだがぞくぞくしました。
「もう20年以上あっていない、とおく離れたははおやに、おれのきもちをつたえてきてほしいんだ」
きょうは晴れていたのでからだはおもうようにうごいてくれました。ギフトは工場長の頼みをこうどうにうつしました。

工場長のははおやに会いにいくとちゅうで、ギフトの右あしに付いていたローラースケートはいつのまにか外れ、空高くまで飛び上がることのできる左あしのバネは右あしの重心をうしなったことで目的とちがう方向にばかり飛びはねて、おもうようにすすむことができません。
太陽が雲にかくれるとうごきがにぶくなり、雨がふっては立ち止まること1週間。きがつくと両手はなくなり、真っ赤なボディが自慢だったそのドラム缶にはおおきな穴があき、中に入っていた水はすべて流れ出てしまいました。
ギフトにのこされたからだは、バネが伸びきってもう飛び上がることのできない左あしと、おおきな穴のあいたからだ。そしていつ壊れるともわからないラジオでできた頭だけ。
それでもどうにか工場長のははおやのいえの前までやってきたギフトはもうすでにここへ来たりゆうをわすれてしまいました。

家の外で物音がしたのをききつけ、工場長のははおやが玄関をあけると、そこにはドラム缶のからだについていたあたまが転がり落ちたせいで、ただのふるびたラジオにしか目をとめることができませんでした。

年老いたははおやは玄関の前におかれたラジオを手にとりましたが、スイッチをおしても、音量をあげても、音がなるようすはありませんでした。
ははおやはあきらめてラジオをじめんに置くと、そのとたんに音楽がなりはじめました。

それは工場長とははおやのだいすきな音楽でした。
たった1曲だけの演奏がおわると、こんどこそラジオは口をとざしました。
ははおやは息子からのギフトをだきしめながらおおきな声をあげて泣きました。



「…パパ、ママ」
「なんだい、はな」
「ぎゅってして」
「いいよ」

「おやすみ、はな」
「おやすみなさい」


おわり。

 
絵のない絵本シリーズ
今回は隣の県にある埼玉県の奥秩父にある丸神の滝というところに行ってきました。

隣の県とはいえ、思ったより遠かった。往復で4時間くらいでしょうか。
どこの滝でもやっぱり山中にありますから。
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道も山中も途中から凍っていました。

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そして…、滝下へ!
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2015年一発目となる恒例のあれ、いきます!
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この丸神の滝は埼玉県で唯一、日本の滝百選に選ばれているとのことで、かなりの見応えでしたよ(*ノε` )σ
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では、最後に動画をご覧あれ!




第9章へ



 坂本ハルミの口から『山本勝二』の名前を聞く前に、まずは偽薬師としての本分を伝えようと思ったのかもしれない。
 これまで私にも語ることのなかった内容を宇佐美は打ち明け始めた。
「はじめにまず知っていて欲しいのが、いま現在判明している病名は数ある病気の中のほんの一握りでしかない、ということです。つまりこうしている今もなお、まだ誰にも知られていない病によって苦しんでいる人がいるということ。そして僕も坂本さんも、石川さんも、これから先ありとあらゆる病気に掛かる可能性を持っています。それは心身の健康状態に起因する部分もありますが、突然変異のように襲い掛かってくる病魔もいます」
 私とハルミを交互に見つめながら、熱く語る宇佐美に向かって、ふたりは黙って頷くしかなかった。
「では、その名もない病魔に襲われた人は、何の手立ても持てずに命を落とさなければならないのか―――。そこで立ち上がったのが『偽薬師』という新たな職種です。現在、偽薬師と名乗ることのできる者は世界に10人も満たない人数ではありますが、世界各地で活躍していると聞いています」
 世界各地?各地で活躍しているのなら、メディアを通じてニュースに取り上げられないはずはない。
ましてや医療界での最新ニュースならば、人々の目にも留まりやすいはずなのに…。私の中で疑問符がどんどん湧き出てくる。
「その偽薬師を創ったのは誰なの?」
 クライエントであるハルミをおろそかにするつもりはなかったが、さゆりはようやく偽薬師の実体を話しはじめた宇佐美の口元から目が離せなくなってしまった。
「偽薬師の創設者は、僕の父である宇佐美和彦です。そしてこの病院の理事長は父の盟友です。父はかつて、当院の理事長先生である島崎宗則氏と同じ研究をしていました」
 そうか。その関係で宇佐美はこの病院に勤務することになったのか。考えてみればさゆりにはじめて宇佐美を紹介したのは、島崎理事長だったではないか。

 宇佐美和彦と島崎宗則はかつて、同じ大学の研究所で主に薬理学の研究を行っていた。
今も昔も変わらず、あらゆる薬に言えることだが、難病と名のつくものの治療に使用される薬は、それ相応の副作用が付き物である。
和彦は島崎を伴って、まずは日本国内で現存する薬の副作用を制御するための研究に没頭するも、3年の間に早くも研究費が底をつき、程なくして断念することとなった。
 しかし、諦めの悪い性格が幸い(災い?)して、特別研究員として採用が決まると発想を転換して今度は治療に準じて到達する副作用の症状を統一化させる研究を開始した。
つまり、まずは副作用の存在を肯定した上で、抗がん剤やステロイド薬、または鎮痛剤などから想定されるあらゆる副作用の症状を、あるひとつの副作用へと統一させようと考えたのだ。
 周囲から見れば荒唐無稽な研究だったが、本人たちは大真面目だった。無論、研究費を捻出することも困難を極めた。それでも彼らの理想に共感を得た同志からの出資により、その研究は途中で頓挫することなく、10年の歳月を迎えた。
この10年で、彼らは何を発見し、何を得たのか。
 結論から言うと、成果は皆無に等しかった。そもそも今日、開発されている薬は副作用ありきで売り出されているのだ。もしも彼らが副作用の方程式を作り上げることができたとしても、未知なる病気の発見は今後も後を絶たないだろうし、そのために開発された新薬にまでその方程式が適応する保障はない。ついに副作用を福作用へ変換することは叶わなかった。
 しかし後に宇佐美和彦はこの研究の中で、今まで取り組んできた案件とは直接関係はないものの、今後の医学界における革命的な大発見につながるかもしれないひとつの仮説を立てることになる。
 それはいくつかの病原体遺伝子をナノレベルで解析していた時のことだった―――。

 ハルミと予定していた面談時間からすでに、40分を過ぎようとしていた。しかし誰も話を切り上げる素振りを見せなかった。それどころか、宇佐美の話にハルミもさゆりも、気付かないうちにのめり込んで行ったのだった。
「父の仮説は本来の研究内容とは違ったものの、今後の医学会を大きく揺るがすような発見である可能性を秘めていることに気持ちを昂ぶらせ、すぐに共同研究者である島崎氏に連絡を取りました。島崎氏は父の電話越しにも伝わる興奮した口調に、取るものもとりあえず自宅から駆けつけたそうです」

『いいか、島崎。落ち着いて聞いてくれ』
『なんだ、いったい。昨日から朝にかけてのたった数時間の間に、研究室で何があったって言うんだ?』
『実はな、多因子遺伝病患者の遺伝子の配列を見ていたんだが…』
『その患者は、両親とも保因者(遺伝病の原因となる遺伝子を持っている)なのか?』
『ああ、そうだ。劣性遺伝を引き継ぐ確率がもともと高かった患者だな』
『そうか。で、何か発見があったのか?』
「のちに島崎氏は、この時の父の発言を聞いて、この男と共に研究ができた日々を誇りに感じたそうです」
『…そうなんだ。実は昨夜の状態と見比べてみると、この遺伝子のひとつが、自分が発病していたことを忘れてしまったようなんだ!』
『何だって?』

「あの―――、そもそも劣性遺伝って、何なんですか?それと、多因子遺伝病…?」
 申し訳なさそうな顔でハルミが口を開いた。確かに、偽薬師の説明をする前に遺伝子の説明をするべきだ。正直なところ、さゆり自身も宇佐美の話にどこまでついていけるか、自信がなかった。
「ああ、すみません。早く説明をしたくて、話が飛びすぎました。えーと、劣性遺伝についてでしたね」
「はい」
「劣性遺伝を説明するには、優性遺伝についてもお話しておかなくてはならないんですが」
「ちょ、ちょっと待ってて。レコーダーを持ってくるから」
 さゆりは慌ててデスクの引き出しにあるレコーダーを持参した。これはもちろん仕事用のもので、優に1000時間を越えて録音することができるので重宝している。
「これでもし聞き逃してもまた確認ができるから安心してくださいね」
 さゆりはハルミに頷いてみせるとレコーダーのスイッチを押した。しかしそのレコーダーに宇佐美は過剰に反応する。
「いや、そんな録音するほどのことは僕も言えないですよ。聞き流すくらいで調度いい話です。遺伝子についての説明と言っても、偽薬師に関係するわずかな情報しかお伝えすることはできませんし…」
「いいから、いいから。とりあえず説明を受けてから私とハルミさんで判断させてもらって、わからないことはまた質問する。それでいいでしょ?」
「それならまぁいいでしょう。まずは優性遺伝と劣性遺伝についてですが…。ヒトは父親、母親のそれぞれから1個ずつの遺伝子をもらい受けます。仮に正常な遺伝子を白丸○、病気の遺伝子を黒丸●として、健康なヒトの遺伝子を○○の組み合わせで表すとすると優性遺伝病とは○と●の組み合わせの段階ですでに病気になる者のことを言い、それに反して劣性遺伝病とは、○と●の組み合わせでは病気にはかからず保因者、つまり劣性遺伝病の原因となる遺伝子を保有はしていても、発症するまでには至っていない者のことを指します。そして両親がともに保因者であった場合、ふたりからそれぞれ●を受け継いでしまった子供は病気を発症することになります。ちなみによく間違われやすいのは、優性遺伝は優秀な遺伝子で、劣性遺伝は劣っている遺伝子と思われがちなんですがこれはまったくの勘違いで、優性遺伝=強い遺伝子で、劣性遺伝=弱い遺伝子という意味以上のことはありません」
 困ったなぁ。
 ハルミは心の中で大きなため息をついた。
 医療従事者のひとりとして、確かに個人的には興味のある話ではある。けれどいくら偽薬師の説明だからといって、聞いているハルミからしたら戸惑うより他ないのではないだろうか。とはいえ、説明するように促したのはさゆり自身だ。これではハルミの口から『山本勝二』の名前を聞くどころではない。
 困った。実に困った。宇佐美道彦にこの場の空気を読むことはできないものだろうか。
 しかし今さら悩んでいる場合ではない。さゆりは宇佐美のこれまでのよくわからない説明を聞いて、それでもいったん自分の頭の中に持ち帰って、今まで出てきた言葉の端はしをパズルのように組み合わせていった。
「つまりはこういうこと?偽薬師とは、発病の原因となる遺伝子そのものに働きかけることで、病気の発症を抑制させようっていう…?」
「そう、そうです。おおむねそれで合っています」
 ハルミのために、さゆりが宇佐美の通訳を買ってでたことは容易に想像できた。
(熱がこもればこもるほど、相手に伝わらない説明をしてしまう)
 宇佐美は心の中で説明力の無さに落ち込む一方で、さゆりのフォローに感謝しながらも、ハルミに偽薬師の本分を自分なりに伝えられないかと考えた。
「ハルミさんはドッキリという言葉を聞いたことがありますか?」
「ドッキリ?ええ、まあ、ありますけど」
「ここでいうドッキリとは、心臓の鼓動が早まったり高くなったりするという意味ではなくて、つまり、テレビでよく見るところのあれです」
「あれ…、ですか」
「はい。つまりですね。偽薬師とは、人ではなく病気そのものをドッキリにかけるんです。そして、ドッキリの主な仕掛け人は偽薬師でも臨床心理士でも、ましてや医師でもなく患者さん自身なんです」
「そんな、そんなことが…」
「それができるんです」

 宇佐美の新たな説明に、ハルミは動揺していた。眉間に刻まれたシワがそれを物語っていた。しかしさゆりは、椅子に深く腰掛けていたハルミが両手を組んだまま、テーブルに腕をあずけ、瞬時に後ろから前に体重移動していたことを見逃さなかった。
「もちろん、患者さんお一人だけに負担をかけるつもりはありません。そこで一番大切となってくるのが患者さんのご家族、そして僕たちの信頼関係です」
ここで宇佐美はひとまず話を締めくくった。


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第8章へ


 その後ふたりは何度も相談を重ね、綿密に「統合失調症・坂本ハルミ」像を作り上げ、今度は正子も承知の元で、ハルミが初めに出向いた総合病院へ通院することにした。
 精神科医の武内医師は、2度目の診察も初診の時と変わらない人当たりの良さで優しく親切に応じてくれた。
念のため脳内に異常がないかを確認するために、頭部CTを撮ることを薦められ、ハルミは素直に従った。もしそこで異常がみられるようなら精神科ではなく、脳神経外科の対象ということになるのだろう。ハルミはレントゲン室に向かいながら、できることなら自宅から勝二を連れ出し、レントゲンを撮って医師の診断を受けてほしいという想いが込み上げた。
 そして勝二に出現している症状が『統合失調症』と酷似していることこそが、今ハルミが精神科の診察を受けている理由だった。
 少しでも勝二の症状が快復に向かうのであれば、ハルミもそして正子も、罪を受ける覚悟は出来ている。
 頭部のレントゲン撮影の結果はもちろん、異常なしであった。これで晴れてハルミは精神科の患者として認められたと内心、ホッとした。
 しかし今回は武内医師と看護師の他に、新たにひとり、全身淡いグレーのスーツを着た女性が立っている。年齢はハルミとさほど変わらないように見える。胸元の名札には石川とあった。
「今日は坂本さんにご紹介したい方がいるんです。当院で勤務している臨床心理士の…」
医師の武内の紹介を受け、小さく会釈した女性は、人懐こくなり過ぎない笑顔で「はじめまして。臨床心理士の石川と申します」と名乗った。
 ハルミは石川と名乗る臨床心理士を目の前にして思う。病院で知り合わなければ良い友達になれたかもしれないのに。同性のハルミから見ても好感を持てる女性だった。
 そしてハルミは思う。騙さなければならない相手がまたひとり増えただけだ、と。今は罪の意識を棄てようと、正子と互いの意志を確認し合ったのだ。
「今日から武内先生といっしょに、坂本さんの担当としてご相談に乗らせていただきますね。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
 笑顔は見せても素顔を見せることはないのだと思うと、抑え込んでいるはずの良心が痛んだ。

坂本ハルミと山本正子。それに臨床心理士の石川さゆりと偽薬師の宇佐美道彦。それぞれの思惑が交錯しながら、いよいよ偽薬師としての本領を発揮する機会が訪れようとしていた。
ハルミが精神科患者を演じることで、『山本勝二』という存在を隠しながらも統合失調症に酷似した症状を少しでも緩和させるべく、勝二の母親である正子の協力を得、贖罪を覚悟の上で勝二のために薬を処方してもらおうと苦慮している。
一方さゆりと宇佐美は、あるルートを辿って新聞記者の北島吾郎から情報を収集し、山本勝二が実在する人物であることに気付いただけではなく、坂本ハルミと山本勝二が学生時代に出会っていたことまで突き止めていた。
 ただし、実際に山本勝二氏の生存を確認するまでには至っていない。それに真っ向から問い詰めたところで、精神科患者を装っているであろう坂本ハルミが本当のところを話してくれるとは思えなかった。それにじつの所、ハルミ自身が本当に精神科にかかるような病気を実際に持っているのかも判明してはいない。
1度は精神科医の武内医師から『統合失調症』という診断を受けている。それでも武内医師が臨床心理士である石川さゆりを紹介したのは、彼自身、何か医師としての直感が働いたのかもしれない。今では坂本ハルミのカルテには病名の隣に『疑い』と付け加えられている。精神科医にとって、自分が診断した病名を覆すということは並大抵のことではない。
そして今では宇佐美からの進言により、石川さゆりの尊敬する武内医師でさえも、ハルミの診断を疑っていた。宇佐美に言われるまでもなく、はじめに精神科医からつけられた診断だからといって、鵜呑みにするべきではなかった。
 ハルミにはすでに『偽薬師・宇佐美』の紹介を済ませてある。宇佐美を含めた面談は、今回で4回を数えていた。クライエントの情報収集として、間接的とはいえ新聞記者を介入させたことが正しかったかと聞かれれば、さゆりとしては今でも悩むべき問題だった。
自分の仕事の立場として行き過ぎた行為なのではないだろうか。また、数いる担当クライエントの中において、坂本ハルミに対してだけは感情移入どころか石川さゆり個人としての私情が入り込み過ぎてはいないだろうか。
 自分では他のクライエントと同じく、ひとりの相談者として対応してきたつもりだったが、一通り仕事が落ち着く時間になると、さゆりはいつもハルミのことを考えてしまう。
 その理由は今でもわからない。わからないのだが、ハルミの背後にある覚悟のようなものに惹かれてしまう―――。
彼女の抱える何かを和らげるためにも、その理由を解き明かすためにも、宇佐美道彦の存在は必要不可欠といえた。たとえ宇佐美が『偽薬師』という肩書を持ち合わせていなかったとしても、さゆりにとって宇佐美はすでに大事なパートナーとなっていた。
さゆりは努めて明るい表情でカウンセリング室にいるふたりに向き合った。

 最近では、さゆりとハルミの年齢が近いこともあってか、カウンセリング中に臨床心理士としての顔を作らないように心掛ける必要もないくらいに、屈託もなくお互いに話のしやすい関係が築けてきていた。
「もしかして前髪切った?」
「あ、うん。ちょっと失敗したかも」
少し顔を赤くしながら前髪をしきりに手の平で押さえるハルミに、さゆりは大げさ過ぎるほど顔を横に振りながら、
「そんなことない。よく似合ってるし、前よりずっと若く見えるよ!それに女性が髪を切る時って前向きになった証拠っていうか、前に進もうっていう意思が感じられるもの」
「…そうかな」
「そうよぉ!」
 ガールズトークを楽しんでいる場合ではない。宇佐美が隣でわざとらしく咳払いするのが聞こえた。わかっているって。そろそろ本題に入るから。
「武内先生からもお話があったように、ハルミさんの病名はいまだに断定できずにいるの。でも病名が判明しないからといって治す意志を持てないわけじゃないと思う」
 釈然としない顔をするハルミに、さゆりは大切な話を切り出した。
「病気は本人の治りたいという強い意志がないと、いくらわたしたち医療従事者が努力をしても本当の意味での治療にはならないの」
 ともすればそれは、ハルミ自身に語りかけた言葉の他に、坂本ハルミがひた隠しにしているであろう、山本勝二へ語りかけた言葉というニュアンスも含まれていた。
 そしてさゆりが「本人」という台詞を強調したのは、頭の回転が速いハルミにとって、表情には出さずとも、その意味を汲み取ってくれると信じてのことだった。
 つまりさゆりは、ハルミにこう語りかけたかったのだ。
『本当に治療が必要なのはハルミさんではなくて、ハルミさんの大切なひとなんでしょう?』と。
 そこにはいつものカウンセリングとは違った緊張感があった。宇佐美はまだ一言も話そうとしない。しかしその表情はいつもと違い、引き締まって見える。臨戦態勢に入りつつあるのかもしれない。
 必要なカードはほとんど揃っていると言っていい。けれど宇佐美とは事前に、こちらから山本勝二という名前を口にすることだけは避けようと話し合っていた。あくまでもハルミの口から聞きたい。そうでなければ意味がないとも思えた。
 暖房が効きすぎた室内に、エアコンの微かな音だけが聞こえる。さゆりの言葉に応えるでもなく、椅子に腰掛けたハルミが目を閉じてから、どれくらいの時が流れただろうか。
 さゆりは、ゆっくりと流れる時間に身を任せた。
 口を開いたのは宇佐美だった。

「僕の力では、ハルミさんの心を開くことはできません。ましてやハルミさんの深層心理に、どんな問題を抱えているのかも分からない。もしかしたら、日頃の小さな悩みが積み重なってできた闇の中で、今まさにもがいている所なのかもしれない。きっと僕なんかには計り知ることのできない痛みを伴っていることでしょう」
 宇佐美のコミュニケーション能力は、自他共に認める低さであった。しかし、それでも尚、宇佐美は恥を捨てようとしているのだろう―――。
 さゆりの知る限り、宇佐美とハルミが時間をかけて会話をしたのは今日が初めてと言っていい。だから宇佐美が己のプライドを捨て、恥を捨てて、クライエントと向き合っていることにハルミは気付かない。
「ここにいらっしゃる臨床心理士の石川さゆりさんと違って、僕の口から発せられる言葉は、ハルミさんを助けるための武器にはならないし、癒しの効果もありません。でも―――、」
 宇佐美を見ると、顔中いっぱいに玉のような汗をかいている。そんなに暖房が効いているとも思えないのだが…。
ハルミに対する宇佐美のアプローチがもどかしい。彼は臨床心理士でもなければ、精神科医でもないのだ。実のところ、ハルミの相談相手としては役不足とも思える。素人がクライエントの相談に乗ることでお互いが大怪我をしかねない。黙って聞いていたさゆりは、タイミングを見計らって宇佐美の話を引き継ごうと考えていた。
「僕の話を聞いてもらえれば、気持ちも変わるかもしれない」
 ちがう。沈黙を怖がってはいけない。今はもう少しゆっくりと、ハルミの話を聞くべき時なのだ。その話の中にこそ、答えが隠れているというのに。
 さゆりはテーブルの下で宇佐美にしか分からないように、ひざをポンポンと叩き、話を止めるよう促した。
 しかし宇佐美は止まらなかった。そして宇佐美の話を止められなかったことを悔やんだ。
「偽薬師とは、クライアントに合わせた第4類医薬品という名のもとに、偽薬を処方する者のことを言います。偽薬とはその名の通り、偽物の薬です」
 まさか、この場でその話を持ち出すとは…。
 ついに宇佐美はパンドラの箱を開けてしまった。

「偽薬の対象となる患者さんは主に、病気の一歩手前となるような病いを持たれている方や、いまだに現代医療では解明されていない疾病を発症された方、そして…、偽薬を必要とするすべての方に、症状に合わせた処方をさせていただきます」
「ちょ、ちょっと待って。その話は私も聞いたことがないわよ?」
 説明の途中だったが、さゆりは思わず口を挟まずにはいられなかった。まさか、一度はさゆりが真っ向から否定した偽薬師の説明には、まだつづきがあったのか?
 宇佐美は小さく頷いてみせ、また坂本ハルミへと顔を戻した。
「これから先は、また更に偽薬師との契約を結んでいただいた上での書面にあるご説明になるのですが」
 宇佐美のここまでの話が納得のいく説明であったかと問われれば、さゆりも返答に困る。しかし今までの偽薬師の説明を(結果的に途中までではあったにしても)、聞いていたさゆりにとってみれば、以前の説明からは比較にならないほど信憑性が増したように感じたのも確かだった。
ただし、「信頼」と「信憑」は似て非なるものだ。宇佐美が偽薬を処方すると言っている以上、喉の奥に何かがつまっているような感覚を払拭することはできない。
 ハルミの表情はあきらかに戸惑いの色を見せている。それが当然の反応だと言えた。偽薬師という未知の職業を(しかも怪しい名前で)紹介されたからといって、ハイそうですかと納得するクライエントがいるはずもない。
 しかし宇佐美が説明しようとしているのはハルミにとっての「希望」であることには違いない。その「希望」をうまく説明することができずに、宇佐美は額から汗を噴き出し、頭を掻いている。
 宇佐美は坂本ハルミの担当になりたいと申し出たのだ。きっとまだ私にも明かしていない「偽薬師」としてのアプローチ方法があるに違いない。
「医学会のとある賢者が、かつて革新的な細胞の樹立によって、再生医療のほか病気の仕組みの解明だけではなく、新薬への安全な試験に使用できる素材を確立したことをご存知ですか?」
「はい、もちろん。あの世界的な受賞は、日本中の誰もが喜んだニュースだと思います」
 あの再生医療の躍進により、どれだけ多くのひとが絶望の淵から救われたことか―――。
しかし、そのニュースの一方で日本の研究費における世界との格差が露呈してしまったことも見逃せない事実だった。
「それでは、偽薬師は具体的に何を診る者なのか。順を追って説明したいと思います」


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妹家族と榛名山にある榛名湖に行ったら見事に氷ってましたが、氷上にあがるには心もとない厚さだったのでやめました( ̄▽ ̄)
スタットレス履いててよかった…。

2015年初ジャンプは姪っ子と一緒に榛名湖で。
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そして榛名神社へ。

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岩の上に岩が乗ってますが、どうやって乗ったのか?

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ちなみにおみくじは大吉!

結果的に大吉な1年だったと思えるようにがんばる!