小説「偽薬師」第67話 | ほっこり小説

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1話から65話 まとめ

 靴下を脱いだハルミは、やはり申し訳なさそうに差し出されたスリッパを履くと、階段の右脇にあるリビングに通された。すると、恐るおそる足を踏み入れたハルミは、眼前の光景に目を見張った。
 恥ずかしいくらい片付いていないと言った正子の言葉を鵜呑みにした彼女は、リビングの散らかりようにどんな感想を言えば良いのか、内心迷っていたのだが、その迷いは杞憂に終わった。
 なぜなら、リビングにはテーブルと2脚の椅子以外に何もなかったのだ。
リビングは10畳程の広さがあり、フローリングと畳の半分に分かれている作りとなっていたが、フローリングの部分にテーブルと椅子が設置してある他は何もなく、畳が敷いてある場所にはかつてコタツがあったと思われる跡が残っていたが、今は何もない。コタツはおろか、テレビも電気カーペットも、リビングに隣接しているキッチンに至っては、食器も食器棚も調味料も鍋もフライパンも何もない。文字通り何も。
ではなぜ生活感のないだだっ広い空間に、息が詰まるような錯覚に陥るのか。

「勝二さんは2階ですか?」
 ハルミの問いに正子は黙ってうなずく。3年もの間、会うことの叶わなかった勝二がすぐそこにいる。それはハルミにとって心の騒ぐことに他ならない。ただし、母親の正子が助けを求めるような電話をしてくるくらいの状態になっているということは、手放しで喜べるような状況にはないとも言えた。

「それで…、勝二さんはどんな?」病気、という言葉を遣うのがためらわれた。

「お医者様の話によると、脳が損傷して統合失調症のような症状が出てくるっていうことだったんだけど…」
 そこまではハルミも3年前に正子の口から聞かされていることだった。その脳損傷を理由に、ハルミは向こう3年間、勝二と会うことを絶たれたのだ。

「でね、もし症状が急激に進行してきたらすぐに専門の精神科で診察を受けて下さいって。でも、もともと勝二が診てもらっていた総合病院にも精神科はあるのよ?」

 母親の心理としては、専門の精神科病院に連れて行くよりも総合病院に連れて行きたいというのが親心なのかもしれない。
「それに、病院の先生が言っていた割にはその、何て言うの?先生が言っていた統合失調症のような症状も、総合病院に通院してから1年の間でずいぶんと回復したように思えたのよ。その頃は勝二も普通の生活が送れるようになってきて、これなら薬も飲まずに仕事にだって復帰できるって喜んでいた矢先にまた、あっという間に症状が悪化していったのよ!」

 やはりそうか。ハルミは山本親子に会えない間に、自分なりに勉強し、勝二の症状についてひとつの推論に至っていた。








第68話へ つづく。