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最近読んだ本がかなり共感できるものでした。
その本は心屋仁之助さんの「本当の自分に気づく奇跡の言葉」です。
 
この本はそれこそ本屋さんで見つけてふと、手に取り、ちょっと読んで購入を決めました。
この手の本は実はとても好きで、元々は子育ての過程で気になる本を読みあさり、その後、子育てと自分自身はきってもきれないものである事から自分自身に対する書籍も好んで読むようになりました。そういえば、中学時代から心理学に繋がるような本、例えば、性格に関する本や行動学、夢とは?みたいなたぐいの本は良く読んでいました。
 
さてさて、この本の巻頭に書かれているところを私なりの解釈で共感できたところはこんな感じです。抜粋もあります。
 
   - 人は「わかって欲しくて」行動します。
 
でもそれはなかなか人には伝わらなくて、、自分の中にある悲しみや怒りをどうしていいのかわからなくなる。
 
   - だから「わかってもらえた」ことで、一気に癒やされるのです。
   - だから涙がでるのです。
 
   - わかってもらえたとき、人は心を開くのです。
 
ここを読んで、私は中学生だった頃の息子のことをすぐさまに思い出しました。
その当時の担任の先生は入学式の日、私たち保護者に向かってこう言いました。
「入学おめでとうございます。これからいろいろとあると思いますが、根掘り葉掘り聞かないでください。少し、放っておいてください。」
でも、私はそれができませんでした。今考えてもその時、聞いた方が良かったのか放っておいた方がよかったのかわかりません。でも、今、私は毒親だと自分で思っているので、まずは様子見をした方がよかったのかなとも思います。だけど、そのときは私も必死でした。体当たりで息子と向き合い、結果として彼は心を開きました。
 
    - 優しい、という字は、憂い、の横に人がそっと寄り添っています。
 
優しさはそっと寄り添っているのだから、私のした根堀り葉堀りだと優しくないですね。
された方にとってみたら拷問かもしれません。苦しみ、不安を無理矢理聞き出すのはNGでした。
 
 
    - それを一緒に支えていく、
    - そこに一緒に寄り添うことで、
    - その人が、その気持ちを感じられるようにしていく。
 
苦しみや不安を自分自身できちんと感じられるようになると「わかってもらえた」と心が少しだけ楽になります。
 
     - あなたは、それでも愛される存在なんだ、と
     - 誰かに伝えていくために、優しさはあるのだと思います。
     - 「わかってあげる」言葉。
 
 
私の場合は息子が心を開いてからです。あれこれ聞き出すのではなく、本人が言いたくなったら聴くという姿勢を心がけるようになりました。まずはこちらの「言葉」はいらない、よく傾聴の心といいますが、傾聴して共感してあげることが「わかってあげる」ということなのかなと思います。
 
 
 
 
さて、私にもわかって欲しいことがあります。でも、それはなかなか言い出せなくて、結局、一人でふつふつとして不完全燃焼で結果としてストレスとして残る。これは決してよい精神状態ではないですね。
 
    - 何かをされて傷つくことがある
    - 何かを「してもらえなくて」傷つくこともある。
    - 感謝してもらえない、大切にしてもらえない、
    
 
    - それは、傷つけた側にはわからない。
    - 何がその人の地雷なのかなんて、
    - 踏んでみないとわからない。
 
でも、急に地雷を踏んでしまって、相手が怒ってしまっても、その相手が言わなければ、すぐには地雷を踏んだことさえわからない。相手が不機嫌になり始めて、荒れているのが見て取れるようになって初めて、地雷を踏んだと気づくが理由がわからない。私が地雷を踏まれた側です。
 
この本を読んで、独りよがりだった事に気がつきました。実際のところ、言えるかどうかわからないけど、「言葉」にして、声を出して地雷を踏まれたことを伝えていけたらいいなと思いました。すぐには言えないだろし、毎回言えるとは思えないけど、いけそうだなって思えるとき、私は言えるように努力していこうと思います。
実の母のことだって、そうなのかもしれません。私が不満でいっぱいなのは母は知りません。不満の中からは解決は生まれません。それよりも、「産んでくれたことに感謝」し、母は母なりに子供のために頑張ってくれたのは確かだから「ありがとう」と心の中で感謝します。
 
 
 
 
 
とりとめもない独り言・・・わかりにくい文章ですね・・・あせるあせる