ミスチルの桜井さんの詩は好きです。
ライブ前に聞き、ライブ後、また改めてSENSEを聞いてます。笑


目じゃないとこ
耳じゃないどこかを使って見聞きをしなければ
見落としてしまう
何かに擬態したものばかり




一人紹介したいです。
大越桂さん。
以前、大越桂さんの詩を他の曲にのせて歌われているものを聞いたことがあります。
 アメイジンググレイスにのせた「いのちさがし」(曲にのるとまたすごくて涙でました)や、
 アニーローリーにのせた「握手」(お子さんがいるところは一読して欲しいな)
 明日にかける橋にのせた「瞬き」(今これを聞くと震災も合わさってグッときます。)
とても素晴らしかったのです。
そして、彼女の生きるパワーもすごい。


大越桂さんのブログ:積乱雲

1989年、仙台生まれ。
819グラムの未熟児で生まれる。
重度脳性まひ(アテトーゼ)未熟児網膜症による弱視など重度重複障害児として過ごす。
9歳頃より障害のストレスから周期性嘔吐症を併発、障害の重度化により24時間医療管理が必要になる。
2002年、13歳のときに気管切開により声を失うが、これをきっかっけに筆談によるコミュニケーションを獲得した。


弱視のため、彼女は、握手をして、相手を知るのです。
僕も握手をしてもらいました。
その時、妊婦だった妻のお腹にも手をあててもらいましたね。
彼女には、僕らにはわからない何かもわかるようです。

個人的な意見ですが。

ミスチルライブ イン 仙台みちのく杜の湖畔公園 ライブレポ 」で以下のように書きましたが
メンバー紹介も終わり観客への礼も終わって、2日目の最後の最後袖に帰る前に桜井さんは、
「忘れないで!全国に仲間がいるから!」って、
身体を乗り出して、心の叫びのような感じで叫んでいたのが、ちょっとグッときましたね。

なんかすごく印象に残っていて。



自分には何にもできていないけど、遠いところにいるけど、「ともに」いるからって言ってる気がして。
(実際は、収益金を寄付したり、apの活動したり、何かと動いてくれてはいますが。)


被災地にいた僕も、もっとひどかった沿岸部へ何かしに行きたいと思いましたが、
小さい子供のことも考えいけませんでした。
過去の記事に書いたように、できる限り周りでは、いろいろやったとしてもまだ足りない。
もっともっと」と思いました。
今でもそう思います。


「蒼」のように「届かぬ 祈りに 胸が暴れる ただただ自分の身の丈を知らされ」


「かぞえうた」を作るときにもすごく悩まれたようだし、
桜井さんとしては、被災地にいって、炊き出しから何からしたかったんじゃないのかな。
大物が被災地に炊き出しって逆にパニックになるし、いろいろ考えていたことでしょう。

今回の東日本大震災、
何かしたい
誰もがそう思ったんじゃないでしょうか。

義捐金や、ボランティアをしても、それでも自分には何もできていない気がして、
今でも、「自分には何もできていない!」そう思ってくれている人は、たくさんいるのではないでしょうか?


そういう「想い」大切にして、復興が早く進めばいいと思います。



震災でヒーローになるよりも大事なこと 」にも書きましたが、
元気のリレー」だって、大切なもの届くもの想いが詰まったもの。

そして「育ての親 会いたい気持ち 」のように
「元気でいる」それだけで誰かの力の源になることもあって、「笑顔」が見れて
そして、「ともに同じ想いだよ」っていうことも伝わればきっと力になると思います。




今でも沿岸部はボランティアは足りないようだし、
被災地、そして東北は仕事が無くなって大変な人も多いし。
なんとなればいいな。
思い出しながら編集追加していきます。

普通のライブレポとは違った角度からお届け。

仙台でのapbankfesのパブリックビューイングにも参加して、その時にも、
「仙台に行くから待ってろよ!」って言ってましたが。
言葉通り来てくれました!

2011/9/24、2011/9/25
二日間にわたり行われたMr.Childrenライブ SENSツアー
動員数は、約5万人だとか。
もともと仙台公演に行く予定でしたが、両日チケットが取れたので家族で行ってきました。
当日券もあったようです~。


ちちいく-truck
画像が・・・きっ、切れてる・・・このトラックは、フードエリアの入場口にありました。

曲は、二日間とも同じで、他の場所と同じようなセットリスト通り。
思いっきり懐かしい歌から最新アルバムまで。


ライブと言えば、その場所、その時々に合わせて歌詞を変えてくれるのが醍醐味!
歌詞を変えていたところは、
♪「君が好き」で「薄曇りの仙台の空だ~
(1日目は晴れわたる仙台の空だっけ?2日それぞれ違ったはず!)
♪「終わりなき旅」で「どこかにあなたを必要としてる~人がいる~人がいる(2回目は強調で)!」

途中には他の公演の時に、みんなの想いを届けるからと撮ってくれたビデオレターが流されました。
言葉では伝えらえないことも表現で伝えたいと。
「元気のリレー」
しゃがんだ状態から、伸びてジャンプ。
それをひまわりの種がグングン伸びてやがて花を開くイメージに似せ。
ようは、ウェーブ?

他の公演に参加された皆さん、熱い思い届きましたよ~!


メンバー紹介も終わり観客への礼も終わって、2日目の最後の最後袖に帰る前に桜井さんは、
「忘れないで!全国に仲間がいるから!」って、
身体を乗り出して、心の叫びのような感じで叫んでいたのが、ちょっとグッときましたね。


二日目の終わった後には、花火も上がり、
「今年最後の花火だねぇ」なんて言って帰りました。
すごく綺麗でした。

ともにファミリーシートだっけど、一日目と二日目では場所を変え、
二日目には、ファミリーシートの端っこでみていましたが、
元々用意されてあったブルーシートのところには、開演後しばらくしてから
奥さん(吉野美佳さん?)とお子さん、さらに奥さんの姉妹?とそのお子さん、
そして桜井さんのお母さんかな?がいらしてたようです。
(お母さんの実家が山形だから?)

そのご家族のブルーシートと前にある柵のわずかな隙間に入って見ている人たちがいて、
ご家族が見えない状態になっていました。
スタッフが後からエリアを拡大してよかしてましたが。
見たい気持ちはわかるけど、度を越しちゃね・・・



桜井さんは、前日に沿岸部に行ってきたらしく、
津波の力のすごさも感じたと。
それよりも復興しようとする人たちのパワーがすごいって言ってましたね。



野外なので、午前中、待っている間にリハの音が聞こえてきていました!

ジェンは、
「つま恋(apbankfes)みたい」って言ってました。


初日リハ中、桜井さんがアカペラで

♪けんかをやめて~二人を止めて~
二次会の席で~争わないで~
♪もうこれ以上~

うまいなぁ~(笑)って思いました。


小林武さんだと思いますが、初日のリハの終わりにスタッフに
「ミスチルが19年目という中途半端な年だったけどいろいろあって、
 最後にここでやれてよかった。
 来年の20周年は何かやりたい」
って言ってましたね。


両日ともに15時半からの開演だけど、朝9時半ぐらいから並び。
前後の人がいい人たちで、子供にも優しくしてくれて良かったですね。

みちのく杜の湖畔公園 風の草原の入り口は、
「フードエリア入場口」と「フードエリアなしの入場口」の二ヶ所が今回はあって、
「フードエリア入場口」から一度入ると出れなくて、
揉めちゃってたのが残念でしたね。
「フードエリアなしの入場口」の人は開場の13時半まで食べれないし、グッズも買えないし。
開場後に行っても、食べ物は売り切れも多く、Tシャツもほとんど売り切れでしたね。


ちちいく-annai


規制退場もかかって、2時間、3時間かかって帰る人もいて
ほんとみなさんお疲れ様でした。

台風がすごかったですね。
帰宅難民になりました・・・しょぼん
子供は妻に任せ、今朝帰りました。

本当に災害が多くて、日本はどうなるんだろうって思ってしまいますね。


育ての親 会いたい気持ち 」でも書きましたが、
逢いたいと思う人がいるから、
生きることにも強くなるんじゃないでしょうかね。


震災からしばらくするとだんだんといろんなことを思ってきます。


大人は、風呂に入れなくても、
・頭を洗いたい
・歯を磨きたい
これですかね。

水のいらないシャンプーなんて準備してないし・・・。
(今は購入してありますが)
電気が通ってから、家庭で電気ポッドでお湯を沸かして貯め、
桶ですくって洗いました。
突然起こったから、髪にもワックスとかつけていた人もいたわけだし。



乳幼児、毎日入れなきゃないのですが。
やっと入れられたのは、4、5日後。
灯油ストーブの上で沸かしたお湯を貯めて。

乾燥していたこともあって、皮膚にブツブツ出ました。

対応をしたか。
いや、何もできませんでしたね。

病院がやっているわけでもない。
薬局がやっているわけでもない。

その後、身体を洗ってあげられるようになったら自然と治りましたが。

震災が起きて、街中の明かりが消えました。


落ち着いてから天文台に行ってきました。
「震災の日の夜、空を見上げた人いますか?
 不謹慎かもしれませんが、あの日は一番きれいでした。
 街の灯りが消え、その分、星がきれいに見えたんです。」

震災で、天文台の望遠鏡はミリ単位で動き、
それでも、精密機械なのでウン千万単位で修理が必要だそうです。


確かに星がすごくきれいでした。

「これからどうなるんだろう・・・」って空を見上げたっけ。


テレビも携帯も止まると、半径何Mという小さな世界です。

我が子・・・

歯がはえました!

なんと上の歯から!
普通は下の歯からなのに・・・

変わっております・・・えっ

出産時には、回転方向が逆になって、なかなか出てこれず、
急遽、吸引分娩となり出てきましたしね。

今日も地震がありましたね。。。
茨城の方は大丈夫でしょうか。。。


またでかいのくるんでしょうか?・・・(ノ_・。)




震災後にじっとしていると、心が折れてくるわけで。
少しでも何かしら動いていれば、気がそれます。


・避難所に避難した人の名前と住所、いつ避難してきたかいつ戻ったかを模造紙に書く
・お役立ち情報を作る
・メッセージ掲示板を作る
・新聞をみんなが見れるように壁に貼る

・できます掲示板を作る
(実際に作ったものは、記録にカメラでとりましたが、
 不特定多数が見るブログには載せるのが難しいので想像してください。すみません。)


【避難所に避難した人の名前と住所、いつ避難してきたかいつ戻ったかを模造紙に書く】
やってくれた方、すごいなぁって思いましたよ。
初日なんて、自分のことばっかり考えていて、そういうことまで気が回らなかったです。

はぐれた妻を探して、夜通したくさんの避難所をずっと探し歩いていた人です。
他の避難所で会えてました。
(後で聞いたら、津波にのまれヘリで救助されてから捜し歩いていたそうです!)

ここに誰がいるかなんてお互いに初めて会った人たちだから、
そういうものを避難所内の見えるところに張り出してました。

避難所の電話にも連絡が結構きてました。
携帯や家の電話がつながらないから、住んでいるところの近くの避難所に電話する人もいるのでしょう。


【お役立ち情報を作る】
どこのお店がやっていたとか、明日はどこがお店を開けるとか。
情報がすごく大事なんです。
避難所にいてよかったのは、みんなが情報を持ち寄ってきてくれたことですね。


【メッセージ掲示板を作る】
フリーに書き込める掲示板も必要でした。
「○○さんを探しています。ここの避難所に来たら、○○まで連絡ください。」
「献血に多くの方が輸血してくれています。皆さんも頑張ってください。」


【新聞をみんなが見れるように壁に貼る】
震災を伝える新聞。
大量に号外を配ってくれました。

自宅待機している人が見るかもしれないからと、
避難所の入り口には、毎日それを張り出しました。

震災直後から新聞を届けてくれた河北新報さん感謝です!


上の項目とは別ですが・・・
紙で箱を作りましょう!なんて、余った新聞で箱を作っていました。
整理整頓もできるし、これもまた、何かをやることで気がまぎれました。
中には、作り方なんて知らないっていう若者もいて教えてあげました。

昔は、箱を作って家族とかおじさんおばさんと落花生食べたなぁ・・・
なんて連絡が取れない中、思い出してしまって、ちょっとこみ上げるものがあったり・・・


【できます掲示板を作る】
そして、全然知らない人たちだったけど、
何か助けになることもあります。

どこも大変で、結局、身の回りで助け合わなければなりません。

そのためには、身の回りの人がどんな人なのか知らないと・・・
例えば、僕は普通の会社員ですけど、AEDも使えるし、三角きんでの対応もできる。
避難所の中には、実際の職業としての産科の看護師さんもいました。
(子供がいた我が家にとっては、心強かったです。)
電気系統に詳しい人もいました。
(避難所に電気が通ったら、過電圧で警報機が鳴りました。その時対応してくれましたね。
 もし震災にあって電気が通らなくなったら、ブレーカーは下げておきましょう。
 電気が復旧時に、震災前の電気のスイッチを入れたまま、
 もしくはコンセントをさしっぱなしにしておくと、過電圧で火事が起こります!
 東日本大震災でも、復旧後にこれで火事があったようです。 
 
うちは全てのコンセントから抜いておいて、少しずつつけていきました。)

掲示板は、絵が得意だという人が、似顔絵まで書いてくれました。


後で知ったのですが、誰が何ができるかって、やっぱり必要だったんですよね。
以前の震災でも必要性が言われ↓のようなものが今回も行われていたそうですね。

できますゼッケン
http://issueplusdesign.jp/dekimasu/


アロマ用のキャンドルで灯りを作ったり。
空いたペットボトルを切って、
壁に模造紙で作った掲示板の横にべたってくっつけてペン立て作ったり。


無いことを願いますが、もし避難所へ避難するときは、
こんなこと考えてみてください。
妻は乳腺炎になったことがあります。
すごい痛いらしいですね。
血管が浮き出るみたいに乳の道?がボコボコとおっぱいのところに。

何かで詰まってしまったため
止まってしまった状態。
白くなったところが詰まったところらしく。

一番良いのは、赤ちゃんに飲んでもらうことらしいですが、
詰まっているので飲まれず・・・しょぼん

ネットとかで自分で調べて、絞り出すことがいいと
「いたい」と言いながらも、頑張って一人で絞り出してましたショック!

父は、出てくる乳を床にたれないようにコップを持っていただけ・・・かお

「母強し」ですね。
すごいなぁって思いました。