この世に過不足はありません。
必要なことや必要な人がそこに在るだけです。
好む好まざるに関係なく、今の自分に必要の無いことは在りません。
欲しいからそこに在るのでもなく、見たくないから消えるわけでもありません。
欲しいのにそこに無いのは、少なくとも今日の今の自分には必要の無いことか、自分の魂に相応しい願いではないからです。
目を背けたいのにそこに在り続けるのは、少なくとも今日の今の自分が向き合うべき事だからです。
反対に、欲しているのに何故か目の前に現れずその手に乗らないのは、余計なことをしているからか、すべきことをしていないからか、そのどちらかです。
頓珍漢な欲望は、頓珍漢な現実を生みます。
物事には、タイミングもあります。
少なくとも今日の今じゃない。
でも明日は分からない。
そういうものです。
やはり、この世は全てに於いて過不足はありません。
過多があるから過少を生むのです。
不公平な世の中に見えても、あらゆる偏りは常に調整されているのです。
均等であることが整っている訳でもありません。
平等が正解でもありません。
もし今あなたが過不足を感じているとしたら、それは観るべきものから視点がずれていて、あなたの心や本質の外側、つまり外的要素に転嫁している事が原因です。
人や環境などは全て、肉体による意図や願望によって現象化するのではなく、魂や潜在意識が現象化を起こしているだけです。
不安や恐れや怒りの集合体は、不安や恐れや怒りの蔓延した現象を生み、喜びや愛の集合体は、喜びと愛に満ちた現象を生みます。
「◯◯しているのに、●●にならない」
過不足の無い普遍の仕組みと摂理を理解すれば、そんな風に思って苦しむことは一切無くなります。
今の自分に相応しいこと。
ただそれだけです。