私は15年間大阪で暮らしました。15年経っても大阪は私にとって「外国」のままでした。
 外国人として大阪を見ると興味深い点が幾つかあります。大阪が、世界のどの都市にも負けないものを持っているとすれば、それは「お笑い」でしょう。普通の小学生が電車の中でボケとツッコミを自在に替えながら漫才をしています。話し始めると同時にどう落とそうかと考えています。
 私は大阪を笑いのブラジルと呼んでいます。みんなが子供の頃からハイレベルのサッカー選手なのです。その中でも特別才能と情熱に恵まれた者がプロになります。そこらへんを歩いている普通のアマチュアでさえかなりのハイレベルな訳ですから、プロの間の競争は熾烈を極めます。大阪で成功するのは並大抵なことではありません。そこらへん歩いているニーチャンが、あいつよりはオレの方がおもろい、なんて思っている土地柄ですからね。
 大阪での過酷な競争を勝ち残ったごく僅かな人間が、ブラジルで成功したサッカー選手がヨーロッパへ行くように、次は東京で勝負をします。大阪の芸人は2度成功しなくてはならない、という厳しい宿命を負っています。しかし、その分、大阪でも東京でも成功した芸人は本物です。それは、世界に類を見ない「お笑い」に関する土壌を持った街から出てきているわけですから。

 さて、笑いのセンスというのも難しいものです。万人に受ける笑いというのはつまらない笑いです。また、笑いを本気で追及して行けば、どうしてもマニアックなものになり、その笑いを分る人はごく少数になってしまいます。その意味で、ダウンタウンがここまでメジャーになったのは、運が良かったのか、なんなのか。下手をすれば、ごく少数の分る人には分る、好きな人には滅茶苦茶面白いものだが、カルト的でマイナーな存在で終ってしまった(よく言えば伝説的な存在になってしまった)可能性もあったと思います。ああいう、ナンセンス的な笑い、何が面白いのか説明できないような笑い、というのは分る人には分るけど、分らない人には永遠に分らないものです。ダウンタウンが出たての頃、横山やすしは彼らのことを全く認めませんでした。しかし、ダウンタウンがやすしきよしを見て育ったのは事実だし、やすきよがいなかったら、ダウンタウンもいなかったでしょう。勿論直接の目標はさんまや紳介だったのでしょうが。

 何が「笑い」かということは、何が「メロディ」か、という問題に似ていると思います。聞き手の感性次第です。
 意味の分らないナンセンスも、それが面白いと思う人にとっては極上の「笑い」です。そして、より面白い笑いを追及して行けば、よりわけのわからないものになって行くだろうし、よりマニアックな笑いを求める人達は、そうしたわけのわからないものに魅かれて行くものです。
 誰にでも分る笑いが、すぐに飽きるつまらないものであるのと同様、誰にでも分る、誰もが共感するメロディというのも、万人向けの笑いのように、何度も聞いていると飽きがくるものです。次にはこうなるんだろうな、と展開が読めてしまうものは、笑いでも、小説でも、音楽でも、いつかは退屈してくるものです。

 ヒラリー・ハーンが弾いたシェーンベルクのバイオリン協奏曲は、無数のメロディに満ちています。物凄く短いメロディが次から次へと出てきます。(オーケストラを指揮するサロネンも自身作曲家でもあり、望みうる最上のパートナーです。私の大好きな指揮者の一人でもあります。)
 ヒラリーは、短い一塊のブロックを全てメロディとして弾いています。この協奏曲を短いメロディのブロックによって複雑に組み立てられたものとして提示しています。一つ一つのメロディは、性格の異なる様々な「歌」として聞こえてきます。

  youtubeでヒラリーが、シェーンベルクのバイオリン協奏曲について、作曲家であり、指揮者でもあるピーター・エトヴェシュにインタビューしたものがあります。面白いのは、エトヴェシュが、12音技法を用いたシェーンベルクの作品を、「atonal(無調)」と捉えているのではなく、調性が極めて頻繁に変る音楽だと捉えている点です。

  http://www.youtube.com/hilaryhahnvideos#p/u/64/KOlCgMlQsw8

 私は、ヒラリーが弾くシェーンベルクのバイオリン協奏曲のCDを何度も聞きました。何度も聞くうちに、様々なメロディが、歌が聞こえてきました。どんなメロディに、旋律に心を魅かれるかは、どんな笑いを面白いと感じるかと同様、受け手の感覚の問題です。受け手の感覚を広げるような笑いもあるし、受け手の感覚を広げるような音楽もあります。

 
 ヒラリー・ハーンが弾くシェーンベルクのバイオリン協奏曲の第一楽章を貼っておきます。part1とpart2に分かれています。
  Part1の6分10秒から20秒くらいまでの訳10秒間は、私には、シベリウスのバイオリン協奏曲を髣髴させます。
  Part2のバイオリンのカデンツァの終り辺り、1分44秒からの10秒間くらいは、私には、ブラームスのバイオリン協奏曲の第一楽章の一節のように聞こえます。
 これは私の幻聴でしょうか?シェーンベルクについてはこれ以上書かないことにします。
 どうかひとつ、私のヒラリーちゃんをみなさん応援してあげてください。

 http://www.youtube.com/watch?v=NHd9sa1q_xk 

 http://www.youtube.com/watch?v=vbfVNMY_mIE&NR=1