このブログ、ずっと残しておきたくて、
私の闘病生活の発端であろう結婚の思い出をつづろうと思います。
流れとしては
①2011年・・・同僚が鬱病で無断欠勤を始める。
      一年間過労が続き、扁桃炎で点滴しながら仕事をしていた。
②2012年・・・上司が発達障害で、大きなミスを長年隠していたことが発覚。
      上司と鬱の同僚の仕事を任され、毎日3時間残業する。
      マッドネス君にプロポーズされた矢先、マッドネス君が白血病と発覚する。
③2013年・・・白血病の勉強と、仕事・結婚式・引っ越しで過労死寸前。
      微熱が毎日続くようになった。
④2014年・・・全身に紅斑が出現し、寝たきり状態に。
⑤2016年現在、自己免疫疾患?自己炎症症候群(自己炎症疾患)?の疑い。
      病巣感染症としてIgA腎症・掌蹠膿疱症(SAPHO症候群)治療中
です( *´艸`)



この前のチェコ旅行の続き・・・

まずは、10年付き合ったマッドネス君との結婚がやっと決まった矢先、
白血病が発覚した道のりを書こうと思います。

2012年
【6月】
チェコから日本に帰国してマッドネス君に「帰ったよ~」と
伝えると、「吉野家行きたい」と言われました。
「今0時だぜ。。。無理。寝る。お土産は明日!!」と言うと
「腹すかせて待っとったのに。ついて来てや!」としつこくて、
いつもなら待たずに寝てるくせに なんか変だな・・・と思いつつ会いました。

そしたら吉野家ではなく、毎年泳ぎに行く思い出の海岸に連れていかれました。
お土産渡したりしてたら、
「ちょっとコーヒー買ってくる」と歩いて行って、
「おっせぇな」と振り返ってみると、、、

車のトランクから大きな花束を、せっせと取り出してました(^^)
で、目が合って、
「あ~~!!バレた!!」とあわあわしてました(^^;)

照れ笑いしながら走ってきて
「結婚してください」と言って花束をくれました。
爆笑でした(笑)

サプライズに失敗する姿が最高に可愛くて(^o^)
その花束はすごく大きくてユリの花がドーン2つあり、
とても豪華だったのですが、
正直プロポーズ用って感じではなくすごく古風な花束でした(^^)
「これ、どの花屋で選んだん?」と聞くと、
「会社の近くでな、70歳くらいのおじいちゃんが選んでくれた♪」
と嬉しそうに言うマッドネス君。

普段、プレゼントなんてしてくれないクールなマッドネス君が、
無理して頑張って花屋に入って、
恥ずかしさで汗をかきながら
おじいちゃん店主に花を選んでもらってる姿を想像したら,,,
悶絶!!
「やっぱこの人を選んでよかったな」と思いました♪

プロポーズされた直後に、マッドネス君はムカデに足をかまれ、
また爆笑(^^;)
でも、マッドネス君が「なんか不吉」といた言葉は当たっていて、
この日から一か月後の定期健診で、白血球に異常が。。。

【7月】
ある日、マッドネス君が「血液検査で再検査って言われた~」と言ってきて、
別の日にまた「早く再検査に行けって手紙きた」というので、
健診結果を見せてもらいました。

白血球数40万!
1万でも多いのに・・・
「白血病だな。とんでもないことになった」と思いました。
私は嘘がつけないので・・・
「白血病かも。ちょっとだけ心の準備しとき。
 とにかく、結婚が決まってるんだから、再検査して安心させてよ」とお願いしました。
「は?白血病なわけないじゃん」
とマッドネス君は言ってたけど。。。


定期健診・・・白血球40万

再検査の病院で・・・白血球36万
 → 血液疾患の疑い

同じ病院で骨髄穿刺・・・結果を1ヶ月待たされる
 → やはり血液疾患の疑い
   血液内科が市に一つしかないからと紹介状を書かれる
   ※専門医でもない医者がなぜ骨髄穿刺をしたのか不明。
    お金を稼ぎたかったとしか思えない。
    私の市はヤブ医者ばかりの困った市です。。。

医者は頼りにならないので、私がネットで調べた結果、
慢性骨髄性白血病に症状が近いことがわかった。
この病気なら5年は生きられそう、ほかの白血病なら3ヶ月~3年とわかった。
恐怖を冗談でごまかすかのように
マッドネス君は「『余命3ヶ月の花婿』の映画が作れるね」と言いました。。。

【8月】
結婚式場の見学をキャンセル。
治療優先にしてもらうことにしました。
マッドネス君は
「死ぬんかな」
「迷惑かけてごめん」
「なんで今で、なんでオレなんだろう」
と泣くこともありました。。。

私は「気分転換しよう」と
マッドネス君がプロポーズしてくれた海に海水浴に誘ってみました。
私はマッドネス君の前では絶対泣かないと決めていて、、、
海に入って久しぶりに楽しそうに笑ってるマッドネス君をみて、
砂浜でこっそり泣きました。
あの時のマッドネス君の笑顔は今でも忘れません。
死ぬかもしれない恐怖に立ち向かって、
笑顔を作る姿は本当に立派だったし勇敢だったし、
私は、この人の一生が幸せで美しいものでありますようにと
心から祈りました。

【8月】
総合病院で骨髄穿刺・・・結果を2週間待たされる
 → 慢性骨髄性白血病に確定診断

私は「もし慢性骨髄性白血病なら」と勉強を必死にしていたので、
当時はグリベック、スプリセル、タシグナという奇跡の薬があることを知っていました。
なので、病気が確定したとき安心しました。
生きられる可能性がある。。。!!

でも、マッドネス君が白血病を受け入れるには時間がかかりました。

私は
「マッドネス君、結婚どうする?
 私はね、結婚したい。
 でもね、結婚が治療の負担になるようならやめたほうがいいとも思う。
 家族と治療に専念するのもいいし
 私と結婚して治療がんばってもいいし、
 自分が楽な方を選んでな。
 私はどっちにしても全力でサポートするし」
と言いました。

マッドネス君は
「ずっと捨てられると思っとった。
 オレは、トーシローと結婚したい。
 トーシローと治療したいしトーシローと生きたい」
と言ってくれました。

「じゃぁ、結婚すっか♪」と結婚を決めました(^^)

【9月】
私の親を説得。
父からは
 「娘が苦労するとわかって結婚させられるか」と言われ
私は「父さんの言いたいことはわかるけど、私は苦労なんてしない。
  私はいま結婚を破棄すれば一生地獄の苦しみを味わうことになる。
  そんな娘の姿を見るほうが嫌じゃろう?」
という話をしました。
そしたら「そこまで本気なら見上げたもんじゃ。結婚せぇ」と言ってくれました。

母には、
「いま結婚して、マッドネス君が不幸になったらどうしよう。
 実家で治療したほうが幸せなんじゃないかな」と弱気発言をしましたが、
母は、
「今だからこそ結婚してあげなさい」と言ってくれました。

マッドネス君のお母さんからは
「病気になってしまって本当にごめんなさい」と何度も謝られました。。。

みんなが複雑な気持ちで、でも本気で私たちの幸せを願ってくれてました。
私は友達にたくさん支えてもらって、この出来事を乗り越えることができました。

【11月】
式場見学

【2012年12月】
出会って15年、
付き合って10年目の記念日に
入籍しました~~(^_-)-☆
中学校の同級生、初恋同士の結婚式は
同窓会のようで本当に盛り上がりました(^^)
みんな白血病のこと知ってたし、本当に応援してくれて
たくさんたくさん祝福してくれました!

人生の底と頂を一気に経験した1年間でした(^^)
このころ私の体はボロボロで、悲鳴を上げていたんだと思います。
今は体を休めてあげたい(^^;)

結婚式につづく・・・