あくまでも個人の感想ですけど、タイトル!
さて、今の時代にその曲のタイトルはヤバいだろうと思ったら、土星でした。聞き取れてないですね(笑)。
と言う事で、Szaで『Ssturn』行きます。
失恋した女子が世を儚み、あろう事か土星への移住を希望しています。
遠いよ( ̄▽ ̄;)!
唯一の希望がそこって、ある意味『パンドラの箱』みたいですが、ギリシア神話の『パンドラの箱』なら、絶対神ゼウスの野郎が神様のくせにやんちゃ過ぎ、自分の事は棚に上げといて、火を使えちゃうようになった人間を凝らしめるため災いを閉じ込めた箱を渡す訳です。
そうとは知らない人間として原初の女子であるパンドラちゃん、神様がそんな意地悪な事をするとは露ほども思わず開けちゃって、ありとあらゆる災いの素が人間界に放出されちゃうと言う物語で・・・(それまで人間は男だけだったと言う事実。しかも、こっちはアダムとイブ関係ない)
パンドラちゃんは驚き、急いで箱を閉めます。すると箱には『希望』だけが残りました。
この『希望』の捉え方に関し2つの解釈があるのですよ、明智くん。
まず、人間には『希望』が残ったので、『希望』を持って生きる事が出来るようになったと能天気に思うオプティミスト(楽観主義者)な説。対して『希望』を手にしたことで、人間は『希望』にすがりながら生きて行く事しか出来なくなったと悲観するペシミスト(悲観主義者)な説。
我々が子供の頃に読んだのは、『希望』が残って良かったねと言う能天気説だったと思うのですが、捉え方は人それぞれ(笑)。
それよりもサトルヌスって、ギリシャにおいてはゼウスの前の一番の神様だったような気がして確認しましたら、ローマの農耕の神様でギリシャではクロノスと呼ばれてて、よりによってゼウスにその位置を奪われた神様であり、実の父親です。(何刀流?)
もっと言うと、そもそもサトルヌスも父親から王位を奪ってて、同じ目に合うと予言されたので『我が子を食らうサトルヌス』、でもゼウスだけは妻が逃がしてたんですよね。(プラド美術館で見たはず、もはやあまり覚えてないけど(笑))
そして、そのゼウスによって予言通り王位を奪われたと言うね。神様の世界ってその辺の人間より俗っぽいんですけど、どうなんですかね?昔なら、今は法の下の平等に反して失くなりましたが、それこそ重罰尊属○人罪ですからね!人でなく神ですけど(笑)。(高校の社会科の教師が学生時代刑法ゼミで論文のテーマにしたらしく、良く話してたので印象に残ってます)
そんなサトルヌスが土星である『Saturn』なんですけど、この曲のために何でこんなに遠回りしなけりゃならんのか?
と言いますか、神様が予言されてそれを乗り越えられないの( ̄▽ ̄;)?
そもそも神様こそ予言する側違ゃうんかいって話で、きっとそんな土星に行っても大して変わらないから、この愛と緑溢れる地球で反省すべきを反省し、改善すべきを改善し、成長して行きましょうぞ!
季節も良くなって来ましたので、土星は置いといて、土弄り、如何ですか?ガーデニングだと構えちゃうかも知れませんが、多肉植物を寄せ植えするくらいなら簡単ですし可愛いし、ぜひ!
でもね、結局自分を救ってくれるあれこれって、神様がちゃんと用意してくれているはずなので、地球にあると思いますし。(ギリシャの神々は頼りなさそうですが、日本なら八百万。日本最高じゃない(笑))
地球が一番、そして日本が一番って話でした!
いと、をかし♪