朝、ふと届いた一通のメール。
これからセミナーを開催するお二人が、30分の無料相談会を人数限定でしてくださるという案内でした。
「ふーん、セミナーは受けられないし、聞きたいこともないし…私には関係ないな」
そう思って、スルーしてお風呂へ。
湯船に浸かりながら、私の中では静かに、でも確実に疑問が湧いてきました。
「本当に、聞きたいことはないの?」
「本当は、話してみたいんじゃない?」
「くだらない質問をする私が恥ずかしいと思ってない?」
はっ…!としたんです。
日々、AIには素直にくだらない質問だって投げかけてきてるのに。
でも相手が“人間”だと、無知な自分を見せるのが恥ずかしい。
「こんなことも知らないの?」って再認識するのが怖い。
私の中には、無知である自分を恥じ、隠したいというプライドがあったのです。
そしてそのプライドは、**私の「価値」**と強く結びついていました。
「能力がない私は、価値が低い」
「だから、この二人と話す価値もない」
そんな風に、私は自分で自分を制限していたと気づきました。
本当は、私は自分の殻を破りたい。
そのために、まさにこの二人はぴったりな存在なのに。
「この古い信念はもういらない!!」
湯船から出て、速攻で申し込みをしました。
申し込んだ後、また湯船に浸かりながら思った。
「このチャンスをスルーしなかった私がいる」って。
しかも、今回は今までとは違っていました。
① メールを読んでいるだけの“受け身”の私
② 申し込むけど、「どっちでもいい」と申し込んだだけで満足していた私
③ 「絶対にこの機会を掴みたい」と意図を放った私
私は今回、③に踏み出しました。
これが、“私のために動く”ということなんだと、確信しました。
結果は、どっちでもいい。
でも、本音を隠して「どっちでもいい」と言うのとは違う。
「話したい!」っていう思いをちゃんと認めた上で、
結果には執着しないという感覚。
これが、本当の「どっちでもいい」なんだなと、腑に落ちました。
たった申し込みをするというだけのことに、
こんなにも自分の思考、感情、そして根深い信念が渦巻いていたなんて。
それを一つ一つ見て、受け入れて、
最後には“意図”を放って行動できた自分が、とっても誇らしい。
このプロセスを通して私は確信しました。
「自分の一つ一つの行動に自信が持てている」
それが、静かで力強い、いまの私の進化です。
最後まで読んで下さり
ありがとうございます
読んでくださったあなたには
さらなる幸福が訪れます