「頼まれたらやる」って、柔軟に動けてるように見えるかもしれないけど、
実はこれ、他人軸なんですよね。

 

相手の「頼まれたから」に反応してるだけで、自分の本当の意思じゃない。

 

もちろん、動いてる自分もいるし、臨機応変に見えるかもしれない。

 

でも、どこかで
「やったのに満たされないな」
「なんだかしっくりこないな」
って感じたこと、ありませんか?

私もありました。

 

それって「やりたいからやってる」ようで、
本当は「頼まれたからやってる」だけ。

 

その背景には、責任を負いたくないっていう、無意識の自己防衛がありました。

もしうまくいかなかったら「頼まれたからやっただけ」って言い訳できる。

そうやって、責任を自分から外すことで、自分を守ろうとしてたんですよね。

 

でもこれ、裏を返すと
「自分さえよければいい」っていう思いが見えないところに潜んでるんです。

 

不安や心配をベースに動いていると「どうせ不測の事態が起きる」ってどこかで思ってるから、
何かするときに、責任を負うことがセットになっちゃう。

 

だから、自分の意志じゃなく、「頼まれたから動く」という選択をしてたんです。

 

この行動のメリットは、責任をとらなくていいこと。

でも、デメリットは、「自分の本当にやりたいこと」ができなくなること。

 

そして、不安や心配をベースに動くと
「何かを得るなら、何かを諦めなきゃいけない」
という条件付きになってしまう。

 

愛はそうじゃない。
愛は、無条件です。

 

現実を見るのは、時にすごく痛いです。
「自分さえよければいい」なんて、直視したくない。

だけど、この現実から目を背け続ける限り、
自分の軸では生きられないんだなぁって思いました。

 

逃げたくなったら、逃げてもいい。
私も、たくさん逃げてきました。

 

逃げながらも、気づきがあるし

厳しい現実を受け入れる器が広がっていきます。

 

私は、その繰り返しで今、こうして言葉にできるようになりました。

 

だから、焦らなくて大丈夫。
どんな自分も、ぜんぶ、大事にしていこう

 

 

最後まで読んで下さり
ありがとうございますドキドキ

 

 

読んでくださったあなたには

さらなる幸福が訪れますキラキラ