10月はほぼ開店休業だった発熱外来も,11月以降は受診者が増加し陽性者の割合も20%前後になってきた。コロナ専用病床も一時的に入院患者ゼロになったが,再び中等症以上と判定されて入院療養する人が増えている。先行していた欧州に遅れて,日本でも本格的な第8波の流行が始まったようだ。エンタメ業界への影響がとても懸念される。
新型コロナウイルスの流行とは別に,気になるのは梅毒の感染者の増加である。2022年11月1日時点で累計の新規感染者は1万人を超えている。必然的に医療機関を受診する人も増えており,梅毒の疑いで検査する人が相次いでいる。我々が経験するのは体幹や手掌・足底に紅斑や乾癬様丘疹が出現した第2期梅毒の人がほとんどである。RPR (rapid plasma reagin)検査陽性で梅毒トレポネーマ抗体陽性であればほぼ診断は確定するが,生検された皮膚感染巣でのトレポネーマ菌体の証明を依頼されることが多い。梅毒の起炎菌であるTreponema pallidumは未だに培養法の確立されていないVCN菌(viable but not culturable)なので感染局所での形態学的な菌の証明が診断に有効なのだが,これがなかなか技術的に難しい。
トレポネーマを染めるWarthin-Starry染色は,ルーチン検査ではほとんど実施していないので,新たに試薬を準備したり反応液を調整する必要に駆られて大変である。しかも染色法がとても繊細で難しくて陽性対照とした胃のヘリコバクター感染の検体を使ってもなかなか良好な染色結果が得られなくて苦労している。好銀性染色なので染色用の容器の清浄度や反応温度などにも配慮しなければ正しい染色結果に到達することは困難なようだ。20歳代の技師さんにとっては初めての染色経験なので,相当に悪戦苦闘している。やっぱり一番良い方法はトレポネーマ特異的な抗体を利用した免疫染色がベストである。
80年代に梅毒が小流行した時にも,同じような検査の悩みを経験した覚えがある。今の若い人たちは梅毒に関する知識が乏しいので,我々のような年寄りの知識が意外に役に立つこともある。とは言っても,久しぶりなので30-40年前に使っていた性行為感染症の本を書庫から引っ張り出して復習している段階である。梅毒もいわゆる再興感染症(re-emerging infection)の一つなのだろうが,対処法の難しい厄介な疾患である。
参考文献:日本経済新聞2022年11月1日記事「梅毒の感染者,初の1万人超え 連鎖拡大に懸念」
東京都のデータより引用(2021年までの統計)