透真かずきさんは,雪組の副組長を任されるだけあって素顔は知的で繊細な男役さんである。近作では,朝美絢さん主演の雪組バウホール公演『ほんものの魔法使』(原作/ポール・ギャリコ,脚本・演出/木村信司)でのアレキサンダー教授の役がとてもよかった。魔術師の長老の立場から,朝美さん演じる若き魔法使いアダムに特殊な技倆や能力を持った人間が社会から排除されていく仕組みを諄々と諭して,魔法使いの世界でうまく立ち回るようにアダムに注意を促す大切な役であった。
今回の『蒼穹の昴』では,透真さんは西太后付きの宦官のトップ,大総管太監の李蓮英の役を魅力的に演じてくれた。全体に刺繍がほどこされた衣装がとても豪華であり,原作から引用すると「黒貂の毛皮で縁どりされた朝服の胸に,とぐろを巻いた金色の蟒(ウワバミ)が刺繍され,帽子の頂上には二品の官位を示す珊瑚の頂戴が輝いていた」と説明されている(小説『蒼穹の昴』,巻1,ページ50)。
このドラマの中では,李蓮英は満洲族出身の軍人政治家である栄禄(悠真倫さん)と共に后党派として陰謀をめぐらす悪役の立場を演じていたが,実像として李蓮英はどんな出自の宦官だったのだろう?三田村泰助・著『宦官 -側近政治の構造』(改訂版,中公新書7, 中央公論新社,2012年)の記載をそのまま引用すると,
西太后は(安徳海亡き後)宦官李蓮英を引きたてた。彼は同治の末から光緒年間にかけて約40年,太后の信任を得て大いに勢力をふるった。宦官の本場,河間の一無頼の子にうまれた彼は,身をもちくずしたあげく国禁である硝石を売って県の牢獄にほうりこまれた。そのあと靴なおしに転業したが,おもわしくないので,ついに同郷の宦官の手引きで自宮して宦官になったのである。
あるとき西太后が,当時北京にはやった髪の形を自分もしたいと思い,係の宦官に命じた。しかしどれも気にいらなかった。蓮英はこれをきき,北京の芸妓の家にいりびたってその結い方を研究し,西太后の注文どおりに結いあげたのがその寵を得た初めだという。
彼が西太后の威光をかさにきてとりこんだ賄賂の額は,当時の金で五千万円にのぼった。おりしも義和団の乱に,彼はその金を土中にうずめて光緒帝や西太后らとともに西安ににげたが,これは北京占領の外国連合軍に没収されてしまった。
義和団は白蓮教の流れをくむ秘密結社を中核とするもので,彼らは扶清滅洋,すなわち清朝をたすけて西洋をほろぼすというスローガンをかかげ,貧苦にあえぐ農民,失業者を煽動し,山東から河北にかけてさかんに排外運動を展開した。一方保守排外の西太后政権も陰でこれを助けたとされている。橋川博士は,李蓮英らの宦官たちがこの義和団の一味とつながりのあったことを指摘しているが,さきの天理教の乱に河間出身の宦官たちの手引きがあったことをあわせ考えると,清末の反乱の一面に宦官が意外にふかく関係していたことが知られる。
(中略)
1908年,光緒帝の死去と前後して,清代,というよりは中国宦官史において宦官を活躍させた最後の人物ともいうべき西太后が死んだ。そして1912年清朝がたおれ,四千年にわたる中国専制君主制に終止符がうたれた辛亥革命の年に,奇しくも西太后の信任をえた李蓮英が,これまた最後の歴史的宦官の名をになって歿したのであった。(引用は以上)
どうも李蓮英は髪結いの才能によって西太后に見出され寵臣になったようである。若い頃はやんちゃな性格で,大総管太監になってからも権力を笠に着て策謀家としてふるまった様子がうかがえる。
加藤徹・著『西太后』(中公新書)によれば,歴代の宦官の中でも,安徳海,李蓮英,小徳張の3人は,それぞれ西太后に仕えていた年代は相前後するが特に気に入られていたようである。『蒼穹の昴』で描かれている李春児(朝美絢さん)は,おそらく小徳張という実在の宦官の伝記をもとに創作されたキャラクターなのであろう。機会があれば原著を読んでみたい。
いずれにしても来週の月曜日で雪組公演『蒼穹の昴』は4回目の観劇となる。透真かずきさんも含めて,細部にいたるまで舞台を楽しみたい。
李蓮英に扮した透真かずきさん