梅田芸術劇場シアター・ドラマシティの花組公演『冬霞の巴里』(指田珠子作・演出)をRAKUTEN TVの配信で観ました(4月2日配信)。アイスキュロスのギリシャ悲劇をモチーフに創作されたお芝居でした。19世紀末のパリの混沌とした社会を背景に,時代を超えて人間を悩ませる親子間の愛憎や葛藤を描いたドラマです。
傍目には平穏そうな家族でも,親子や兄弟同士の不和をかかえて悩んでいる人は少なくありません。近親間の諍いは適当な調停者がいないと,ときに決定的な亀裂を招き,最悪の場合は暴力や殺人に発展することも世間では稀ではありません。
主人公のオクターヴ(永久輝せあさん)とその姉・アンブル(星空美咲さん)は,19年前に起きた父親の謎の死が,母親と叔父の共謀による殺人であるという疑念を募らせ,やがて復讐劇に発展します。真相を追究していく過程で,幸福だった子供時代も実際には危うい親子関係の絆のうえに成り立っていたにすぎないことが明らかになってゆきます。
崩壊してゆく家族を描いた作品であり,愛と憎しみの相克に悩む主人公を演じた永久輝さんにとっても,普段とは勝手が違う演技の緊張感を強いられたようで,公演後の舞台挨拶もやや歯ぎれが悪く,苦労が顔に滲み出ていました。復讐心から解放され,血縁の束縛からも自由になった弟と姉が,罪を背負いながらも本来のアイデンティティを回復しその後の人生をどのように生きていくのか?最後の場面で二人が背中で語るシーンでは,観客としてもいろいろな思いが錯綜しました。
星空美咲さんはとても良かったです。舞台での存在感が増してきました。短期間に,聖乃あすかさん,水美舞斗さん,永久輝せあさんと相手を変えてヒロイン役に抜擢されてきましたが,多少背伸びしながらも大人の女性を堂々と演じ分けるまでに成長している点は大したものです。彼女は飛び抜けて美人というわけでもないし,可憐な存在というわけでもありませんが,歌劇団が期待する新しいヒロイン像なのでしょう。演技だけでなく,歌唱力も徐々に鍛えられているし,ダンスのキレも抜群で,水美舞斗さんと組んだ前作『The Fascinations!』での“酒とバラの日々”のダンスシーンは記憶に鮮やかです。伸びやかに成長してほしいと願います。
お芝居の中では,「オレステイア3部作」にも登場する復讐の女神・エリーニュスの躍動が重きをなしていました。咲乃深音さんや三空凜花さんがゾンビメイクのような化粧で主人公たちにまとわりつく場面は印象的でした。エリーニュスたちだけでなく,低所得者や無政府主義者の溜まり場のような安下宿の女主人,サラ・ルナールを演じた美風舞良さんも同じように目のまわりを黒く塗ったメイクをしていました。誰もが人間や社会に対する憤懣をかかえて,ときには自制できないような怒りや嫉妬が爆発して人を狂気に導きます。人の心の中には常に善に導く神と同時に怒りや嫉妬に駆り立てる復讐の神が同居しているのだということを現しているのでしょう。
明るく楽しいミュージカルもよいが,たまにはこうしたじっくり考えさせられる舞台作品もいいかな?というのが率直な感想です。
毎日新聞記事より引用